記事内には、広告が含まれています。

12年前の牧場少女が使っていた秘境駅は古瀬駅!2020年廃止とアメリカへ進んだ現在【そこんトコロで紹介】

12年前の牧場少女が使っていた秘境駅は北海道の古瀬駅

北海道の秘境駅で出会った牧場の女子高生は、12年後どんな人生を歩んでいるのでしょうか。『所さんのそこんトコロ(金庫&秘境駅&帰省!あの頃に想いを馳せる1時間半スペシャル)(2026年8月28日)』では、当時語った夢とは違う道を選び、アメリカへ渡った姿が登場します。少女が利用していた古瀬駅の場所や歴史、駅がなくなった理由までたどります。

この記事でわかること

  • 12年前の牧場少女が利用していた秘境駅
  • 古瀬駅が人里離れた場所にあった理由
  • 女子高生1人の利用で知られるようになった背景
  • 2020年に駅が廃止された後の姿

12年前の牧場少女が利用していたのはJR根室本線の古瀬駅

(出典:函館発 ぼうけんの旅「初夏の旅 14 根室本線各駅巡り」

12年前に牧場の女子高生が利用していた秘境駅は、北海道白糠郡白糠町にあったJR根室本線・古瀬駅(ふるせえき)です。

2014年6月17日、少女の親族が20日の放送に「秘境駅の女子高生」として姪が登場すると投稿。コメントへの返信で駅名を「古瀬駅」と明記しています。

さらに放送後には視聴者から「あの大きな牧場の娘さん」とコメントが寄せられ、親族も牧場の娘であることを認めています。当時から実際にこの駅を利用していた高校生だったことも記されています。

古瀬駅について記録した2014年の旅行記にも、当時の番組バックナンバーとともに「1日の利用者が高校生1人だけ」と紹介されています。駅前に住宅街があるような普通の通学駅ではなく、牧場から学校へ通う少女の日常が秘境駅を支えていたという、かなり珍しいケースでした。

古瀬駅は北海道白糠町の山間部にあった

古瀬駅の所在地は北海道白糠郡白糠町和天別。根室本線の音別駅と白糠駅の間に置かれていました。

周囲は森林が多く、駅前に市街地が広がっているわけではありません。少し離れた場所に農家や酪農家が点在する道東らしい地域で、駅へ向かう道も一般的な駅前道路とは大きく違っていました。

だからこそ、「こんな場所で誰が列車に乗るのだろう」と思わせる秘境駅になりました。

その答えの1つが、牧場で暮らしながら列車で学校へ通っていた女子高生だったわけです。観光のために訪れる人ではなく、そこで暮らす家族にとっては生活につながる駅だった点が古瀬駅の物語を印象深いものにしています。

なぜ人がほとんどいない場所に駅が造られたのか

古瀬駅の成り立ちを知ると、人里離れた場所にあった理由がよく分かります。

もともと古瀬は、乗客を集めるためにつくられた駅ではありません。

1954年7月1日に古瀬信号場として開設されました。信号場とは、列車同士の行き違いなど鉄道運行のために設けられる施設です。当初から旅客の乗り降りも扱い、1987年4月1日の国鉄分割民営化に合わせて正式な「古瀬駅」になりました。

つまり、

鉄道運行のための信号場 → 地域の人も利用する乗降場所 → JRの駅

という少し変わった歴史を歩んだ駅です。

利用客の多い地域を選んで新駅を造ったわけではないため、駅になってからも周囲に大きな集落がない状態が続きました。この成り立ちこそ、古瀬駅が「秘境駅」と呼ばれるようになった大きな理由です。

女子高生が通わなくなった後に利用者はさらに減少

2014年当時の古瀬駅は、高校生1人の利用で知られるほど乗降客の少ない駅でした。

通学利用には卒業という節目があります。

その後、古瀬駅は定期的に使う人がほとんどいない状態となり、白糠町議会の資料でもJR北海道から利用状況の厳しい駅として廃止について協議が進められていたことが記録されています。

秘境駅として鉄道ファンには知られていても、鉄道会社が駅を維持するうえで重要になるのは日常的な利用です。

「有名な駅」と「生活で利用される駅」は必ずしも同じではありません。牧場少女の卒業後に古瀬駅がたどった道は、北海道の小さな駅が抱える厳しい現実とも重なります。

古瀬駅は2020年3月14日に旅客駅として廃止

JR北海道は2019年12月、2020年3月のダイヤ改正に合わせ、利用の少ない駅として根室線の古瀬駅を廃止すると正式に発表しました。

2020年3月14日、旅客駅としての古瀬駅は役目を終えました。

ただし、鉄道施設そのものが完全になくなったわけではありません。もともとの役割だった古瀬信号場へ戻り、列車運行を支える場所として根室本線上に残っています。

1954年に信号場として誕生し、1987年に駅となり、2020年に再び信号場へ。

約66年間の歴史を振り返ると、牧場の高校生が列車に乗り降りしていた時代は、その長い歴史の中でも特に人の暮らしが見える時期だったといえます。

今は古瀬駅から列車に乗ることはできない

古瀬は現在、旅客を乗せる「駅」ではありません。

そのため、かつてのように列車を降りて秘境駅を訪れたり、古瀬から列車へ乗ったりすることはできません。現在の根室本線では音別駅と白糠駅の間にある信号場という位置付けです。

廃駅跡を訪ねる感覚で鉄道施設へ入る場所でもありません。信号場として使われている鉄道設備があるため、かつての駅利用者と同じ場所から列車に乗れるわけではない点は覚えておきたいところです。

古瀬駅を知った後に地図を見ると、音別と白糠の間に駅があった時代と現在の路線の違いも見えてきます。

牧場少女と古瀬駅にはそれぞれ「12年後」がある

今回の物語がおもしろいのは、少女だけでなく古瀬駅にも大きな変化が起きていることです。

2014年には、牧場で暮らす高校生が毎日のように使う小さな駅がありました。

それから12年。古瀬駅は旅客駅としての役目を終え、少女も当時語っていた将来の夢とは異なる道を選び、アメリカへと人生の舞台を移しています。

「秘境駅を利用する女子高生」という一瞬の珍しさだけでなく、その後の人生までたどれることが今回のポイントです。

毎日の通学に使っていた駅はもうありません。それでも、あの駅から学校へ通っていた少女が北海道を離れ、アメリカへ進んでいるという12年間の変化を知ると、秘境駅企画が単なる珍しい駅探しではなく、そこで暮らしていた人の人生を記録した企画だったことがよく分かります。


気になる生活ナビをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました