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【時をかけるテレビ】日野原重明 100歳 いのちのメッセージ|終末期医療とは何か?いのちの授業と看取りの哲学に迫る|2026年1月23日

時をかけるテレビ
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いのちのメッセージに迫る

100歳になっても現役で走り続けた医師 日野原重明
その人生にカメラが深く入り込み、知られざる日常や家族との時間、そして患者と向き合う瞬間が鮮やかによみがえります。

池上彰と 柳田邦男 が語り直す「いのち」と「生きる意味」。
静かでありながら胸を強く揺さぶる物語が、今を生きる私たちへまっすぐに届きます。

日野原重明という「100歳の現役医師」

番組の中心に立つのは、100歳を迎えてもなお第一線で診療と講演を続けた医師 日野原重明 です。彼は東京大空襲、地下鉄サリン事件といった激動の時代に立ち会い、常に患者のそばで命と向き合ってきました。

戦後は 聖路加国際病院 を舞台に内科医として活躍し、その後は病院長・理事長として日本の医療を大きく前へ進めました。健康診断や人間ドックを広めた立役者として、日本の予防医療の基盤を作り上げた事実は揺るぎません。

番組では、功績だけでは語りきれない彼の「生き方」が次々と明らかになります。病院では100歳とは思えない歩幅で廊下を進み、診察室では患者の目をしっかりと見つめて言葉を交わす。その姿は、年齢という枠を完全に超えています。

さらに、全国での講演会や子どもたちに向けた「いのちの授業」も映し出されます。移動の車内でも原稿を読み続け、新しいテーマを考案し、次の活動へ迷いなく向かう。まさに“動き続ける100歳”として、圧倒的なエネルギーを放つ日常がドラマのように展開していきます。

聖路加国際病院と終末期医療への革命

日野原が生涯をかけて挑んだ大きなテーマが、終末期医療と緩和ケアです。1980年代の日本では、延命治療を最優先する傾向が強く、患者の痛みをやわらげ、心を支えながら最期をどう迎えるかという視点は十分に確立されていませんでした。

そこで 聖路加国際病院 に緩和ケア病棟を整え、日野原は「長く生かす医療」から「穏やかに旅立つ医療」へと価値観を大きく転換させました。痛みを抑える技術、家族ごと支えるケア、患者が自ら最期の形を選べる医療。これらは当時の日本では革新的で、挑戦そのものでした。

番組は、この緩和ケア病棟の診療に深く入り込みます。患者が意識のあるうちに「自分はどう最期を迎えたいか」を語る場面。家族が「もう苦しまなくていい」と絞り出すように伝える場面。日野原はその言葉を一つ残らず受け止め、「あなたのいのちはここで途切れるのではありません」と静かに寄り添います。

そこで映し出されるのは、死を恐れず、最期の時間をどう豊かなものにできるかを真剣に問い続ける医師の揺るぎない姿です。重いテーマでありながら、病棟に満ちる優しさと覚悟が丁寧に描かれ、視聴者の胸に強い余韻を残します。

認知症の妻と向き合った「看取る時間」

この作品を特別なドキュメンタリーへと引き上げているのが、日野原の「家庭」への深い密着です。長年連れ添った妻・静子さんは晩年に認知症を患い、日野原は名医であると同時に「介護する夫」という新たな役割を背負うことになりました。

番組では、自宅で静かに過ぎていく夫婦の時間が丁寧に切り取られます。日野原は妻の手をそっとさすり、優しく語りかけます。時には、かつて妻が好んだ賛美歌を並んで口ずさむ姿も映し出され、そこに医師としての厳格さはありません。ただ深い愛情だけが、静かに部屋を満たします。

しかし、妻の認知症が進行する現実は残酷です。かつてのような会話が成り立たず、伝わらない言葉が増えていく。それでも日野原は、「今できるコミュニケーション」を一つずつ探し続けます。表情、手の温度、短い返事。そのわずかな変化を見逃さず、夫婦のつながりを必死に保とうとします。

「患者を看取ること」と「家族を看取ること」はまったく別の体験です。何万人もの患者を見送ってきた男が、最愛の妻を看取るために小さな努力を積み重ねる。その姿は、日野原が生涯追い求めた終末期医療の姿勢が、自身の人生にも深く根づいていたことを強く示しています。ドキュメンタリーはこの時間を静かに、しかし圧倒的な重みをもって描き出します。

東日本大震災の被災地で伝えた「いのちの授業」

このドキュメンタリーの大きな柱となるのが、2011年の 東日本大震災 の被災地で、日野原が繰り返し行った「いのちの授業」です。深い喪失と不安に包まれていた地域に、100歳の医師は迷わず足を運び、直接言葉を届け続けました。

避難所に集まった人々の前で、日野原は静かに語り始めます。「今日、生きていること自体に意味があります」。家族を失った人、住まいを失った人、仕事を失った人。それぞれが抱える痛みを受け止めながら、「それでも今をどう生きるか」という問いをそっと手渡す姿が印象的です。

子どもたちに向けた授業では、手を胸に当てて鼓動を感じるワークを行い、「この鼓動は、何代も前の命からつながってきたリレーです」と伝えます。子どもたちは自分の命の歴史を知り、今ここにいる奇跡を実感していきます。

これは慰めの言葉ではありません。戦争も震災も経験し、医療現場の極限を知る日野原だからこそ語れる「いのちの意味」です。カメラは会場の静けさ、聴衆の表情、空気の震えまで捉え、視聴者にもその重みと温かさが強烈に伝わる場面として描かれます。

まとめ

100歳を迎えても歩みを止めなかった医師 日野原重明
番組は、彼の診療、家族との時間、そして 東日本大震災 の被災地で伝えた「いのちの授業」を通して、命の尊さと向き合う姿を力強く描いていました。

生きるとは何か、最期をどう迎えるのか。日野原が遺した言葉は、時代を超えて今の私たちにも鋭く届きます。

なお、放送後には内容をさらに詳しく追記します。

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