富士山で負傷者を運ぶ「クローラー」とは
『朝メシまで。(真夏の富士山!命を守る仕事人SP)(2026年8月26日)』では、標高3600m付近で動けなくなった登山者の救助や、八合目救護所で働く医療チームが描かれます。そこで知っておきたいのが、富士山で物資運搬や緊急時の搬送を支えるクローラーです。一般の車が走れない高所をどう移動するのか、救護所や山小屋とどのようにつながっているのかを詳しく見ていきます。
この記事でわかること
- 富士山で使われるクローラーとは何か
- なぜ普通の車ではなくキャタピラ式なのか
- ケガ人や体調不良者の搬送で果たす役割
- クローラーが通る道で登山者が注意すること
クローラーは富士山を走るキャタピラ式の運搬車
富士山で使われているクローラーは、タイヤではなくキャタピラ状の走行装置を備えた運搬車です。
登山者が歩く一般的な登山道とは別に、富士山には山小屋へ物資を運ぶための「ブル道」や下山道があります。
クローラーはこうした道を走り、
- 食料
- 飲料水
- 燃料
- 山小屋で使う資材
- 医療関係の物資
などを高所まで運びます。
人間がすべて背負って運ぶには量が多すぎるため、夏の富士山を動かすうえで欠かせない存在です。
さらに緊急時には、自力で下山できなくなった登山者を低い場所まで運ぶ搬送車として使われることがあります。
なぜ普通の四輪駆動車では走れないのか
富士山の高所は舗装道路ではありません。
火山性の砂や大小の石がある急斜面が続き、一般的な自動車が安定して走れる環境ではありません。
そこで活躍するのがキャタピラ式です。
タイヤより広い面積で地面をとらえるため、不整地や急斜面を移動しやすくなります。
富士山でクローラーを見かけると工事車両のようにも見えますが、実際には山小屋の生活と登山者の安全を支える特殊車両でもあります。
救護所まで歩けない登山者の搬送にも使われる
標高3000mを超える場所で体調を崩すと、自力で数時間歩いて五合目へ戻ることが難しくなる場合があります。
特に、
- 高山病
- 強い脱水
- 熱中症
- 骨折などの外傷
- 歩行できないほどの疲労
が起きれば、単に休憩しただけでは下山できません。
こうしたとき、医療関係者が搬送が必要と判断し、クローラーで安全な地点まで下ろすケースがあります。
実際に富士山八合目で心肺停止となった男性がAEDによって蘇生し、その後、キャタピラ付き搬送車で五合目方向へ搬送された救命例も医学論文として報告されています。
富士山では「治療できた=救助完了」ではありません。
その後、麓の病院まで患者をつなぐ必要があり、クローラーはその途中を担う重要な移動手段です。
救急車が八合目まで来られないから搬送のリレーが必要
街中なら119番通報をすると、救急車が患者のすぐ近くまで来ます。
富士山八合目では同じことができません。
八合目救護所は標高約3100m。
そこから患者を医療機関へ送る場合、
救護所 → クローラーなどによる搬送 → 五合目など低所 → 救急車 → 病院
という形で複数の人や乗り物をつなぐことがあります。
先ほどの心肺停止例でも、クローラーで下山した後に五合目で救急車へ引き継ぎ、病院まで搬送されました。
富士山の救急医療が特殊なのは、この「病院へ運ぶまでの距離」が長いところです。
救護所だけでなく、その先の搬送方法まで用意されて初めて医療体制が成り立ちます。
山岳救助隊とクローラーは役割が違う
山岳救助隊とクローラーは同じものではありません。
山岳救助隊は、人が現場まで入り、
- 遭難者を探す
- 状態を確認する
- 安全を確保する
- 背負ったり担架を使ったりして移動させる
といった救助活動を行います。
一方、クローラーは道路状況などの条件が整った場所で、人や物資を運ぶ手段です。
遭難場所が登山道の途中や急斜面なら、クローラーが直接そこまで行けないこともあります。
その場合は、まず救助隊員が患者をクローラーの走れる場所まで移動させ、そこから車両搬送へ切り替えることになります。
人の救助技術と特殊車両を組み合わせて下山させるのが富士山ならではの救助体制です。
クローラーはどこでも走れるわけではない
キャタピラ式だからといって、富士山のどこへでも進めるわけではありません。
吉田ルート八合目以上には下山道から山小屋へつながる連絡道がありますが、すべてのブル道を登山者が利用できるわけではありません。
道幅が狭く、安全にすれ違えない場所などは立入禁止になっています。
体調不良だからと自己判断でブル道へ入るのではなく、近くの山小屋や救護関係者に相談することが重要です。
登山中にクローラーと出会ったら運転者の指示に従う
富士山では登山者自身がクローラーとすれ違うこともあります。
富士登山の公式案内では、連絡道や下山道でクローラーとすれ違う場合、運転者の指示に従うことが呼びかけられています。
登山者から見ると非常に大きな車両です。
山側へ避けるのか、車両が停止するのを待つのかは道の状態によって変わります。
狭い登山道で自己判断して追い越したり、近くを無理に通り抜けたりしないことが大切です。
富士山の山小屋が営業できるのもクローラーがあるから
クローラーの役割は救助だけではありません。
むしろ普段は物資運搬の仕事が大きな役割を占めています。
富士山の山小屋では毎日、
- 登山者に提供する食事
- 飲料
- 調理用燃料
- 寝具や備品
- 売店の商品
など大量の物資が必要になります。
標高3000mを超える山小屋へ、これらを人力だけで運び続けるのは現実的ではありません。
山小屋で温かい食事を食べたり飲み物を買ったりできる裏側にも、山を上り下りする運搬車があります。
登山者からはあまり見えないものの、富士山の物流そのものを支えている仕事といえます。
AEDとクローラーの連携で命が助かった例もある
富士山の安全対策には長い積み重ねがあります。
2007年から吉田口の全山小屋にAEDが配備され、山小屋スタッフへの救命講習も進められてきました。
標高3100mで心肺停止となった登山者に対して、現場でAEDによる除細動を行い、心拍再開後にクローラーで搬送して救命できた事例があります。
この男性は病院へ搬送され、神経学的な後遺症を残さず退院しました。
この事例を見ると、富士山の救命は1人の医師だけで成立するものではないことが分かります。
AEDを備える山小屋、救命処置を行う人、八合目救護所、搬送車、五合目の救急車、麓の病院。
それぞれがつながって初めて、標高3000mを超える場所から命を救うことができます。
救護所があるから無理して登ってよいわけではない
クローラーがあり、救護所があり、山岳救助隊もいる。
これだけ聞くと富士山は非常に安心な山に感じるかもしれません。
しかし毎年、八合目救護所には約300~400人が受診し、その約6割が疑いを含む高山病です。
搬送車があっても患者のいる場所まで行けるとは限らず、救助隊が到着するまで時間が必要な場合もあります。
頭痛や吐き気、強いだるさなどが出た段階で、それ以上標高を上げないことが重要です。
「あと少しで山頂だから」と進んでしまい、自力で下りられなくなることが最も避けたい状況です。
富士山には登山者から見えない「物流の道」がある
富士山を登っていると、どうしても山頂だけを見てしまいます。
しかし山小屋の食料を運び、医療物資を届け、必要なときには患者を下山させる車両が、登山者とは違う道を往復しています。
山岳救助隊が「人の力」で命をつなぐ存在なら、クローラーは富士山の物資と救急搬送をつなぐ足です。
ご来光や山頂の景色の裏側には、登山者が眠っている時間にもこうした仕事が続いています。
富士山の安全を知るうえで、救護所や山岳救助隊とともに覚えておきたい存在です。
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