- BUMPYはどうやって生まれた?ラウールと姉妹をつないだ最初の出会い
- BUMPYの名前は3人の「でこぼこ」から生まれた
- すべての始まりは2023年4月の「9人ダンス日本一決定戦」
- 67cmの身長差を弱点ではなくダンスに変えた
- 「いつか一緒に大会へ」が世界大会プロジェクトに変わった
- 2人では出られず姉ゆいなが3人目になった
- 振付を任された憧先生は3歳から踊ってきた指導者
- 姉の千尋先生は1000人以上のキッズ育成に携わってきた
- 2024年に日本一になったことで「番組のチーム」ではなくなった
- 1年4か月後に同じ3人で再始動したことがBUMPYの意味を変えた
- STUDIO KGでは憧先生と千尋先生のレッスンも行われている
- 977日前にはBUMPYというチームさえ存在していなかった
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BUMPYはどうやって生まれた?ラウールと姉妹をつないだ最初の出会い
世界大会2位まで進んだBUMPYは、最初から世界を目指して集められた3人ではありません。『それSnow Manにやらせて下さいSP(ラウール世界一へ…米・ダンス大会出場)(2026年8月28日)』へ続く物語の始まりは、2023年にラウールさんが当時9歳のほなつさんのダンスを見たことでした。身長も年齢も違う3人がなぜチームになり、BUMPY(バンピー)という名前が生まれたのかをたどります。
この記事でわかること
- BUMPYというチーム名に込められた意味
- ラウールとほなつが出会ったきっかけ
- 姉のゆいなが3人目に選ばれた理由
- 世界一を支えた憧先生・千尋先生との関係
BUMPYの名前は3人の「でこぼこ」から生まれた
(出典:TBSテレビ「ラウール&天才キッズダンサー・ほなつちゃんがダンス世界一を目指し公式大会に出場」)
**BUMPY(バンピー)**は、英語で「でこぼこの」「起伏のある」といった意味を持つ言葉です。
チーム結成当時の3人は、ラウールさん、ほなつさん、ゆいなさん。
年齢だけでなく身体の大きさにもかなり差がありました。ラウールさんとほなつさんが最初に2人で踊った2023年のコラボでは、身長差67cmという大きな違いを生かした振付が披露されています。
一般的には、身長や体格の近いダンサーをそろえた方がフォーメーションを合わせやすそうに感じます。
BUMPYは逆でした。
3人の違いを隠すのではなく、違う体格や年齢そのものを個性として見せるチームになっています。
結果的に「でこぼこ」という名前は、世界2位まで続いた3人の関係を象徴する言葉にもなりました。
すべての始まりは2023年4月の「9人ダンス日本一決定戦」
ラウールさんとほなつさんがつながった最初のきっかけは、2023年4月28日に行われたダンス企画でした。
ほなつさんは当時9歳。
小学生ダンサーたちによるチームの一員として参加し、そのダンスをラウールさんが目の前で見ることになります。
その実力にラウールさんが強く引かれ、わずか約1か月後には新しい展開が生まれました。
2023年6月2日、2人によるスペシャルコラボダンスが実現します。しかもこれは単なる組み合わせ企画ではなく、ラウールさん自身がほなつさんとの共演を希望したことから実現したものでした。
ここが977日の挑戦の原点です。
世界大会どころか、BUMPYという名前すらまだ存在していなかった時点で、「この2人でもう一度踊りたい」という関係が生まれていました。
67cmの身長差を弱点ではなくダンスに変えた
最初のコラボで目を引いたのが、ラウールさんとほなつさんの圧倒的な体格差でした。
当時の記事でも67cmの身長差が紹介されています。
ダンスでは体格が違えば、
- 歩幅
- 重心の高さ
- 腕や脚の長さ
- 同じ動きをしたときの見え方
まで変わります。
普通ならそろえにくさにつながる条件です。
しかし2人は、高さの差そのものが目に飛び込んでくる構成にしました。
大きなラウールさんと、小さな身体で鋭く動くほなつさん。
同じ動きを完全に同じ形で見せるのではなく、違うからこそ面白いダンスになったことが、その後のBUMPYにつながる重要なポイントです。
チーム名の「BUMPY」も、この関係をそのまま表しているような名前になりました。
「いつか一緒に大会へ」が世界大会プロジェクトに変わった
コラボした時点では、まだ世界大会への長期企画ではありませんでした。
しかし2人の間では、いつか一緒に大会に出たいという話が生まれます。
その約5か月後となる2023年11月、本気で世界一を目指すプロジェクトが動き始めました。
ここが興味深いところです。
ラウールさんは普段、Snow Manという大人数のグループで活動しています。
一方、ほなつさんは幼いころからダンスコンテストで勝負してきた競技ダンサー。
活動する場所も年齢もまったく違います。
それでも「テレビで1回一緒に踊った」で終わらず、本当の大会で順位を争うチームを作るところまで話が進んだのです。
しかも目標は出演することではありません。
最初から狙ったのは世界一でした。
2人では出られず姉ゆいなが3人目になった
世界大会を目指すことになった2人には、すぐに大きな問題がありました。
挑戦するMiniCrewは少人数チームで競うカテゴリーです。
2人だけではチームを構成できません。
そこで加わったのが、ほなつさんの姉ゆいなさんでした。
単に「姉だから」という理由で選ばれたわけではありません。
ゆいなさんはすでにkirameki☆glitterのメンバーとして2023年のWORLD OF DANCE WORLD FINALSで世界一を経験していました。
世界を目指す新チームに、すでに世界一を知っているダンサーが加入したことになります。
ラウールさんとほなつさんの出会いから始まった企画に、実力者の姉が加わり、
ラウール+ほなつ+ゆいな
というBUMPYの形が完成しました。
振付を任された憧先生は3歳から踊ってきた指導者
3人を1つのチームにまとめるうえで欠かせなかった人物が、憧(ひとみ)先生です。
憧先生は3歳からダンスを始め、18歳からインストラクターとして活動。
自身も幼いころから大会に挑戦しながら、やがて子どもたちを育成する側へ進みました。
2019年には愛弟子たちとkirameki☆glitterを結成。
そして2023年、長く目標にしていた世界一を達成しています。現在はCHIBIMEKIのディレクターを務め、プロデュースする複数のチームが大会で結果を残しています。
BUMPYの大きな特徴は、体格も経験も違う3人です。
ほなつさんやゆいなさんを長く指導してきた先生がラウールさんの特徴まで理解し、3人用の作品へ落とし込んだことが重要でした。
単に難しい振付を踊らせるのではなく、でこぼこな3人をどう1つの作品にするかが指導の中心になっていきます。
姉の千尋先生は1000人以上のキッズ育成に携わってきた
(出典:TBSテレビ「ラウール&天才キッズダンサー・ほなつちゃんがダンス世界一を目指し公式大会に出場」)
※同一画像の使い回しを避けるため、ブログ掲載時はこの位置では省略し、最初の画像のみ使用する形が適しています。
憧先生とともに指導に加わったのが、姉の千尋先生です。
千尋先生も幼いころからダンスを続け、19歳から振付師・キッズプロデュースを開始。
これまで1000人以上の子どもの育成に携わっています。
千尋先生が率いるkirameki☆glitterは、
2023年 WORLD FINAL優勝
2024年 WORLD FINAL3位
2025年 WORLD FINAL2位
と、3年続けて世界大会の上位に入りました。
姉妹の指導者が持つ強みは、1つの視点だけで作品を作らないことです。
kirameki☆glitter自身も、姉妹による構成力やスピード、そろった動きを大きな特徴としています。
ほなつさん、ゆいなさんも、こうした環境で育ってきました。
BUMPYの物語をラウールさんと姉妹3人だけで見ると見落としやすいですが、世界で戦うダンサーを何年も育ててきた指導環境が背後にあります。
2024年に日本一になったことで「番組のチーム」ではなくなった
BUMPY結成後、3人は公式大会へ向けて本格的な練習に入りました。
当然、ラウールさんがSnow Manであることによる特別扱いはありません。
大会では他の出場者と同じように審査されます。
2024年の日本予選では、800人を超える観客が見守るステージに立ち、BUMPYはMiniCrew部門で1位を獲得。世界大会への出場権を手にしました。
ここで3人の立場は大きく変わります。
「世界大会を目指しているテレビ企画のチーム」ではなく、正式な日本代表になる資格を自分たちのダンスで獲得したからです。
その後、ラウールさんの腰の負傷で2024年の世界大会は辞退することになります。
しかしBUMPYというチームはそこで消えませんでした。
1年4か月後に同じ3人で再始動したことがBUMPYの意味を変えた
2024年の辞退から1年4か月。
BUMPYは再び同じ3人で動き始めました。
2025年11月から再挑戦が始まり、再び日本予選へ向けて4か月にわたる準備を進めます。
ここで改めて考えると、「BUMPY」という名前が妙に3人の歩みに重なります。
最初は体格や年齢が「でこぼこだから」という意味で生まれた名前でした。
しかし実際の道のりも、
出会い
コラボ
結成
日本1位
ケガ
世界大会辞退
再結成
再び日本1位
世界大会予選9位
決勝2位
と、一直線ではありません。
まさに起伏のある道でした。
STUDIO KGでは憧先生と千尋先生のレッスンも行われている
ほなつさん・ゆいなさん、そしてBUMPYを指導した2人は、STUDIO KGで現在もレッスンを担当しています。
スタジオは千葉市内に、
- 稲毛海岸校
- 新検見川校
の2校があります。
憧先生は幼児、小学生、小中学生、選抜、強化クラスなどを担当。
千尋先生も幼児から中級、選抜、強化クラスまで幅広く担当しています。
料金は基本コースで週1回月額6600円から。体験は1回500円で、申し込み後に参加する形です。
世界大会に出る子だけの特別な場所というより、未経験者向けの入門クラスから世界を目指す強化クラスまで段階が分かれています。
BUMPYを見て「子どもにダンスを習わせたい」と感じた人にとっては、3人を生み出した環境そのものを知れる場所でもあります。
977日前にはBUMPYというチームさえ存在していなかった
2026年、BUMPYは世界大会で銀メダルを獲得しました。
最終結果だけなら「ラウールと天才姉妹が世界2位」という短い言葉にできます。
しかしスタート地点まで戻ると、最初にあったのは9歳のほなつさんのダンスをラウールさんが見たことだけでした。
そこから、
「一緒に踊りたい」
「大会に出たい」
「世界一を目指そう」
と少しずつ話が大きくなり、姉のゆいなさん、憧先生、千尋先生が加わりました。
偶然に近かった1回の出会いが、約3年後にはアメリカの世界大会表彰台へつながったことになります。
そして「でこぼこ」を意味するBUMPYという名前の3人が、最後まで同じ形にそろうのではなく、それぞれ違ったまま世界2位になったことこそ、このチームの一番面白いところです。
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