徳川家康の11万個超の活字と「+」「×」を生んだ印刷の力
普段は本やチラシを「読む」ことはあっても、印刷そのものの歴史を意識する機会はあまりありません。『ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪(印刷博物館)(2026年9月2日)』では、徳川家康が作らせた駿河版銅活字から「+」「×」など計算記号の普及まで、印刷が社会を変えた歴史がたどられます。博物館で見逃したくない資料と、その背景を詳しく見ていきます。
この記事でわかること
- 徳川家康が作らせた駿河版銅活字の正体
- 11万個を超える活字が必要だった理由
- 「+」「×」「=」と活版印刷の意外な関係
- 印刷博物館の料金・アクセス・活版印刷体験
印刷博物館で必見なのは徳川家康が作らせた駿河版銅活字

(出典:印刷博物館「駿河版『群書治要』」)
館内でも特に存在感の大きい資料が、駿河版銅活字です。
徳川家康が駿府を拠点としていた1606年から1616年にかけて作らせた活字で、朝鮮から伝わった銅活字の技術をもとに、林羅山や金地院崇伝らに命じて制作させました。
驚くのは、その規模です。
制作された活字は総数11万個余り。国指定文化財の記録には、現在残っているものとして、
- 銅大字:866個
- 銅小字:31,300個
- 木活字:5,813個
が記録されています。1962年には重要文化財に指定されました。
単なる「昔の印刷道具」ではありません。
大量の文字を1文字ずつ組み合わせ、同じ内容の書物を何部も作れるようにした、江戸時代初期の巨大な情報伝達システムだったのです。
家康が大量の活字を作らせた目的は学問を広めることだった
なぜ天下を取った徳川家康が、それほど大量の活字を必要としたのでしょうか。
駿河版銅活字によって印刷された代表的な書物が、**『群書治要』**です。
『群書治要』は中国・唐の太宗の命によって、さまざまな古典から政治や統治に重要な内容を集めた書物で、日本には奈良時代に伝わりました。長く「帝王学」の書として扱われてきたものです。
家康は武力だけで世を治めるのではなく、学問を重視していました。
そのため『群書治要』を印刷し、広く読める状態にしようとしたのです。
1616年に作られた駿河版『群書治要』は全47巻、およそ100部が印刷され、家臣に配られました。
1冊を書き写すだけなら活字を11万個も作る必要はありません。
同じ文章を繰り返し印刷し、知識を複数の人へ届けるためにこそ、活字という技術が力を発揮します。
現在なら同じデータをコピーするのは一瞬ですが、400年以上前にその役割を担ったのが金属活字でした。
『群書治要』完成直前に徳川家康は亡くなっていた
『群書治要』には、もう1つ印象に残るエピソードがあります。
駿河版『群書治要』が完成したのは1616年5月末ごろ。
ところが徳川家康は、その完成を見ることなく亡くなりました。
家康が亡くなったのは1616年6月1日、現在の暦では6月にあたりますが、旧暦では元和2年4月17日です。
長い年月をかけて活字を準備し、学問の書を大量に印刷するという大きな事業は、家康の人生の最晩年に進められていました。
その後、印刷に使われた活字は火災によって一部が失われましたが、残ったものは紀州徳川家から南葵文庫を経て受け継がれています。
400年以上前の金属活字がまとまった形で今も見られること自体、かなり珍しい展示です。
400年前の印刷物には活字を逆さに並べた跡まで残っている
駿河版『群書治要』を細かく見ると、人の手で活字を組んでいた時代ならではの痕跡があります。
印刷博物館が所蔵する本では、本文中にある小さな「林」の文字が天地逆さまになっている部分があります。
現在なら入力ミスは修正して再出力できますが、活版印刷では棚から1個ずつ活字を拾い、向きを確認しながら並べます。
膨大な文字を人の手で組んでいたからこそ、こうした「組み間違い」までそのまま400年以上先へ残りました。
完成品だけを見るより、むしろこの小さな間違いから当時の作業風景が想像できます。
「+」はラテン語の「et」から生まれた
学校で最初に覚える数学記号の1つが「+」です。
ところが、数字そのものに比べると「+」「-」「=」の歴史はそれほど古くありません。
以前の計算は、現在のような数式ではなく、文章を使って表すことが多くありました。
「+」はラテン語で「そして」を意味するetを素早く書くうちに形が変化したものと考えられています。
そして「+」「-」が印刷された本に登場した重要な年が1489年。
ドイツのヨハネス・ヴィトマンがライプツィヒで出版した計算書に使われました。ただし、この段階では現在のように足し算と引き算の演算記号として完全に定着していたわけではありません。
記号を考え出すことと、世界中で同じ記号を使うようになることは別問題でした。
そこで大きな役割を果たしたのが印刷です。
同じ記号が入った本を大量に印刷し、多くの人が読むことで、「この形にはこの意味がある」という共通認識が広がっていきました。
「=」は同じ長さの2本線ほど等しいものはないという発想から誕生した
「=」にも、考案した人物がいます。
ウェールズ出身の数学者ロバート・レコードです。
1557年に出版した『知恵の砥石』の中で、等しいことを文章で何度も書く代わりとして2本の平行線を使用しました。
理由はとてもシンプルです。
同じ長さの2本の平行線ほど等しいものはないと考えたためでした。
最初の「=」は現在より横に長い形をしています。
今なら誰でも意味が分かる記号ですが、登場直後から世界中で使われたわけではありません。別の表現も長く使われ、時間をかけて定着していきました。
便利だから自然に世界標準になったのではなく、印刷された本が繰り返し流通したことも普及を後押ししました。
「×」が掛け算に使われるようになったのは17世紀
番組内容にも登場するもう1つの身近な記号が「×」です。
掛け算を表す「×」は17世紀に登場し、イギリスの数学者ウィリアム・オートレッドが1631年に出版した『Clavis Mathematicae(数学の鍵)』で使用しています。
「+」が印刷物に現れた1489年から考えると、100年以上後です。
普段は、
2+3=5
2×3=6
と当たり前のように書きますが、これらの記号がそろうまでには長い時間がかかっています。
さらに記号が考案されても、印刷所にその形の活字がなければ本にはできません。
印刷博物館の資料では、デカルトの『幾何学』に「+」と形の似た別の活字が混在する例も紹介されています。必要な大きさの「+」活字がなかったため、似た形で代用された可能性があります。
数学の歴史と印刷技術の歴史は、思っている以上に深く結びついています。
印刷によって同じ知識を遠くの人にも伝えられるようになった
印刷の大きな変化は、本を早く作れるようになったことだけではありません。
手書きで写していた時代は、書き写す人によって内容や表記が変わることがあります。
印刷なら、同じ版からほぼ同じ内容を大量に作れます。
数学では特にこの利点が大きく、計算方法や記号を載せた教科書が各地へ流通することで、同じ表記方法を多くの人が共有できるようになりました。
日本では家康が政治や学問の書を印刷し、ヨーロッパでは計算書や学術書が広がっていった。
地域も目的も違いますが、「知識を複製し、離れた場所へ届ける」という点では同じです。
博物館を訪れると、活字や古書が単なる古い物ではなく、現在の情報社会につながる技術だったことが見えてきます。
印刷博物館では活版印刷を実際に体験できる
(出典:印刷博物館「印刷工房」)
見るだけでは分かりにくい活字の仕組みを、実際に体験できるのが印刷工房です。
館内には活字がぎっしり並んだ棚や印刷機があり、活版印刷を中心としたワークショップが行われています。
2026年の通常スケジュールでは、
- 火曜・水曜:工房見学ツアー
- 木曜・金曜:活版印刷体験
- 土曜・日曜・祝日:活版印刷体験
が案内されており、料金は無料ですが博物館の入場料が必要です。印刷工房は事前予約制です。
棚から活字を選び、文字を並べ、紙へ印刷する。
パソコンやスマートフォンで一瞬に文字を出せる時代だからこそ、昔の印刷にどれだけ多くの工程が必要だったのかが実感しやすい体験です。
料金・開館時間・アクセス
印刷博物館は、東京都文京区水道1丁目のTOPPAN小石川本社ビルにあります。
基本情報は次の通りです。
- 開館時間:10:00〜18:00
- 最終入場:17:30
- 一般:500円
- 学生:200円
- 高校生:100円
- 中学生以下:無料
- 70歳以上:無料
- 休館日:月曜日を基本とし、祝日・振替休日の場合は翌日
- 地下駐車場:有料
企画展開催中は入場料が変わり、企画展料金に常設展料金が含まれます。
電車の場合は東京メトロ有楽町線・江戸川橋駅4番出口から徒歩約8分が比較的近く、後楽園駅から徒歩約10分、飯田橋駅から徒歩約13分です。
展示室自体は予約不要ですが、印刷工房や一部施設は事前予約が必要なので、体験も目的なら先に予定を組んでおくと動きやすくなります。
2000年の開館記念展もテーマは徳川家康の活字だった
印刷博物館は、TOPPANの創立100周年事業の一環として2000年10月7日に開館しました。
興味深いのは、その最初の特別企画展です。
テーマは、
「江戸時代の印刷文化―家康は活字人間だった!!」
でした。
つまり駿河版銅活字は、数ある収蔵品の中の1つというだけではなく、博物館の開館時から中心的な存在だった資料です。
徳川家康が11万個を超える活字を作らせた時代から、数学記号が印刷によって広がったヨーロッパ、そして現在のデジタル印刷まで。
一見すると地味に思える「印刷」をたどると、政治、教育、科学、数学、文化の広がりそのものを変えてきた技術だったことが分かります。
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