記事内には、広告が含まれています。

【時をかけるテレビ】夫婦で挑んだ白夜の大岩壁 山野井泰史・凍傷からの再起と北グリーンランド未踏峰|2026年1月9日

時をかけるテレビ
メール購読のご案内

いつも「気になるNHK」をご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、NHKの番組紹介や見どころ、新着情報などをいち早くお届けしています。

スポンサーリンク

指を失っても、夫婦は再び岩へ向かった

このページでは『時をかけるテレビ 池上彰 夫婦で挑んだ白夜の大岩壁(2026年1月9日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
この回で描かれるのは、時をかけるテレビという番組が持つ「過去の映像から、いまを生きる意味を考える」という本質です。凍傷で手足の指を失うという大きな出来事を経験した夫婦が、それでも山に向かい続けた理由は何だったのか。その挑戦を通して見えてくる『生き方』や『挑む意味』が、この番組の中心にあります。

世界最強と呼ばれた登山家と2002年の転機

物語の軸となるのは、かつて『世界最強のクライマー』とも呼ばれた登山家の山野井泰史さんです。
高難度の岩壁を次々と攻略し、世界の登山界で特別な存在とされてきました。その挑戦は、速さや記録よりも、自然と真正面から向き合う姿勢そのもので評価されてきました。

2002年、山野井泰史さんは妻の山野井妙子さんとともに、ヒマラヤの『ギャチュンカン』に登頂します。長い準備と経験を積み重ねた末の成功でしたが、本当の試練は下山途中に訪れます。二人は雪崩に巻き込まれ、極限の寒さと絶望的な状況の中で生死の境をさまようことになります。

その結果、二人は凍傷を負い、手足のほとんどの指を失うという、登山家にとって致命的ともいえる障害を抱えることになりました。岩をつかむ、ロープを扱う、装備を整えるといった動作は、指があってこそ成り立つものです。この出来事は、登山だけでなく、食事や着替えなど、日常生活そのものにも大きな影響を与えました。

しかしこの事故は、「もう山に登れない」という終わりとして語られるものではありませんでした。指を失った現実を受け止めたうえで、二人は「これからどう生きるのか」「それでも挑戦する意味は何なのか」という新しい問いと向き合うことになります。
この雪崩事故は、二人の人生を断ち切る出来事ではなく、次の一歩を考え直す転機として描かれていきます。

5年後に選んだ舞台は北グリーンランド

事故から5年後、二人が次に目標として選んだのが、北グリーンランドにそそり立つ『白夜の大岩壁』でした。
それは、過去の栄光を取り戻すためでも、失ったものを証明するためでもなく、これからの人生をどう生きるのかを自分たちに問い直すための挑戦でした。

舞台となった北グリーンランドは、夏でも太陽が沈まない『白夜』の世界です。
昼と夜の区別がなく、時間の感覚が曖昧になる環境の中で、二人が向き合うのは、標高差およそ1300メートルにも及ぶ未踏峰の岩壁でした。
人が登った記録のないこの場所は、自然そのものが相手となる、逃げ場のない舞台です。

手足のほとんどの指を失った体で岩壁に挑むという選択は、条件だけを見れば、以前よりもはるかに厳しいものでした。
岩をつかむ、体を支える、装備を扱う。その一つひとつが、以前とはまったく違う感覚になります。それでも二人は、「できない理由」ではなく、できる形を探す道を選びました。

こうして二人は、この北グリーンランドの岩壁を、新たな目標として心に定めます。
過去の事故を背負いながらも、再び自然の前に立ち、白夜の岩壁と向き合う。
その姿は、挑戦が終わったあとも続いていく、生き方そのものを示すものとして描かれていきます。

夫婦二人三脚で向き合った白夜の時間

この挑戦の大きな特徴は、夫婦であることです。
どちらか一人の力や判断ではなく、二人で同じ状況を見て、同じ重さを背負いながら前に進んでいきます。

一人であれば決断を急いでしまう場面でも、二人で行動することで、体調の変化疲労の度合い、そして判断の迷いを共有できます。言葉にしなくても伝わる違和感や、相手の動きから感じ取る危険の兆しが、行動のブレーキになることもあります。

舞台となる白夜の環境では、昼と夜の区別がほとんどありません。
太陽が沈まないことで、時間の感覚が曖昧になり、「今は進むべきか、休むべきか」という判断が難しくなります。眠るタイミングを逃せば体力は奪われ、無理をすれば判断力が鈍ります。その一つひとつの選択が、命に直結する場面につながっていきます。

さらに、指を失った体で岩に向かう現実があります。
岩をつかむ感覚、体を支える動き、装備を扱う所作は、事故以前とは大きく変わりました。その変化を一人で抱え込むのではなく、互いに確認し合い、補い合いながら進むことで、挑戦は成り立っていきます。

極限の自然環境と、身体的な制約。その両方を受け止めながら前へ進む姿は、単なる登山ではありません。
相手の存在そのものが支えとなり、判断の軸となる。
その積み重ねが、この挑戦を夫婦二人三脚の物語として際立たせ、静かに見つめられていきます。

白夜の大岩壁が問いかける生と死

白夜の大岩壁』は、単なる登山の記録として語られるものではありません。
そこに描かれているのは、高さや難度を競う挑戦ではなく、人生そのものと向き合う時間です。

凍傷という大きな代償を払い、手足のほとんどの指を失うという現実を背負ったあとでも、人はなぜ再び挑戦するのか。
命の危険があると分かっていても、なぜ前に進もうとするのか。
この物語は、その問いを声高に語るのではなく、二人の行動そのもので示していきます。

舞台となるのは、白夜の北グリーンランド
太陽が沈まず、昼と夜の区別が消えた世界には、簡単に引き返せる場所はありません。寒さ、疲労、判断の遅れ。そのどれもが、積み重なれば命に関わります。
そんな逃げ場のない環境の中で、二人は一歩一歩、自分たちの選択を重ねていきます。

そこには、無理に前へ進む姿も、弱さを隠す言葉もありません。
立ち止まること、引き返す可能性、続ける覚悟。そのすべてを含めて選び続ける姿が、静かに映し出されます。

この挑戦を通して浮かび上がるのは、『生きるとはどういうことか』という問いです。
失ったものがあっても、人はなお目標を持てるのか。
危険の先にあるものを、自分の意思で選び取るとはどういうことなのか。

『白夜の大岩壁』は、その答えを断定しません。
ただ、極限の自然の中で行動し続ける二人の姿が、見る側に静かに問いを投げかけ続けます。

まとめ

この回の時をかけるテレビは、山の高さや技術のすごさだけを伝える番組ではありません。
事故、喪失、再起、そして再び選んだ挑戦。そのすべてを通して、『それでも前に進む理由』を静かに描きます。
まだ放送前のため、ここで紹介した内容は番組概要をもとにしたものです。放送後、実際の映像や構成をふまえて書き直します。

NHK【午後LIVEニュースーン】山頂を目指さない“フラット登山”とは?富士山下山3時間半&長野・池の平湿原 2025年9月2日放送


気になるNHKをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました