島初の食堂「よんじょい」を生んだ移住者と小呂島の暮らし
玄界灘の真ん中に浮かぶ福岡市西区の小呂島。『小さな旅(玄界灘の真ん中で 〜福岡市 小呂島〜)(2026年8月30日)』では、豊かな漁場とともに生きる人々や、家族で移住した男性が関わった島初の食堂が描かれます。その男性は地域おこし協力隊の湖口敏男さん。食堂「よんじょい」が生まれた背景からメニュー、予約、小呂島への行き方までまとめます。
この記事でわかること
- 島初の食堂「よんじょい」と湖口敏男さんの関係
- 建設業・飲食業を経て小呂島へ移住した経歴
- こねくり丼・ぶりカツバーガーと予約方法
- 姪浜から小呂島へ渡る船の時刻・運賃と注意点
島唯一の食堂づくりに尽力した移住者は湖口敏男
(出典:ふくコミ「小呂島“初”の食堂『よんじょい』がオープンしました!」)
小呂島へ家族で移住し、島初の食堂づくりを進めてきたのが湖口敏男(こぐち としお)さんです。
湖口さんは2023年11月、小呂島の地域おこし協力隊として着任しました。福岡市が小呂島と玄界島に地域おこし協力隊を置いた最初のタイミングでの採用で、家族とともに島へ生活の拠点を移しています。
食堂づくりにつながったのは、湖口さんが持っていた2つの大きな経験です。
1つは建設業、もう1つは飲食業でした。
茨城県出身で16歳から建設業界で働き、19歳で独立。21歳で岐阜県へ拠点を移した後は、建設業を続けながら居酒屋やラーメン店など飲食分野にも事業を広げました。
2011年の東日本大震災をきっかけに地元へ戻り、復興事業にも従事。ゼネコンの現場所長などを約7年間経験しています。結婚後は山口県へ移住し、2人の子どもに恵まれました。子育てをする中で自然や人とのつながりを大切にできる環境を探し、小呂島と出会います。
建物を自分で造れる経験と、飲食店を運営してきた経験。その両方を持つ湖口さんだからこそ、「島に食堂をつくる」という計画が現実のものになったわけです。
44歳で地域おこし協力隊の採用試験に挑んだ人生の転機
湖口さんが小呂島へ移住した時、大きな転機となったのが地域おこし協力隊への応募でした。
小呂島では人口減少や島内で働ける仕事の少なさが課題となり、島外から新しい人材を受け入れる必要性が以前から挙げられていました。福岡市が募集した協力隊の仕事には、島の情報発信、特産品の開発、販路拡大、水産業支援、地域イベントの運営などが含まれていました。
湖口さんは44歳で初めて採用試験に挑戦し、合格。
建設、飲食、事業運営というそれまで積み重ねてきた経験が、人口約160人の離島で必要とされる仕事と重なりました。
2024年には「セルフビルド島食堂IN小呂島」という事業構想で福岡よかとこビジネスプランコンテスト2024・地域活性化賞を受賞しています。
単なる移住ではなく、自分が経験してきた仕事を島の課題解決へつなげた点が湖口さんの大きな特徴です。
「よんじょい」は島民と一緒に造った小呂島初の食堂
食堂「よんじょい」は2026年5月9日にオープンしました。
それまで小呂島には飲食店がなく、文字通り島で初めてとなる食堂です。湖口さんだけで完成させた施設ではありません。
地域おこし協力隊と小呂島の旋網組合をはじめとする島民が力を合わせ、専門業者だけに任せるのではなくセルフビルドで建物を造りました。
店名の「よんじょい」も小呂島ならではの言葉です。
毎年7月15日に行われる小呂島の祇園山笠で使われる掛け声から名付けられています。祇園山笠は福岡市の無形民俗文化財にも指定されている島の大切な伝統行事です。
新しい施設なのに、名前には昔から続く島の文化が入っているところが印象的です。
食堂を「外から持ち込んだ新しい店」にするのではなく、島の人たちが自分たちの場所だと思える形にしたことが伝わってきます。
こねくり丼と予約制ぶりカツバーガーが名物
(出典:ふくコミ「小呂島“初”の食堂『よんじょい』がオープンしました!」)
食堂で味わえるのは、小呂島の海と直結した料理です。
代表的なのがこねくり丼。
「こねくり」は、新鮮な魚にしょうゆなどの調味料や薬味を合わせて食べる島の漁師料理です。小呂島ではこの味をもとにした加工品「小呂島漁師のしまごはん」も作られてきました。
そして、もう1つ気になるのがぶりカツバーガーです。
小呂島で水揚げされるブリを使ったメニューで、ぶりカツバーガーについては事前予約制。予約は「よんじょい」のLINE公式アカウントから受け付けています。営業時間や営業日は公式Instagramで案内される形になっています。
小呂島はブリの漁が盛んで、福岡市内でも特に大きな漁獲を誇る地域です。地元の魚そのものが食堂の看板商品になるため、「島に行く理由」を作るメニューにもなっています。
食堂は観光客のためだけではなく島の交流拠点になっている
よんじょいの役割は、食事を提供することだけではありません。
2026年7月に開催された「小呂の島コン2026」では、参加者が最初に集まる場所として食堂が使われ、島内散策後の懇親会もここで行われました。島で獲れた魚の刺身や煮付けが振る舞われています。
これまで飲食店がなかった島に「みんなが集まれる場所」ができた意味は大きいでしょう。
観光客が食事をする場所であると同時に、
島民と島外から来た人が出会う場所
にもなり始めています。
湖口さんは2024年の事業発表で、食堂だけでなく宿泊施設や浴場なども視野に入れた構想を語っていました。食堂づくりは、島へ人を呼び込み、滞在できる環境を整えていく計画の中心に位置していたことが分かります。
小呂島は人口約160人で年間約80種類の魚が揚がる漁業の島
(出典:ふくコミ「小呂島“初”の食堂『よんじょい』がオープンしました!」)
小呂島は、姪浜から北西へ約40km離れた玄界灘にあります。
東西約708m、南北約1590m、周囲約3.5km、面積約0.43平方km。人口は約160人の小さな島で、暮らしの中心は漁業です。年間では約80種類もの魚が水揚げされています。
男性は旋網船団で漁に出る人が多く、女性には海女として海に潜る人もいます。
また、福岡市は小呂島について、旋網漁のほか県内唯一となる底定置網漁にも携わる島として紹介しています。
高級魚のクエをはじめ、ブリ、アジ、サバ、ヒラメ、カレイなど豊かな魚に恵まれているからこそ、「よんじょい」も普通の食堂とは違う存在になりました。
島で獲った魚を島で料理し、島を訪れた人に食べてもらう。
漁業と観光を直接つなぐ場所が初めて生まれたことになります。
小呂島では若手漁師も素潜りや島おこしに取り組んできた
小呂島の海を語るうえで興味深い人物の1人が、代々漁師を続ける島田乾生(しまだ・げんき)さんです。
島田さんは高校卒業後に小呂島へ戻って漁師となり、水深約15mまで素潜りして銛で魚を獲る姿も紹介されてきました。漁師を続ける一方、島外のイベントで特産品を販売したり、島の商品開発やPRにも取り組んでいます。
実は島田さんには、漁師としては少し意外な経歴もあります。
19歳だった2010年、EXILE系グループのボーカルオーディション「VOCAL BATTLE AUDITION 2」でファイナリストまで進出。当時から「小呂島出身」を発信し、島を外から知ってもらうことの大切さを実感したことが、後の島おこしにもつながっています。
食堂だけを見るより、こうした漁師や移住者の動きを知ると、小呂島が「漁だけの島」から、食や体験を通して人を呼び込む島へ変わろうとしていることが見えてきます。
姪浜から小呂島までは市営渡船で65分
小呂島へ行く場合は、福岡市西区の姪浜旅客待合所から市営渡船を利用します。
所要時間は約65分、片道運賃は大人1790円、小児900円です。
船の本数は曜日によって大きく違います。
- 月・水・金:姪浜15:00発の1便
- 火・木・土・日:姪浜9:00発、15:00発
- 小呂島発は毎日6:45
- 火・木・土・日は13:20発も運航
火・木・土・日なら、姪浜を9:00に出て小呂島へ渡り、13:20の船で戻る日帰りも組めます。島で過ごせる時間は約3時間ほどなので、食堂を目的に訪れるなら営業状況や予約を先に確認しておくことが大切です。
玄界灘を渡る航路のため、天候によって時刻変更や欠航が発生する場合があります。出発前には福岡市営渡船の運航状況を確認してから向かうのが安心です。
よんじょいを訪れる前に押さえておきたいポイント
小呂島は一般的な観光地とは少し勝手が違います。
特に大切なのは、船と食事をセットで考えることです。
ぶりカツバーガーは予約制なので、食べたい場合はLINEでの予約が必要です。営業日は公式Instagramで確認してから予定を組むと安心です。
また、火・木・土・日の日帰りでは滞在時間が限られます。
食堂だけでなく小呂島公園や青く透き通った海を楽しみたい場合も、帰りの13:20発を意識して行動する必要があります。島内を訪れる人が増えても、小呂島は今も約160人が日常生活を送る場所です。観光地というより「暮らしの中へお邪魔する離島」と考えて訪れると、より島らしい時間を楽しめそうです。
湖口敏男さんが作った「よんじょい」は、飲食店が1軒増えたというだけの話ではありません。
建設業と飲食業を経験した移住者、漁師、島民が力を合わせ、島で獲れた魚を島で食べてもらう場所を作ったこと。その場所が人と人をつなぐ拠点になり始めていることこそ、小呂島に初めて食堂が誕生した一番大きな意味なのだと感じます。
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