パンダが映した日本人の50年
このページでは『ザ・プロファイラー「パンダと日本人の50年史 パンダをめぐる冒険」(2025年1月25日)』の内容を分かりやすくまとめています。
50年前、まだ“白黒まだらグマ”と呼ばれていたパンダが日本にやって来た瞬間、私たちの暮らしや気持ちは大きく動きました。かわいいだけではなく、パンダは外交や時代の空気まで背負いながら、泣き笑いのドラマを生んできました。
人々が列をなし、別れに涙し、再び迎え入れるまでの物語。日本人とパンダが歩んだ半世紀の軌跡を、番組をもとにたどっていきます。
パンダを知らなかった日本人が熱狂するまで
日本でパンダが知られるようになったのは、決して昔からではありません。番組でも紹介されているように、来日直前まで多くの日本人はパンダの姿を知らず、白黒の模様から白黒まだらグマと呼ばれていたほどでした。そんな状況が一瞬で変わるきっかけになったのが、1972年のカンカンとランランの来日です。テレビや新聞が大きく取り上げ、羽田空港では政府要人が出迎えるなど、まさに日本中が驚きと興奮に包まれました。
上野動物園には開園前から長蛇の列ができ、初日だけで数万人が訪れています。年間入園者数は700万人規模に跳ね上がり、パンダ宛ての手紙が毎日のように届くほど、日本中が夢中になりました。初めて見る動物の“特別感”が、当時の社会の空気と重なり、パンダが国民的存在になる瞬間を作り出したのです。かわいさだけではなく、新しい時代の象徴のように、人々はパンダを眺めていました。
日中国交正常化とパンダ外交の舞台裏
パンダブームの裏には、当時の国際情勢が関係しています。日中国交正常化が実現した1972年、中国政府は日本との友好を示すためにパンダを贈りました。これは特別な扱いで、今のようなレンタルではなく、正式に日本へ渡されたものでした。パンダはかわいい動物であると同時に、国際関係を動かす象徴でもあり、中国は戦前からパンダを外交ツールとして活用していました。
番組では、田中角栄首相や周恩来首相の会談の裏側、友好を形にするためにパンダがどのように選ばれ、どんな思惑が込められていたのかをひも解いています。政治レベルの交渉が進むなか、市民はただ純粋に喜び、会いに行列をつくる…。このギャップこそ、日本とパンダの関係のユニークなところです。国際情勢の変化を背負いながらも、人々に癒やしを与える生き物として受け入れられた存在。それがパンダという動物の特別さを際立たせています。
カワイイ文化とメディアがつくったパンダブーム
1970年代以降、日本のカワイイ文化は大きく広がり、パンダはその中心にいました。来日のタイミングと重なるように、イラストレーター内藤ルネのルネパンダなど、パンダをモチーフにした雑貨が一気に人気を集めました。映画やアニメにもパンダが次々登場し、子どもたちの間では「かわいい動物といえばパンダ」というイメージが定着します。
上野動物園で本物のパンダが毎日のようにニュースで流され、テレビCMやキャラクターグッズでもパンダがあふれるようになり、メディアがその魅力をさらに大きく育てました。パンダの動きや表情は、まるでぬいぐるみのようで、写真や映像との相性が抜群でした。こうしてカワイイ文化とパンダが結びつき、世代を超えて愛される存在へと成長していきました。今では当たり前のように思える「かわいいアイコンとしてのパンダ」は、この頃に確立されたものです。
上野からパンダが消えた日と「パンダはいらない」論争
しかし長い歴史の中には、予想外の展開もありました。2008年、上野動物園のリンリンが体調を崩し、そのまま死去。これにより上野からパンダがいなくなるという衝撃の出来事が起こります。上野=パンダというイメージが定着していた東京にとって、このニュースは大きな喪失でした。園の来園者数にも影響が出て、周辺地域の経済にも暗い影が落ちました。
同時期、パンダ不要論が起きます。年間数億円といわれるレンタル料や、繁殖した子どもの所有権が中国にある点を理由に、「もうパンダは必要ないのでは」といった議論が起こったのです。かわいい存在である一方、その裏には政治や経済の現実があり、国民がそれを強く意識し始めた時期でもありました。番組では、この論争が起きた背景を多方面からさぐり、パンダが単なる癒やしの動物ではなく、社会の気分や価値観の変化を映す存在だったことを描いています。
再びやって来たパンダと経済・地域の物語
パンダ不在の期間を経て、2011年に上野動物園へ再びパンダがやって来ます。ブリーディングローンとして2頭を受け入れ、その後はシャンシャンをはじめ、多くの人気者が誕生しました。観覧の待ち時間が数時間に及ぶなど、再び大きなブームが訪れます。
パンダの存在は経済にも影響します。パンダ関連商品の売れ行きはもちろん、観光客の増加により、上野や白浜などパンダを抱える地域は大きな経済効果を得ています。飲食店や小売店、ホテルまで恩恵が広がり、いわゆるパンダ経済圏が形成されているのです。
番組が紹介する“苦難を超えての再訪”には、外交交渉や財政面の調整、動物福祉への配慮など、見えない努力が積み重なっていました。人々の「パンダに会いたい」という願いが大きな力となり、地域全体がパンダに支えられ、またパンダを支えてきた歴史が刻まれています。
パンダが映し出す日本人像と、これからの50年
番組の核心は、パンダの歴史を追うだけでなく、パンダを通して日本人の姿を描く点にあります。高度成長期の希望や期待、カワイイ文化の広がり、市民の癒やしへの需要、国際情勢との関わり、そして賛否の分かれた論争—それらすべてが、パンダをどう見るかに刻まれています。
司会の岡田准一、そして長年パンダと関わってきた黒柳徹子、社会問題に詳しい宮崎哲弥、パンダ好きを公言するビビる大木、さらに梨衣名が、多角的な視点から50年の足跡を語り合います。かわいい動物としての魅力だけでなく、その裏にある国際関係、経済、文化の変化など、複雑な背景が浮かび上がります。
パンダを見つめることで、日本人がどんな価値観を大切にし、これからの社会で何を求めていくのか。そのヒントが詰まった60分であり、今後の50年を考える上でも重要な視点を与えてくれます。パンダは、単なる動物ではなく、日本人の心を映す鏡のような存在であることを、この番組は強く示しています。
まとめ
日本とパンダの50年には、かわいさだけでは語れない深い物語があります。外交、文化、そして人々の思いが重なり、特別な存在として受け入れられてきました。本ページの内容は可能な限り正確に記述していますが、実際の放送内容と異なる場合があります。放送後に改めて情報を追記し、最新の内容に整えていきます。
NHK【みみより!解説】パンダ不在の時代へ──パンダ返還はなぜ起きたのか?上野動物園パンダとパンダ外交の仕組み、中国の所有権と貸与契約の裏側|2026年1月19日
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