パラオで漂流した石原伸晃は後に環境大臣として同じ国へ戻っていた
『奇跡体験!アンビリバボー(生死を分けた(秘)瞬間!!芸能人★九死に一生SP)(2026年8月26日)』で語られる石原家のパラオでのダイビング体験。実は父・慎太郎さん、弟・良純さんと危険な状況に陥った石原伸晃さんには、その後もパラオとの深い縁がありました。環境大臣として同国を再訪し、日本とパラオの温暖化対策を動かす協力文書に署名。さらに友好議連会長としても関係を築いています。
この記事でわかること
- 石原伸晃さんが環境大臣としてパラオを再訪した経緯
- 日本とパラオが2014年に始めたJCMの仕組み
- 合意後に太陽光発電などの事業がどう進んだのか
- 漂流体験の場所が後に公務の舞台となった意外な縁
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石原伸晃は2014年に環境大臣としてパラオを公式訪問した
結論からいうと、石原伸晃さんは家族旅行で危険なダイビング体験をした後、日本の環境大臣としてパラオを公式訪問しています。
訪問期間は2014年1月11日から15日。
1月13日にはパラオ側のチャールズ・オビアン公共基盤・産業・商業大臣と、二国間クレジット制度(JCM)に関する文書へ署名しました。パラオは日本にとって10番目のJCMパートナー国となりました。
家族と海に入り、船が見当たらないという恐怖を経験した国へ、年月を経て今度は大臣として戻る。
石原家のパラオ体験には、九死に一生の話だけでは終わらない「その後」があったのです。
父・慎太郎は晩年にもパラオでの出来事を覚えていた
石原家にとってパラオのダイビングは、長く記憶に残った出来事でした。
石原慎太郎さんが亡くなる前、長男の伸晃さんと話していた際にも、パラオで海に潜った時の話が出ています。
慎太郎さんは伸晃さんに対し、当時良純さんが怒っていたことに触れながら、自分も本当は心配していたという趣旨の話をしたと伝えられています。
何十年も前の家族旅行について、人生の終盤になって父と長男が再び話す。
それだけ石原家にとって強い記憶だったことがうかがえるエピソードです。
JCMは日本の技術で温室効果ガスを減らす仕組み
石原伸晃さんがパラオで署名したJCM(Joint Crediting Mechanism/二国間クレジット制度)は、少し分かりにくい仕組みです。
簡単にいうと、日本の省エネ技術や再生可能エネルギー設備などを海外へ導入し、そこで削減できた温室効果ガスを数値化する制度です。
パラオのような島国では、エネルギーを化石燃料に頼る割合を減らすことが重要な課題になります。
2014年の合意では、日本とパラオが合同委員会を設置し、温室効果ガス削減につながる事業を進めていく枠組みが作られました。
単に「環境について協力しましょう」と約束しただけではなく、その後の具体的な設備導入につながる制度だったことがポイントです。
大統領との会談から国会演説まで行っていた
2014年の訪問で、石原伸晃さんが行ったのはJCMへの署名だけではありません。
パラオのレメンゲサウ大統領をはじめ、国務大臣、環境大臣、公共基盤大臣らと会談しました。
さらにパラオの国会でも演説しています。
そこで示したテーマの1つが、島国が抱える環境問題を幅広く支援する「島まるごと支援」でした。
対象となったのは、
- 温室効果ガスの削減
- 気候変動への対応
- ごみ問題
- サンゴ礁の保護
- 上下水道などの環境インフラ
です。
美しい海で世界的に知られるパラオだからこそ、サンゴ礁や海洋環境を守ることは観光だけでなく、国そのものの将来にも関わります。
かつて家族旅行で潜ったパラオの海が、伸晃さんにとって環境政策を話し合う場所にもなりました。
合意後にはパラオの屋根に太陽光発電が設置された
2014年の署名は、書類だけで終わりませんでした。
2015年には、パラオで初となるJCMプロジェクトが登録されています。
商業施設の屋根に太陽光発電システムを設置し、発電した電気を施設で利用。余った電気は電力網へ送る仕組みでした。
さらに2016年には、このプロジェクトによって約13カ月間で296トンのCO2削減分に相当するクレジットが発行されました。
制度を作る。
実際に設備を設置する。
温室効果ガスがどれだけ減ったかを測る。
削減量を正式に認める。
2014年に伸晃さんが署名した制度は、このように具体的な事業へつながっていきました。
学校や商業施設にも太陽光発電が広がった
パラオでのJCM事業は1件だけでは終わりませんでした。
2016年にはさらに2件のプロジェクトが登録され、学校や商業施設の屋根へ太陽光発電設備を設置する取り組みが進められています。
島国では発電用燃料の多くを海外から運び込む必要があります。
一方、南国で日照に恵まれたパラオでは太陽光発電を利用できる余地があります。
再生可能エネルギーを増やすことは、CO2削減だけでなく、輸入燃料への依存を減らすことにもつながります。
石原伸晃さんが環境大臣として結んだ合意が、その後の学校や店舗の屋根に設置された設備へつながったと考えると、2014年の訪問の意味が分かりやすくなります。
2019年には日・パラオ友好議員連盟の会長になっていた
石原伸晃さんとパラオの縁は、環境大臣を退任して終わったわけではありません。
2019年3月、日本とパラオの外交関係樹立25周年を記念したビジネスセミナーに、日・パラオ友好議員連盟会長として出席しています。
そこでは、パラオの豊かな自然環境を守るために日本企業の技術が活用され、観光や投資の発展につながることへの期待を示しました。
家族旅行で訪れた国。
環境大臣として協力文書へ署名した国。
さらに友好議連会長として関係を深める国。
伸晃さんにとってパラオは、人生の異なる時期に何度も関わる特別な場所になっています。
2014年に始まった協力は2026年にも続いている
さらに興味深いのは、2014年に始まった日・パラオ間のJCMが、その後も長期間続いていることです。
2026年6月には、パラオで実施された太陽光発電事業について、パリ協定に沿った形で新たなクレジットが発行されました。
対象には、
- 商業施設への太陽光発電
- 学校への太陽光発電
- 別の商業施設への太陽光発電
- スーパーマーケットへの屋根置き太陽光発電
などが含まれています。
2014年の署名から12年以上。
制度が一過性のものではなく、実際の再生可能エネルギー事業として続いていることが分かります。
パラオのリゾートホテルにも太陽光と蓄電池を導入
さらにパラオでは、新しい再生可能エネルギー事業も進んでいます。
リゾートホテルへ0.6MWの太陽光発電設備と0.3MWhの蓄電池を導入するプロジェクトも採択されました。
年間506トンの温室効果ガス削減が想定されています。
太陽が出ている時間に発電し、余った電気を蓄電池へためる。
こうした仕組みは、観光産業が重要な島国にとってエネルギーの安定利用にもつながります。
石原伸晃さんが署名した時には始まったばかりだった仕組みが、商業施設、学校、スーパーマーケット、ホテルへと広がってきたのです。
漂流した海が後に環境政策を進める場所になった
石原伸晃さんとパラオの関係で面白いのは、同じ国がまったく異なる意味を持って人生に登場していることです。
最初は父・慎太郎さん、弟・良純さんらと訪れた家族旅行。
そこでダイビング中に船が見当たらないという危険な状況に直面しました。
その後は環境大臣としてパラオを訪れ、日本との環境協力を進める文書へ署名。
さらに友好議連会長となり、両国の関係づくりにも携わっています。
そして2014年に始まったJCMは、2026年になっても太陽光発電などの具体的な取り組みとして続いています。
九死に一生の体験だけでも十分に印象的ですが、命の危険を感じたパラオへ大臣として戻り、その国の環境を守る仕事に関わったという「その後」まで知ると、石原家とパラオの縁がさらに深く見えてきます。
参考リンク
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