有松絞りを知ると旧東海道の町並みまで面白くなる
自分で染めた浴衣の完成だけでなく、その舞台となる「有松」という町にも掘り下げる価値があります。『ララLIFE(加藤ローサ、名古屋・有松絞りでオリジナル浴衣を作る)(2026年8月28日)』をきっかけに歩いてみたくなる有松は、約400年の絞り産業と江戸時代以来の町並みが一緒に残る場所です。大火からの復興、絞り商の繁栄、古い町家の見どころまでたどります。
この記事でわかること
- 有松の町並みと有松絞りが切り離せない理由
- 1784年の大火を乗り越えて残った町家の特徴
- 絞り商の繁栄を伝える岡家住宅や「うだつ」の意味
- 有松を訪れたときに立ち寄れる場所と楽しみ方
有松は「絞りの町」そのものが残っている
(出典:愛知県公式観光サイト Aichi Now「有松・鳴海の古い町並み」)
有松の面白さは、有松絞りの商品を買えるだけではありません。
絞り産業で栄えた町そのものが、現在まで残っていることが大きな特徴です。
有松は1608年、東海道の鳴海宿と池鯉鮒宿の間に尾張藩によって開かれました。東海道を行き交う旅人向けの土産として絞り染めが作られるようになり、町と有松絞りが一緒に発展していきました。
旧東海道沿いには現在も、かつて絞りを商った家々が並びます。
浴衣の模様だけを見ると「伝統的な染め物」という印象ですが、有松を歩くと、絞りによって得た富が建物や町の姿にまで残っていることが分かります。
自分で染めた浴衣を着て有松を歩くという楽しみ方は、単なる記念撮影以上に、この土地の成り立ちとよく合っています。
1784年の大火で町のほとんどが焼失している
現在の歴史的な町並みを見ると、昔からそのまま残ってきたようにも感じます。
ところが有松は1784年の大火で村のほとんどを焼失しました。
尾張藩からの援助もあり、その後およそ20年で町はほぼ復興したと伝えられています。
この大火の経験は、その後に建てられた建物を見るうえでも重要です。
有松の町家には壁を漆喰で塗り固める「塗籠造」など、防火を意識した造りが見られます。
つまり、現在見ることのできる有松の景観は、絞り産業の繁栄だけではなく、一度町を失った人々が再び築き上げた歴史も残しているのです。
絞り商の繁栄が豪壮な町家を生んだ
有松の町並みを歩くと、間口の広い立派な建物が目につきます。
その背景にあるのが絞り商です。
有松絞りは江戸時代に東海道の名物となり、尾張藩の保護を受けながら発展しました。
明治維新後には東海道を歩く旅人が減ったことで一時衰退しますが、新しい意匠や製法の開発、卸売への転換などによって再興。明治後期から昭和初期には再び大きく繁栄しました。
商品だけでなく町家を見れば、当時の商売の大きさもイメージしやすくなります。
「伝統工芸が残っている町」というより、1つの産業が町の景観まで作った場所と考えると、有松の特徴が分かりやすいでしょう。
旧東海道約800mには有松らしい建築が続く
歴史的な景観が残るのは、ゆるやかに曲がった旧東海道沿いの約800mです。
通りには広い間口を持つ絞り商の主屋、門、塀などが残り、江戸後期から昭和前期まで異なる年代の建物を見ることができます。
東海道側に面した主屋では、
- 木造2階建
- 切妻屋根
- 桟瓦葺
- 通りに軒を向ける平入
といった共通点があり、それが町全体の統一感につながっています。
さらに注目したいのが、格子、漆喰壁、虫籠窓、海鼠壁などです。
単に「古い建物」と眺めるより、それぞれの造りに目を向けると町歩きがかなり面白くなります。
「うだつ」は絞り商の建物を見るポイント
有松で覚えておきたい建築用語がうだつです。
旧東海道沿いに残る井桁屋・服部家の主屋にも設けられています。
うだつは本来、隣の家から火が燃え移るのを防ぐために設けられた防火壁です。その後は装飾的な意味も持つようになりました。
「うだつが上がらない」という言葉で耳にしたことがある人も多いでしょう。
有松では言葉だけでなく、実際の建築として見ることができます。
外壁や軒裏を漆喰で塗り固めた塗籠造とあわせて見ると、1784年の大火を経験した町で防火が重視されたことも実感できます。
浴衣を見るために訪れた人でも、こうした建築に気づくと有松散策の楽しみが一気に増えます。
岡家住宅では絞り商が暮らした建物の内部まで見られる
町並みを外から眺めるだけでなく、もう少し踏み込んで知りたい人には岡家住宅があります。
岡家住宅は有松の東海道沿いにあり、かつて絞り商を営んでいた家です。
主屋は有松でも最大級で、江戸時代末期の絞り商の建築形態をよく残していることから、名古屋市指定有形文化財となっています。
1階には連子格子や海鼠壁、2階には虫籠窓を備えた塗籠造が残っています。
基本情報は次の通りです。
- 所在地:名古屋市緑区有松809番地周辺
- アクセス:名鉄有松駅から徒歩約5分
- 公開時間:10:30~15:30
- 公開日:土曜・日曜・年末年始を除く日
- 入館料:無料
- 専用駐車場:なし
浴衣を染める工房を目的に有松へ行くなら、同じ日に立ち寄りやすい場所です。
住民による町並み保存が全国に先駆けて始まった
これほどまとまった町並みが残っているのは、古い建物が偶然残ったからではありません。
有松では1973年に有松まちづくりの会が発足し、住民主体の町並み保存活動が始まりました。
翌1974年には奈良県今井町、長野県妻籠などの保存団体とともに町並み保存連盟が有松で結成され、全国的な町並み保存運動にもつながっていきました。
その後、
1984年
名古屋市の町並み保存地区に指定。
2016年
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。
2019年
「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地―藍染が風にゆれる町 有松―」が日本遺産に認定。
という流れをたどっています。
2013年には旧東海道の電線地中化と一方通行化も完了しました。
現在のすっきりとした歴史的景観には、何十年にもわたる町づくりが関係しています。
有松・鳴海絞会館では完成品の奥にある職人技を見られる
町歩きと合わせて立ち寄りたいのが有松・鳴海絞会館です。
有松絞りの歴史や資料に加え、絞り製品を見ることができ、職人による実演も行われています。
開館時間は9:30~17:00、実演は16:30までです。
有松・鳴海絞には蜘蛛絞、嵐絞、雪花絞など約70種類もの「括り」の技法が伝わっています。
一般的な製造では図案、型紙、下絵、括り、染色、糸抜き、仕上げと進み、複数の専門職人の手を経て平均50~60日ほどかかります。
浴衣を1枚見ただけでは分かりにくい「手間」を知ってから町を歩けば、店先に並ぶ絞りの見方も変わってきます。
有松絞りの浴衣で歩くこと自体が町の歴史につながる
有松では、浴衣と町並みを別々に考えない方が魅力を感じやすいでしょう。
旅人向けの土産として始まった絞りが売れ、絞り商が繁栄し、その富によって立派な町家が建ちました。
大火を経験すると防火を意識した建築が増え、近代になると住民が町並み保存に動きました。
そして現在も、職人が布を括って染め、浴衣や服、小物へと技術をつないでいます。
400年以上前の産業が製品・建物・町並み・職人の仕事まで連続して残っているところが、有松ならではの魅力です。
自分で絞った浴衣が完成する過程を知ったあとに旧東海道を歩けば、「きれいな古い町」だけでは見えなかった背景まで楽しめます。
参考リンク
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