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Paix2(ぺぺ)刑務所アイドルの経歴|551回のプリズンコンサートと元受刑者を支えた歌

午後LIVEニュースーン

Paix2が“刑務所アイドル”と呼ばれるまで

『午後LIVE ニュースーン 午後5時台 “刑務所アイドル” 歌への思い(9月4日放送)』では、全国の刑務所などを訪れ、歌を通して受刑者の更生を支えてきた女性デュオPaix2(ぺぺ)が紹介されます。

活動開始から四半世紀を超え、2026年7月19日時点でプリズンコンサートは551回。しかし、2人が最初から「更生支援」を目的に活動を始めたわけではありませんでした。活動の方向を大きく変えたのは、刑務所を出た男性が届けてくれた一通の手紙でした。

この記事でわかること

  • Paix2のManamiとMegumiの経歴
  • 刑務所で歌い始めたきっかけ
  • 元受刑者から届いた手紙が2人を変えた経緯
  • 551回ものプリズンコンサートを続ける理由

Paix2は鳥取県出身のManamiとMegumiによる女性デュオ

Paix2は、Manami(北尾真奈美)さんMegumi(井勝めぐみ)さんによる女性歌手デュオです。

公式プロフィールによると、2人が出会ったのは1998年12月。「日本縦断カラオケ選抜歌謡祭」の鳥取県大会でした。2000年4月21日に「風のように春のように」でインディーズデビューし、翌2001年4月21日に日本コロムビアからメジャーデビューしています。

Manamiさんは鳥取県倉吉市出身。歌手になる以前は、岡山大学固体地球研究センターで技術補佐員として働いていました。

一方のMegumiさんは鳥取県琴浦町出身で、前職は看護師です。看護師として命と向き合った経験は、のちのプリズンコンサートで受刑者へ語りかける重要なメッセージにもつながっていきました。

「Paix」はフランス語で「平和」を意味します。2人組であることから「Paix」を2乗する形でPaix2(ぺぺ)という名前が付けられました。

最初のプリズンコンサートは2000年12月の鳥取刑務所

Paix2の歩みを語るうえで欠かせないのが、刑務所や少年院などで行うプリズンコンサートです。

公式記録に残る第1回は、メジャーデビュー前の2000年12月2日、鳥取刑務所でした。翌2001年には山口刑務所を2度訪れ、2002年になると鳥取、新潟、宮崎、松本、盛岡、水戸、岡山、鹿児島、北海道など全国へ活動範囲を広げています。

当初の2人は刑務所について詳しい知識を持っていたわけではありません。

Megumiさんは後年のインタビューで、最初の鳥取刑務所公演では緊張し、ほとんど歌うだけのライブだったと振り返っています。つまり現在のような「更生へのメッセージを届けるコンサート」は、活動を重ねながら作り上げられたものです。

元受刑者が届けた手紙が活動を続ける大きな転機になった

Paix2の活動を変えた大きな出来事が起きたのは2002年でした。

鳥取県で開かれた警察音楽隊とのイベントに、鳥取刑務所で最初のプリズンコンサートを見ていた元受刑者の男性が訪れたのです。

男性は花束と手紙を持参していました。

手紙には、Paix2の楽曲「元気だせよ」に励まされ、社会復帰へ向けて頑張ることができたという趣旨の思いが記されていました。

刑務所の中で自分たちの歌を聴いた人が社会へ戻り、わざわざ会いに来てくれた。2人にとって、元受刑者と直接会った初めての経験だったといいます。

当時はプリズンコンサートを続けてもCD販売などにはつながりにくく、経済的にも厳しい状況でした。

それでも「自分たちの歌が誰かの社会復帰を支えていた」と実感できたことが、その後も活動を続ける大きな原動力になりました。

「楽しませるだけ」から罪や命について考えるコンサートへ変化した

活動を重ねるうち、Paix2はある問題と向き合うようになります。

刑務所で楽しい時間を提供するだけでいいのか、という葛藤です。

刑務所に収容されている人がいる一方、その犯罪によって傷ついた被害者や家族もいます。

そこで2人は、歌だけではなく、犯罪被害者や受刑者の家族から届いた手紙、命の大切さ、家族や身近な人への思いなどをコンサートで伝えるようになりました。

元看護師のMegumiさんは、自身が医療現場で命と向き合った経験も語っています。

すると受刑者の反応にも変化が表れ、涙を流す人も見られるようになったといいます。

現在のPaix2が目指しているのは、単に受刑者を励ますことだけではありません。

自らが起こしたことに向き合い、被害者や家族の気持ちを考え、再び犯罪をしないための**「心のスイッチ」**を押すこと。そのために歌とトークを組み合わせた独自のプリズンコンサートを続けています。琴浦町も町民栄誉賞の選定理由の中で、2人が「本当の幸せとは何か」というメッセージを伝え、受刑者が被害者や家族に向き合うきっかけを作ろうとしてきた活動を評価しています。

出所した人から届いた手紙は何千通にも及ぶ

長年活動を続けた結果、Paix2のもとには刑務所を出た人たちから数多くの手紙が届くようになりました。

2025年のインタビューでManamiさんは、出所者からこれまでに何千通もの手紙を受け取ったと明かしています。

中には、Paix2の歌やメッセージをきっかけに、再び犯罪をしないと決意したことを伝えるものもあったといいます。

もちろん、歌を聴けば必ず更生できるという単純な話ではありません。

社会復帰には、住居、仕事、人間関係、福祉、医療などさまざまな支援が必要です。

それでも、刑務所の中で聞いた一曲や言葉が、出所後に苦しい状況へ直面した人の記憶に残り、「もう一度やり直そう」と考えるきっかけになることはあります。

9月4日の『ニュースーン』で「元受刑者の思い」まで取り上げられるのは、まさにこの部分だと考えられます。放送前の段階では登場する元受刑者の氏名などは公表されていません。

2026年7月時点でプリズンコンサート551回に到達

Paix2が積み重ねてきた公演数は驚くほど多くなっています。

公式のプリズンコンサート一覧によると、2026年7月19日時点で訪問522回、コンサート551回です。

2026年だけでも、

  • 1月16日 大阪刑務所
  • 2月13日 長野刑務所
  • 2月27日 水戸刑務所
  • 7月17日 富山刑務所

を訪問しており、活動は現在も続いています。

2020年1月18日の横浜刑務所で500回目を迎えているため、コロナ禍による活動縮小を挟みながらも、その後さらに50回以上積み上げたことになります。

全国を回った移動距離は120万キロを超えた

公演回数だけではありません。

琴浦町が2024年に公表した町民栄誉賞の資料では、Paix2がプリズンコンサートのために全国を移動した大型バンの総走行距離は120万キロ超と紹介されています。

地球1周を約4万キロとすると、およそ30周分に相当する距離です。

北海道から九州まで、刑務所だけでなく少年刑務所、拘置所、少年院、社会復帰促進センターなどを訪問してきたからこその数字です。

ほぼボランティアでも活動をやめなかった

Paix2のプリズンコンサートがさらに異例なのは、収益性の高い活動ではないことです。

Megumiさんによれば、刑務所から受け取る謝礼はボランティア程度。マネージャーを含む3人で車移動し、音響機材も自分たちで運んで設営してきました。

経済的に厳しかった時期には食費を切り詰め、マネージャーが貯金を使い果たし、生命保険を解約して活動費に充てた時期まであったと明かされています。

「刑務所で歌っても売れない」と周囲から言われたこともあり、活動をやめる話が出たことさえありました。

それでも、社会に戻った元受刑者から「歌に励まされた」という声が届く。

その積み重ねがPaix2をプリズンコンサートへ戻してきました。

2人は保護司と法務省矯正支援官も務める

Paix2は現在、単に刑務所で歌う歌手という立場にとどまりません。

2014年9月に2人は保護司に任命され、2015年4月には法務省矯正支援官を委嘱されています。

法務省も刑事施設において、教育的・文化的活動などに民間協力者の力が欠かせないとしています。現在の拘禁刑では、受刑者それぞれの特性に応じた処遇によって改善更生と円滑な社会復帰を図ることが重視されています。

Paix2が長年続けてきた活動も、その社会復帰を支える取り組みの一つとして位置づけられます。

500回を超える活動が社会的にも評価された

長年の活動は各方面から評価されています。

2023年度には日本パブリックリレーションズ協会の日本PR大賞「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。

選考では、500回を超える無報酬のプリズンコンサートに加え、社会復帰した元受刑者との継続的なつながりや、刑務所関係者・自治体と築いてきた信頼関係が評価されています。

さらに2024年には、Megumiさんの出身地である鳥取県琴浦町から町民栄誉賞が贈られました。

琴浦町の資料では、500回を超える刑務所訪問、120万キロを超える移動実績に加え、法務大臣表彰など数々の受賞歴が評価理由として挙げられています。

Paix2の歌がつないできた「塀の中」と社会

Paix2の活動を「刑務所で歌う珍しいアイドル」とだけ捉えると、その本質を見落としてしまいます。

2000年の鳥取刑務所で始まったコンサートは、2026年には551回に到達しました。

その間、Paix2自身も変化しています。

最初は「楽しんでもらいたい」と歌っていた2人が、元受刑者から届いた一通の手紙をきっかけに、被害者、家族、命、罪、そして社会復帰まで考えるようになりました。

そして今度は、その言葉を受刑者へ届ける。

刑務所を出た人から再び手紙が届き、その言葉が2人自身を支える。

歌を届ける側と受け取る側が一方向ではなく、互いに支え合ってきた26年だったともいえます。

9月4日の『ニュースーン』で紹介される「歌への思い」と「元受刑者の思い」を理解するうえでも、551回という数字以上に、その背景にあるこの関係こそがPaix2の活動を象徴しています。

参考情報

Paix2公式サイト、日本コロムビア公式プロフィール、Paix2公式プリズンコンサート記録、法務省、琴浦町、日本パブリックリレーションズ協会、CHANTO WEB、集英社オンラインなどの公開情報を確認して構成しています。


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