極北の白夜に向かった夫婦の時間を、いま見つめ直す
2007年、世界の果てのような場所で、ひと組の夫婦が静かに岩壁に向き合っていました。舞台はグリーンランド・ミルネ島。太陽が沈まない白夜の中、登山家の山野井泰史さんと妙子さんは、標高差1300メートルに及ぶ大岩壁へ足を踏み入れます。
この挑戦の背景には、ヒマラヤ・ギャチュンカンでの雪崩事故と、凍傷によって手足の指を失うという過酷な経験がありました。それでも二人は山から離れず、奥多摩や伊東での自給自足の暮らしの中で、日常そのものを準備の時間として積み重ねてきました。
「時をかけるテレビ」は、この記録映像を通して、偉業や成功だけではなく、長い時間をかけて続いてきた夫婦の覚悟と選択を、いまの私たちに問いかけます。
ギャチュンカンの雪崩と凍傷、それでも登り続けた背景
番組の前提として語られるのが、登山家・山野井泰史が過去に経験した、ヒマラヤ・ギャチュンカンでの重大な事故です。
登頂を果たしたあと、下山中に雪崩に巻き込まれ、極度の寒さの中で長時間身動きが取れない状況が続きました。その結果、重い凍傷を負い、手足のほとんどの指を失うことになります。
この出来事は、山野井泰史の登山人生において、明確な転換点となりました。
番組の映像は、事故の瞬間や苦痛を強調するのではなく、事故後に直面した身体的な制約と、それを抱えたまま登山と向き合い続けてきた事実の積み重ねを淡々と映し出します。指を失ったことで、道具の扱い方や登り方は大きく変わりましたが、山から離れる選択は描かれません。
重要なのは、「なぜ再び危険な壁に向かったのか」という問いに対して、番組が言葉による説明を用意していない点です。
代わりに示されるのは、その後も山に向かい続けた行動、準備を重ねる時間、そして次の挑戦へ至るまでの経過です。
番組は、過酷な経験の先にある決断を結果として語るのではなく、静かな歩みの連なりとして追い続けています。
自給自足の暮らしと、日常に組み込まれた準備の時間
山野井夫妻の生活として番組で紹介されるのが、東京・奥多摩町、そして静岡県の伊東市で続けてきた自給自足の暮らしです。
畑を耕し、自然の変化を感じながら過ごす日々は、登山とは切り離されたものではなく、体を動かし続ける生活そのものとして描かれます。特別な目的のために用意された時間ではなく、毎日の営みが積み重なっていく様子が映像で示されます。
番組では、専用のトレーニング施設や整った環境は登場しません。
代わりに映し出されるのは、身近にある自然を使いながら、少しずつ準備を重ねていく姿です。伊東市では、近所の岸壁を利用し、実際の登攀に近い形での練習を行う場面も紹介されました。そこには、日常の延長として岩に向かう時間がありました。
ここで強調されるのは、挑戦が特別な一日だけに存在するものではない、という事実です。
登山は、暮らしとは別に切り取られた行為ではなく、生活の流れの中に自然に組み込まれているものでした。映像は派手な演出を避け、畑仕事や準備の時間を、淡々とした日常の積み重ねとして映し出しています。
グリーンランド・ミルネ島 白夜の大岩壁への挑戦の記録
2007年、挑戦の舞台は北極圏に近いグリーンランド・ミルネ島へと移ります。
太陽が沈まない白夜の環境の中で、山野井泰史さん、山野井妙子さん、そして登山家の木本哲さんが、切り立った大岩壁に向かいました。昼と夜の境目が消えた世界では、時間の流れそのものが曖昧になり、体力だけでなく感覚も試される状況が続きます。
放送では、登攀の過程が日付とともに示されます。
7月27日に岩壁へ取り付き、8月9日には登高器を使って最難関のヘッドウォールに挑戦します。さらに時間をかけて登り続け、8月16日、ついに頂上へ到達しました。具体的な日付が示されることで、一歩一歩を積み重ねる長い時間と、その間に蓄積していく緊張や消耗が、映像を通して伝わってきます。
白夜の環境では、休むべきタイミングや進むべき判断が難しくなります。
番組は、勢いや記録を強調することなく、慎重な判断と安全を最優先した行動によって進められた登攀の過程を追っています。静かな映像の積み重ねによって、白夜の中で続いた長い挑戦の時間が、淡々と、しかし確かな重みをもって描かれていました。
池上彰と野口聡一が映像から読み取った共通点
スタジオトークでは、映像を見終えたあとに池上彰と野口聡一が感想を語ります。ここでは、登山と宇宙飛行という異なる分野に共通する要素として、極限環境での準備と判断が話題に上がりました。
野口聡一は、NASAやJAXAでの経験を踏まえ、事前の準備が結果を左右する点に言及します。一方で池上彰は、夫婦で挑むという形が、精神面や判断にどのような影響を与えるのかという視点を整理します。
番組は、結論を押しつけることなく、映像とスタジオトークを通じて、挑戦とは何かを視聴者自身が考える余地を残す構成で締めくくられていました。
まとめ
今回の「時をかけるテレビ」は、NHKスペシャル『夫婦で挑んだ白夜の大岩壁』を通して、山野井泰史さん・妙子さん夫妻の挑戦の全体像をあらためて伝えました。ギャチュンカンでの雪崩事故と凍傷という大きな出来事、その後も続く自給自足の暮らしと日常の準備、そして2007年のグリーンランド・ミルネ島での白夜の登攀までが、時系列で整理されています。スタジオでは池上彰と野口聡一が映像を受け止め、極限環境に向き合うための準備や判断という共通点を示しました。登山の記録だけでなく、長い時間をかけて積み重ねられた行動そのものが静かに描かれた放送でした。
NHK【午後LIVEニュースーン】山頂を目指さない“フラット登山”とは?富士山下山3時間半&長野・池の平湿原 2025年9月2日放送
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