太陽を地上につくるという大胆な挑戦とは何か
番組はまず、「太陽を生み出せるか」という大胆な問いから始まります。
太陽の内部では、軽い原子同士がぶつかり合ってくっつくことで、膨大なエネルギーが生まれています。
この反応を核融合と呼びます。
核融合では、燃料となる水素の仲間が超高温で押しつぶされて融合し、エネルギーを出します。
燃料1グラムで石油およそ数トン分に匹敵するエネルギーを取り出せるとされ、発電時に二酸化炭素を出さないのが大きな特徴です。
一方で、その条件はとても過酷です。
1億度を超える高温のガス(プラズマ)を、磁場の力で宙に浮かせて制御する必要があります。
この「1億度を閉じ込めてコントロールする」という部分が、技術的に非常に難しいところです。
番組は冒頭から、そんな“夢のエネルギー”に挑む現場へと視聴者を連れていきます。
フランス南部に建設中のITERとはどんな施設か
ITERは、「国際熱核融合実験炉」と訳される世界最大級の科学プロジェクトです。
欧州連合と、日本、アメリカ合衆国、中国、ロシア、韓国、インドなど、世界の主要国・地域が参加しています。
建設地は、フランス南部の研究拠点カダラッシュ周辺です。
ここに、世界で初めて本格的な核融合実験炉をつくり、2030年代に実験を本格稼働させることが目標とされています。
番組の取材が入った2025年4月、心臓部となる炉心の組み立て作業がいよいよ本格化していました。
高さおよそ16.5メートルの「セクターモジュール」と呼ばれる巨大パーツを9個並べ、ドーナツ状の炉心を形作っていく、正念場のタイミングです。
この現場で、建設室長として全体を統括しているのが日本人エンジニアの大前さんです。
各国企業から届く部品をどう組み合わせ、どう組み立てるか。
その最終的な判断と責任を担う、極めて重要なポジションに立っています。
核融合エネルギーの仕組みと、核分裂との違い
番組は、視聴者にわかりやすく核融合の基本も説明していました。
今、日本や世界で動いている原子力発電所の多くは、ウランなどの重い原子核を割る「核分裂」を利用しています。
これに対して核融合は、軽い原子核をくっつけるしくみです。
核分裂では連鎖反応が続くことで、制御を失うと暴走してしまう危険があります。
一方、核融合はそもそも連鎖反応の形では進まないため、「勝手に暴走しない」性質を持つとされています。
ただし、完全に安全というわけではありません。
材料として使う金属が放射線にさらされることで、低レベルの放射性廃棄物が出るなど、処理すべき課題は残っています。
それでも、燃料を海水中から取り出せる可能性があること、運転中に二酸化炭素を出さないことから、将来のゼロカーボンエネルギーとして世界中から期待を集めているのです。
巨大セクターモジュールとTFコイルに挑む日本の技術力
ITERの炉心は、セクターモジュールと呼ばれる巨大な部品を9個、円形に並べて構成します。
番組では、そのうち1つ目の設置が終わり、2つ目以降の難しさに現場が直面する様子を描いていました。
ポイントは「隣のモジュールとの距離を2ミリまで近づける」という、極端な精度です。
巨大な金属構造物をクレーンでつり下げながら、わずか2ミリのクリアランスで組み合わせていく作業は、誤差が100万分の1レベルで求められる超精密な仕事です。
ここで鍵を握るのが、日本が製造を担ったTFコイル(トロイダル磁場コイル)です。
TFコイルは、1億度を超えるプラズマをリング状に閉じ込める“磁石の枠組み”のような存在で、その巨大さと高い性能から「世界最大級の超伝導電磁石」とも呼ばれます。
番組では、「当初は製造不可能と言われたパーツを、日本のメーカーが形にした」と紹介されていました。
精密な加工技術と、品質を最後まで安定して維持する力。
こうした“ジャパン・クオリティ”が、ITERの要の部分を支えているのです。
東西冷戦から始まった国際核融合プロジェクトの歩み
今でこそ国際協力の象徴とされる核融合プロジェクトですが、その始まりは決して平和な時代ではありませんでした。
番組は、東西冷戦下で各国が軍事利用も視野に入れながら、核融合の研究を秘密裏に進めていた歴史に触れます。
1985年の米ソ首脳会談で、「核融合の平和利用」を掲げた共同研究の構想が打ち出され、それが現在のITERへとつながっていきました。
しかし、どの国も単独で核融合発電を実現できるほど、技術も資金も十分ではありません。
そこで「力を合わせて不可能の壁を超えよう」と生まれたのが、国際機関としての国際核融合エネルギー機構と、その実験炉であるITERです。
核融合の燃料は、海水中の重水素やリチウムから取り出せると考えられています。
もし本当に実用化できれば、「資源争いを緩和し、国際社会の安定にもつながる可能性がある」と、番組は静かに語っていました。
建設遅延と膨らみ続けるコストという現実
一方で、明るい未来だけが映し出されるわけではありません。
ITERの建設費用は、参加各国が分担して負担しています。
番組が取り上げた2025年度の数字では、日本は全体の約9.1%、およそ139億円を拠出していました。
世界全体では、年間の建設費が1500億円を超える規模に達しています。
さらに、新型コロナウイルスの影響で資材の輸送が滞ったこと、現場で想定外の修理や調整が発生したことなどから、プロジェクトは大幅な遅れに直面しました。
当初の計画では、すでに実験運転が始まっているはずだったタイミングです。
しかし現実には、「まず建設そのものを立て直す」というところから、やり直しを迫られていました。
この苦しい局面で“舵取り役”を任されているのが、大前さんです。
番組では、各国の事情が絡み合う中で「追加予算をどこまで認めてもらうか」という、難しい交渉に挑む姿が追われていました。
アメリカ・中国・日本、それぞれの独自戦略
番組の中盤では、世界各国がITERとは別に進めている「核融合の国家戦略」にも光が当てられます。
態度を保留していたアメリカ合衆国は、自国主導で核融合発電を進めようとする動きを強めていました。
エーアイの開発には膨大な電力が必要で、元グーグル最高経営責任者のエリック・シュミット氏なども「エーアイの限界は電気だ」と指摘しています。
こうした背景もあり、アメリカでは核融合スタートアップ企業が次々と生まれ、「2028年までに核融合で発電する」といった野心的な目標を掲げています。
番組は、テクノロジー業界の大物たちがこうした企業を後押ししている様子にも触れていました。
一方、中国は、国家戦略として核融合分野への投資を加速させています。
番組によれば、年間で2300億円規模の予算が投じられているとも言われ、多くの中国人スタッフがITERの現場で働きながら最先端技術を吸収していました。
そして日本もまた、ITERへの参加と並行して、国内に「原型炉」と呼ばれる次の段階の炉を建設し、世界に先駆けて発電の実証を行う計画を進めています。
このように、各国は協力しながらも、自国の利益や主導権をめぐって静かな競争を繰り広げているのです。
民間核融合スタートアップとエーアイが生む新しい波
番組が印象的だったのは、国際機関ITERと、民間の核融合スタートアップ企業の関係の描き方です。
世界では、民間資本による核融合への投資が急増しています。
国際機関の報告によると、世界の核融合関連スタートアップへの累計投資額は、2020年の約17億ドルから、2025年には150億ドル規模へと一気に膨らんだとされています。
背景にあるのは、エーアイやデータセンターが生み出す「電力需要の爆発」です。
エーアイが進化すればするほど、裏側で動くコンピューターには、これまでにない電力が必要になります。
こうした動きを前にして、ITERの建設室長・大前さんは、「競争するだけではなく、協力できるところは協力する」という新しい形を目指そうとしていました。
番組では、ITER側が長年蓄積してきた技術情報を積極的に公開し、民間企業との対話の場を増やそうとしている姿が描かれます。
国際機関と民間企業が互いの強みを生かし合えれば、核融合発電の実現は一歩早まるかもしれない。
そんな“未来への布石”が、静かに打たれ始めていることが伝わってきました。
現場を束ねる日本人エンジニア・大前さんの奮闘
番組の芯になっていたのは、やはり日本人エンジニア大前さんの姿でした。
大前さんは、ITERの建設室長として、現場全体のマネジメントを担当しています。
現場には、ロシア、アメリカ、中国など、今の国際情勢では対立することも多い国々の技術者たちも参加しています。
その人たちと日々話し合い、調整し、ときにはぶつかり合いながらも、最終的には同じ方向を向くようにまとめていく。
番組では、「未知のエネルギーをコントロールできるのかという不安も含めて、現実をカメラに記録してほしい」という大前さんの言葉が印象的でした。
セクターモジュールを2ミリまで近づける調整作業では、微妙な傾きやズレを何度も測り直し、世界中から集まったエンジニアが意見を戦わせながら、一歩ずつ前へ進みます。
最終的にモジュールがわずかな隙間で収まり、巨大な構造物が静かに所定の位置におさまった瞬間、現場には自然と拍手が起こりました。
その様子は、単なる技術的な成功ではなく、「国境を超えた協力そのものが形になった瞬間」として描かれていました。
追加予算をめぐる国際交渉と、象徴となったセクターモジュール
番組の終盤では、「追加予算」を決めるための国際会議が大きな山場となります。
建設の遅れとコスト増を受けて、ITER側は各国に対して追加の拠出を求めざるをえませんでした。
しかし、先ほどのように各国がそれぞれ独自の核融合戦略を進める中で、「本当にそこまでお金を出すべきか」という疑問の声も出始めます。
会議の合間に、大前さんたちは政府代表団を建設現場に案内します。
そこで見せたのが、先ほどの超難関を乗り越えて設置されたセクターモジュールです。
「これが、世界が力を合わせてつくった成果です」
ドーナツ状の炉心の一部となったモジュールを前に、代表団の表情も変わっていきます。
実際に目で見て、手で触れられる形で積み上がったものは、数字だけでは伝わらない説得力を持っていました。
最終的にアメリカは、ITERの進捗を評価しつつも、次年度は予算を3分の1まで減らすという厳しい方針を打ち出します。
国際プロジェクトの厳しさと、現実の政治の影が、静かに重なっていくラストでした。
核融合が実現した先に広がる未来像
番組は、核融合の未来を過度に美化することなく、しかし希望を手放さずに締めくくられていました。
核融合が実用化すれば、世界のエネルギー事情は大きく変わるかもしれません。
エーアイをはじめとした新しい技術の裏側を支える、大きな電力の“土台”になりうるからです。
一方で、技術的なハードルはまだ高く、国際協力も決して順風満帆ではありません。
それでも、フランスの現場では、今日も世界中から集まったエンジニアたちが、セクターモジュールのわずかなズレと格闘しながら前に進もうとしています。
NHKスペシャル「太陽を生み出せるか」は、そんな“人類の飽くなき挑戦”を、壮大でありながらどこか身近にも感じられる形で見せてくれた番組でした。
私たちがこれからニュースで「核融合」の文字を見るたびに、この巨大な現場と、そこに立つ人たちの姿を思い出せるようになる、そんな1本だったと思います。
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世界の核融合トレンド比較

ここでは、番組では触れきれなかった「世界の核融合研究の動き」を紹介します。番組の背景を知ることで、核融合というテーマの広がりがより立体的に見えてきます。
日本の取り組み
日本では、量子科学技術研究開発機構を中心に、長い年月をかけて核融合の研究が進められています。国内には大型の実験装置があり、これまで世界トップレベルのデータを積み上げてきました。特にトカマク装置の運転経験が豊富で、そこで得られた知識と技術はITERでも重要な役割を果たしています。実際に日本企業は、巨大なトロイダル磁場コイルの製作などを担当し、国際プロジェクトの中枢として信頼されています。日本独自でも2030年代の発電実証を目指す動きがはじまり、基礎研究から産業化まで幅広く進められています。
欧州の取り組み
欧州連合は、ITERのホスト地域として最大規模の支援を行っています。フランス・カダラッシュに建設されている施設は、欧州内の研究機関や企業のネットワークとつながり、大きな研究都市のような形で広がっています。欧州はこれまでにも多くの核融合計画を牽引してきた歴史があり、ITERの建設費の大部分を支えるだけでなく、技術者育成やサプライチェーンの形成にも取り組んでいます。こうした動きが、ITERが世界最大の国際協力プロジェクトと呼ばれる理由につながっています。
アメリカと中国の動き
アメリカは、政府研究所と民間企業が活発に核融合研究を進めているのが特徴です。磁場閉じ込め装置の改良や新しい方式の実験など、ITERと並行してさまざまなアプローチが走っています。将来の商用炉につながる技術を競うように、実験が全国で続けられています。
中国は、国の研究機関と大学が中心となって、大型装置を使った独自の研究を同時に進めています。CFETRという大型実験炉の計画があり、ITERと同じトカマク方式を使いながら、将来の商用炉の設計も並行して研究しています。日本や欧州と同じように、安定したエネルギーの確保につながる技術として核融合を重視しています。
以上が、世界の研究の進み方を踏まえた補足です。放送では描き切れない背景を紹介しました。
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