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本間公祐は何者?龍宮神社の宮司と三ツ山病院の医師を30年以上続ける理由【Dearにっぽん】

人物
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心と体を支える2つの仕事

病院で患者を診る医師と、神社で祈りを捧げる宮司。一見すると両立が難しそうな2つの仕事を、北海道小樽市で30年以上続けてきたのが本間公祐さんです。

『Dearにっぽん(二足のわらじで見つけた“幸せ”〜北海道・小樽〜)(2026年7月12日放送)』では、地域の人たちの心と体に寄り添う日々が紹介されました。

なぜ医師を一度辞め、再び医療の現場へ戻ったのでしょうか。その歩みをたどると、本間さんが語る「幸せ」の意味が見えてきます。

この記事でわかること

  • 本間公祐さんの経歴と現在の仕事
  • 医師を辞めて龍宮神社を継いだ理由
  • 医師の仕事に復帰できたきっかけ
  • 本間さんが考える幸せの意味

本間公祐さんは龍宮神社の宮司で現役医師

(出典:https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1326283/)

本間公祐さんは、北海道小樽市にある龍宮神社の6代目宮司です。

同時に、小樽市内の三ツ山病院で医師として勤務しています。

神社では祭事や祈祷、地域行事などを担い、病院では患者の診察や治療にあたっています。

宮司と医師という2つの仕事を、短期間だけではなく30年以上続けている点が、本間さんの大きな特徴です。

医師と宮司は、勤務場所だけでなく、必要とされる知識や責任も大きく異なります。どちらかを本業、もう一方を趣味のように続けているわけではありません。

両方の仕事で、人の命や人生に深く関わっています。

初めて知ると少し驚きますが、本間さんにとって2つの仕事は別々のものではなく、地域の人を支えるという点でつながっています。

本間公祐さんの経歴

本間公祐さんは、代々神職を務める家に生まれました。

ただし、幼い頃から抱いていた夢は、神主ではなく医師になることでした。

札幌医科大学を卒業した後は、小児科の道に進みます。

札幌医科大学附属病院や、現在の北海道立子ども総合医療・療育センターにつながる小児医療施設で勤務しました。

特にNICUと呼ばれる新生児集中治療室では、早く生まれた赤ちゃんや、重い病気を抱えて生まれた赤ちゃんの治療に携わっていました。

NICUは、24時間体制で小さな命を守る医療現場です。

状態が急変する可能性もあり、医師には高い専門性と冷静な判断が求められます。本間さん自身も、当時は昼夜を問わず働く生活を送っていたと振り返っています。

その経歴を見ると、本間さんが形だけ医師免許を持っているのではなく、厳しい小児医療の現場で経験を積んだ医師であることがわかります。

医師を辞めて龍宮神社を継いだ理由

医師として歩み始めた本間さんに、大きな転機が訪れます。

先代宮司だった父親が亡くなり、龍宮神社を継げる人が本間さんしかいない状況になったのです。

医師になることは、子どもの頃から追い続けてきた夢でした。

それでも、代々守られてきた神社を途絶えさせるわけにはいかないと考え、医師を辞めて小樽へ戻る決断をします。

これは、単純に実家の仕事へ転職したという話ではありません。

長い時間をかけて学び、ようやく立てた医療の現場から離れる決断です。しかも、自分が望んで描いてきた人生を、途中で変えなければなりませんでした。

たしかにこれは、簡単に受け入れられることではないでしょう。

家族から受け継いだ役割を守るのか、自分が努力してかなえた夢を続けるのか。本間さんの歩みには、家業を継ぐ人だけでなく、仕事と家族の間で迷った経験がある人にも重なる部分があります。

一度諦めた医師の仕事に戻れたきっかけ

神社へ戻った本間さんは、そのまま医師としての道を完全に終えたわけではありませんでした。

転機をつくったのは、龍宮神社の運営に関わっていた三ツ山病院の医師からの言葉です。

本間さんは「病院で働かないか」と声をかけられました。

しかし、宮司と医師を同時に続けるのは無理だと考え、最初は断ったといいます。

NICUで昼夜を問わず働いてきた経験があれば、医師の仕事だけでも簡単ではないと十分にわかっていたはずです。そこへ神社の祭事や地域行事まで加わるため、不可能だと思うのも無理はありません。

それでも病院側は、神事があるときは神社の仕事を優先して構わないと伝えました。

その理解と後押しがあり、本間さんは宮司として働きながら医師へ復帰する道を選びます。

個人的には、この部分が本間さんの人生を考えるうえで、いちばん大事だと感じます。

本人の努力だけでなく、事情を理解して働き方を調整してくれる人がいたからこそ、2つの仕事を続けられました。

「二足のわらじ」は本人の強い意志だけで成立するものではありません。周囲が役割を理解し、支え合える環境があって初めて続けられる働き方でもあります。

平日は病院、休日は神社という生活

本間さんは、主に平日は病院で働き、土日や神事のある日は神社の仕事を担う生活を続けてきました。

正月や例大祭など、神社にとって特に重要な時期には、病院の勤務を調整して神職の仕事を優先します。

ただし、医療も神社も、人の都合に合わせて完全に予定を決められる仕事ではありません。

患者の体調は急に変わることがあります。神社でも、祭事や祈祷、地域からの相談などが重なる可能性があります。

365日休みなく奔走するという表現からも、決められた時間だけ働けば終わる生活ではないことが伝わってきます。

華やかな「二足のわらじ」という言葉だけを見ると、2つの肩書を持つ充実した人生に見えるかもしれません。

一方で、実際には予定の調整や体調管理、周囲への配慮を何十年も積み重ねてきたはずです。

2つの仕事を持っていることよりも、どちらからも逃げずに長く続けてきた点に、本間さんのすごさがあるように感じます。

三ツ山病院では小児科と内科を担当

本間公祐さんは、三ツ山病院で小児科と内科を担当しています。

もともとの専門は小児科ですが、現在は子どもの診療だけに限らず、幅広い地域医療に携わっています。

本間さん自身の紹介では、これまでに次のような医療を行ってきたとされています。

  • 子どもの病気を診る小児医療
  • 高血圧や糖尿病などの生活習慣病
  • 介護が必要な高齢者の医療
  • 腎不全の患者に対する人工透析
  • 痛みや苦しさを和らげる緩和ケア

子どもの命を守るNICUから、高齢者医療や人生の最終段階を支える緩和ケアまで、年齢の異なる患者と向き合ってきたことになります。

三ツ山病院は、内科系の外来、小児科、予防接種、健康診断、人工透析、訪問診療などを行う地域の病院です。

本間さんの働き方を知ると、病気だけを診るのではなく、その人が暮らしている地域や家庭まで含めて支える医療を続けてきたことがわかります。

龍宮神社は小樽で150年続く神社

龍宮神社は、北海道小樽市稲穂にある、150年近い歴史を持つ神社です。

本間公祐さんは、この神社の6代目宮司を務めています。

神社の仕事は、参拝者への祈祷やお守りの授与だけではありません。

例大祭の準備、地域の人との調整、神楽などの伝統文化の継承、建物や境内の維持管理など、多くの役割があります。

特に地域の祭りは、単なる催しではありません。

子どもから高齢者までが関わり、世代を超えて顔を合わせる機会になります。神楽や神輿などは、教える人と受け継ぐ人がいなければ途絶えてしまいます。

本間さんは感染症が広がった時期、医師としての知識を生かしながら祭りの開催方法を検討しました。

医療と神職の両方の経験が、地域文化を守る場面で結びついた例といえるでしょう。

宮司と医師は正反対の仕事に見えますが、地域の安心を守るという部分では重なっています。

医師と宮司は正反対の仕事なのか

医師は、診察や検査を通して病気の原因を探し、医学に基づいて治療します。

一方、宮司は神事や祈りを通して、人の願いや不安、悲しみに向き合います。

そのため、医療は科学、神職は宗教として、正反対の世界に見えるかもしれません。

しかし、本間さんは両者を対立するものとは考えていません。

体の病気は医療によって治療できても、不安や孤独、家族を失った悲しみまで、薬だけで完全に消せるとは限りません。

反対に、祈るだけで病気の治療ができるわけでもありません。

医療と神職ではできることが異なりますが、どちらも困っている人に寄り添う仕事です。

医師として体を支え、宮司として心のよりどころを守る。本間さんにとっては、この2つがそろって地域の人を支える形になっています。

もちろん、医療と信仰を混同しないことは重要です。

体調が悪いときは医療機関を受診し、適切な検査や治療を受ける必要があります。そのうえで、不安な気持ちを受け止めてもらえる場所があることも、人が生活を続ける支えになるでしょう。

本間公祐さんが語る幸せの意味

本間さんが考える幸せは、仕事を減らして楽に暮らすことだけではありません。

心と体の両方が守られ、充実して生きられることを大切にしています。

本間さんは、神職と医師という2つの仕事に就き、2つの人生を同時に歩んでいるような感覚があると語っています。

最初から希望して選んだ働き方ではありません。

父親の死によって医師を辞め、家業を継ぐという、望んでいなかった出来事から始まっています。

それでも、医師へ戻る機会を与えてくれた人がいて、地域に必要とされるなかで、当初は想像していなかった生き方に意味を見いだしていきました。

幸せは、思いどおりの人生を歩くことだけではないのかもしれません。

予定が変わったときに、何を大切にして生き直すのか。与えられた役割のなかで、自分にできることを見つけられるか。本間さんの歩みは、そうした問いを投げかけています。

休みなく働く姿だけを見て、誰もが同じ生活を目指す必要はありません。

ただ、自分の仕事が誰かの役に立っている実感や、支えてくれる人とのつながりが、忙しさを超える充実感につながることはありそうです。

本間公祐さんに診てもらいたい場合の確認点

本間公祐さんは三ツ山病院に勤務していますが、いつでも診察を担当しているとは限りません。

医師の担当日は変更される場合があるため、受診前には必ず最新の外来担当表を確認した方が安心です。

確認しておきたいのは次の点です。

  • 本間公祐さんの診察日
  • 小児科と内科の受付時間
  • 初診でも受診できるか
  • 予約が必要か
  • 休診日や臨時の担当変更
  • 発熱など症状がある場合の受診方法

特に、神社の祭事や地域行事がある時期は、通常と異なる可能性があります。

実際に受診するなら、古い紹介記事だけで判断せず、病院の公式情報や電話で確認したいところです。

龍宮神社を訪れる前に確認したいこと

龍宮神社は、北海道小樽市稲穂3丁目にあります。

参拝自体は可能でも、祈祷の受付、御朱印の対応、祭事の日程などは時期によって異なる場合があります。

本間公祐さんが宮司だからといって、参拝時に必ず本人と会えるわけではありません。

病院勤務や祭事の準備で不在になることも考えられるため、本人への相談や祈祷を希望する場合は、事前に神社へ確認する必要があります。

また、例大祭や正月などは多くの参拝者が訪れる可能性があります。落ち着いて参拝したい場合は、大きな行事と重ならない日を選ぶ方法もあります。

本間さんの生き方を知ったうえで境内を訪れると、神社が祈る場所であるだけでなく、地域の人や文化をつなぐ場所であることも感じやすくなるでしょう。

宮司と医師を続ける本間公祐さんから見えるもの

本間公祐さんは、自分の夢だった医師の道を一度諦め、家族から受け継いだ龍宮神社を継ぎました。

その後、地域の人から声をかけられたことで医療の現場へ戻り、宮司と医師の両方を30年以上続けています。

その人生は、「好きな仕事を1つ選んで続ける」というわかりやすい形ではありません。

自分の希望、家族から受け継いだ責任、地域から求められる役割が重なり合っています。

だからこそ、本間さんの語る幸せには重みがあります。

思いどおりにならなかった出来事を、ただの挫折で終わらせず、新しい生き方につなげてきました。

心を支える宮司と、体を支える医師。

2つの仕事を通して本間さんが守ってきたのは、肩書ではなく、北海道小樽市で暮らす人たちの日常なのだと感じます。

参考リンク

  • 本間公祐さんによる「神職と医師の道」 (神職と医師の道)
  • 龍宮神社の創祀150年記念事業・本間公祐さんの紹介 (READYFOR)
  • 三ツ山病院の診療案内・外来担当情報 (三ツ山病院)

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