タケトが語った福田和子らしき女性との「北海道のカラオケ」での遭遇
『金曜ミステリークラブ(逃亡犯・福田和子最大の謎SP!!時効成立目前で逮捕…なぜ!?)(2026年8月28日)』では、逃亡中の福田和子と遭遇したという芸人の証言も扱われます。これと重なる体験を以前から公に語っているのが、元Bコースのタケトです。大学生だった北海道時代、アルバイト先の小さなカラオケ店に現れた女性。「声」「手袋」「前髪」、そして後に判明した逃亡経路が、忘れられない記憶として残っています。
この記事でわかること
- 福田和子らしき女性との遭遇を語った芸人タケト
- 北海道・美唄のカラオケ店で起きた一夜
- 「声」「手袋」「前髪」に違和感を抱いた理由
- 後に北海道が福田和子の逃亡範囲と重なった経緯
福田和子との遭遇を語っている芸人は元Bコースのタケト
タケトは、吉本興業所属のピン芸人です。
1976年3月2日生まれ、千葉県出身。1997年に芸人として活動を始め、かつてはナベ、ハブとともにお笑いトリオBコースを組んでいました。Bコースは2012年末に解散し、その後はそれぞれが別々に活動しています。
タケトは2024年3月、好井まさおのYouTube企画で、芸人になる前に経験した「人生で1番怖かった話」を披露しました。
内容は、北海道のカラオケ店でアルバイトしていたころ、逃亡中の福田和子ではないかと感じる女性を接客したというものです。本人も女性が福田和子だったと証明できるわけではないことを前提に語っています。
ところが、女性の特徴だけでなく、その後に知った逃亡地域まで重なったことで、タケトにとって忘れられない出来事になりました。
タケトは北海道・美唄で大学生活を送っていた
遭遇したという場所は東京でも大阪でもありません。
北海道美唄市でした。
タケトは自身の体験談の中で、18~19歳ごろに北海道で暮らし、専修北海道短期大学へ通っていたと振り返っています。
そこで後にBコースを結成するナベ、ハブと知り合いました。
興味深いのは「Bコース」というトリオ名の由来です。
本人によると、3人が所属していた編入コースが「Bコース」と呼ばれていたことから、その名称をそのままトリオ名にしたといいます。
当時の美唄で、タケトとナベがアルバイトを始めたのが小規模なカラオケ店でした。
部屋数は5室ほど。夜番を大学生2人だけで回すこともあるような店だったと語っています。
この何気ないアルバイト先で、後に「あの女性は誰だったのか」と考え続ける出来事が起こります。
前日にテレビで福田和子の「肉声」を何度も聞いていた
(出典:FNNプライムオンライン「“福田和子”事件いま明かされる“取調室”での攻防!」)
偶然が重なったのは、遭遇したという前日でした。
タケトは相方のナベと一緒に、福田和子を追うテレビ特番を見ていたと振り返っています。
当時、福田和子の公訴時効は目前へ迫り、警察は公開捜査を強化していました。
特に大きな手掛かりとして繰り返し放送されたのが本人の肉声です。
福田和子は整形を繰り返していたため、写真だけでは現在の容姿を判断しにくくなっていました。一方、電話から録音された声は本人を見つける重要な材料になりました。
実際、最終的な逮捕につながった福井市の飲食店でも、テレビで流れた声と店に来ていた女性の声が似ていることが疑いを持つきっかけになっています。
タケトとナベも前日の番組で、その肉声を何度も耳にしていました。
だから翌日、普通なら聞き流してしまう女性の声に引っかかったのです。
大雪の夜に砂川市から男女2人がカラオケ店へやってきた
その日は雪が激しく降っていました。
平日だったこともあり、夕方から夜になっても客はほとんど来なかったとタケトは語っています。
店を閉めようかと考え始めた午後10時ごろ、1台の車が駐車場へ入ってきます。
現れたのは男女2人。
男性が受付用紙へ記入した住所は北海道砂川市でした。
美唄市外からわざわざ雪の中を訪れた客だったため、タケトとナベは少し珍しく感じたといいます。
さらに女性は、男性が受付をしている間、受付に背を向けたままでした。
顔を見られないようにしているようにも見えたことが、最初の違和感になります。
「手前の部屋はやめて」と奥の部屋を希望した
次の違和感は部屋選びでした。
店側は通常、受付やトイレに近く、料理などを運びやすい手前の部屋へ客を案内していました。
ところが女性は、
手前ではなく奥の部屋を希望した
とタケトは振り返っています。
それだけなら珍しい注文ではありません。
しかし、
- 受付では背中を向けている
- 人目につきにくい奥の部屋を選ぶ
- 車で来店しているのに室内でも手袋を外さない
という行動が重なるにつれ、2人は前日に見た福田和子の特集を思い出すようになります。
特に先に女性を部屋へ案内したナベが戻ってくると、タケトへ「福田和子かもしれない」と話したことから空気が一変しました。
「ありがとう」という声がテレビで聞いた肉声に似ていた
ナベが最も引っかかったのが女性の声でした。
部屋を案内して退出するときに聞いた「ありがとう」という声が、前日にテレビで繰り返し聞いた福田和子の肉声と似ていたと感じたのです。
タケトは最初、「そんなわけがない」と考えました。
テレビで日本中が捜している逃亡犯が、北海道の小さな町にある、自分たちのアルバイト先へ突然来るとは簡単には信じられません。
そこでタケト自身が確認することになります。
男女からビールと焼きそばの注文が入り、タケトはビールを持って部屋へ向かいました。
女性はカラオケを歌っていました。
タケトは顔を見るため、通常なら必要のない位置まで回り込んでビールを置いたと振り返っています。
暗い室内で見えた女性の顔は、前日にテレビで見た整形後を想定した福田和子の顔に似ていたといいます。
白い手袋と隠された額で疑いがさらに強くなった
ここでタケトが気になったのが手袋でした。
女性が着けていたのは、雪国で使う厚い防寒手袋ではなく、薄い白い手袋のように見えたと語っています。
福田和子事件では、最終的に飲食店で使った物から採取された指紋が本人確認の決め手になりました。
ただし、この北海道の女性が指紋を残さないために手袋をしていたと確認されたわけではありません。
タケトたちが当時抱いた違和感の1つです。
もう1つ確認したかったのが額でした。
前日に見たテレビでは、整形しても変わりにくい身体的特徴として額が取り上げられていたとタケトは記憶していました。
ところが女性は、前髪を下ろして額が見えない髪型だったといいます。
そしてタケトが女性の顔を近くから確認した瞬間、女性が素早く「シーッ」とするようなしぐさをした――。
本人がこの体験を「人生で1番怖かった」と語る最大の場面です。
警察へ電話しなかったことをタケトは後悔している
タケトは受付へ戻ると、ナベに「福田和子かもしれない」と伝えました。
ここで2人は通報するか迷います。
現在から考えると、すぐ警察へ連絡すればいいように見えます。
しかし当時の2人は18~19歳ほど。
目の前にいた女性が殺人事件の逃亡犯だったとすれば、すでに自分たちの顔も見られていることになります。
「もし本当に本人だったら」という恐怖のほうが大きくなったとタケトは振り返っています。
さらに、もし別人なら小さな町で大騒ぎになってしまうという迷いもありました。
最終的にその夜は警察へ通報しませんでした。
男女は注文した焼きそばが出来上がる前に会計を済ませ、短時間で店を出ていったといいます。
翌日、タケトたちは店のオーナーに事情を説明しましたが、警察への情報提供には至りませんでした。
後年、タケトはこの判断について、電話しておけばよかったという後悔を語っています。
福田和子は実際に北海道まで逃亡範囲を広げていた
この体験が単なる「似た女性を見た話」で終わらなかった理由があります。
後に福田和子が逮捕され、逃亡生活が詳しく報じられるようになると、北海道も逃亡範囲に含まれていたことが分かったからです。
1988年以降の福田和子は1か所に長期間とどまることを避け、名前と職業を変えながら全国を転々としていました。
日本テレビがまとめた逃亡記録でも、1988~1996年の8年間に、北は北海道から西は山口県まで15か所以上を移動したとされています。
タケトは逮捕後に見た特番で、逃亡経路に砂川市が含まれているのを見たと語っています。
カラオケ店に来た男性が受付へ記入した住所も砂川市。
この一致が、タケトとナベに「あの女性は本当に福田和子だったのではないか」という思いを強く残しました。
ただし、当時の女性の身元を示す記録や警察による確認が残っているわけではないため、タケト自身も福田和子本人だったと断定していません。
この距離感は、このエピソードを読むうえで大切です。
カラオケ好きという特徴まで後の逮捕場面と重なった
さらにタケトが驚いたのがカラオケでした。
福田和子が逮捕される直前、福井市の飲食店に通う中でカラオケを楽しみ、周囲の客と交流していました。
福井の店の関係者がテレビで流れた声から疑いを持ち、福田和子が使用した物を確保。そこから採取された指紋が本人のものと一致したことで捜査が大きく動きます。
タケトの体験でも、女性はカラオケを歌い、マラカスやタンバリンを求めていました。
もちろん「カラオケ好き」というだけで同一人物を証明することはできません。
それでも、
北海道という地域、砂川という地名、声、髪型、カラオケ
という複数の記憶が後からつながっていったことが、この体験談を強烈なものにしています。
タケトは現在「怖い実話」を語る活動でも知られている
このエピソードを語ったタケトは現在、芸人活動に加えて事件やヒトコワ系の語り手としても活動しています。
2024年7月にYouTubeチャンネル「タケトのゾゾッとTOWN」をスタート。
2026年5月時点で登録者数は21万人を超え、本人や視聴者が体験した不思議な出来事、事件、人間の怖さを扱うコンテンツを配信しています。
2026年には芸歴30周年・50歳を記念した全国ライブツアーも開催されました。
福田和子らしき女性との遭遇談は、現在の「ゾゾッとする実話」を語る活動につながるエピソードとしても興味深いものです。
テレビで見た逃亡犯が、次の日、自分の目の前に現れたように感じる。
しかも何年も経ってから、その場所と逃亡経路が重なっていたことを知る――。
本人かどうかを断定できないからこそ、タケトが何十年たっても忘れられないという感覚がよく伝わる体験です。
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