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土山宿本陣跡の見学料金・予約・アクセス|徳川家光・明治天皇を迎えた土山家と400年の歴史

歴史

土山宿本陣跡|明治天皇の玉座が残る、東海道の名門・土山家が守る歴史的建造物

滋賀県甲賀市にある「土山宿本陣跡(つちやましゅくほんじんあと)」は、江戸時代に徳川将軍や大名、公家などの身分の高い人々を迎えた特別な宿泊施設です。

1634年、江戸幕府3代将軍・徳川家光の上洛に際して設けられ、約240年間にわたって土山家が本陣を務めました。

現在も土山家の住宅として受け継がれており、内部は事前予約をすれば300円で見学できます。 明治天皇ゆかりの「玉座」、大名が使用した上段の間、実際の宿泊記録を残す宿帳など、貴重な歴史資料が保存されています。

2026年10月20日放送予定のテレビ朝日『プラチナファミリー』でも、14代目当主が守る約2,000坪の土山家の屋敷が取り上げられます。勝海舟や徳川慶喜、明治天皇とのつながりに加え、家に伝わるアンティーク時計や三十六歌仙かるたにも注目が集まります。

土山宿本陣跡の魅力は、古い建物が残っていることだけではありません。江戸時代の宿場制度が終わった後も、一族が家業を変えながら建物と歴史資料を守ってきたことにあります。

この記事でわかること

  • 土山宿本陣跡の見学料金・予約方法・営業時間・アクセス

  • 徳川家光・徳川慶喜・勝海舟・明治天皇と土山家の関係

  • 玉座・上段の間・宿帳など、現在も残る歴史的な見どころ

  • 1634年から14代続く土山家の歴史と国の登録有形文化財としての価値

土山宿本陣跡の見学料金・予約方法・営業時間

土山宿本陣跡は、滋賀県甲賀市土山町北土山にあります。

現在も土山家が暮らす個人住宅のため、一般的な観光施設のように自由に建物へ入れるわけではありません。

内部を見学するには事前予約が必要です。

基本情報は次のとおりです。

  • 名称:土山宿本陣跡(土山家住宅)

  • 読み方:つちやましゅくほんじんあと

  • 住所:滋賀県甲賀市土山町北土山1628

  • 見学料金:一般300円

  • 見学時間:10:00~17:00

  • 休館日:不定休

  • 予約:事前予約必須

  • 予約電話番号:0748-66-0007

  • 文化財:国登録有形文化財

予約は土山宿本陣跡へ電話で申し込みます。

見学を希望する日時や人数を伝え、受け入れ可能か確認する方法です。

建物は個人の住宅として現在も使われているため、予約なしで訪れても内部は見学できません。

また、公開される範囲や見学内容は、住宅の管理状況などによって変わる場合があります。

歴史的な調度品や文書が残されているため、写真撮影の可否についても予約時に確認すると安心です。

土山宿本陣跡へのアクセス|車・電車・バスでの行き方

土山宿本陣跡は、旧東海道に面した土山宿の中心部に位置しています。

車の場合は、新名神高速道路の甲賀土山ICから約10分です。

公共交通機関では、JR草津線の貴生川駅から甲賀市コミュニティバスを利用できます。

  • 車:新名神高速道路・甲賀土山ICから約10分

  • 鉄道:JR草津線「貴生川駅」

  • バス:貴生川駅から甲賀市コミュニティバス土山方面行き

  • 最寄りバス停:近江土山

  • バス停から:徒歩約4分

バスは便によって経由地や所要時間が異なります。訪問する際は、甲賀市が公開している最新の時刻表を確認してください。

専用駐車場の利用条件も含め、車で訪問する場合は予約時に確認しておくと確実です。

周辺には旧東海道の街並みや、宿場町の歴史を紹介する東海道伝馬館もあります。

土山宿本陣は1634年に誕生|3代将軍・徳川家光の上洛が始まり

土山家が本陣を務めるようになったのは、1634年(寛永11年)のことです。

この年、江戸幕府3代将軍の徳川家光が京都へ向かうことになりました。

将軍が大勢の家臣を伴って移動するには、宿泊施設や休憩場所を整える必要があります。

そこで、土山家は本陣職を命じられました。

本陣とは、大名や公家、勅使などの身分の高い旅行者が宿泊・休憩するための施設です。

江戸時代の東海道には多くの旅籠がありましたが、本陣はその中でも特別な役割を担っていました。

大名行列が宿場に到着すると、街道や宿泊施設では迎えるための準備が必要でした。

本陣では宿泊者の身分に応じた部屋を用意し、警備や接待にも配慮します。

一般の旅籠と違い、豪華な座敷や広い敷地を備えていたのは、こうした役割があったためです。

土山家は1634年から明治初期まで、本陣として重要な旅行者を迎え続けました。

東海道49番目の宿場町・土山宿|鈴鹿峠を越える旅人を支えた場所

土山宿は、東海道五十三次の49番目の宿場町です。

現在の滋賀県甲賀市に位置し、近江国と伊勢国を結ぶ鈴鹿峠に近い場所にあります。

江戸時代、東海道は江戸と京都を結ぶ重要な交通路でした。

多くの旅人や商人が利用したほか、参勤交代の大名行列も通行しました。

土山宿は、鈴鹿峠を越えて近江へ入る旅人にとって重要な宿泊地点でした。

この地域では、古くから次の馬子唄が歌い継がれています。

「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」

土山は雨の多い土地として知られ、厳しい峠越えと結び付いた宿場文化が育まれました。

その土山宿の中心に位置していたのが、土山家の本陣です。

大名や公家などを迎える重要な役割を担い、街道交通を支えてきました。

徳川慶喜と勝海舟も訪れた土山家|宿帳に残された歴史

土山家に受け継がれている重要な資料の一つが「宿帳」です。

宿帳は、本陣を利用した人々の記録を残したものです。

土山家の宿帳には、徳川慶喜や勝海舟など、幕末の歴史に登場する人物の名前も記されています。

徳川慶喜は江戸幕府15代将軍として知られ、勝海舟は江戸城無血開城に関わった人物です。

土山宿本陣は、こうした歴史上の人物が移動の途中で利用する宿でもありました。

現在、土山家に残る宿帳は甲賀市の指定文化財となっています。

宿帳の価値は、有名人の名前が書かれていることだけではありません。

当時、誰がいつ街道を通り、どこで休憩や宿泊をしたのかを知るための歴史資料でもあります。

江戸時代の交通や宿場の運営を知るうえで、実際の利用記録が残っていることには大きな意味があります。

明治天皇ゆかりの「玉座」|歴代当主が守り続けた特別な空間

土山宿本陣跡で特に注目したいのが、明治天皇ゆかりの「玉座」です。

甲賀市の文化財資料によると、土山家には明治天皇の東幸に関係する離れがあり、歴代当主によって大切に保存されてきました。

玉座と呼ばれる空間には、身分の高い人を迎えるための格式ある座敷の構造が残されています。

現在、国の登録有形文化財となっている離れは、明治後期の建築とされ、後年の改修を受けています。

その内部には、床を高くした「御上段の間」が設けられています。

床の高さを変えることは、身分や格式を表す建築上の工夫の一つでした。

御上段の間には大きな床の間も備えられ、庭に面した縁側から自然を眺められる構造になっています。

明治天皇とのゆかりを伝える空間を、建物の修理や維持を重ねながら守ってきたことが、土山家の大きな特徴です。

約2,000坪の屋敷|江戸時代の本陣が持っていた特別な格式

土山家の屋敷は、約2,000坪の規模を持つと紹介されています。

本陣は、通常の宿泊施設とは異なり、大名や公家を迎えるために特別な空間が必要でした。

宿泊者本人が利用する部屋だけでなく、随行する人々への対応や荷物の管理なども求められます。

土山家には、主屋や離れのほか、土蔵や米蔵も残っています。

こうした複数の建物が一体となっていることが、歴史的な本陣の特徴を伝えています。

また、土山家では古文書や調度品も数多く保存されています。

2026年10月に紹介される資料には、江戸後期から幕末にかけて製作されたアンティーク時計や、三十六歌仙かるたなどがあります。

三十六歌仙とは、平安時代の歌人・藤原公任が選んだ優れた歌人36人を指します。

その姿と和歌を描いたかるたは、和歌や絵画、遊戯文化に関係する品です。

土山家に伝わるこうした道具類は、江戸時代から近代にかけての家の文化や暮らしを知る手がかりとなっています。

本陣制度の廃止後は茶業へ|時代の変化に合わせて家業を転換

土山家が本陣職を務めていたのは、江戸時代前期から明治初期まででした。

1870年(明治3年)、本陣制度が廃止されます。

それまで大名や公家を迎えることを役割としてきた土山家は、家業を変える必要がありました。

そこで新たな中心事業としたのが、土山の特産品であるお茶です。

土山地域では古くから茶の栽培が行われており、東海道を通る旅人へも茶が販売されていました。

土山家は、こうした地域の産業を生かして家業を続けていきます。

本陣としての役割を終えた後も、屋敷と歴史資料は手放されませんでした。

代々の当主が暮らしを続け、建物の維持や修理を行いながら、現在まで受け継いできました。

歴史的な建造物が残っている背景には、こうした家業の転換と長年の保存活動があります。

2023年に国の登録有形文化財へ|4棟が認められた建築的価値

土山家住宅は、2023年2月27日に国の登録有形文化財に登録されました。

登録されたのは、次の4棟です。

  • 主屋

  • 離れ

  • 土蔵

  • 米蔵

これらの建物は、一度に建てられたものではありません。

江戸時代末期の土蔵や米蔵、明治後期の離れ、昭和35年に建てられた主屋など、異なる時代の建物が残っています。

特に興味深いのが、現在の主屋です。

主屋は1960年に建てられましたが、以前の本陣の建材を一部再利用し、昔の建物の趣を残すよう工夫されています。

街道に面した外観には、黒漆喰の壁、格子窓、瓦屋根など、伝統的な町家建築の特徴があります。

新しい建物を建てる際にも、旧本陣としての景観を大切にしたことがわかります。

一方、離れは平屋建ての木造建築で、庭を囲むように座敷が配置されています。

この離れには御上段の間が設けられ、本陣の格式を伝える構造が残されています。

建物が国の登録有形文化財となった理由は、単純に古いからではありません。

江戸時代から続く街道の景観や、本陣としての歴史的な特徴を現在まで伝えていることが評価されたのです。

見学と合わせて楽しみたい東海道伝馬館|無料で学べる宿場町の歴史

土山宿本陣跡を訪れる際に、歴史への理解を深められる施設が「東海道伝馬館」です。

東海道伝馬館は、土山宿の歴史や街道交通について紹介する施設です。

2001年に開館し、江戸時代後期に建てられた民家を改修して利用しています。

  • 施設名:東海道伝馬館

  • 住所:滋賀県甲賀市土山町北土山1570

  • 入館料:無料

  • 開館時間:9:00~17:00

  • 休館日:月曜日・火曜日・年末年始

  • 電話番号:0748-66-2770

館内では、東海道の宿場制度や人々の往来、伝馬制度などについて学べます。

土山宿本陣跡を見学する前に立ち寄れば、なぜ大名や公家が本陣を利用したのか、どのような仕組みで宿場が運営されていたのかを理解しやすくなります。

本陣跡では実際の建築と伝来資料に触れ、伝馬館では宿場全体の役割を学ぶ。

この2つを組み合わせることで、江戸時代の旅の仕組みをより具体的に知ることができます。

まとめ

滋賀県甲賀市の「土山宿本陣跡」は、1634年に徳川家光の上洛に際して設けられた、東海道の歴史的な本陣です。

約240年間にわたり、土山家が大名や公家などの宿泊・休憩を支え、徳川慶喜や勝海舟らの名前も宿帳に残されています。

現在も14代目の土山家当主によって屋敷が受け継がれ、明治天皇ゆかりの玉座や上段の間、古文書、調度品などが大切に保存されています。

2023年には、主屋・離れ・土蔵・米蔵の4棟が国の登録有形文化財となりました。

内部見学は事前予約制で、料金は300円。現在も個人住宅として使用されているため、訪問前の連絡が必要です。

本陣制度の廃止後は茶業へ転換しながら、歴史的な屋敷を守り続けてきた土山家。江戸時代の交通制度と地域の歴史を、実際の建物から学べる貴重な場所です。

参考リンク


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