家で介護が受けられない!?〜迫る“訪問介護 危機”〜
高齢者が安心して住み慣れた自宅で暮らし続けるために大切な訪問介護。その仕組みがいま、大きな転機を迎えています。2025年4月14日放送のNHK「クローズアップ現代」では「家で介護が受けられない!?〜迫る“訪問介護 危機”〜」と題して、全国各地の現場の声を交えながら、制度の歪みや人材不足、家族にのしかかる負担など、現在の訪問介護の課題が取り上げられました。このままでは訪問介護が立ち行かなくなるかもしれない、という現場の深刻な実情が浮き彫りになっています。
訪問介護の現場で起きている異変
番組ではまず、大阪市で訪問介護を受けている生藤キヨミさんのケースが紹介されました。彼女を支えている訪問介護事業所の代表・出口一也さんは、2024年度に実施された介護報酬の約2%引き下げが、経営悪化の直接的な原因だと話します。訪問介護は、2000年の介護保険制度導入以来、施設介護から在宅介護へと国の方針に沿って広がってきた仕組みで、いまや全国で100万人以上が利用しています。
しかしその一方で、事業所の収入は減り、もともと深刻だった人手不足がさらに悪化。出口さんの事業所ではヘルパーの約半数が65歳以上。一度体調を崩して辞めた金田ふみえさんも、人手不足により復帰を求められ、現在は買い物の補助など軽作業に限って支援を続けています。
このような現場では、
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経営者自らがスカウトをしても人が集まらない
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給与が低く、若年層の応募がほとんどない
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高齢のヘルパーに依存している
といった深刻な課題が浮かび上がっています。
都市部でも深刻な経営難が広がる
大阪だけでなく、東京・世田谷区の辻本きく夫さんが運営していた訪問介護事業所も閉鎖に追い込まれました。自らの定期預金を切り崩してまで経営を続けてきましたが、報酬の引き下げで限界を超えたとのことです。特に問題なのは、彼の事業所を利用していた80代の男性のような一人暮らしの高齢者です。「歩けるうちは施設に入りたくない」と話すものの、引き継ぎ先の事業所が見つからず、サービスが途切れる恐れが出ています。
辻本さんは、このままでは訪問介護という制度自体が崩壊してしまうと強く危機感を示しました。
制度の構造的な問題と収益構造の違い
スタジオでは、介護制度に詳しい東洋大学の高野龍昭教授が解説を行いました。訪問介護には大きく分けて2つのスタイルがあり、
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サービス付き高齢者住宅などに住んでいる高齢者を巡回訪問するケース
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個人の自宅を訪問するケース
のうち、前者は移動の効率がよく件数を回れるため利益が出やすい一方で、後者は1日1~3件しか回れず利益率が著しく低くなることが説明されました。政府は賃上げに対する加算を実施したとしていますが、小規模事業所ではその加算すら取得が難しい現実もあるのです。
実際、NHKの独自調査では全国300を超える自治体に指定訪問介護事業所が存在しない、または1カ所しかないことが判明しました。これは全国の自治体のおよそ5分の1にあたる数であり、住んでいる場所によっては訪問介護が受けられない状況が広がっています。
過疎地では介護の空白地帯が拡大
広島県安芸太田町では、4年前に唯一の訪問介護事業所が閉鎖されて以降、近隣の北広島町から週に1度だけヘルパーが訪問する体制になっています。99歳の寄田尊さんは目が見えず週3の支援が必要ですが、現状では対応できていません。
派遣されているヘルパーは100kmを超える距離を移動して複数の自治体を担当しており、当然ながら移動に時間がかかり、訪問件数も減少。さらに、移動時間に対して報酬は支払われないため、事業所の赤字は膨らむ一方です。
娘さんが毎週1時間以上かけて訪問しているものの、自身も病気を抱えており「いつまで続けられるかわからない」と不安を語っていました。
国の理念と現場のずれ、希望の光も
国の介護政策は「住み慣れた地域で最期まで暮らせる社会」を目指しており、その一環として訪問介護が推進されてきました。しかし実態としては、制度の支えが追いついておらず、地方はもちろん都市部でも限界が近づいています。
今後、訪問介護が受けられない場合は、
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離れた施設に入所する
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家族が介護する(介護離職のリスク)
という選択を迫られることになり、個人にも社会全体にも大きな負担がのしかかります。
こうした中、高知県では移動にかかる費用に対して補助金を上乗せする制度を導入し、コーディネーターが不足地域に人材を派遣する取り組みも始まっています。高野教授もこの高知モデルを「過疎地域を抱える自治体には参考になる好事例」と高く評価していました。
外国人材や若年層の活用に希望
番組後半では、ベトナム人の介護福祉士グエン・ティ・ホン・トゥオイさんの働きが紹介されました。彼女のような有資格者に限らず、今後は資格がなくても段階的に訪問介護に従事できる制度改正が進められています。課題となるのは、日本語の習得など1対1のケアに必要なスキルの育成です。
一方、世田谷区にある別の事業所では、平均年齢33歳の若年層が正社員として活躍しており、訪問数を増やす営業活動や介護記録のデジタル化など効率化によって経営を維持しています。
おわりに
厚労省は外国人材の受け入れや支援策を進めている一方で、現場からは「言語や文化の壁が大きい」「人材育成に時間がかかる」といった声も上がっています。高野教授は、人口減少社会では外国人の活用も不可欠であり、制度と現場の橋渡しをどう行うかが課題だと締めくくりました。
今後も、地域、国、事業者、そして利用者や家族それぞれが協力し合い、訪問介護という大切な仕組みをどう守っていくかが問われています。放送を通じて改めてその重みを実感する内容となっていました。
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