岡山の赤い集落・吹屋ふるさと村の魅力
岡山県高梁市にある吹屋ふるさと村は、赤い屋根や格子、ベンガラ色の町並みが広がる“赤の集落”として注目されています。
『あさイチ(秘境!なんでも“赤”の集落)(2026年6月4日)』でも取り上げられ注目されています 。
なぜ町全体が赤く見えるのかを知ると、景色の美しさだけでなく、銅山やベンガラ産業で栄えた歴史まで見えてきます。
この記事でわかること
・岡山の赤い集落がどこなのか
・吹屋ふるさと村が赤い理由
・ベンガラ文化と町並みの関係
・訪れる前に知りたい見どころ
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(印刷用)
赤の集落はどこ?岡山・吹屋ふるさと村の魅力
岡山の山あいに、まるで時間が止まったような赤い町並みがあります。それが、岡山県高梁市成羽町にある吹屋ふるさと村です。
「あさイチで話題の赤の集落」として注目されている場所は、番組内容の「屋根も壁もお土産も街ゆく人まで“赤”」という表現から見ても、吹屋ふるさと村の可能性が高いです。
吹屋ふるさと村の特徴は、ただ赤い建物が並んでいるだけではありません。赤い瓦、赤みを帯びた格子、赤い壁、町に残るベンガラ文化が重なり、町全体がひとつの物語のように見えるところにあります。
吹屋は、標高約500mの高原にある山あいの集落です。昔は銅山とベンガラで栄えた鉱山町で、江戸時代から明治時代にかけて大きな富を生みました。現在の赤い町並みは、その繁栄の記憶を今に残す大切な景観です。
観光地としての吹屋の魅力は、派手なレジャー施設ではなく、歩くほどに「なぜこの町は赤いのか」「昔ここで何が起きていたのか」が見えてくるところです。
見どころを大きく分けると、次のようになります。
・赤い町並みを歩いて楽しめる
・ベンガラの歴史を知ることができる
・昔の豪商の暮らしや建物を見られる
・鉱山町として栄えた背景を学べる
・写真映えする景色が多い
・山あいの静かな空気を味わえる
特に初めて訪れる人にとって印象的なのは、町全体の色がそろっていることです。
普通の古い町並みは、家ごとに屋根や壁の色が少しずつ違うことが多いですが、吹屋は赤銅色の瓦やベンガラ色の外観がそろっているため、遠くから見ても、歩いていても統一感があります。これは偶然ではなく、当時の町の有力者たちが相談し、町全体を同じ考え方で整えたことに由来するとされています。
つまり、吹屋ふるさと村は「赤い建物が多い場所」ではなく、町全体で作り上げた赤の景観なのです。
岡山の赤い集落が異世界のように見える理由
吹屋ふるさと村が「異世界のよう」と感じられる理由は、まず立地にあります。
岡山県と聞くと、岡山市や倉敷美観地区のような観光地を思い浮かべる人も多いですが、吹屋は山道を進んだ先にあります。にぎやかな市街地から離れた場所に、突然、赤い屋根と赤い町家が並ぶ景色が現れるため、訪れた人は「本当にここだけ別の世界みたい」と感じやすいのです。
もうひとつの理由は、色の統一感です。
吹屋の赤は、真っ赤というよりも、少しくすんだ落ち着いた赤です。派手な赤ではなく、土や木、瓦とよくなじむ深い赤褐色です。そのため、町並み全体に古さと温かさがあり、昔の日本に迷い込んだような印象を受けます。
この赤は、ただ目立たせるための色ではありません。
吹屋で作られていたベンガラは、鉄を主成分とする赤い顔料です。寺社の建築、陶器、漆器、朱肉などにも使われ、日本の赤を支えてきた大切な色でした。吹屋のベンガラは全国に流通し、日本の工芸や建築を彩る存在になりました。
だからこそ、吹屋の赤い町並みを見るときは、「きれいな赤だな」で終わらせるともったいないです。
この赤には、昔の産業、商人の努力、職人の技、地域の誇りが詰まっています。
吹屋の赤が特別に見える理由は、自然の景色との対比にもあります。
山の緑、石畳、古い木造建築、赤い瓦や格子。この組み合わせがあることで、町の赤がより印象的に見えます。都会の中の赤い建物なら目立つだけかもしれませんが、山あいの静かな集落にあることで、赤が風景の中心になります。
また、吹屋は「観光用にあとから赤くした町」ではなく、もともとベンガラと銅で栄えた町です。町の色と歴史がつながっているため、景色に作り物っぽさがありません。
たとえば、赤い屋根を見たときも、ただのデザインではなく、
「この町には赤い顔料を作る産業があった」
「その産業で栄えた人たちが町並みを整えた」
「その色を今も地域の人たちが守っている」
という背景が見えてきます。
このように、吹屋ふるさと村が異世界のように見えるのは、珍しい色の町だからではなく、色・産業・歴史・地形が一体になっている場所だからです。
吹屋ふるさと村の赤い町並みはなぜ生まれたのか
吹屋ふるさと村の赤い町並みを理解するには、まず銅山とベンガラの関係を知ることが大切です。
吹屋はかつて、銅の産地として栄えた町でした。銅を掘るときには、いろいろな鉱石が一緒に出てきます。その中に、ベンガラのもとになる鉱石がありました。
もともとは銅を採るうえで邪魔になるものだった鉱石が、やがて赤い顔料の材料として使われるようになったと伝えられています。つまり、吹屋の赤は、山から出た資源を生かした知恵から生まれた色なのです。
ベンガラは、ただ赤いだけの顔料ではありません。
色が長持ちしやすく、建物や工芸品にも使いやすいという特徴があります。そのため、寺社、焼き物、漆器など、日本の大切な文化財や工芸品にも広く使われてきました。
吹屋で作られた質の高いベンガラは全国に広がり、町に大きな富をもたらしました。すると、その富を得た商人たちは、立派な家を建て、町並みを整えていきました。
ここでおもしろいのは、吹屋の町並みが「一軒だけ豪華」ではないことです。
全国には、豪商が建てた大きな屋敷が残る町はあります。しかし吹屋の場合、家ごとの豪華さを競うのではなく、町全体として統一感を持たせたところに大きな特徴があります。
赤銅色の石州瓦、ベンガラ色の格子や外観。これらがそろうことで、吹屋はひとつの大きな景観として残りました。江戸末期から明治にかけて、町の有力者たちが職人を招き、町全体を統一した考えで整えたことが、現在の赤い町並みにつながっています。
つまり、吹屋ふるさと村の赤い町並みは、自然にバラバラとできたものではありません。
山の資源があり、産業が育ち、商人が富を得て、職人の技が入り、地域の人々が町を大切に守ってきた。その積み重ねで生まれた景色です。
ここが、ただの「古い町並み」と大きく違う点です。
倉敷美観地区の白壁の町並みが「商都の美しさ」を感じさせるなら、吹屋ふるさと村は鉱山町の赤い記憶を感じさせる場所です。
比較すると、それぞれの魅力が見えてきます。
倉敷美観地区
白壁や川沿いの景色が印象的で、商家文化や町歩きが楽しめる
吹屋ふるさと村
赤い瓦やベンガラ色の町並みが印象的で、鉱山・顔料・商人文化が重なる
備中松山城周辺
山城や雲海の景色が魅力で、歴史と自然の迫力を感じられる
このように、吹屋は岡山観光の中でもかなり個性が強い場所です。
「赤い町並み」という見た目のインパクトに加えて、なぜ赤いのかを知ると、ただ歩くだけでも景色の見え方が変わります。
吹屋のベンガラ文化が今も町並みに残る理由
吹屋のベンガラ文化が今も残っている理由は、産業が終わったあとも、町の人たちが景観と歴史を守り続けてきたからです。
かつて吹屋を支えた銅山やベンガラ産業は、時代の流れとともに役割を終えました。銅山は閉山し、ベンガラ製造も昔のような形では続かなくなりました。それでも、町並みや工場跡、鉱山跡、古い建物は大切に残されました。
もし、産業が終わった時点で建物が壊され、町並みが新しい建物に置き換わっていたら、今の吹屋ふるさと村は存在していなかったはずです。
吹屋が今も注目されるのは、失われかけた産業の記憶を、町並みとして残しているからです。
赤い格子や瓦は、単なる観光の飾りではありません。そこには、かつて人々が働き、商いをし、暮らしを営んできた証があります。
吹屋を歩くときに意識したいのは、次の3つです。
まず、赤い町並みは富の象徴だったということです。
ベンガラや銅によって栄えたからこそ、職人を呼び、統一感のある家並みを作ることができました。赤い色は、町の繁栄を表す色でもありました。
次に、赤は日本文化と深くつながる色だということです。
赤は、魔よけや祝い、力強さ、美しさを感じさせる色として、日本の建築や工芸に長く使われてきました。吹屋のベンガラは、そうした日本の赤の文化を支えた存在でもあります。
そして、今の町並みは守られてきた結果だということです。
古い建物は、ただ残っているだけでは維持できません。修理や保存、地域の理解が必要です。吹屋が「ジャパンレッド」として評価されているのは、見た目の美しさだけでなく、地域が歴史を未来につないできたことにも意味があります。
訪れるなら、赤い町並みを写真に撮るだけでなく、ベンガラの歴史に触れられる場所や、古い建物、鉱山に関係するスポットも合わせて見ると、理解が深まります。
たとえば、町並み散策では「なぜ家の外観が赤いのか」を意識しながら歩くと、格子や壁、瓦の色がただの景色ではなくなります。
古い家屋を見るときは、そこで暮らした人の生活や、商人たちの力を想像できます。
ベンガラに関する展示や体験ができる場所では、赤い顔料がどのように作られ、どのように使われたのかをより身近に感じられます。
吹屋ふるさと村は、短時間で写真だけ撮って帰ることもできますが、本当の魅力を味わうなら、少し時間をとってゆっくり歩くのがおすすめです。
特に見るポイントは、次のような流れです。
町並み全体を見る
赤い瓦、格子、壁の統一感を感じる
ベンガラの意味を知る
赤い顔料が町の産業だったことを理解する
古い建物を見る
商人や職人の力で町が整えられたことを感じる
周辺の鉱山・工場跡にも目を向ける
赤い町並みの裏にある仕事と産業を想像する
こうして見ていくと、吹屋の赤はただの色ではなく、町の歴史そのものだとわかります。
岡山の赤い集落が多くの人を引きつけるのは、見た目が珍しいからだけではありません。
山あいに突然現れる非日常感、赤で統一された町並み、ベンガラと銅で栄えた歴史、そしてその景色を今も守っている人たちの積み重ねがあるからです。
吹屋ふるさと村は、写真で見ると「赤い町」ですが、歩いてみると「赤に記憶が残る町」です。
その違いを知ってから訪れると、屋根の色も、格子の色も、古い道の空気も、ぐっと深く感じられるはずです。
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