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ラウールBUMPY世界大会結果は2位!ほなつ・ゆいなと予選9位から銀メダルまで【それスノ】

スポーツ

BUMPYがついにアメリカの世界大会へ

ラウールさんと姉妹ダンサーのほなつさん、ゆいなさんが結成した3人組BUMPY。『それSnow Manにやらせて下さいSP(ラウール世界一へ…米・ダンス大会出場)(2026年8月28日)』では、2年8か月、密着977日に及んだ世界一への挑戦が完結します。日本予選を制した3人がアメリカでどこまで勝ち上がったのか、大会結果と再挑戦までの道のりを詳しく見ていきます。

この記事でわかること

  • BUMPYの世界大会での最終結果
  • ラウール・ほなつ・ゆいなが組んだ理由
  • 2024年の出場断念から再挑戦までの経緯
  • 世界大会で順位を一気に上げた戦いぶり

BUMPYの世界大会結果はミニクルー部門2位

ラウール&天才姉妹のダンスチーム「Bumpy」(AI 生成)

(出典:ORICON NEWS「ラウール&天才姉妹“Bumpy”再始動」関連ページ

結論からいうと、BUMPYは2026 WORLD HIP HOP DANCE CHAMPIONSHIPのMiniCrew部門で世界2位となり、銀メダルを獲得しました

主催するHIP HOP INTERNATIONALの公式結果では、1位が日本代表の1DUB1、2位が同じく日本代表のBUMPY、3位がブラジル代表のTHE POWER MUSIC DANCEとなっています。

決勝の得点は次の通りです。

  • 1位 1DUB1:7.42点
  • 2位 BUMPY:7.17点
  • 3位 THE POWER MUSIC DANCE:6.92点

優勝までの差はわずか0.25点でした。世界一には届かなかったものの、日本代表として世界2位まで上り詰めたことになります。

しかも、BUMPYの今回の価値は「最初から2位だった」という単純なものではありません。世界大会では苦しいスタートを切り、そこから順位を大きく上げています。

BUMPYはラウール・ほなつ・ゆいなの3人組

BUMPYを構成しているのは、

  • ラウール
  • ほなつ
  • ゆいな

の3人です。

2026年時点で、ほなつさんは中学1年生、姉のゆいなさんは高校2年生。姉妹ともに高いダンス技術を持ち、ラウールさんとは世代も活動環境も異なります。

3人のつながりの原点は、2023年の企画でした。

ラウールさんが当時9歳だったほなつさんと共演し、その実力に触れたことから「いつか一緒に大会に出たい」という流れが生まれます。

その後、3人編成で出場できる部門を目指すことになり、チームで世界一になった経験を持つ姉のゆいなさんも加わりました。

大人のトップアイドルと10代の姉妹という珍しい組み合わせですが、年齢ではなくダンサーとして同じステージで競うチームになったことが、BUMPYの大きな特徴です。

世界大会では予選9位から2位まで急浮上した

BUMPYの世界2位という結果で特に目を引くのが、予選から決勝までの順位変化です。

アメリカ・アリゾナ州フェニックスで行われたMiniCrew部門の予選には62チームが出場しました。

BUMPYは予選で6.68点。順位は62チーム中9位でした。予選トップの1DUB1は7.31点だったため、この時点では0.63点もの差がありました。

ところが、7月29日の準決勝ではBUMPYが7.08点を記録。

一気に2位まで順位を上げます。

1位の1DUB1が7.37点、3位のフィリピン代表UNRVLDが7.07点だったため、BUMPYはわずか0.01点差で2位に入り、決勝へ進みました。

そして8月1日の決勝ではさらに得点を伸ばして7.17点。

予選9位から準決勝2位、決勝2位という流れを見ると、世界大会の途中で評価を大きく上げていったことが分かります。

「日本予選1位のチームがアメリカでぶつかった壁」という今回のテーマを見るうえでも、この予選9位という数字は大きなポイントになりそうです。

優勝した1DUB1も日本代表だった

BUMPYの世界大会を語るうえで欠かせないのが、優勝した1DUB1です。

実は2026年4月12日に行われた日本大会「ALL JAPAN HIPHOP DANCE CHAMPIONSHIP 2026」のMiniCrew部門では、

1位 BUMPY
2位 1DUB1
3位 HAFURI

という順位でした。

つまり、日本ではBUMPYが1DUB1を上回っていたのです。

ところが舞台が世界大会へ移ると、予選から1DUB1がトップに立ち、最終的に7.42点で世界王者になりました。

日本大会ではBUMPYが1位、世界大会では1DUB1が1位。

単に海外勢との戦いだっただけではなく、日本予選から続いていた2チームの競争が世界一を争うところまで進んだと考えると、この結果はかなり興味深いものがあります。

さらに世界大会MiniCrew部門では、5位にも日本のHAFURIが入っています。世界大会の上位に日本勢が複数入ったことからも、日本のストリートダンスの層の厚さがうかがえます。

2024年は日本一になりながら世界大会を断念した

BUMPYにとって今回が特別なのは、世界大会への切符を初めて手にしたわけではないからです。

2024年にも3人は日本予選を突破し、アメリカの世界大会への出場権を獲得していました。

ところが世界大会を約1か月後に控えた時期に、ラウールさんが腰を負傷

世界大会への出場を辞退することになりました。

日本一になったのに、世界のステージには立てない。

3人にとって非常に大きな挫折だったことは、この企画を理解するうえで重要です。

ラウールさんはその後、再び同じことを繰り返さないため体づくりを続け、約1年半にわたり専属トレーナーをつけてケガをしにくい体を目指してきました。

世界大会への再挑戦は、単なる企画の続編ではなく、一度失った出場機会を取り戻す挑戦でもありました。

1年4か月後にラウールから再挑戦を持ちかけた

3人が再び動き始めたのは2025年11月。

前回の世界大会断念から1年4か月が経過していました。

ラウールさんがほなつさん、ゆいなさんのもとを訪れ、もう一度世界一を目指すことを提案。BUMPYが再始動します。

ただし、前回の実績だけで世界大会へ戻れるわけではありません。

もう一度、日本予選を勝ち抜く必要がありました。

2026年はポップ、ロック、ヒップホップなど複数のスタイルを取り入れ、前回とは異なる構成に挑戦。練習では3人の距離感や意見の伝え方まで課題になり、ダンス技術だけでなくチームそのものを作り直していきます。

そして4月12日の日本予選でMiniCrew部門1位。

再びアメリカへの切符をつかみました。

一度日本一になった3人が、約2年後にもう一度日本一になる。この時点だけでも簡単なリベンジではなかったことが分かります。

MiniCrewは3〜4人で戦う年齢制限なしの部門

BUMPYが出場したMiniCrewは、HIP HOP INTERNATIONALが設けている競技部門の1つです。

MiniCrewは3人から4人で構成され、年齢制限がありません

そのため、成人のラウールさんと10代のほなつさん、ゆいなさんが同じチームとして出場できます。

一般的なCrew部門では5〜9人で構成するのに対し、MiniCrewは人数が少ないため、1人ひとりの動きが目立ちやすいのも特徴です。

3人のタイミング、技術、構成、個性までごまかしが利きにくい部門だからこそ、BUMPYの3人がそれぞれ違う強みを持っていることが武器になります。

世界大会は55か国以上のダンサーが集まる舞台

WORLD HIP HOP DANCE CHAMPIONSHIPは、HIP HOP INTERNATIONALが開催する世界規模のダンス大会です。

大会には世界55か国以上からダンサーが集まり、MiniCrewだけでなくJunior、Varsity、Adult、JV MegaCrew、MegaCrewなど複数のカテゴリーで世界一を争います。

2026年の舞台はアメリカ・アリゾナ州フェニックス。

BUMPYが参加したMiniCrew予選だけでも62チームが並んでおり、日本大会を制した後にも大きな壁が待っていました。

だからこそ、予選9位から世界2位へ上がった今回の結果には重みがあります。

977日の挑戦は「世界一になれるか」だけでは終わらなかった

BUMPYのスタートから今回までの密着期間は977日、約2年8か月に及びます。

最初の挑戦では日本一になったものの、ラウールさんの腰の負傷で世界大会を辞退。

そこから1年4か月を経て再始動し、もう一度日本予選を1位で突破。

アメリカでは予選9位という厳しい位置から始まりながら、準決勝で2位まで浮上し、最終的に銀メダルを獲得しました。

結果だけなら「世界2位」という一言で終わります。

けれども、BUMPYの場合は日本一、出場辞退、再結成、もう一度日本一、そして世界2位という順番をたどっています。

一度届かなかった世界のステージに3人そろって立ち、最後まで踊り切ったことまで含めて見ると、977日という長い密着になった理由がよく分かります。


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