記事内には、広告が含まれています。

水野隆史医師はなぜ60歳で医師に?元農水省官僚が訪問診療を続ける理由【テレメンタリーPlus】

人物
スポンサーリンク

60歳から始まった医師人生

50代で安定した官僚の仕事を離れ、医学部へ進む。言葉にすると簡単ですが、その間には不合格や年齢への厳しい視線、体力や記憶力の壁がありました。

『テレメンタリーPlus「還暦で歩む医師の道」(2026年7月12日放送)』では、60歳で医師免許を取得した水野隆史医師が、青森県十和田市で患者と向き合ってきた11年間をたどります。

この記事でわかること

  • 水野隆史医師の経歴
  • 60歳で医師になったきっかけ
  • 医学部受験で直面した年齢の壁
  • とわだ診療所で訪問診療を続ける理由

水野隆史医師は60歳で医師になった元農水省官僚

「今の生き方でいいのか」 定年前の公務員が60歳で医師になるまで | 毎日新聞

(出典:「今の生き方でいいのか」 定年前の公務員が60歳で医師になるまで | 毎日新聞)

水野隆史医師は、長年勤めた農林水産省を離れ、55歳で金沢大学医学部に入り直した医師です。

医学部卒業後、医師国家試験を経て、2015年に60歳で医師免許を取得しました。

2026年現在は71歳。青森県十和田市で、主に総合診療と訪問診療に携わっています。

水野医師の経歴を簡単に整理すると、次のようになります。

年齢・時期 主な出来事
大学時代 東京大学農学部で学ぶ
卒業後 農林水産省に入省
49歳ごろ 62歳で医師になった女性の記事を読む
50歳 官僚として働きながら医学部受験を始める
55歳 金沢大学医学部の学士編入試験に合格
59歳 金沢大学を卒業
60歳 医師国家試験に合格し医師免許を取得
2018年 訪問診療に力を入れ始める
2020年 とわだ診療所の所長を兼務
2026年 71歳まで医師として診療を続ける

「60歳で医師」と聞くと、順調に夢をかなえたように見えるかもしれません。

しかし実際には、医学部の編入試験で何度も不合格になり、大学卒業後の医師国家試験にも一度は合格できませんでした。

個人的には、60歳という数字以上に、失敗したあとも医師になる道を閉じなかったことが、水野医師の歩みを理解するうえで大事だと感じます。

医師を目指したきっかけは1枚の新聞記事

水野医師が医師を意識したのは、49歳のころでした。

当時は農林水産省の出先機関である北陸農政局に勤務し、山のような書類を扱う忙しい毎日を送っていました。

そんなある日、たまたま手にした新聞で見つけたのが、「62歳の研修医」という記事です。

記事で紹介されていたのは、50歳を過ぎてから医学部を目指し、62歳で医師免許を取得した安積雅子医師でした。

安積雅子医師とは誰?62歳で医師になり水野隆史医師の人生を変えた女性【テレメンタリーPlusで紹介】

安積医師は、子育てが一段落したあとに医学部受験へ挑戦。55歳で秋田大学医学部に合格し、2001年、62歳11カ月で医師免許を取得しています。

水野医師はこの記事を読み、「年齢を重ねていても医師を目指せる」と初めて知りました。

ただし、新聞を読んだだけで突然、官僚を辞めたわけではありません。

水野医師は、これからの人生で何をしたいのかを考えました。

官僚として働くなかでは、自分の仕事が誰の役に立っているのか、直接感じられる機会が多くなかったといいます。

そこで、人と直接向き合い、自分が役に立っていることを実感できる仕事として、医師を目指す決意をしました。

たしかに、安定した仕事を手放して、合格できる保証のない道へ進むのは簡単ではありません。

それでも動けたのは、新聞に載った成功例を見て、夢物語ではなく「実際に歩いた人がいる道」として考えられたからなのでしょう。

安積雅子医師はどんな人なのか

水野医師の人生を変えた女性医師が、安積雅子医師です。

安積医師は東北大学薬学部を卒業後、研究所勤務を経験しました。その後は結婚を機に退職し、4人の子どもを育てています。

50歳を過ぎてから医学部を目指し、受験では4回不合格を経験しました。5回目の挑戦で秋田大学医学部に合格し、62歳11カ月で医師免許を取得しています。

水野医師は、安積医師を新聞の中だけの存在として終わらせませんでした。

医師になったあとに本人と対面し、自分が医師を志すきっかけになったことを伝えています。

年齢を理由に新しい道を迷っていた人が、先に挑戦した人の姿を見て動き、その人物と同じ医師として出会う。初めて知ると少し驚くほど、長い時間をかけてつながった関係です。

安積医師は、単に年齢の記録を持つ人物ではありません。

患者の話をよく聞き、一人ひとりに寄り添う診療を続けてきました。その姿勢も、水野医師が追い続けた「医師の背中」の一部だったと考えられます。

50歳からの医学部受験では年齢が大きな壁になった

水野医師は、農林水産省で仕事を続けながら、50歳で受験勉強を始めました。

選んだのは、大学を卒業した人が医学部の途中の学年に入る学士編入制度です。

医学部は通常、卒業まで6年間かかります。一方、水野医師が受験した当時の学士編入では、3年次などに入学し、4年間で卒業できる大学がありました。

ただし、学士編入は募集人数が少なく、筆記試験だけでなく面接もあります。

水野医師は筆記試験を通過しても、面接で不合格になることが続きました。本人のインタビューによると、面接試験だけで21回連続の不合格を経験しています。

面接では、次のような点を問われました。

  • 医師として何歳まで働けるのか
  • 卒業後にどのくらい医療へ貢献できるのか
  • 限られた合格枠を高齢の受験生に与える意味は何か

中には、「あなたを合格させると、若い医師の芽を摘むことになる」という趣旨の厳しい言葉もあったといいます。

大学側から見れば、医師を育てるには長い時間と費用がかかるため、卒業後に働ける期間を確認する必要があります。

一方で、年齢だけで本人の能力や覚悟を決めてよいのかという問題も残ります。

水野医師は悔しさを感じながらも、その言葉をあきらめる理由にはしませんでした。むしろ筆記試験で高い成績を取らなければ面接を突破できないと考え、勉強を続けました。

そして50歳から約5年間挑戦し、55歳で金沢大学医学部の学士編入試験に合格します。

「何歳でも簡単に医学部へ入れる」という話ではありません。何度も落ちた事実まで知ると、合格の重みがかなり違って見えてきます。

55歳で始まった医学生生活も楽ではなかった

医学部に合格すれば、あとは卒業を待つだけではありません。

水野医師は、自分より30歳以上若い学生たちと一緒に、講義や実習を受けました。

入学式では、年齢から学生の保護者だと思われ、「ご家族はこちらです」と案内されたこともあったそうです。

学士編入後は、解剖や組織学などの実習に参加しながら、必要な試験を次々と通過しなければなりませんでした。

若いころと比べて、記憶するまでに時間がかかる。長時間勉強すると体力が続かない。そうした変化を感じながら、4年間の医学生生活を送っています。

同期の学生と助け合い、59歳で卒業しましたが、その直後の医師国家試験では不合格になりました。

すでに59歳です。ここで別の道を選ぶこともできたはずです。

しかし水野医師は1年間勉強を続け、翌年の国家試験に合格。60歳で医師免許を取得しました。

個人的には、医学部合格よりも、この国家試験の不合格後にどう行動したかに、水野医師の強さが表れているように思います。

夢を持つことよりも、思い通りにならなかったときに続けることのほうが難しいからです。

青森県十和田市を勤務先に選んだ理由

水野医師は福井県出身で、金沢大学を卒業しています。

それでは、なぜ縁のなかった青森県十和田市で医師になったのでしょうか。

きっかけは、農林水産省に入省して3年目に、岩手県水沢市、現在の奥州市に赴任した経験でした。

現地の人の優しさに触れた水野医師は、旧南部藩に当たる岩手県北部や青森県東部には、さらに温かな人が多いと聞き、印象に残っていたといいます。

医学部5年生のときには、金沢から車で約12時間かけ、十和田市立中央病院を見学しました。

街並みの美しさに加え、病院の職員や医師が丁寧に対応してくれたことで、卒業後はこの病院で働きたいと考えるようになります。

ところが、卒業後の医師国家試験に不合格。勤務予定だった病院へ、その事実を伝えなければなりませんでした。

水野医師が連絡すると、病院側は責めるのではなく、「いつでも待っているので、もう1年頑張ってください」という趣旨の言葉をかけたといいます。

この対応に心を動かされ、国家試験合格後、十和田市立中央病院に入りました。

実績や設備だけで勤務先を決めるのではなく、失敗したときにどう接してくれたかで場所を選んだ点には、人と人との関係を大切にする水野医師らしさが表れています。

訪問診療を始めたのは患者の生活まで支えるため

水野医師は2018年から、訪問診療に力を入れるようになりました。

2019年10月には、十和田市立中央病院の訪問診療機能を強化するため、附属のとわだ診療所が開設されています。

水野医師は2020年から、同診療所の所長を兼務することになりました。

2024年9月の取材時点では、訪問診療を中心に、総合診療科の外来や病棟も担当し、訪問診療では約140人の患者に対応していました。

訪問診療は、医師が患者の自宅などを定期的に訪れ、診察や薬の管理、療養上の相談などを行う医療です。

主な対象となるのは、病気や体力の低下によって、一人で通院することが難しくなった人です。

病院の外来・病棟 訪問診療
患者が医療機関へ行く 医師が生活の場へ行く
検査や治療の設備が整っている 自宅での暮らしを見ながら診る
病気を治療することが中心 生活や家族の希望も重視する
限られた診察時間で話を聞く 継続して本人や家族と関わる

訪問診療では、病気だけを見ていては十分ではありません。

どんな家で暮らしているのか、食事や薬の管理はできているのか、家族に無理がかかっていないか、本人が最期をどこで迎えたいのかまで確認します。

医師だけで対応するのではなく、訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャー、ヘルパーなどとの連携も欠かせません。

病院で治すことを中心に考える医療とは異なり、訪問診療では、患者が最期までその人らしく暮らすことを支える役割が大きくなります。

水野医師が官僚時代に求めていた「人の役に立っている実感」は、患者の生活の中へ入る訪問診療で、より強く得られたのかもしれません。

年齢を重ねて医師になった経験が診療に生きている

60歳で医師になったことは、医療知識や技術を学ぶ面では不利になる部分があります。

若い医師に比べれば、将来働ける年数は短く、体力や記憶力の変化も避けられません。

一方、水野医師には、官僚として組織で働いてきた経験や、仕事をしながら受験を続けた経験があります。

さらに、自分自身も年齢による衰えや将来への不安を感じる年代です。

訪問診療で向き合う高齢の患者にとって、同じように年を重ねてきた医師の言葉は、若い医師の言葉とは違う受け止め方になる可能性があります。

水野医師自身は、相手の身になって考えることを自分の強みとしてきました。

技術だけでなく、「この人なら話を聞いてくれそう」と感じてもらえることは、在宅医療では特に大切です。

年齢は、医学部受験や研修では壁になりました。しかし患者と向き合う場面では、長く生きてきた経験が診療の一部になっています。

同じ道を目指す前に確認したいこと

水野医師の歩みを見ると、「自分も今から医学部を目指せるのでは」と感じる人もいるかもしれません。

ただし、水野医師の例は、誰でも同じように再現できる簡単な道ではありません。

実際に医学部受験や大きな転職を考える場合は、少なくとも次の点を確認する必要があります。

  • 希望する大学に学士編入制度があるか
  • 卒業まで何年かかるか
  • 学費と生活費をどう準備するか
  • 家族や勤務先の理解を得られるか
  • 実習や国家試験に耐えられる体力があるか
  • 卒業後の臨床研修先をどう探すか
  • 医師になったあと、何をしたいのか

特に重要なのは、医師になることをゴールにしないことです。

免許を取得しても、そこから研修や実務経験が始まります。夜間や休日の勤務が必要になる場合もあり、知識も更新し続けなければなりません。

大学によって募集条件や試験科目、編入学年は異なり、制度が変更される場合もあります。受験を考える場合は、必ず希望大学の最新の募集要項を確認する必要があります。

実際に選ぶなら、年齢だけで「できる」「できない」を決めるのではなく、必要な年月、費用、健康状態、家族との生活まで具体的に計算したいところです。

水野隆史医師の11年が伝えるもの

水野隆史医師の人生は、「何歳になっても夢はかなう」という一言だけではまとめきれません。

50歳から勉強を始め、面接で何度も落ち、55歳で医学部に合格。59歳で卒業したあとも国家試験に不合格となり、60歳でようやく医師になりました。

その後も、若い指導医から学び、患者の自宅を訪れ、医師としての経験を積み重ねています。

最初から特別な才能だけで進めたのではなく、失敗するたびに、次に何をすればよいのかを考えてきた道です。

個人的には、「年齢を気にしなくてよい」という話ではなく、年齢による現実を受け入れたうえで、それでも進む方法を探した物語として受け止めたいです。

そして、新聞で見つけた安積雅子医師の姿が水野医師を動かし、今度は水野医師の姿が、別の誰かに一歩を踏み出すきっかけを与えるのかもしれません。

参考リンク

  • テレビ朝日「テレメンタリーPlus 還暦で歩む医師の道」
  • 青森朝日放送「還暦で歩む医師の道」
  • 医ノ森aomori「還暦でスタートした青森県での医師人生 前編」
  • 医ノ森aomori「還暦でスタートした青森県での医師人生 後編」
  • 放送批評懇談会「還暦で歩む医師の道」作品評

気になる生活ナビをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました