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NHK【ぼくらのコミケ史】好きが紡いだ50年|コミケ歴史と同人文化の発展、冬コミ2025密着で見えた創作の原点|2026年3月1日★

文化
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ぼくらのコミケ史 好きが紡いだ50年とは?

番組「ぼくらのコミケ史 好きが紡いだ50年」は、誕生から50年を迎えた コミックマーケット(コミケ) の歩みをたどるドキュメンタリーです。2026年3月1日に放送され、日本が世界に誇る 同人文化 がどのように生まれ、どこまで広がってきたのかを、映像と証言で掘り下げます。

番組では、2025年の「冬コミケ」に密着した最新の様子に加えて、準備会スタッフ、出展サークル、ボランティア、古参ファン、コスプレイヤーと、コミケを支えてきた人たちを幅広く取材します。そこに、コスプレイヤーの えなこ、漫画家の 島本和彦、評論家の 宇野常寛、アニメ・特撮研究家の 氷川竜介 らがコメントを寄せ、語りは声優の 上坂すみれ が担当します。

数字や年表だけでは見えない、「好き」が積み重なってできた50年の歴史を、“ぼくら” という視点から描くのが、この番組の大きな特徴です。

1975年、第1回コミックマーケットはどんなイベントだったのか

番組の出発点になるのが、1975年に開かれた第1回 コミックマーケット です。今では世界最大級と言われるこのイベントも、始まりは小さな集まりでした。

第1回は1975年12月21日、東京・虎ノ門の「日本消防会館(ニッショーホール)」の一室で開かれ、参加した同人サークルは32、来場者はおよそ700人だったと伝えられています。

当時の参加者の多くは、少女マンガを愛する中高生。商業誌では描ききれない世界観や二次創作を、自分たちで作り、自分たちで交換するために集まっていました。プロではなく “ファン同士” が主役の場をつくる――その発想こそが、後の 同人誌即売会 文化の原点です。

番組では、こうした初期の証言や資料をもとに、「なぜコミケは生まれたのか」「どんな空気の中で始まったのか」を丁寧に振り返ります。

会場を転々としながら成長した80〜90年代のコミケ

続いて番組が描くのは、80〜90年代の成長期です。この頃のコミケは、参加者がどんどん増え、会場を何度も変えながら規模を広げていきました。

中小規模の会場から、やがて 幕張メッセ や晴海見本市会場などを経て、東京中の大きな展示場を渡り歩くようになります。参加サークルは数百から数千へ、来場者も万単位へと膨れあがり、イベント運営は次第に「巨大プロジェクト」のような性格を帯びていきました。

この時代は、マンガ・アニメ・ゲーム文化そのものが一気に注目され始めた時期でもあります。家庭用ゲーム機の普及やアニメ映画のヒットなどとともに、コミケは「好きな作品をもっと深く楽しむ場所」として、若者文化の中で特別な存在になっていきました。

東京ビッグサイト時代へ 世界最大級イベントになるまで

1990年代半ばになると、コミケは現在のメイン会場である 東京ビッグサイト にたどり着きます。1996年以降、夏と冬の年2回、主にこの会場で開催されるようになりました。

東京ビッグサイトは、りんかい線やゆりかもめでアクセスできる大規模展示場で、広大な東西ホールや会議棟を持ちます。その広さを生かして、コミケは数万どころか数十万人規模の参加者を受け入れるイベントへと成長しました。2010年代には、1回の開催で延べ70万〜75万人が参加したとされ、世界最大の同人イベントと紹介されることも多くなります。

番組では、こうした「巨大イベント」へと変貌していく過程を、当時の映像や関係者の証言を通して振り返ります。防災対策や待機列の整理、近隣との調整など、規模が大きくなるほど難しくなる課題に、準備会と参加者がどう向き合ってきたのかにも触れていきます。

50年の節目「2025年冬コミケ」にカメラが密着

本編の大きな柱のひとつが、2025年に開催された「冬コミケ」への密着です。50年の節目となるこの回には、2日間でおよそ30万人が来場したと報じられています。

番組のカメラは、早朝から列に並ぶ一般参加者、サークル入場で会場に入るサークル参加者、企業ブースのスタッフ、そしてコスプレエリアに集まる人たちまで、会場のすみずみを追いかけます。

冬の冷たい空気の中で、はじめて参加する人の緊張とワクワク、何十回も通っている常連の落ち着いた動き。そのどれもが、「コミケは特別な一日なんだ」と伝えてくれます。

ここでは、コミケ が単なる即売会ではなく、「一年の区切り」として、生活のリズムの一部になっている人が多いことも垣間見えます。

準備会スタッフが守り続けてきた“居場所”としてのコミケ

コミケを語るうえで欠かせないのが、主催団体である「コミックマーケット準備会」です。ボランティアを中心に構成されるこの組織は、営利目的ではなく、「同人のための場を守る」という理念で運営されています。

番組では、準備会スタッフの会議や、当日の運営現場にも密着します。警備計画や待機列の導線づくり、サークル配置の調整、落とし物対応まで、細かな仕事の積み重ねが画面越しに伝わってきます。

背景知識として、こうした大規模イベントは、消防法や警備計画などの条件をクリアしなければ開催できません。コミケが50年続いてきたのは、「ルールを守りながら、好きなことを思いきりできる場を作る」ことに、準備会と参加者が一緒に取り組んできたからだと分かります。

出展サークルが語る同人誌づくりの現場とこだわり

もうひとつの主役が、机の上に本やグッズを並べる出展サークルです。番組では、オリジナル作品を描き続けるサークルや、人気作品の二次創作を手がけるサークルなど、いくつかの例に密着します。

締切に追われながら原稿を仕上げる様子、印刷所とのやりとり、頒布価格を決めるときの迷い。どれも「趣味の活動」でありながら、プロ顔負けの真剣さです。

一般的な豆知識として、同人誌 は日本各地の専門印刷所によって支えられており、コミケ前は「修羅場」と呼ばれる繁忙期になります。こうした産業的な側面も含めて、コミケはすでにひとつの文化圏を形づくっていると言えます。

番組では、サークル参加者が「なぜここまでして本を作り続けるのか」を語ることで、コミケが“自分の表現を世に出す場所”になっていることを浮かび上がらせます。

ボランティアが支える巨大イベントの舞台裏

会場を歩いていると、「スタッフ」と書かれた腕章をつけた人たちを多く見かけます。彼らの多くは有志のボランティアで、列の案内や誘導、迷子の対応などを担っています。

番組は、このボランティアの一日に密着し、朝集合してから解散するまでの流れを追います。マイクで列をさばきながらも、時々参加者と笑顔で会話する姿から、「同じファンとしてイベントを守りたい」という気持ちが伝わります。

社会的な視点で見ても、コミケ のようなイベントは、行政や企業だけでは支えきれない部分を、市民のボランティア精神が補っている好例です。大勢の人が集まる場で安全とルールを守るには、こうした“目に見えにくい支え”が欠かせません。

コスプレイヤーたちの情熱とマナー えなこが見つめる今の風景

コミケといえば、コスプレ の場としても有名です。番組では、人気コスプレイヤーのえなこが、今のコスプレ文化やマナーについて語ります。

コスプレエリアに集まる人たちは、衣装だけでなく、ポーズや表情、撮影機材にもこだわりを持っています。一方で、撮影列の整列や、一般参加者の導線をふさがないようにする配慮も欠かせません。

近年、SNSでの写真公開や、ライティング機材の大型化など、コスプレを取り巻く環境は大きく変わりました。番組では、えなこが「楽しく安全に撮影を続けるために必要なこと」を語りながら、コスプレ文化が単なる仮装大会ではなく、表現活動として成熟してきたことを伝えます。

古参ファンが振り返る“あの頃のコミケ”と変わらない空気

番組には、初期から参加している古参ファンも登場します。彼らの証言は、「昔のコミケ」を知らない世代にとって、とても貴重な手がかりです。

会場が小さかった頃のアットホームな雰囲気、人気サークルの前に人がぎゅっと集まっていた様子、地方から夜行列車や高速バスで通い続けた思い出。今よりも不便で、洗練されていなかったけれど、それでも「ここにしかない空気」があったことが語られます。

おもしろいのは、「変わったもの」と「変わらないもの」の両方がある、と皆が口をそろえるところです。規模もルールも大きく変わった一方で、「好きなものの話をしに来る場所」という本質は50年たっても同じだと、古参ファンは笑いながら話します。

島本和彦が語る同人とプロの境界線

漫画家の島本和彦は、プロの作家でありながら、同人活動とも深く関わってきた人物です。番組では、島本が「同人と商業のちがい」「プロになっても同人を続ける意味」について語ります。

プロの世界は締切と売上がシビアですが、同人の世界には「評価よりも、まず自分が描きたいものを描く」という自由があります。島本は、その両方を知る立場から、コミケが若い作家の実験場であり、出発点になりうることを指摘します。

一般的にも、現在のマンガ・アニメ業界では、同人活動を経てプロになったクリエイターが少なくありません。コミケ は、単に「ファンの遊び場」ではなく、次の時代のクリエイターを育ててきた土壌でもあるのです。

宇野常寛・氷川竜介が読み解くコミケと日本ポップカルチャー

評論家の宇野常寛と、アニメ・特撮研究家の氷川竜介は、コミケを「日本のポップカルチャーの鏡」として読み解きます。

ふたりは、コミケが半世紀にわたって続いた背景には、日本の消費文化やオタク文化の変化が映し出されていると指摘します。80年代の「マニア」から、90年代の「オタク」、そして現在の「ポップカルチャーファン」へ。呼び名は変わっても、「好きなものを自分の手で作り、交換する」という行動は変わっていません。

さらに、同人誌というフォーマットが、商業作品が踏み込みにくいニッチなテーマや、実験的な表現を受け止めてきたことも語られます。これにより、コミケ は商業とインディーズ、ファンとクリエイターの境界をゆるやかにし、日本のコンテンツ産業全体の厚みを増してきた、と番組はまとめます。

同人文化が世界に広がった背景と、海外から見たコミケの価値

近年、コミケには海外からの参加者も増えています。海外メディアが「世界最大の同人イベント」として取り上げることも多く、旅行ガイドサイトや観光情報でも、コミケは東京を代表するイベントのひとつとして紹介されています。

番組では、海外から参加したファンの声も紹介し、「なぜ日本まで来てコミケに参加するのか」を聞きます。そこから見えてくるのは、「好きな作品に対して、自分で二次創作をしてもいい」という文化自体が、海外から見るととても珍しく、魅力的だという点です。

法律や慣習の違いもある中で、日本では一定のルールのもとで二次創作が受け入れられてきました。その結果、同人文化 が大きく育ち、世界中から人が集まる場としてのコミケが成立している――番組は、その歴史的な意味にもさりげなく触れていきます。

これからのコミケと同人文化の未来へ向けたメッセージ

ラストパートでは、準備会メンバーや出演者たちが、「これからの50年」に向けた思いを語ります。

参加者の高齢化や、若い世代の趣味の多様化、オンラインイベントの広がりなど、コミケを取り巻く環境は確実に変わりつつあります。それでも、「好きなものを自分の形で表現し、それを受け取ってくれる誰かに出会う場」としての コミケ の価値は、これからも変わらないだろうと、番組は静かに伝えます。

50年の歴史を振り返りながら、この先も「ぼくらのコミケ史」は続いていく――。そんな余韻を残して、番組は締めくくられていきます。

この番組を見終わった視聴者は、おそらくこう感じるはずです。「一度も行ったことがなくても、どこかでコミケに支えられてきた気がする」と。マンガやアニメ、ゲームやコスプレが好きな人にとって、コミケはただのイベントではなく、“好きでいてもいいんだよ” と背中を押してくれる場所なのだと、そっと教えてくれる内容になっています。

注意とまとめ

この記事は放送前の情報をもとに構成しているため、実際の内容と異なる場合があります。

番組では、50年の歩みをたどる コミックマーケット の歴史や、準備会・出展サークル・コスプレイヤーなど、多くの人たちの思いが描かれる予定です。

長い年月をかけて育まれた同人文化の魅力を、できるだけ分かりやすくまとめています。放送後は、必要に応じて新しい情報を追記していきます。

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