- 飛鳥・藤原のポシェット|1300年前の革袋から見えてきた古代の装いと現代職人の技術
- 飛鳥・藤原のポシェットの大きさと特徴|黒漆と金具を備えた古代の革袋
- 三ツ塚古墳群で発見|7世紀末の墓に納められていた革袋
- 中国・唐の「鞶囊」との関係|約1300年前の人は何を持ち歩いていたのか
- 鞄工房山本が復元に挑戦|製法が残されていない工芸品との出会い
- 鹿皮を木型に沿わせる「吊り込み」|硬い皮を立体的な袋に変える技術
- 漆を塗ると革が変形|輪島の漆職人が挑んだ最大の難関
- 金具と紫の組紐|異なる分野の職人が技術を持ち寄った
- 復元で生まれた新しい疑問|古代の革袋はもっと柔らかかったのか
- 飛鳥・藤原のポシェットの展示情報|奈良での公開と東京での特別展示
- 三ツ塚古墳群と世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」のつながり
- まとめ
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飛鳥・藤原のポシェット|1300年前の革袋から見えてきた古代の装いと現代職人の技術
約1300年前の日本に、黒い漆を塗り、金色の装飾金具と紫色の組紐をあしらった、現代のポシェットのような革製品が存在していました。
奈良県葛城市の三ツ塚古墳群から出土した「漆塗り革袋」です。
7世紀末の墓に副葬品として納められていたもので、中国・唐の時代に使われた「鞶囊(はんのう)」という袋に相当すると考えられています。国内に同じような出土例がなく、当時の日本と大陸の交流を考えるうえでも重要な資料です。
2026年、この革袋が現代の職人たちの手によって復元されました。
中心となったのは、奈良県橿原市のランドセルメーカー「鞄工房山本」の2代目・山本一彦さん。鹿皮、漆塗り、金具、組紐という異なる分野の職人が力を合わせ、約1年間にわたる試行錯誤の末に完成させました。
2026年10月19日放送予定のNHK総合・関西地域向け『おはよう関西』では、「飛鳥時代のポシェット 現代の職人技で復元!」と題し、この取り組みが紹介されます。
古代の人々はどのような袋を身につけていたのか。なぜ鹿皮に漆を塗ったのか。そして、製法が残されていない工芸品を、現代の職人はどのように再現したのか。
一つの小さな革袋を通して、古代の技術と現代のものづくりのつながりを紹介します。
この記事でわかること
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飛鳥・藤原のポシェットの大きさ・用途・出土場所
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約1300年前の革袋と中国・唐との関係
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鞄工房山本が鹿皮を立体成型し、漆塗りを成功させるまでの工程
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復元に参加した職人と、2026年に完成した復元品の展示情報
飛鳥・藤原のポシェットの大きさと特徴|黒漆と金具を備えた古代の革袋

出典:約1300年前の「漆塗り革袋」を復元。鞄工房山本、現代の職人技をつなぎ約1年かけて製作|奈良新聞デジタル
「飛鳥・藤原のポシェット」と呼ばれているのは、奈良県葛城市の三ツ塚古墳群から出土した漆塗りの革袋です。
2026年に完成した復元品は、高さ約16cm、幅約19cm、厚さ約8.5cm。現代の小型ショルダーバッグにも通じる大きさです。
復元品の基本情報
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名称:漆塗り革袋(飛鳥・藤原のポシェット)
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時代:7世紀末
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出土地:奈良県葛城市竹内・三ツ塚古墳群
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出土場所:木櫃改葬墓13
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復元品の高さ:約16cm
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幅:約19cm
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厚さ:約8.5cm
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主な材料:鹿皮、漆、金属製金具、組紐
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復元完成:2026年
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研究機関:奈良県立橿原考古学研究所
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革袋製作:鞄工房山本
最大の特徴は、表面を覆う黒漆の光沢です。
革袋の前面には花びらを思わせる装飾金具があり、中央には紫色の組紐が通されています。蓋を備えた構造で、帯などに取り付けて持ち運んだと考えられています。
単に物を入れるための袋ではなく、細かな装飾を施した工芸品だったことがわかります。
さらに注目したいのが、その技術の高度さです。
動物の皮を立体的な形に整え、表面に漆を塗り、金具と組紐を取り付ける。それぞれ異なる専門技術が、一つの小さな革袋に組み合わされていました。
三ツ塚古墳群で発見|7世紀末の墓に納められていた革袋
漆塗り革袋が発見されたのは、奈良県葛城市竹内にある三ツ塚古墳群です。
古墳群は、南阪奈道路の建設に伴う発掘調査によって見つかりました。
1999年から2001年にかけて行われた調査で、7世紀末と推定される「木櫃改葬墓13」から、革袋が出土しています。
木櫃とは、木製の箱や容器のことです。この墓では、木櫃の中に革袋が納められていました。
三ツ塚古墳群には、6世紀末から7世紀末ごろに造られた墓があり、後の9~10世紀の墓も確認されています。
革袋が出土した墓の時代は、飛鳥から藤原京へと政治の中心が移っていく時期に重なります。
特に重要なのは、当時の日本が中国・唐の制度や文化を積極的に取り入れていたことです。
三ツ塚古墳群の漆塗り革袋は、古代の国際交流を物語る資料として注目されています。
この革袋が埋葬者の身分や仕事とどのように関係していたのかは、考古学上の研究課題でもあります。
中国・唐の「鞶囊」との関係|約1300年前の人は何を持ち歩いていたのか
出土した漆塗り革袋は、中国・唐の時代に使われた「鞶囊(はんのう)」に相当すると考えられています。
鞶囊は、腰などにつり下げて使用する袋状の装身具です。
中国に残る唐の皇帝陵の石像には、腰から小さな袋をつり下げた姿が表現されています。
その形が、三ツ塚古墳群から出土した革袋によく似ているのです。
葛城市の公式資料でも、この革袋は唐からもたらされた可能性が高いと説明されています。
ただし、実際に中国で製作された輸入品なのか、唐の技術や様式を取り入れて日本で製作されたものなのかは、現時点で確定していません。
革袋の中に何が入っていたのかについても、具体的な内容物は確認されていません。
重要なのは、古代の人々が身につける道具に、美しさや装飾性を求めていたことを示す資料である点です。
復元品の発表に際し、奈良県立橿原考古学研究所の青柳正規所長は、漆黒に輝く姿から当時の官人の装いへのこだわりを感じ取ったと語っています。
約1300年前にも、身につける道具の形や色、金具の美しさに心を配る文化が存在していたのです。
鞄工房山本が復元に挑戦|製法が残されていない工芸品との出会い
2026年に完成した復元品の製作を中心となって進めたのが、鞄工房山本の2代目・山本一彦さんです。
鞄工房山本は、奈良県橿原市でランドセルや革製品の製造・販売を行う企業です。
山本さんが漆塗り革袋の存在を知ったのは、復元製作の約7年前でした。
しかし、当時の技術では、この革袋を十分な精度で再現できるかどうか、自信を持てなかったと振り返っています。
難しかったのは、古代の革袋の製法が残されていなかったことです。
出土品には、前面と背面を分けて接合したような構造が認められます。
しかし、皮をどのように立体的な形に加工したのか、どの順序で組み上げたのか、詳細は明らかになっていませんでした。
山本さんは、奈良県立橿原考古学研究所から提供された図面や構造に関する情報をもとに、製作方法そのものを考える必要がありました。
転機となったのは、2023年に立ち上げた革製品ブランド「MONTBOOK(モンブック)」で培った技術です。
MONTBOOKでは、革を木型に沿わせて立体的に成型する方法を取り入れていました。
新しい鞄づくりに挑戦する中で身につけた技術が、古代の革袋の復元に役立つことになったのです。
鹿皮を木型に沿わせる「吊り込み」|硬い皮を立体的な袋に変える技術
復元の最初の大きな課題は、鹿皮を加工することでした。
今回使用された鹿皮は、奈良県宇陀市の藤岡勇吉本店が手がけています。
通常の革製品では、皮を腐りにくくし、柔軟性や耐久性を持たせる「鞣し(なめし)」という加工を行います。
しかし、今回の復元では、約1300年前の素材を想定し、現代の一般的な鞣し加工を施さない鹿皮を使用しました。
鹿皮は水洗いして肉片や脂を取り除き、毛を刈った後、塩水へ漬け込みます。
その後、板に張り付け、乾燥させながら形を整えました。
乾燥した鹿皮は非常に硬く、そのままでは立体的な形に加工できません。
そこで山本さんは、約50℃のお湯で皮を柔らかくしようとしました。
ところが、思うように柔らかくなりませんでした。
藤岡さんから助言を受け、塩を加えた約50℃のお湯に浸し、時間をかけて揉みほぐす方法へ変更します。
試行錯誤の末、木型に沿わせられる状態まで柔らかくすることができました。
次に行ったのが「吊り込み」です。
吊り込みの主な工程
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出土品の図面をもとに、杉材で本体と蓋の木型を製作する。
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柔らかく戻した鹿皮を木型に沿わせる。
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皮を引っ張りながら、釘で固定する。
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表面に出るシワを、できる限り内側へ逃がす。
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3~5日ほど自然乾燥させ、形を固定する。
吊り込みは、靴の甲やかかとを作る際にも使われる技術です。
一般的な鞄づくりでは珍しい工程ですが、MONTBOOKで経験を積んでいた山本さんは、これを革袋の復元へ応用しました。
1300年前の職人が実際に同じ方法を使っていたと確定したわけではありません。
しかし、現代の技術を使って実物に近い形を再現することに成功しました。
漆を塗ると革が変形|輪島の漆職人が挑んだ最大の難関
立体的な鹿皮の成型に成功しても、復元はまだ完成しません。
次の難関が、鹿皮への漆塗りでした。
この工程を担当したのは、石川県輪島市の「漆 夢工房 清里」です。
革に漆を塗る技術は「漆皮(しっぴ)」と呼ばれます。
漆を塗り、研ぎ、また塗る工程を繰り返し、美しい表面へ仕上げていく技法です。
ところが、実際に成型した鹿皮へ漆を塗ると、大きな問題が起きました。
立体的に整えた鹿皮が変形し、形を保てなくなったのです。
さらに、鹿皮に残っていた油分や塩分も、漆の仕上がりに影響しました。
漆職人にとっても、経験の少ない素材への挑戦でした。
清里の職人たちは、下地の作り方や漆の塗り方を変えながら試作を続けます。
約1か月余り、ほとんどこの仕事に集中して取り組んだといいます。
最終的には、山本さんが木型を輪島へ持参し、革袋の形を支えながら漆を施す方法を採用しました。
この工夫によって、立体的な形状を保ちながら、黒漆で仕上げる工程が進みました。
ただし、漆塗りが終われば完成というわけではありません。
中塗りを終えた部品をいったん奈良へ戻し、前面と背面を接合。その後、仕上げの上塗りのために再び輪島へ送っています。
出土品には明確な縫い合わせの痕跡が確認されていなかったため、復元品では接着による組み立てが採用されました。
古代に膠(にかわ)などの接着剤が使われていた可能性もありますが、今回の復元では形を確実に保つため、現代の鞄づくりで使用される接着剤を用いています。
奈良と輪島を行き来しながら、革袋は少しずつ完成へ近づいていきました。
金具と紫の組紐|異なる分野の職人が技術を持ち寄った
黒漆で仕上げられた革袋には、装飾金具と組紐が取り付けられています。
しかし、これらも簡単に再現できるものではありませんでした。
金具の製作を担当したのは、東京メタル株式会社です。
出土品の金具には細かな装飾が施されており、現代の既製品をそのまま使用することはできません。
そこで、出土品をもとに製作された樹脂製のレプリカを手がかりに、金具の原型を作りました。
細かな模様や溝を調整しながら試作を繰り返し、鋳造用の型を製作しています。
また、革袋の中央に通る組紐を製作したのが、東京・上野の「有職組紐 道明」です。
道明では古くから伝わる組紐の技術を用い、今回の復元に合わせて幅や長さを調整した組紐を仕立てました。
選ばれた色は「本紫」です。
組み方には「安田組」が採用されました。同じ組織の組紐は正倉院宝物にも残されています。
復元製作に参加した主な企業・職人
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奈良県立橿原考古学研究所:調査・分析・設計
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鞄工房山本(奈良県橿原市):革袋本体の製作・組み立て
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藤岡勇吉本店(奈良県宇陀市):鹿皮の加工
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漆 夢工房 清里(石川県輪島市):漆塗り
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東京メタル株式会社:装飾金具の製作
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有職組紐 道明(東京都台東区):組紐の製作
2026年8月7日、約1年にわたる復元製作を経て、完成した革袋が報道関係者に披露されました。
一つの工芸品のために、奈良、石川、東京の職人たちが協力したことになります。
復元で生まれた新しい疑問|古代の革袋はもっと柔らかかったのか
復元製作によって、古代の革袋の姿が具体的になりました。
しかし、山本さんが実際に作ってみたことで、新しい疑問も生まれています。
それは、元の革袋が本当に現在の復元品のような、しっかりした立体形状だったのかという点です。
出土品は、内部に土が入り込んでいたことで、丸みのある形が残されていました。
一方、中国・唐の皇帝陵にある石像が身につけている袋は、もう少し平らな形に見えます。
そのため、もともとは柔らかい袋で、中に物を入れると膨らむ構造だった可能性も考えられています。
さらに、X線による調査では、内部に釘のようなものや、丁番に似た構造が確認されました。
こうした痕跡から、蓋の開閉方法についても検討が続けられています。
復元品は、1300年前の製法を完全に証明したものではありません。
実際に作ることで、出土品の構造を検証し、新しい疑問を見つけるための成果でもあります。
完成した工芸品を観察するだけではわからなかったことが、材料を切り、曲げ、貼り合わせ、金具を取り付ける過程で見えてきたのです。
飛鳥・藤原のポシェットの展示情報|奈良での公開と東京での特別展示
復元された「飛鳥・藤原のポシェット」は、2026年8月8日から9月6日まで、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で特別公開されました。
さらに、2026年11月14日には、東京都中央区で開催される大和文化会の公開講座で、復元品の特別展示が予定されています。
2026年11月14日の特別展示
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催し:2026年度大和文化会「公開講座」
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テーマ:世界遺産のその先へ ― 飛鳥・藤原の歴史と技を未来へつなぐ ―
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開催日:2026年11月14日(土)
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時間:12:40~15:40(12:00開場)
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会場:銀座ブロッサム 中央会館
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住所:東京都中央区銀座2-15-6
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アクセス:東京メトロ有楽町線・新富町駅から徒歩約1分
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参加費:2,000円(税込)
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定員:900人
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申込締切:2026年10月28日(水)
この公開講座は近鉄グループホールディングスが主催するもので、考古学者による講演や、古代工芸技術に関するトークセッションも予定されています。
参加には事前申し込みが必要です。
詳細は大和文化会の公式案内で確認できます。
三ツ塚古墳群と世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」のつながり
今回の復元は、2026年7月に世界遺産登録された「飛鳥・藤原の宮都」に関連する文化的な取り組みとして進められました。
飛鳥・藤原の時代は、日本で律令国家の仕組みが整い、都の建設や行政制度が発展した重要な時期です。
同時に、中国・唐との交流を通じて、さまざまな制度や文化、工芸技術が伝わった時代でもありました。
三ツ塚古墳群の革袋は、こうした国際交流を具体的な形で示す資料です。
ただし、三ツ塚古墳群そのものが世界遺産の構成資産に含まれているという意味ではありません。
重要なのは、同じ時代の社会や文化を理解するための関連資料であることです。
小さな革袋に施された黒漆や金属の装飾は、当時の工芸技術の高さを伝えています。
そして、2026年の復元製作は、長い年月を隔てた現代にも、素材を扱う職人の技術が受け継がれていることを示しました。
まとめ
「飛鳥・藤原のポシェット」は、奈良県葛城市の三ツ塚古墳群から出土した、約1300年前の漆塗り革袋です。
黒漆を塗った革、装飾金具、組紐を組み合わせた工芸品で、中国・唐の時代に使われた鞶囊に相当すると考えられています。
2026年には、奈良県立橿原考古学研究所と鞄工房山本を中心に、各地の職人が協力して復元に成功しました。
鹿皮を柔らかく戻す工程、木型への吊り込み、変形しやすい革への漆塗り、細かな金具の製作。それぞれの難題を、現代の職人が長年培ってきた技術で乗り越えました。
そして復元作業は、古代の革袋がどのように作られ、使われていたのかを考える新しい手がかりにもなりました。
一つの小さな革袋には、1300年前の人々の装いや国際交流、そして現代のものづくりにつながる深い歴史が残されています。
参考リンク
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