サイレントパンデミックが迫る 目に見えない脅威の正体
このページでは『クローズアップ現代(2026年1月28日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
静かに広がる 薬剤耐性菌 は、私たちが気づかないうちに暮らしのすぐそばまで迫っています。
生後1か月の赤ちゃんを突然追いつめた百日せき、病院内で密かに広がる VRE、そして既存の薬が効かない CRE。
専門家が“次の危機”と語るその姿は、もはや特別な誰かだけの問題ではありません。
知らぬ間に忍び寄る見えない敵を知ることで、初めて守れる命があります。
サイレントパンデミックとは何か 世界で広がる薬剤耐性菌
世界中で静かに進行している 薬剤耐性菌 の拡大は、すでに専門家から「サイレントパンデミック」と呼ばれるほど深刻な段階に達しています。国際機関の報告では、このまま対策を怠れば数十年以内に年間1,000万人が命を落とす可能性が示されており、がんの死亡数を超えると予測されています。
番組では、名古屋大学 国立健康危機管理研究機構の荒川宜親さんが、世界で確認されている耐性菌のうち、WHOが優先的に対策すべきとする種類だけでも15種にのぼることを紹介していました。とびひ、中耳炎、肺炎、性感染症など、身近な病気の原因菌も例外ではなく、抗菌薬が効きにくい菌が少しずつ増えている現実が描かれていました。
耐性菌は特別な菌ではありません。弱毒菌と呼ばれる、ごく普通の細菌が薬に触れ続けることで生まれてしまうもので、免疫の弱い高齢者や子どもにとっては命に関わる危険があります。静かに、しかし確実に広がる見えない脅威が、今、医療現場を揺るがしています。
百日せきをめぐる赤ちゃんの危機 海外由来の耐性菌が迫る
番組の中心となったのが、生後わずか1か月の幸愛ちゃんの物語でした。都内在住の松原さん家族の末っ子として生まれた幸愛ちゃんは、当時流行していた百日せきに感染します。初めは近くの病院に入院し、通常の抗菌薬が投与されましたが、症状は改善どころか悪化。医師たちは「何かがおかしい」と判断し、緊急搬送が決断されました。
移った先の病院では、国内ではまだほとんど治療実績のない抗菌薬が投与され、ようやく命の危機を脱します。後の検査で明らかになったのは、流行していた百日せき菌の約8割が 薬剤耐性 を持ち、しかも近年中国・アジアで広がっているタイプと似ていたことでした。国境を越える人や物の移動によって、耐性菌が日本にも持ち込まれている可能性が指摘されています。
百日せきは、特に生後間もない赤ちゃんにとっては呼吸が止まるほどの激しい発作を伴う危険な病気です。その原因菌の大部分が耐性化していたという事実は、今の医療が抱える危機を象徴していました。
病院を揺るがすVRE 密かに広がる院内感染の脅威
日本の医療現場で特に警戒が強まっている耐性菌が、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE) です。腸球菌はもともと人間の腸内に存在する細菌ですが、バンコマイシンという強力な抗菌薬が効かなくなることで、院内感染の中心的存在となってしまいます。
VREは環境表面に付着しやすく、ドアノブやベッド柵、医療器具に残って広がることが多いとされます。また、健康な人には症状が出なくても、腸内に持ち続けることで、知らぬ間に病院内へ菌を持ち込む“キャリア”になりやすい点も大きな問題です。
名古屋大学や国立成育医療研究センターなどの研究チームは、院内で発生したVREの遺伝子型を詳細に調べ、どの病室からどの病室へ菌が移動したのか、どの医療行為が感染源になりやすいのかを解析しています。こうした追跡調査によって、感染が「どのルートで広がったのか」が科学的に明らかになりつつあります。
免疫の弱い高齢者や術後の患者、基礎疾患のある人に感染すると重い敗血症を引き起こす危険があり、一度院内で拡大すると根絶は非常に困難です。
新たな抗菌薬ナキュバクタム CREとの闘いに挑む研究最前線
番組では、国内大手製薬会社Meiji Seikaファルマが開発した新しい抗菌薬 ナキュバクタム が紹介されました。この薬が標的にするのは、最も厄介な耐性菌の一つである カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE) です。
CREは、重い肺炎や尿路感染症を引き起こし、既存の抗菌薬では治療が難しいことから、WHOも“最優先で治療薬が必要な菌”に登録しています。ナキュバクタムは菌が持つ酵素を抑え、薬が効きやすい状態をつくり、さらに細菌の細胞壁を作る働きにも作用するという特徴があります。
しかしここには大きなジレンマもあります。抗菌薬は使用すればするほど耐性菌が生まれやすくなるため、企業は大量に販売できません。結果的に、莫大な研究開発費を回収しにくく、世界中で抗菌薬開発から撤退する企業が増える原因にもなっています。
それでも、ナキュバクタムのような新薬は、重症感染症に対する“最後の希望”であり、日本の医療を支える重要な存在です。承認申請が進む今、この薬が多くの命を救う日が近づいています。
ファージ療法という希望 世界が注目する新時代の治療法
近年、世界で再び注目されているのが ファージ療法 です。ファージとは細菌にのみ感染するウイルスで、人の細胞には感染しないため、安全性の高い治療法として見直されています。ファージは菌の中で増殖し、その菌を破壊します。まさに「細菌だけを狙って倒す」存在です。
ヨーロッパの一部ではすでに日常医療として取り入れられており、アメリカのピッツバーグ大学などでも臨床研究が進んでいます。特に、どんな抗菌薬も効かない感染症に対しては、ファージだけが命を救った例も報告されています。
日本でも 名古屋大学 を中心とした研究が進み、早ければ来年から人を対象にした臨床研究が始まる見通しです。原因菌に合わせてファージを選び、患者ごとに組み合わせを変える“オーダーメイド型治療”という未来が、ついに現実味を帯びてきました。
私たちができること 今日から始める予防と意識改革
専門家の菅井基行さんは、耐性菌を増やさないために最も重要なのは「抗菌薬を正しく使うこと」だと強調していました。抗菌薬は、処方されたとおりに飲み切ることが鉄則で、症状が軽くなったからといって自己判断でやめることは非常に危険です。
日本の調査では、4割以上の人が「治ったら早くやめてよい」と考えていることも明らかになり、この誤解こそが耐性菌を生む大きな原因です。
さらに、風邪やウイルス感染症で抗菌薬を求めることは厳禁です。抗菌薬は細菌にしか効かず、ウイルス性の病気ではむしろ副作用や耐性化のリスクが高まります。
そして、手洗い、うがい、ワクチン接種、傷口の清潔保持といった基本的な習慣こそが、日常の感染症を防ぎ、抗菌薬の使用量を減らす最も確実な方法です。
番組の最後に紹介されたように、娘の命を奪いかねなかった耐性菌を経験した松原さんは、その恐ろしさを一人でも多くの人に知ってほしいと願っていました。静かに迫るサイレントパンデミックに立ち向かうためには、私たち一人ひとりの理解と行動が欠かせません。
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