上場企業副社長が八ヶ岳の農業学校を立て直すまで
農業経験のない企業経営者が、なぜ経営難に陥った農業学校の校長になったのか。『ふるさとの未来(八ヶ岳農業大学校)(2026年9月2日)』で中心となる丸山侑佑さんは、ポート株式会社の取締役副社長を務めながら、長野県の八ヶ岳農業大学校を率いています。企業経営から農業教育へ入った転機、学校再建、10haの花畑、東京大学との連携までを掘り下げます。
この記事でわかること
- 丸山侑佑さんの現在の仕事と企業経営者としての経歴
- 農業未経験から校長になったきっかけ
- 経営難だった八ヶ岳農業大学校の再建方法
- YATZ GARDENや東京大学連携など現在の取り組み
丸山侑佑は八ヶ岳農業大学校の17代目校長
(出典:All Visional)
丸山侑佑さんは、八ヶ岳農業大学校の校長兼専務理事であり、上場企業・ポート株式会社の取締役副社長CGO兼CCOでもあります。
1986年兵庫県生まれ。
農業畑を歩んできた人物ではなく、人事、組織づくり、IT企業経営、コーポレートガバナンスなどを専門としてきた経営者です。
2024年6月に学校の理事となり、10月に専務理事、2025年4月に17代目校長へ就任しました。
つまり「農業経験豊富な先生が校長になった」のではありません。
企業を成長させてきた経営の専門家が、農業学校そのものを経営し直しているという異色のケースです。
32歳で上場を経験した企業経営者としての経歴
丸山さんは大学卒業後の2009年、人事組織コンサルティング会社のトライアンフへ入社しました。
外資系企業などの採用や人材開発に携わった後、2012年にKLabへ転職し、人事部門の仕事を経験します。
大きな転機となったのが2013年です。
創業期のポートへ加わり、取締役COOに就任。2016年には取締役副社長となり、2018年には32歳で財務責任者として東京証券取引所マザーズと福岡証券取引所Q-Boardへの上場を経験しました。
現在のポートは就職やエネルギー分野などで成約支援事業を展開する上場企業で、丸山さんは取締役副社長CGO兼CCOを務めています。
CGOはChief Governance Officerの略で、会社が健全に意思決定できる仕組みや内部統制などを担う立場です。
この「組織を作る」「経営を整理する」という経験が、後の農業学校再建へつながっていきます。
原村への家族移住が農業学校との接点になった
丸山さんと八ヶ岳農業大学校のつながりは、仕事ではなく暮らしから始まりました。
登山やアウトドアが好きだった丸山さんは八ヶ岳に魅力を感じ、2022年に家族と長野県諏訪郡原村へ移住しています。
当時は農業学校の校長になる予定などありませんでした。
ところが、地域で身近に利用してきた学校が厳しい経営状態にあり、再建へ動き始めたことを知ります。
丸山さんには子どもが2人いて、学校の農場も身近な場所でした。
好きになって移住した地域の大きな農業資産が失われる可能性を前に、自分の経営経験を地域へ使うことを考えるようになります。
当初は限られた時間で再建を手伝うつもりでした。
ところが実際の経営会議へ入ると、課題は想像以上に複雑でした。
半年ほど関わるうちに、中途半端な立場では再建できないと考えるようになり、最終的に自ら校長を担う決断へ進みます。
1938年創立の学校は経営難に直面していた
八ヶ岳農業大学校は1938年創立。
標高約1,300m、総面積約267haという非常に広い農場型キャンパスを持ち、畑作、花卉、酪農、養鶏などを実習しながら学ぶ学校です。
長い歴史がある一方、経営には大きな課題がありました。
国からの補助金が打ち切られ、その後も赤字体質から抜け出せず、さらにコロナ禍が重なって経営状況が悪化しました。TBSも学校再建の背景としてこの2点を挙げています。
農業学校には普通の学校とは違う費用もかかります。
畑、農業機械、家畜、施設などを維持しながら教育を行う必要があり、授業料だけで事業を成立させることは簡単ではありません。
そこで2024年から経営体制を刷新。
ビズリーチ創業者でVisional代表の南壮一郎さんが理事長となり、丸山さんらとともに再建プロジェクトを本格化させました。
「農業ど素人」だから経営から学校を作り直した
丸山さん自身は、自分を農業の専門家として学校へ入ったわけではありません。
強みは経営です。
八ヶ岳農業大学校には「教育」「農業」「小売」という異なる事業が同時に存在します。
丸山さんは、それぞれを個別に動かすのではなく、学校全体を1つの事業として組み立て直す必要があると考えました。
特徴的なのが、実習生に「作る」だけでなく「売る」経験までさせていることです。
毎週土曜日には直売所実習を行い、自分たちが育てた農産物を実習生自身が販売。
客の反応を見ながら鮮度管理や食べ方、売り方を改善する仕組みを取り入れています。
農業技術を身につけても、事業として続かなければ生活にはできません。
そこで「どう栽培するか」と同時に、どう売るか、誰が買うか、どう利益を残すかまで学ぶ農業教育へ変えているわけです。
企業経営者が校長になった意味が最も表れている部分です。
10haのYATZ GARDENは学校再建の象徴になった
(出典:八ヶ岳農業大学校「YATZ GARDEN」関連発表)
学校再建の象徴的な取り組みが、約10haの巨大花畑です。
2025年に「八ヶ岳ガーデンプロジェクト」として始まり、2026年から正式名称を**YATZ GARDEN(ヤッツガーデン)**へ変更。
2026年7月3日に開園し、約10haの花畑を入園無料で公開しています。
単に観光客を増やすだけの企画ではありません。
もともと学校にあった花卉栽培の技術、標高1,300mという環境、八ヶ岳を望む広い休耕地を組み合わせ、農業と観光を一体化させています。
丸山さんは再建初期に全国の花施設を調べ、「人が動く時期に花を咲かせる」という集客の考え方を導入しました。
初年度には30品種を試し、結果として約3万人が訪れたと語っています。
ガーデンでは花を見るだけでなく、学校産の生乳を使ったソフトクリーム、直売所、農業体験などへ利用者が回遊する仕組みも作られています。
農業×教育×観光×小売を1つにつないだところがポイントです。
東京大学とも連携してAIやデータを農業へ取り入れている
学校の改革は観光だけではありません。
2026年、八ヶ岳農業大学校は東京大学大学院農学生命科学研究科と連携協定を締結しました。
テーマとなっているのがデータ駆動型農業です。
作物や環境のデータを集め、蓄積・解析し、その結果を栽培や経営判断へ利用する考え方です。
AIやセンシング技術を活用した生産管理、バレイショ栽培のスマート化、学生のフィールドワークなどが連携例として挙げられています。
丸山さん自身も東京大学で農業アントレプレナーシップについて講演しています。
昔ながらの農業技術を捨てるのではなく、そこへテクノロジー・サイエンス・マーケティングを組み合わせることが学校の新しい方向です。
農業の経験がなかった経営者だからこそ、既存の方法をそのまま続けるのではなく、別業界で使われている仕組みを持ち込みやすかったともいえます。
八ヶ岳農業大学校は一般の人も訪れることができる
学校という名前ですが、観光や買い物を目的に一般の人も訪れることができます。
所在地は長野県諏訪郡原村17217-118です。
車なら中央自動車道の諏訪南ICから約15分、小淵沢ICから約30分。
電車ではJR茅野駅から美濃戸口行きのバスで約30分、「八ヶ岳中央農業実践大学校前」停留所で降ります。
注意したいのは、バス停付近の直売所から花畑まで徒歩約30分かかる点です。広大な267haの学校ならではの距離なので、初めて訪れる場合は移動時間を見込んでおいた方が安心です。
直売所では学校産の牛乳を使った乳製品、卵、高原野菜などが販売され、営業時間は9:00〜16:00です。
2026年のYATZ GARDENは10月中旬までの公開が予定され、入園料は無料です。花の見頃は天候や生育状況で変わります。
学校再建を知ってから実際に現地へ行けることも、この取り組みが長く関心を集める理由の1つです。
ポート副社長と校長を兼ねる現在の働き方
丸山さんは農業大学校へ完全転職したわけではありません。
現在もポート株式会社の取締役副社長CGO兼CCOとして会社経営に携わりながら、八ヶ岳農業大学校の校長兼専務理事を務めています。
東京のIT企業と八ヶ岳の農業現場という、かなり異なる2つの場所を行き来する働き方です。
しかも学校再建は花畑を作って終わる話ではありません。
農産物の販売方法、観光、直売所、学生教育、AI、大学連携など、次々と新しい事業が加わっています。
かつて企業の組織づくりや上場を経験した人物が、今度は1938年創立の農業学校を次の時代へ残そうとしている。
「農業を教える学校」から「農業で生きていく方法まで学べる学校」へ変えようとしていることが、丸山さんの挑戦を見るうえで一番大切な部分です。
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