震災から15年、高台に立つ「風の電話」とは
東北の海を見下ろす高台に、白い電話ボックスがひっそりと立っている場所があります。
中には、線のつながっていない黒いダイヤル式の電話。
それが、世界的に知られるようになった 風の電話 です。
受話器を耳に当てても、相手の声は聞こえません。
それでもここには、亡くなった家族や友人に向けて、今も多くの人が言葉を届けに来ています。
今回の NHKスペシャル では、この風の電話を起点に、あの 東日本大震災 から15年が経った今、人々の心の中で何が起きているのかを見つめていきます。
岩手県三陸の町・大槌に生まれた一台の黒電話
風の電話があるのは、岩手県三陸海岸にある 大槌町 です。
三陸の名勝として知られる浪板海岸を望む丘の上、
「ベルガーディア鯨山」という庭園の一角に、電話ボックスは建っています。
ここは、庭師の佐々木格さんが、自宅の庭を開いた場所です。
緑のとがった屋根と白い格子の電話ボックス、その中に線のつながっていない黒電話。
周りには草花や木々が植えられ、四季折々の色が、訪れた人の心をそっと受け止めてくれます。
三陸地方は、古くから漁業で栄えてきた地域です。
しかし2011年の大津波で、三陸沿岸は大きな被害を受けました。
とくに大槌町では、人口の約一割にあたる人が亡くなったと言われています。
震災後、この丘の電話ボックスには、全国から大勢の人が訪れるようになりました。
「亡き人に話しかけることができる場所」として、いつしか 風の電話 と呼ばれるようになったのです。
庭師・佐々木格さんが「風の電話」に込めた思い
風の電話を作ったのは、庭園デザイナーの佐々木格さんです。
きっかけは、震災ではなく、その前に亡くなったいとこの存在でした。
重い病気で先に旅立つことがわかった時、
「遺された家族が、あなたと話せる場所を作りたい」——
そんな思いから、2010年に、佐々木さんは庭に電話ボックスを置きました。
ところがその数か月後、 東日本大震災 が発生し、大槌町は津波の被害を受けます。
佐々木さんは、個人的な思いから作った電話ボックスを、
「亡くなった人に思いを伝えたいすべての人に開こう」と決めました。
佐々木さんは、取材の中で
「線がつながっていないからこそ、どこへでもつながる」
「亡くなった人は見えないし声も聞こえないけれど、感じることはできる」
と話しています。
悲しみを抱えた人は、五感が鈍くなってしまうことがあります。
だからこそ、この庭には風の音、草の匂い、海のきらめきなど、
五感をゆっくり取り戻せる工夫がちりばめられているのです。
亡き人に語りかける人々の声と、少年の「なんで俺なんだよ」
番組の紹介文には、こんなエピソードが書かれています。
大震災から間もない頃、
行方不明の父に向かって「なんで俺なんだよ」と語りかけた少年がいました。
それから10年が過ぎ、彼は25歳になった今も、風の電話を訪れ続けているといいます。
短い文章の中に、当時のどうしようもない怒りや悲しみ、
そして、年月を経ても消えない父への思いが、ぎゅっと詰まっています。
ふだんの生活の中では、
「もう前を向かなきゃ」「いつまでも泣いていられない」と、
自分の感情にふたをしてしまう人も少なくありません。
けれど風の電話の中だけは、
「弱音を吐いてもいい」「聞いてほしいことだけを話していい」という空気があります。
番組では、少年のその後の姿とともに、
震災から15年という時間が、人の心にどんな変化をもたらしたのかが描かれていきます。
三陸の海と町はいまどうなっているのか
震災から年月が経ち、三陸沿岸の町並みは、大きく姿を変えました。
高台移転や防潮堤の整備、新しい道路や商業施設。
見た目だけで言えば、「復興が進んだ」と感じる光景も増えています。
一方で、人口減少や高齢化、仕事の問題など、
数字には表れにくい課題も、今も続いています。
震災直後は、多くのメディアが被災地に入り、
報道やドキュメンタリーを通じて、現地の様子が全国に伝えられていました。
しかし時間が経つにつれ、ニュースになる頻度は少しずつ減っていきます。
そんな中で、風の電話のような場所は、
「被災地の今」を象徴的に伝える存在にもなっています。
今回の NHKスペシャル では、風の電話を訪れる人たちの姿を追いながら、
三陸の海と町が、どのように“日常”を取り戻してきたのかも見つめていきます。
世界に広がる風の電話 アメリカ・ヨーロッパ・アフリカへ
風の電話は、いまや日本だけの存在ではありません。
番組紹介によれば、アメリカやヨーロッパ、アフリカなど、
世界の500か所以上に、風の電話をモデルにした電話ボックスが作られています。
たとえばアメリカのカリフォルニア州オークランドでは、
大きな火災で亡くなった人たちを悼むため、
芸術家が風の電話をヒントに電話ボックスを設置しました。
アイルランドのダブリン近郊では、
山の上に設置された電話ボックスが、人知れず人々の悲しみを受け止めていました。
残念ながら短期間で撤去されましたが、
それでも「亡き人に話しかける電話」というアイデアは、多くの共感を集めました。
世界のさまざまな場所で、災害や事故、紛争によって大切な人を失う経験は後を絶ちません。
宗教や文化が違っても、
「会えなくなった人に、もう一度だけ話しかけたい」という願いは変わらないのだと、
風の電話は静かに教えてくれます。
今回の番組では、日本から生まれた 風の電話 が、
世界の人々にどう受け止められているのかも紹介されます。
“話すことで生き直す” グリーフケアとしての意味
人が大切な存在を失った時に感じる深い悲しみを、
心理学の分野では「グリーフ(悲嘆)」と呼びます。
グリーフケアにはいくつかの方法がありますが、
世界中で大切にされているのが「話すこと」です。
自分の感情や思い出を、誰かに打ち明けたり、
ノートに書いたり、声に出して話したりすることで、
心の中にたまった思いが、少しずつ形を変えていきます。
風の電話 は、まさにそのための場所です。
電話線はつながっていませんが、
受話器を持つことで「誰かに話している感覚」が生まれます。
この感覚が、悲しみと向き合うための大きな支えになると考えられています。
番組では、専門家の解説以上に、
風の電話を訪れる人たちの姿そのものが、
グリーフケアの意味を静かに語ってくれるはずです。
現地の場所とアクセス、訪れる前に知っておきたいこと
風の電話があるのは、
ベルガーディア鯨山 という庭園の敷地内です。
最寄りは三陸鉄道やJR山田線の駅から車で向かうルートが一般的で、
道中には海と山が織りなす三陸ならではの景色が広がります。
訪れる時に、特別な服装や持ち物は必要ありません。
ただし、ここは観光施設というよりも、
「亡くなった人に会いに来る場所」であることを、心にとめておきたいところです。
電話ボックスの中で長時間占有しない、
写真撮影をする時は、ほかの人の顔が写らないように配慮するなど、
静かなマナーが求められます。
風の強い日や雪の多い時期には、
現地の状況が変わることもあります。
事前に最新情報を確認し、安全第一で訪れることが大切です。
NHKスペシャルが映し出す「それから」の物語
今回の NHKスペシャル は、
「震災から15年」という節目を、
大きな出来事としてではなく、
一人ひとりの“それから”の物語として描こうとしています。
10年前に風の電話で叫んだ少年。
白髪が増え、歩みがゆっくりになった親世代。
遠くの町から、何年も迷い続けた末に、ようやく受話器を取る人。
それぞれの背中には、言葉にならない年月が刻まれています。
東日本大震災 は、地震と津波が起きたその日だけの出来事ではありません。
あの日から続く、一人ひとりの “生き直し” の物語でもあります。
風の電話は、その物語の途中にある、
小さくて、けれどとても大切な「寄り道」のような場所です。
番組を通して、視聴者の一人ひとりもまた、
自分の大切な誰かを思い出し、
心の中でそっと話しかける時間を持つことになるのではないでしょうか。
そして画面の向こうの高台で、
今日もまた、誰かが受話器をそっと耳に当てている——
この作品は、そんな静かな光景へと、私たちを連れて行ってくれるはずです。
NHK【あさイチ】ゆず 震災伝承ソング「幾重」に込めた思い|“幾重”の意味と佐藤敏郎さんの言葉、福島・双葉町で見えた15年の今 2026年2月9日
気になるNHKをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント