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十津川村の林業はなぜ注目?紀伊半島豪雨で見直された山づくりと東伸彦さん・坂口明裕さんの木工【小さな旅で紹介】

生活・暮らし

十津川村の山と木が教えてくれること

十津川村は、奈良県の最南端にある山深い村です。村の大部分を森林が占め、昔から木とともに暮らしてきました。

『小さな旅「次の百年 木と山と 〜奈良県 十津川村〜」(2026年6月21日放送)』でも取り上げられ注目されています 。

この記事では、紀伊半島豪雨をきっかけに見直された山の手入れ、林業を支える人たち、そして村の木を生かす木工の取り組みをわかりやすく紹介します。

この記事でわかること

・十津川村が林業の村と呼ばれる理由
・紀伊半島豪雨で山に起きたこと
・東伸彦さんと十津川造林の取り組み
・坂口明裕さんと十津川村の木工の魅力

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十津川村はなぜ林業の村と呼ばれるのか

十津川村は、奈良県の南にあるとても広い村です。村としては日本で最も広いとされ、面積の多くを山林が占めています。

数字で見ると、村の約96%が森林です。つまり、家や道路、学校、役場がある場所よりも、山や木のある場所のほうが圧倒的に多い村です。

十津川村で林業が大切にされてきた理由は、単に山が多いからではありません。

昔から十津川村の木は、川を使って運ばれてきました。村を流れる熊野川は、山で切り出した木材を外へ運ぶ大切な道のような役割を持っていました。

山で育った木が川を下り、町づくりや暮らしに使われる。
十津川村の林業は、村の中だけで完結する仕事ではなく、遠くの町の暮らしにもつながっていたのです。

また、十津川村の山にはスギやヒノキが多くあります。スギやヒノキは、家の柱、床、家具、道具などに使われる身近な木です。

木は切れば終わりではありません。
苗を植え、草を刈り、枝を払い、間伐をし、何十年もかけて育てます。

林業は、今日やって明日結果が出る仕事ではありません。
親や祖父母の世代が植えた木を今の世代が育て、次の世代へつなぐ仕事です。

だからこそ、十津川村の林業は「木を売る仕事」というより、山を守りながら暮らしをつなぐ仕事と考えるとわかりやすいです。

紀伊半島豪雨で十津川村の山に何が起きたのか

十津川村の山を語るうえで外せないのが、紀伊半島豪雨です。

2011年の台風による大雨で、十津川村は大きな被害を受けました。山林崩壊は75か所、面積では261ヘクタールに及んだとされています。ヘクタールと言われるとわかりにくいですが、学校の運動場をいくつも合わせたような広い山が崩れたということです。

この災害で注目されたのは、雨の量だけではありません。
山が崩れやすくなる背景には、山の手入れ不足も関係すると考えられています。

人工的に植えた山は、人の手が入ることを前提に育ちます。
ところが、草刈りや間伐が十分にできないと、木が込み合いすぎて光が入りにくくなります。

すると、木は細く弱くなり、根も十分に張りにくくなります。
地面に光が届かないと、下草も育ちにくくなり、土がむき出しに近い状態になることもあります。

もちろん、山崩れの原因をひとつだけで説明することはできません。
大雨、地形、地質、川の流れ、山の状態など、いくつもの条件が重なります。

ただ、十津川村のような急な山が多い場所では、山を放置しないことがとても大切になります。

ここで大事なのは、「木を切る=自然破壊」と単純に考えないことです。
必要な木を間引き、残す木に光と栄養を届けることで、山全体を元気にすることがあります。

人が山に入り、道を作り、木を見て、必要な手入れをする。
それは、木を利用するためだけでなく、災害に強い山をつくるためにも欠かせない作業です。

十津川村の林業が注目される理由は、ここにあります。
木材を生み出すだけでなく、山の安全、暮らし、防災、地域の未来にまで関わっているからです。

東伸彦さんとは誰?十津川造林で進める山づくり

東伸彦さんは、十津川村で林業に取り組む人物です。
十津川造林の代表として、山の手入れや作業道づくり、木材の搬出などに関わっています。

東さんの取り組みで大きなポイントになるのが、作業道です。

山に道を作ると聞くと、「木を運ぶための道」と思うかもしれません。
もちろんそれも大切ですが、作業道の意味はそれだけではありません。

山に道がなければ、人も機械も入りにくくなります。
人が入れなければ、木の状態を見ることも、間伐することも、倒れた木を運び出すことも難しくなります。

つまり、作業道は山を手入れするための入り口です。

十津川村の山は急な斜面が多く、道を作るのは簡単ではありません。
平らな土地に道を作るのとは違い、少し間違えると山を傷めたり、水の流れを悪くしたりすることがあります。

だからこそ、東さんたちが目指しているのは、ただ大きな道を作ることではなく、山を傷めにくい道づくりです。

林業の現場では、機械の力も重要です。
昔ながらの人の力だけでは、広い山を十分に手入れするのは難しくなっています。特に担い手が少なくなる中で、効率よく、安全に作業できる仕組みが必要です。

重機をうまく使えば、急な山でも作業の負担を減らし、広い範囲を管理しやすくなります。
ただし、機械を入れればよいという話ではありません。どこに道を通すか、どの木を残すか、どの木を切るか。そこには経験と判断力が必要です。

東さんの取り組みが大切なのは、林業を「きつい仕事」のまま終わらせず、次の世代が関われる仕事に変えようとしているところです。

山を守るには、人が必要です。
でも、人が続けられる仕事でなければ、山の手入れも続きません。

だから、東さんの山づくりは、木のためだけでなく、そこで働く人のための林業でもあります。

坂口明裕さんとは誰?十津川村の木で作る木工職人

坂口明裕さんは、十津川村で木工に取り組む職人です。
和歌山県出身で、紀伊半島豪雨をきっかけに十津川村へ入り、村の木を使ったものづくりに関わるようになりました。

坂口さんの木工でおもしろいのは、まっすぐで使いやすい木だけを選ぶのではなく、曲がった木や扱いにくい木にも目を向けているところです。

普通なら「使いにくい」と思われる木も、見方を変えれば個性になります。

木目の曲がり、節、色の違い、形のゆがみ。
工業製品のように全部同じではないからこそ、ひとつずつ表情が違います。

これは、十津川村の木を生かすうえでとても大事な考え方です。

山で育った木が、すべて高級な柱や大きな建材になるわけではありません。
中には太さが足りない木、形が少し曲がった木、家具にしにくいと思われる木もあります。

でも、それを「使えない木」として終わらせてしまうと、山の価値も下がってしまいます。

木工は、そうした木に新しい役割を与える仕事です。
椅子、机、器、日用品などに姿を変えることで、山の木が人の暮らしの中に入っていきます。

ここに、林業と木工のつながりがあります。

林業は木を育てて山から出す仕事。
木工はその木を暮らしの道具に変える仕事。

この流れが村の中にあると、木を切って外へ出すだけではなく、村の中で価値を高めることができます。

坂口さんの取り組みが注目される理由は、ただ美しい木工品を作っているからではありません。
山の木を最後まで生かす仕組みの中で、木工が大切な役割を持っているからです。

木を見て、「これは何にできるだろう」と考える。
その発想が、十津川村の山を次の暮らしにつなげています。

十津川村の木工コースとは?高校で学ぶ山と木の仕事

十津川村には、地域の特色を生かした学びがあります。
そのひとつが、木工や美術を学ぶ高校のコースです。

十津川村の高校では、村のスギやヒノキを使った木工作品づくりに取り組むことができます。家具、行灯、食器など、自分で考えたものを形にする活動も行われています。

これは、ただ工作を楽しむ授業ではありません。

木を切る、削る、組み立てる、磨く。
その一つひとつを通して、木の性質や扱い方を学びます。

スギは軽くてやわらかく、ヒノキは香りがよく水にも強い。
木によって向いている使い道が違います。

同じ木でも、木目の向きや乾き方によって、割れやすさ、反りやすさ、加工のしやすさが変わります。

木工を学ぶことは、手先の技術を学ぶだけではありません。
材料を大切にすること、完成までの順番を考えること、失敗したときに直す方法を考えることにもつながります。

そして何より、地元の木を使うことで、自分の住む村の山を身近に感じられます。

山は遠くから見ると、ただ緑のかたまりに見えるかもしれません。
でも、木工を通して木に触れると、その木がどこで育ち、どう使われるのかを考えるきっかけになります。

若い世代が木に触れることは、十津川村にとって大きな意味があります。
林業や木工は、すぐに成果が出る世界ではありません。だからこそ、次の世代が関心を持つことが未来につながります。

「山の仕事は大人だけのもの」ではありません。
学校で木に触れることが、将来の職人、林業者、地域づくりに関わる人を育てる入口になるのです。

十津川村の木と山が次の百年へつながる理由

十津川村の山と木の話は、昔ながらの林業を守るだけの話ではありません。
むしろ、これからの日本の山をどうしていくかを考えるヒントがあります。

日本には、戦後に植えられた人工林が多くあります。
木は育っていますが、山の手入れをする人は少なくなっています。

木があるのに使われない。
山があるのに入る人が少ない。
そのままでは、山は少しずつ弱ってしまいます。

十津川村の取り組みは、その問題に正面から向き合っています。

大切なのは、次の3つです。

・山に人が入れる道を作る
・木を切って終わりにせず、暮らしに生かす
・若い世代が木や山に関われる場を作る

この3つがつながると、山はただの資源ではなく、暮らしを支える場所になります。

たとえば、作業道ができれば、山の手入れがしやすくなります。
手入れされた山では、木が健やかに育ちやすくなります。
出てきた木を木工や家具に使えば、村の仕事や魅力にもつながります。
さらに高校生が木工を学べば、未来の担い手が育つ可能性もあります。

これは、観光だけでは見えにくい十津川村の魅力です。

温泉や吊り橋、世界遺産の道も十津川村の大切な魅力ですが、その背景には、山とともに生きてきた人たちの暮らしがあります。

十津川村の木を見るときは、ただ「きれいな木材」「素敵な家具」と見るだけでなく、そこにある山の手入れ、災害からの復興、人の技術、次の世代への思いまで想像してみると、ぐっと深く楽しめます。

十津川村の木と山が次の百年へつながる理由は、特別な何かひとつにあるわけではありません。

山を守る人がいる。
木を生かす人がいる。
学ぶ若い人がいる。
そして、その木を使う人がいる。

このつながりがあるから、十津川村の山は「昔のもの」ではなく、これからの暮らしにも必要な存在であり続けるのです。

リンク

・十津川村の山林割合、地形、紀伊半島大水害の概要 (sabo.or.jp)
・紀伊半島大水害による山林崩壊75か所・261haなどの被害概要 (ZCK)
・東伸彦さんと十津川造林の取り組み (十津川村公式サイト)
・坂口明裕さんと木刻屋、十津川村での木工活動 (十津川村公式サイト)
・十津川村の木工家具とKIRIDAS TOTSUKAWAの取り組み (奥大和ライフジャーナル|奈良・奥大和のローカルメディア)
・十津川村の高校にある木工芸・美術コース、工芸部の活動 (十津川村公式サイト)


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