記事内には、広告が含まれています。

安積雅子医師とは誰?62歳で医師になり水野隆史医師の人生を変えた女性【テレメンタリーPlusで紹介】

人物
スポンサーリンク

62歳で医師になった女性

50歳を過ぎてから医学部受験を始め、4度の不合格を経験しながら、62歳11カ月で医師免許を取得した女性がいます。それが安積雅子医師です。

『テレメンタリーPlus「還暦で歩む医師の道」(2026年7月12日放送)』で描かれる水野隆史医師も、安積医師の記事を読んだことから人生を大きく動かしました。2人の接点を知ると、年齢を超えて挑戦が受け継がれていく意味が見えてきます。

この記事でわかること

  • 安積雅子医師の経歴
  • 62歳で医師になるまでの道のり
  • 水野隆史医師との関係
  • 2人に共通する医師としての姿勢

水野隆史医師はなぜ60歳で医師に?元農水省官僚が訪問診療を続ける理由【テレメンタリーPlus】

安積雅子医師とは?62歳11カ月で医師免許を取得した女性

62歳で主婦から医師に 猛勉強で「一番戻りたかった場所」へ:朝日新聞

(出典:62歳で主婦から医師に 猛勉強で「一番戻りたかった場所」へ:朝日新聞)

安積雅子医師は、51歳で医学部受験を決意し、55歳で秋田大学医学部に合格した女性です。

大学卒業後、2001年に62歳11カ月で医師国家試験に合格。当時としては過去最高齢で医師免許を取得した人物として知られるようになりました。

安積医師の歩みを簡単にまとめると、次のようになります。

年齢・時期 主な出来事
大学時代 東北大学薬学部で学ぶ
大学卒業後 研究所に勤務
結婚後 退職して4人の子どもを育てる
51歳 医学部受験を決意
51歳から54歳ごろ 4年続けて不合格を経験
55歳 5回目の挑戦で秋田大学医学部に合格
62歳11カ月 医師国家試験に合格
医師免許取得後 仙台市の病院で内科医として勤務
87歳時点 医療や教育に関わりながら活動

「62歳で医師になった」と聞くと、特別に勉強が得意で、順調に合格した人を想像するかもしれません。

しかし実際には、安積医師は約30年間、学校の勉強から離れていました。医学部受験でも4回続けて不合格になっています。

それでも5回目まで挑戦を続け、医学部で6年間学び、医師国家試験にも合格しました。

個人的には、62歳という年齢だけでなく、結果が出ない期間を含めて10年以上も目標を持ち続けたことに驚かされます。

安積雅子医師は東北大学薬学部を卒業している

安積医師は宮城県で育ち、東北大学薬学部へ進学しました。

大学では薬学を学び、卒業後は研究所に勤務しています。もともと医学や科学から遠い生活を送っていたわけではありません。

研究所では実験に携わり、学ぶことや物事を深く調べることに魅力を感じていました。

ところが、結婚をきっかけに仕事を辞めます。

当時は、結婚や出産後も女性が専門職として働き続けることが、現在ほど一般的ではありませんでした。安積医師も家庭に入り、専業主婦として4人の子どもを育てます。

ここで大切なのは、研究所を辞めたあとも、学ぶことへの思いが完全に消えたわけではなかったことです。

子育てが一段落したとき、若いころに続けたかった学びへ、もう一度戻ろうと考えました。

医学部受験は、突然思いついたまったく新しい夢というより、長い間中断していた学びを再開する選択だったといえそうです。

51歳で医学部を目指したきっかけは長女の進学

安積医師が医学部受験を決意したのは、51歳のときでした。

子育てが一段落した時期に、長女が医学部へ進学します。長女から大学で学んでいる内容を聞くうちに、安積医師は自分の学生時代を思い出しました。

薬学部で実験をしていた時間や、知らないことを学ぶ楽しさがよみがえり、「自分ももう一度学びたい」という気持ちが強くなっていきます。

ただ、学び直すだけなら、大学の公開講座や資格取得など、ほかの選択肢もあったはずです。

安積医師が医学部を選んだ背景には、若いころに薬学を学びながら、最後まで取り組めなかったことへの思いがありました。

研究や薬の知識だけでなく、患者と直接向き合い、人のために知識を役立てたいという気持ちもあったのでしょう。

50歳を過ぎてから医学部へ進むとなれば、周囲が心配するのも自然です。

卒業時には60歳を超える可能性があり、その後には医師国家試験や臨床研修も待っています。

たしかにこれは、「挑戦したい」という気持ちだけで決められる道ではありません。

それでも安積医師は、年齢から残り時間を計算するのではなく、これから何をしたいのかを基準に決断しました。

約30年ぶりの勉強は高校の教科書から始まった

医学部受験を決めた安積医師は、まず高校の教科書を用意しました。

薬学部を卒業していたとはいえ、本格的な受験勉強からは約30年離れています。

かつて学んだ内容を覚えている部分もあれば、忘れている部分もあります。入試問題の傾向や学習方法も、学生時代とは変わっていました。

そこで、最初から難しい問題に飛びつくのではなく、基礎から学び直したといいます。

医学部受験では、大学によって異なりますが、英語、数学、理科など幅広い科目への対応が必要です。

安積医師は主婦として家事を続けながら、毎日の生活の中に勉強時間を組み込みました。

最初からすべてを理解できたわけではありません。忘れた内容を一つずつ確認し、教科書や問題集を何度も繰り返しました。

長く勉強から離れた人にとって、「昔できたのに思い出せない」という状況は、かなりつらいものです。

それでも、わからないことを恥ずかしがらず、基礎へ戻ったことが、医学部合格につながりました。

個人的には、いきなり高度な勉強法を探すのではなく、できない部分を認めて高校の教科書から始めた姿勢が、とても現実的だと感じます。

4回の不合格を経て55歳で秋田大学医学部に合格

安積医師は、医学部を受験してすぐに合格したわけではありません。

最初の受験から4年続けて不合格となり、55歳で迎えた5回目の挑戦で、秋田大学医学部に合格しました。

不合格が続けば、「やはり年齢的に無理なのではないか」と考えてしまいそうです。

受験料や教材費もかかります。家事や家族との時間を調整しながら、再び1年間勉強する覚悟も必要です。

さらに、医学部に合格できたとしても、卒業まで6年間かかります。

55歳で入学すると、順調に進んでも卒業時には61歳です。その後に医師国家試験と研修が待っています。

安積医師は、こうした現実を理解したうえで、受験を続けました。

5回目の挑戦で合格したことはもちろん大きな出来事ですが、そこに至るまでの4年間も無駄ではありません。

不合格になるたびに、学習方法や足りない部分を見直し、次の受験に備えました。

「5回受ければ合格できる」という単純な話ではありません。何度受けても合格が保証されない中で、続けられる理由を自分の中に持っていたことが大きかったのでしょう。

55歳から始まった医学部生活

55歳で秋田大学医学部へ入学した安積医師は、自分の子どもと同じほどの年齢の学生たちと一緒に学びました。

医学部では、基礎医学の講義だけでなく、解剖実習、臨床実習、定期試験などが続きます。

知識を覚えるだけではなく、患者への接し方や医療現場での判断も学ばなければなりません。

年齢を重ねてからの学習では、若いころより記憶に時間がかかる場合があります。長時間の講義や実習には体力も必要です。

安積医師は大学近くに生活の拠点を置き、学業に集中しました。

一方で、妻や母としての役割がなくなったわけではありません。家族のことを気にかけながら、学生として試験や実習に向き合いました。

周囲の学生との年齢差も大きかったはずですが、年上だからと特別扱いされるのではなく、同じ医学生として必要な課程を修めています。

初めて知ると少し驚きますが、医学部に入った時点で夢がかなったわけではありません。

医学部合格は、医師になる道の入口です。そこから6年間、進級と卒業に必要な課程を一つずつ通過しなければなりませんでした。

62歳11カ月で医師国家試験に合格

安積医師は秋田大学医学部を卒業後、医師国家試験に挑戦しました。

そして2001年、62歳11カ月で合格し、医師免許を取得します。

当時としては過去最高齢での取得として紹介され、大きな話題になりました。

ただし、医師免許はゴールではありません。

患者を診るためには、研修を受け、医療現場で経験を重ねる必要があります。

安積医師は、60歳を超えてから新人医師として歩み始めました。指導する医師の多くは、自分よりかなり年下です。

年齢や社会経験が上であっても、医療の現場では教わる立場になります。

自分より若い人から指導を受け、わからないことを質問し、失敗を振り返る。これは、年齢を重ねた人ほど難しく感じる場合があります。

安積医師は年齢にこだわらず、医師として必要な知識や技術を学びました。

長い人生経験があることと、医師として経験があることは別です。この違いを受け入れ、新人として学び直した点も、安積医師の歩みを理解するうえで欠かせません。

医師免許取得後は仙台市の病院で内科医として勤務

安積医師は医師免許を取得したあと、宮城県内で医師として働きました。

その後は仙台市の仙台富沢病院で内科医として勤務し、主に高齢の患者や、認知症に伴う精神症状がある患者などと向き合ってきました。

高齢者医療では、病名や検査結果だけを見ても、十分な診療ができないことがあります。

患者本人がどのような生活を送っているのか、家族がどんな不安を抱えているのか、服薬や介護に困っていないかまで確認する必要があります。

安積医師は、患者の話を急いで終わらせず、相手の言葉に耳を傾けることを大切にしてきました。

薬学部で学んだ知識、4人の子どもを育てた経験、家族の介護に関わった経験も、患者への接し方に生かされたと考えられます。

医師として働き始めた直後には、自身の母親が脳卒中で倒れました。

安積医師は医師として働きながら、母親の介護にも関わります。

治療を行う医師の立場だけでなく、病気になった家族を支える側の苦労も経験しました。

高齢の患者や家族にとって、こうした経験を持つ医師は、医学知識だけでは測れない安心感につながったのではないでしょうか。

水野隆史医師は新聞記事で安積雅子医師を知った

水野隆史医師が安積医師を知ったきっかけは、1枚の新聞記事でした。

当時の水野医師は、農林水産省の官僚として働いていました。

49歳ごろ、新聞で目にしたのが、62歳で医師になった安積医師の記事です。

水野医師は、それまで50歳を過ぎた人が医学部へ入り、医師になれるとは考えていませんでした。

安積医師の存在を知ったことで、「年齢を重ねてからでも医師を目指した人がいる」とわかります。

これは、単に勇気をもらったというだけではありません。

すでに誰かが実現した事実を知ったことで、水野医師にとって医師への道が、想像の中の夢から、具体的に検討できる選択肢へ変わりました。

水野医師は50歳から医学部受験を始め、55歳で金沢大学医学部に合格。2015年、60歳で医師免許を取得しました。

2人の歩みには、よく似た数字が並びます。

比較項目 安積雅子医師 水野隆史医師
医学部を目指した時期 51歳 50歳
医学部合格時の年齢 55歳 55歳
進学先 秋田大学医学部 金沢大学医学部
医師免許取得時の年齢 62歳11カ月 60歳
挑戦前の立場 4人の子を育てた主婦 農林水産省の官僚
医師としての主な活動 高齢者を診る内科医療 総合診療・訪問診療

年齢だけでなく、それまでの仕事や家庭での経験を持ったうえで、新人医師になった点も共通しています。

水野隆史医師と安積雅子医師は実際に会っている

水野医師にとって、安積医師は新聞記事の中だけにいる憧れの人物でした。

しかし水野医師は、自身も医師になったあと、安積医師との対面を果たしています。

水野医師は、自分が医師を目指したきっかけが安積医師の記事だったことを、本人へ直接伝えました。

安積医師にとっても、自分の挑戦が、見知らぬ誰かの人生を動かしていたことを知る機会になりました。

最初に安積医師が50代で医学部へ進み、その新聞記事を読んだ水野医師が同じ道を歩く。

さらに、水野医師の歩みに影響を受けて、別の人が医師を目指す流れも生まれています。

たしかに、挑戦は本人だけの問題に見えます。

しかし、その姿が記録され、誰かに届くことで、次の人が「自分にも可能性があるかもしれない」と考え始めます。

個人的には、2人が実際に会ったという事実以上に、一人の選択が約20年後に別の医師を生み出したことに大きな意味があると感じます。

水野隆史医師が憧れたのは年齢だけではなかった

水野医師が安積医師に憧れた最大のきっかけは、62歳で医師になったという事実です。

ただし、年齢の記録だけが憧れの理由ではありません。

安積医師は、医師免許を取ったことを人生の到達点にせず、その後も患者と向き合い続けました。

高齢の患者に寄り添い、相手の話を丁寧に聞く。病気だけを見るのではなく、その人の生活や家族にも目を向ける。

水野医師も青森県十和田市で、通院が難しい高齢者を支える訪問診療に力を入れています。

自宅を訪ねる訪問診療では、患者の暮らし方や家族関係、食事、薬の管理まで見なければなりません。

2人に共通するのは、年齢を重ねてから医師になったことだけではなく、患者の話を聞き、その人の生活に寄り添おうとしたことです。

水野医師は、自分の強みについて、相手の立場になって考えられることだと語っています。

安積医師も、長い家庭生活や介護の経験を、患者との関係に生かしてきました。

医学部へ入るまでに積み重ねた人生が、医師としては遠回りに見えても、患者を理解する力になっているのです。

2人に共通する3つの姿勢

安積医師と水野医師には、年齢や合格時期以外にも共通点があります。

失敗をやめる理由にしなかった

安積医師は医学部受験で4回不合格となりました。

水野医師も医学部の学士編入試験で何度も不合格を経験し、大学卒業後の医師国家試験にも一度合格できませんでした。

2人とも、失敗した事実を軽く考えていたわけではありません。

落ち込んだり、年齢的に難しいのではないかと迷ったりしながら、次に足りないものを考えました。

挑戦を続けられたのは、失敗を無視したからではなく、受け止めたうえで方法を変えたからです。

年下の人から学ぶことを受け入れた

医学部では、同級生の多くが自分の子どもほどの年齢です。

医師になったあとも、指導医や先輩が年下であることは珍しくありません。

それまでの人生経験が豊富でも、医療の知識と技術については新人です。

2人は、年齢による立場にこだわらず、必要なことを教わりました。

実際に学び直しを考えるなら、ここは確認したいところです。

新しい分野に入れば、年下の人から指摘を受けたり、自分より若い人の指示に従ったりする場面があります。

知識を覚えることだけでなく、これまでの立場を一度横に置けるかどうかも、大きな壁になります。

医師になった後も挑戦を続けた

安積医師も水野医師も、医師免許を取得したことで歩みを止めていません。

安積医師は高齢者を診る内科医として経験を重ね、水野医師は訪問診療に取り組みました。

免許を取るまでの物語だけを見ると、受験の成功が中心に見えます。

しかし患者にとって大切なのは、何歳で合格したかではなく、目の前でどのように診てくれる医師なのかです。

2人は、医師になった後の時間を、患者のために使い続けました。

安積雅子医師は87歳になっても学びを止めていない

安積医師は、2026年時点で87歳です。

近年は体力面を考えて診療の第一線から距離を置きながらも、学びや医療との関わりを完全に終えたわけではありません。

医療や福祉を学ぶ若い世代に、自身の経験を伝える活動にも取り組んでいます。

安積医師の歩みは、医師になった年齢だけを見ると「遅い挑戦」と呼ばれるかもしれません。

しかし62歳から約20年以上、医療に関わってきた時間を考えると、決して一時的な挑戦ではありません。

もちろん、すべての人が同じように80代まで働けるとは限りません。

健康状態や家庭環境、勤務先の制度によって、続けられる働き方は変わります。

それでも、年齢に合わせて役割を変えながら、学んだことを次の世代へ渡していく姿は、医師以外の仕事にも通じます。

働き続けることだけが正解ではありません。

第一線を退いたあとに、経験を伝えたり、若い人を支えたりすることも、長く積み上げた知識の生かし方です。

年齢を重ねて医学部を目指す前に確認したいこと

安積医師や水野医師の姿を見て、社会人から医学部を目指したいと考える人もいるでしょう。

ただし、2人の例を「何歳でも簡単に医師になれる」と受け取るのは危険です。

医学部受験を考える場合は、少なくとも次の点を具体的に確認する必要があります。

  • 希望する大学の入試方式と年齢条件
  • 一般入試と学士編入の違い
  • 卒業までに必要な年数
  • 入学金、学費、教材費、生活費
  • 家族の理解と生活環境
  • 実習や研修に対応できる体力
  • 医師国家試験まで勉強を続けられるか
  • 卒業後にどの分野で働きたいのか

医学部では、大学によって入試科目や募集人数が異なります。

学士編入制度がある大学でも、編入する学年や必要な学位、出願条件は同じではありません。制度そのものが変更されることもあります。

入学後には講義だけでなく、長時間の実習もあります。卒業後は医師国家試験に合格し、臨床研修を受けなければなりません。

実際に選ぶなら、「受験に合格できるか」だけでなく、医師として働き始めるまでの年数と、その後に何をしたいのかまで考える必要があります。

安積医師が歩んだ道は、年齢の壁が存在しないことを示したのではありません。

年齢、費用、体力、家族との生活といった壁を一つずつ確認しながら、それでも進む方法を探した例です。

安積雅子医師の挑戦が水野隆史医師へ受け継がれた

安積雅子医師は、51歳で医学部を目指し、55歳で秋田大学医学部に合格しました。

4回の不合格を乗り越え、2001年に62歳11カ月で医師免許を取得。その後は仙台市で、高齢の患者に寄り添う内科医として歩みました。

その姿を新聞記事で知ったのが、水野隆史医師です。

水野医師も50歳から医学部受験を始め、55歳で金沢大学医学部に合格し、60歳で医師になりました。

安積医師が特別なのは、高齢で医学部へ合格したからだけではありません。

自分の挑戦が記事となって伝わり、会ったこともなかった一人の官僚に、新しい人生を選ぶきっかけを与えたことです。

そして水野医師もまた、地域で患者と向き合う姿を通して、次の誰かに影響を与えています。

個人的には、「いくつになっても夢はかなう」と単純にまとめるよりも、誰かが先に歩いた道が、次の人にとっての地図になる物語として受け止めたいです。

年齢による難しさを隠さず、それでも学び、働き、人に役立つ道を探し続けたこと。そこに、水野医師が安積医師へ憧れた本当の理由があるのでしょう。

参考リンク

  • テレビ朝日「生涯挑む 62歳で医師に 87歳の現在」 (テレビ朝日)
  • 放送批評懇談会「還暦で歩む医師の道」作品評 (NPO法人 放送批評懇談会 –)
  • ABEMA TIMES「最後まで力を尽くしたい 55歳で医学部進学、地域医療に人生を捧げる64歳医師」 (times.abema.tv)
  • テレビ番組放送内容「生涯挑む 62歳で医師に 87歳の現在」 (datazoo.jp)

気になる生活ナビをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました