日航123便事故が残した「事故調査と刑事捜査」の難題
航空事故が起きると、「原因を突き止めて次の事故を防ぐ調査」と「犯罪や刑事責任の有無を調べる捜査」が同時に動きます。『クローズアップ現代(なぜ真相は埋もれたのか〜日航機墜落41年の新証言〜)(2026年8月26日)』では、この2つが交錯した日航123便事故の舞台裏も焦点になります。なぜ修理担当者から十分な証言を得られなかったのか、現在の国際ルールまでつなげて見ていきます。
この記事でわかること
- 航空事故調査と刑事捜査の目的の違い
- 日航123便事故でボーイング側への聴取が問題になった理由
- 日本で警察と事故調査機関がどう調整しているのか
- 2026年に強化された航空事故調査の国際的な考え方
航空事故調査は「犯人探し」ではなく次の事故を防ぐために行う
日航123便事故を理解するとき、最初に分けて考えたいのが事故調査と刑事捜査です。
航空事故調査の目的は、事故を起こした人物を処罰することではありません。
機体、整備、操縦、組織、作業環境などを調べ、
なぜ事故が起きたのか
同じ事故を二度と起こさないためには何を変えるべきか
を明らかにします。
国際民間航空の事故調査ルールでも、安全調査の唯一の目的は事故や重大インシデントの防止であり、過失や責任を割り当てることではないという原則が置かれています。司法や行政による責任追及の手続きとは分けて行う考え方です。
一方、刑事捜査では犯罪が成立するのか、誰に刑事責任があるのかを調べます。
同じ事故を調べていてもゴールが違うのです。
日航123便事故で問題になったのは修理担当者から直接聞けなかったこと
1985年の日航123便事故では、1978年のしりもち事故後に行われた後部圧力隔壁の不適切な修理が、墜落につながる大きな原因となりました。
ところが、その修理を実際に行ったボーイング側の作業担当者について、日本の事故調査側が直接十分な事情を聞けなかった問題が後年まで取り上げられています。
事故から40年となった2025年にも、「当時の航空事故調査委員会がボーイングの修理作業者から話を聞けなかったこと」と事故調査・警察捜査の関係が改めて問われました。
これはかなり大きな意味を持ちます。
完成した機体を調べれば「どのように間違えていたのか」は分かる場合があります。
しかし、
なぜ図面と違う施工を選んだのか
取り付けにくさを誰へ相談したのか
作業変更をどのように判断したのか
といったことは、実際に作業に関わった人の証言が重要になります。
物理的な事故原因だけでなく、ミスを生んだ背景まで解明するには、人から聞かなければ分からない情報があるのです。
刑事責任につながる可能性があると証言しにくくなる
ここで事故調査特有の難しさが出てきます。
例えば整備担当者が、
「手順とは違う方法を使った」
「承認を取らずに作業方法を変えた」
「以前から同じ方法で作業していた」
などと率直に話せば、再発防止には極めて重要な情報になります。
しかし、その発言が自分や同僚の刑事責任につながると考えれば、証言する側が慎重になることも考えなければなりません。
航空安全の国際ルールが調査記録を一定程度保護するのも、このためです。
証言や記録が別の目的に使われることで、将来の事故調査で関係者が情報を出さなくなれば、本当の原因を突き止めにくくなります。国際基準では、こうした情報提供の萎縮が事故調査を妨げ、安全そのものへ影響する問題として扱われています。
日本では1972年から警察と事故調査側の調整ルールがある
日本で航空事故調査制度が整備された際、警察庁と運輸省の間では1972年に覚書が交わされました。
この覚書には、事故調査側の処分と犯罪捜査が競合する場合には、あらかじめ捜査機関の意見を聞き、犯罪捜査へ支障が生じないようにすることなどが盛り込まれていました。
その後も警察と事故調査機関の間には、事故現場の保存、物件の検査、関係者への事情聴取などについて調整する細かなルールが設けられています。
事故現場の保存は原則として警察が行い、現場物件の検査などについて両者が協議する仕組みです。
つまり、警察と事故調査側がまったく別々に動くわけではありません。
同じ事故現場、同じ機体、同じ関係者を調べる以上、一定の協力と調整が必要になります。
運輸安全委員会は「どちらか一方が優先する関係ではない」としている
現在の航空事故調査を担う運輸安全委員会は、事故調査と警察の犯罪捜査について、目的が異なる独立した活動であり、どちらか一方が優先するものではないという立場を示しています。
事故調査は再発防止。
刑事捜査は刑事責任の確認。
どちらも社会に必要な活動であるため、一方を止めてもう一方だけを行うという単純な問題ではありません。
一方で、運輸安全委員会は過去の会見で、事故調査報告書が刑事手続きへ利用されることなどについて議論があることも認めています。
事故調査の結果が刑事責任追及へ直接結び付く印象が強まれば、関係者が率直に話しにくくなるという問題が残るためです。
「国際基準では刑事捜査をしてはいけない」という意味ではない
ここは誤解しやすい部分です。
国際基準が事故調査と責任追及を分けるよう求めているからといって、
航空事故について刑事捜査をしてはいけない
という意味ではありません。
重大な事故で犯罪の疑いがあれば、司法当局が捜査することはあります。
重要なのは、安全調査が刑事責任を決めることを目的に変わったり、必要な証言や証拠へのアクセスを妨げられたりしないことです。
実際、日本側も事故調査報告書が刑事裁判で使われること自体を国際条約が全面的に禁止しているわけではないとの考えを示しています。
そのため問題の核心は、
「調査か捜査か、どちらを選ぶか」
ではなく、
双方を行いながら事故調査に必要な独立性と情報をどう守るか
にあります。
2026年に国際基準がさらに強化された
この問題は41年前だけの話ではありません。
2026年3月27日、国際民間航空機関は航空事故・重大インシデント調査に関する国際基準を改定し、調査の独立性、透明性、信頼性をさらに強化することを決めました。
背景には、重大事故で安全調査が中断されたり、他の手続きとの利害の衝突によって十分な調査ができなくなったりする問題があります。
新たな考え方では、必要に応じて他国や地域の事故調査機関へ調査を委ねること、第三者による監視、被害者や遺族との適切なコミュニケーションなども重視されています。
さらに事故調査機関が証拠資料へ遅滞なく制限なくアクセスできることが明確化されました。
この改定は2028年11月23日から適用される予定です。
事故調査の独立性をどう確保するかという問題が、世界の航空安全にとって今も続く課題であることが分かります。
遺族との情報共有も事故調査の重要な部分になった
航空事故調査は、専門家だけが原因を調べれば終わりというものでもありません。
事故で家族を失った遺族にとっては、
「何が起きたのか」
「なぜ起きたのか」
「何が分かり、何が再発防止につながったのか」
を知ることも非常に大切です。
日航123便事故では、事故から長い年月が経った後も、事故調査報告書に対する遺族の疑問が続きました。
運輸安全委員会はその後、遺族団体「8・12連絡会」の協力を得て、事故調査報告書を分かりやすく説明する解説書を作成しています。
2026年に決まった国際基準の強化でも、事故被害者や家族とのコミュニケーションの重要性が改めて示されました。
事故調査には、技術的な正しさだけでなく、社会から信頼される透明性も求められるようになっています。
日航123便事故が41年後も問いかけるのは「原因の手前」まで調べる仕組み
日航123便事故では、後部圧力隔壁の不適切な修理から疲労亀裂が広がり、隔壁破壊や機体後部の損壊へ至ったという事故のメカニズムが明らかにされています。
しかし、再発防止という視点で見ると、その前にもう1つ重要な問いがあります。
なぜ不適切な修理が実行されたのか。
この問いへ答えるには、壊れた機体だけを調べても足りません。
作業した人、指示した人、検査した人から率直な話を聞き、当時の組織や作業環境まで調べる必要があります。
だからこそ事故調査では、責任追及とは異なる環境で証言を集めることが大切になります。
520人が亡くなった事故から41年。
残された大きな教訓の1つは、誰を責めるかだけでなく、なぜ事故につながる判断が生まれたのかを最後まで追える仕組みを作ることです。
それは日航123便だけの問題ではなく、これから起きるかもしれない重大事故で同じ失敗を繰り返さないための課題でもあります。
参考リンク
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