巨大地上絵を自然へ返すSAYPEの「消える塗料」の正体
何千㎡もの芝生を白と黒で塗りながら、作品はやがて雨や草の成長とともに消えていく。『24時間テレビ49(わたしの家族の話〜あなたは誰を想う?〜)(2026年8月30日)』で珠洲市の巨大地上絵を手掛けるSAYPE(サイープ)の特徴は、作品の大きさだけではありません。水、チョーク、木炭、乳由来のたんぱく質などを使う独自の生分解性塗料にあります。
この記事でわかること
- SAYPEの生分解性塗料を構成する主な材料
- 木炭・チョーク・カゼインが担う役割
- 巨大地上絵が数週間で消えていく仕組み
- 自然に作品を残さないことに込められた考え方
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SAYPEの巨大地上絵は水・チョーク・木炭・乳たんぱく質で描かれる
SAYPEが芝生や砂、土に巨大作品を描く際に使うのは、一般的な屋外用ペンキではありません。
本人の公式サイトでは、10年以上にわたり使ってきた生分解性塗料の主な材料として、
- 水
- チョーク
- 木炭
- 乳たんぱく質
が挙げられています。
特徴的なのは、数千㎡という非常に大きな作品でありながら、永久に地面へ色を残すことを目的としていないことです。
芝生そのものをキャンバスにし、作品が完成した後は自然の変化に任せて消していく。
SAYPEのランドアートは「何を描くか」だけでなく、「何で描くか」まで作品の考え方とつながっています。
木炭とチョークが巨大な白黒作品を生み出している
SAYPEの作品を見ると、写真のような人物や手が白・黒・グレーの細かな濃淡で描かれています。
その基本となる素材が木炭とチョークです。
木炭は黒い部分や影を作る天然由来の色材として使われ、チョークは明るい部分を表現する材料になります。
黒か白かの2色だけではありません。
塗料の濃さや重ね方を変えることで中間のグレーを作り、指のしわ、腕の陰影、衣服、人の表情まで立体的に表現しています。
2026年にミネアポリスで制作されたBeyond Wallsについても、公式に「charcoal and chalkなどの天然顔料から作られた完全生分解性塗料」が使用されています。
遠くから見ると巨大な写真のようなのに、材料をたどれば木炭やチョークという非常に身近な素材。
この組み合わせもSAYPE作品の面白さです。
乳たんぱく質「カゼイン」が色材をまとめる
材料の中で少し聞き慣れないのが乳たんぱく質です。
2023年に新宿御苑で行われた日本作品では、具体的にカゼインが使用されました。
カゼインは牛乳などに含まれるたんぱく質で、美術の世界では昔から絵具の材料として利用されてきました。
塗料は大きく見ると、色を出す顔料と、それを表面へ定着させる「バインダー」と呼ばれる材料から成り立っています。
美術作品では乳由来のカゼインも、たんぱく質系のバインダーとして利用されてきました。
つまりSAYPEの塗料では、木炭やチョークだけを地面へまいているわけではありません。
色材を水に混ぜ、植物の上へ描ける状態にしながら、巨大な画像として成立させています。
東京の作品ではマーブルパウダーや消石灰も使われた
日本で使われた材料をより具体的に知ることができるのが、2023年の新宿御苑作品です。
約800㎡の芝生に巨大な腕を描いた際、使用材料として挙げられたのは、
- 木炭
- マーブルパウダー(石灰石)
- カゼイン(乳たんぱく質)
- 消石灰
などでした。
ここでいうマーブルパウダーは、石灰石由来の鉱物質の粉です。
新宿御苑という国の公園の芝生で作品を制作するため、通常のスプレーペイントではなく、環境へ配慮した素材を使ったことがポイントです。
しかも東京作品には、「環境の日」である6月5日を表す6時5分の腕時計まで描かれていました。
環境問題について考える作品を作るのに、地面へ長期間残る化学塗料を大量に使うのでは意味が合わなくなります。
作品のメッセージと材料が同じ方向を向いているわけです。
巨大地上絵は雨・風・草の成長で数週間かけて消える
SAYPEの作品は完成した瞬間が終わりではありません。
そこから消えていく時間まで含めて作品です。
芝生に描かれた地上絵は、
雨が降る
↓
風を受ける
↓
芝生が成長する
↓
色が薄れる
↓
元の景色へ戻っていく
という過程をたどります。
SAYPE自身も、作品は数週間で徐々に消え、雨、風、潮、植物の再生によって自然へ戻っていくと説明しています。
例えば2026年にフランス・ジヴェルニーで制作した7500㎡の巨大作品でも、チョークと木炭を主体とした生分解性塗料が使われ、天候と草の再成長によって徐々に姿を消す作品として制作されました。
普通なら「せっかく作ったのにもったいない」と感じるところです。
しかしSAYPEにとっては、この消滅こそ重要です。
草を刈って絵を作るランドアートとは仕組みが違う
巨大な芝生アートというと、草の長さを変えたり、芝生そのものを刈ったりして絵を作る方法もあります。
SAYPEの場合は、基本的に芝生を巨大な画面として、その表面へ塗料を吹き付けて描く方法です。
そのため、作品の人物や手には細かな陰影があります。
上空から撮影すると鉛筆画やモノクロ写真のように見えるほど細かい表現ができるのは、巨大な面を単純に白黒へ分けているのではなく、塗料の濃淡を細かく調整しているからです。
作品によっては数千㎡から1万㎡を超えることもあります。
公式に記録されている作品だけでも、2016年には1万㎡、2021年のニューヨークでは1万1000㎡、2025年のジュネーブでは8500㎡という規模に達しています。
人が地面に立った状態では全体を見ることさえ難しいサイズです。
だからこそドローンなど上空から撮影された瞬間、初めて巨大な絵の全貌が現れます。
2015年から「消える巨大絵」を10年以上続けてきた
SAYPEが生分解性塗料による巨大作品を始めたのは最近ではありません。
公式に残る作品では、2015年にフランス・ラ・クリュサで制作した「L’Amour」が1200㎡。
2016年にはスイス・レザンで「Qu’est-ce qu’un grand Homme ?」という1万㎡の作品を制作しています。
そこから、
芝生
砂
雪
土
など異なる自然環境へ制作場所を広げました。
2021年には米国マイアミビーチの砂浜、2023年にはケニアの赤土でも作品を制作しています。
土地によってキャンバスが変わっても、「自然の中へ一時的な作品を置き、永久には残さない」という基本は変わりません。
今ではこの制作方法そのものがSAYPEを象徴する表現になっています。
消えてしまうからこそ写真と記憶が作品になる
通常の絵画なら、完成後は美術館などで保存されます。
SAYPEの作品はその逆です。
完成した瞬間から消滅へ向かいます。
公式サイトには、SAYPE自身の言葉として、人の人生や行動はこの世界を通過した「痕跡」になり、その痕跡をどうするかは自分たち次第だという考えが掲げられています。
物理的な絵を100年残すのではなく、
その光景を見た人
制作に参加した人
写真を見た人
作品の意味を考えた人
の中へ痕跡を残していく。
この発想を知ると、生分解性塗料は単なる環境対策ではなく、作品そのものを成立させる重要な材料だと分かります。
珠洲の巨大地上絵でも「残さないアート」が大きな意味を持つ
2026年、SAYPEが新たに作品を制作する石川県珠洲市は、能登半島地震を経験し、再生へ歩み続けている地域です。
その土地に巨大な絵を永久に固定するのではなく、地域の人たちと一緒に制作し、やがて自然へ返していく。
SAYPEがこれまで続けてきた表現と、珠洲で行われるプロジェクトは非常に相性があります。
完成した作品だけを見れば、まずその巨大さに目を奪われます。
しかし本当に興味深いのは、数千㎡を描くことと、跡形もなく消すことを最初から両立させている点です。
水、木炭、チョーク、乳たんぱく質などを使った塗料。
雨や風、草の成長で薄れていく巨大な人物。
そして絵がなくなった後に、人の記憶だけが残る。
SAYPEのアートでは、「自然をキャンバスにする」のではなく、一時だけ自然から場所を借り、最後に返すことまでが作品なのです。
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