ホロヴィッツは12年間の沈黙を破り、故郷モスクワへ61年ぶりに帰還した伝説のピアニスト
20世紀を代表するピアニスト、ウラディーミル・ホロヴィッツ。圧倒的な技巧と独特の音色で世界中の聴衆を魅了しながら、その人生では何度も演奏活動を休止しました。
2026年10月15日放送のNHK Eテレ『クラシックTV』では、清塚信也さんと鈴木愛理さんが、ゲストの木村多江さんとともに、ホロヴィッツの栄光と挫折、ラフマニノフとの出会い、そして奇跡の復活公演をたどります。
ホロヴィッツの人生で特に重要なのが、1953年から12年間に及ぶ演奏会活動の休止と、1986年4月20日に実現した61年ぶりのモスクワ公演です。
1986年の演奏はアルバム『モスクワ・ライヴ1986』として残され、1988年のグラミー賞では最優秀クラシック・アルバム賞などを受賞しました。
演奏活動から離れた時間を経て、晩年に再び世界的な舞台へ戻ったホロヴィッツ。その人生には、技巧だけでは語れない音楽家としての変化が刻まれています。
この記事でわかること
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ホロヴィッツが12年間演奏会から離れ、1965年に復帰した経緯
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1986年に61年ぶりのモスクワ公演が実現した背景
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ラフマニノフとの出会いと独自のピアノ演奏技術
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伝説のモスクワ公演を収録したCDと代表的な演奏曲
1986年のモスクワ公演は61年ぶりの故郷への帰還
ホロヴィッツの音楽人生を象徴する出来事が、1986年4月20日に開催されたモスクワ音楽院大ホールでのリサイタルです。
ホロヴィッツは1925年、当時のソビエト連邦を離れて西ヨーロッパへ向かいました。
その後、ドイツ、フランス、イギリスなどで成功を収め、アメリカを活動の中心とする世界的なピアニストになります。
しかし、国際的に高く評価される一方、長い年月にわたって生まれ育った国で演奏する機会はありませんでした。
そのホロヴィッツが61年ぶりにソビエト連邦へ戻ったのが、1986年です。
公演会場となったモスクワ音楽院大ホールには、多くの聴衆が集まりました。
演奏されたのは、モーツァルト、ショパン、ラフマニノフ、スクリャービンなどの作品です。
この公演の模様は映像にも記録され、世界的な注目を集めました。
さらに、ドイツ・グラモフォンが録音した演奏は、アルバム『ホロヴィッツ・イン・モスクワ』として発売されました。
1986年モスクワ公演の基本情報
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公演日:1986年4月20日
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会場:モスクワ音楽院大ホール
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演奏者:ウラディーミル・ホロヴィッツ
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帰還までの期間:61年
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録音レーベル:ドイツ・グラモフォン
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1988年:グラミー賞の最優秀クラシック・アルバム賞を受賞
2023年には、日本でも『モスクワ・ライヴ1986』がSHM-CDとして再発売されています。
ホロヴィッツの晩年を代表する演奏を、現在も音源で聴くことができます。
1953年から12年間の演奏会休止を経て1965年に復活
ホロヴィッツは若いころから、驚異的な技巧を持つピアニストとして知られていました。
しかし、その輝かしい経歴は、途切れることなく続いたわけではありません。
1953年2月25日、ニューヨークのカーネギーホールで演奏したのを最後に、公の演奏会から離れることになります。
世界的な名声を獲得していたホロヴィッツにとって、演奏会は大きな期待と重圧を伴うものでした。
聴衆の前で演奏する活動からは離れましたが、この期間に音楽そのものをやめたわけではありません。
自宅などでピアノを弾き続け、新しい作品の研究や録音に取り組んでいました。
そして、12年後の1965年5月9日。
ホロヴィッツはカーネギーホールの舞台に戻ります。
復帰公演の発表は大きな反響を呼び、チケットを求める人々が会場の周囲に長い列を作りました。
会場では、久しぶりに姿を現したホロヴィッツに対して大きな拍手が送られました。
この復帰公演は録音され、『Horowitz at Carnegie Hall: An Historic Return』として発売されます。
1965年の復帰は、演奏家としての活動を再開するだけでなく、再び大勢の聴衆と音楽を分かち合うための大きな転機でした。
革命期のロシアを離れ、ヨーロッパからアメリカへ渡った
ホロヴィッツは現在のウクライナ・キーウで生まれ、幼いころからピアノを学びました。
若くして優れた才能を示し、20歳になる前には演奏家として知られる存在になっていました。
しかし、当時のロシアは革命と社会の大きな変化の中にありました。
1925年、ホロヴィッツは演奏活動のために国外へ出ます。
ドイツへ渡ったホロヴィッツは、その卓越した演奏によって注目を集め、ヨーロッパ各地へ活動を広げていきました。
そして1928年、アメリカでデビューします。
ニューヨークのカーネギーホールで、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏しました。
その後、アメリカはホロヴィッツにとって重要な活動拠点となります。
1944年にはアメリカの市民権を取得しました。
主な人生の転機
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1925年:ソビエト連邦を離れ、ヨーロッパへ
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1928年:アメリカでデビュー
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1944年:アメリカ市民権を取得
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1953年:演奏会活動から長期間離れる
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1965年:カーネギーホールで復帰
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1983年:初めて日本で公演
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1986年:61年ぶりのモスクワ公演
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1987年:ハンブルクで最後の公開演奏会
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1989年:ニューヨークで死去
革命期のロシアで育ち、ヨーロッパで成功し、アメリカを生活の中心としたホロヴィッツ。
その国際的な歩みを経たうえでのモスクワ帰還には、音楽的な成功だけではない歴史的な意味がありました。
ラフマニノフとの出会いが演奏家としての重要な経験になった
ホロヴィッツの音楽人生を語るうえで欠かせないのが、ロシア出身の作曲家でピアニストのセルゲイ・ラフマニノフです。
ホロヴィッツは若いころから、ラフマニノフの難曲として知られるピアノ協奏曲第3番を演奏していました。
そして1928年、アメリカでラフマニノフ本人と会う機会を得ます。
この出会いには、ピアノメーカーのスタインウェイが関わっていました。
ラフマニノフはホロヴィッツの演奏に関心を持ち、自作の協奏曲を聴きたいと求めました。
2人はスタインウェイの建物で顔を合わせ、ラフマニノフが一方のピアノでオーケストラ部分を、ホロヴィッツがもう一方のピアノで独奏部分を演奏しました。
作曲者自身と作品を通じて向き合う、特別な機会となったのです。
その後もホロヴィッツは、ラフマニノフの作品を重要なレパートリーとして演奏し続けました。
ピアノ協奏曲第3番だけでなく、前奏曲やピアノ・ソナタなどでも数多くの録音を残しています。
1986年のモスクワ公演でも、ラフマニノフの前奏曲と「W.R.のポルカ」を演奏しました。
若いころに作曲者本人と出会い、その作品を長年演奏してきたことが、晩年のレパートリーにもつながっています。
圧倒的な技巧だけではないホロヴィッツの音色の魅力
ホロヴィッツが20世紀を代表するピアニストとされる理由の1つが、卓越した演奏技術です。
特にリストやラフマニノフなど、強い打鍵と高度な技巧を必要とする作品では、独特の迫力を持つ演奏で知られていました。
しかし、その魅力は音量の大きさや指の速さだけではありません。
ホロヴィッツは、非常に繊細な弱音や、音色の微妙な変化を表現できる演奏家でもありました。
スタインウェイの公式紹介でも、その演奏の大きな特徴として、幅広い音の表現力が取り上げられています。
力強い部分では圧倒的な存在感を示し、静かな部分では音を丁寧に響かせる。
1台のピアノから生み出される音楽の表情の豊かさが、多くの聴衆を引きつけてきました。
特に晩年の録音では、超絶技巧を披露するだけでなく、作品の旋律や響きの美しさを味わえる演奏が残されています。
1986年のモスクワ公演に収録されたシューマンの「トロイメライ」は、そのようなホロヴィッツの表現を知るための1曲です。
1986年のモスクワ公演で演奏された代表曲
ホロヴィッツのモスクワ公演は、クラシック音楽に詳しくない人にとっても、さまざまな作曲家の作品に触れられる内容です。
2023年発売の『モスクワ・ライヴ1986』には、次のような曲が収録されています。
主な収録曲
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スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380
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モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330
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ラフマニノフ:前奏曲 ト長調 作品32の5
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ラフマニノフ:前奏曲 嬰ト短調 作品32の12
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スクリャービン:練習曲 嬰ハ短調 作品2の1
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スクリャービン:練習曲 嬰ニ短調 作品8の12
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リスト:ペトラルカのソネット第104番
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ショパン:マズルカ 嬰ハ短調 作品30の4
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シューマン:トロイメライ
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モシュコフスキー:花火
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ラフマニノフ:W.R.のポルカ
なかでも、シューマンの「トロイメライ」とモシュコフスキーの「花火」は、演奏表現の幅を聴き比べられる作品です。
「トロイメライ」は穏やかな旋律を持つ小品で、柔らかな音色やフレーズの表現が重要になります。
一方、「花火」は華やかな技巧が特徴の作品です。
ホロヴィッツが得意とした繊細な表現と、鮮やかな技巧の両方を楽しめます。
モスクワ・ライヴ1986はグラミー賞を2部門で受賞
1986年のモスクワ公演は、音楽史に残るだけでなく、録音作品としても高い評価を受けました。
『Horowitz in Moscow』は1988年の第30回グラミー賞で、最優秀クラシック・アルバム賞を受賞しています。
さらに、オーケストラを伴わない器楽ソロ演奏部門でも受賞しました。
1988年グラミー賞の受賞記録
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最優秀クラシック・アルバム賞:『Horowitz in Moscow』
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最優秀器楽ソロ演奏賞(オーケストラなし):ホロヴィッツ『Horowitz in Moscow』
録音制作にはプロデューサーのトーマス・フロストも関わっています。
日本では複数の仕様でアルバムが発売されており、2023年5月17日にはSHM-CD仕様の『モスクワ・ライヴ1986』が登場しました。
2023年発売盤の情報
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商品名:モスクワ・ライヴ1986
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演奏者:ヴラディーミル・ホロヴィッツ
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発売元:ユニバーサル ミュージック
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レーベル:ドイツ・グラモフォン
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発売日:2023年5月17日
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形式:SHM-CD
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定価:1,650円(税込)
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品番:UCCG-53068
録音は1986年4月のモスクワ音楽院大ホールで行われたものです。
ホロヴィッツの晩年の演奏を知りたい人にとって、代表的な録音の1つとなっています。
1987年ハンブルク公演が最後の公開演奏会になった
61年ぶりのモスクワ公演を実現したホロヴィッツは、その後も演奏活動を続けました。
1986年にはソビエト連邦だけでなく、ドイツなどでも公演を行っています。
そして1987年6月21日、ドイツのハンブルクで最後の公開演奏会を開きました。
この公演は北ドイツ放送によって収録されています。
演奏されたのは、モーツァルト、シューベルト、シューマン、ショパンなどの作品です。
シューマンの『子供の情景』やショパンの「英雄ポロネーズ」など、ホロヴィッツの長い音楽人生を象徴する作品も含まれていました。
録音はその後、『ホロヴィッツ・イン・ハンブルク ラスト・コンサート』として発売されています。
1987年のハンブルク公演を最後に、ホロヴィッツは公開演奏会の舞台から退きましたが、録音活動は続けました。
1989年11月5日、ニューヨークで亡くなります。
長い年月の中で演奏活動の休止と復帰を繰り返しながらも、生涯を通じてピアノ音楽と向き合い続けた演奏家でした。
実用情報|ホロヴィッツの名演を聴くためのCD
ホロヴィッツの演奏を初めて聴く場合は、人生の転機となった公演を記録したアルバムから始めると、その歩みを音楽でたどれます。
モスクワ・ライヴ1986
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公演:1986年4月
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会場:モスクワ音楽院大ホール
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CD発売日:2023年5月17日
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価格:1,650円(税込)
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品番:UCCG-53068
ホロヴィッツ・イン・ハンブルク ラスト・コンサート
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公演:1987年6月21日
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収録:北ドイツ放送
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CD発売日:2018年1月24日
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価格:1,870円(税込)
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品番:UCCG-52112
2つの公演には約1年の間隔があります。
61年ぶりのモスクワ帰還と、最後の公開演奏会。それぞれを聴き比べることで、ホロヴィッツの晩年の演奏に触れることができます。
まとめ
ウラディーミル・ホロヴィッツは、圧倒的な技巧と幅広い音色表現で世界的な名声を獲得したピアニストです。
一方で、1953年から12年間にわたって公開演奏会から離れ、1965年にカーネギーホールで復帰するという大きな転機を経験しました。
さらに1986年には、1925年以来61年ぶりにソビエト連邦へ戻り、モスクワ音楽院大ホールで歴史的な演奏会を実現しています。
この公演は『モスクワ・ライヴ1986』として現在も聴くことができ、1988年にはグラミー賞を受賞しました。
人生のさまざまな困難を経ながら、最後まで独自の音楽表現を追い求めたホロヴィッツ。その演奏は、亡くなってからも世界中で聴き継がれています。
参考リンク
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