十三の50年の味を復活させた納隼人さん
大阪・十三で50年以上親しまれた名物いか焼き。その味が一度は途絶えながら、地元で育った1人の男性によって復活しました。店を継いだのが、奄美堂の代表・納隼人さんです。
『日経スペシャル もしものマネー道 もしマネ(復活グルメSP)(2026年8月9日)』でも取り上げられます。本業はパーソナルトレーナーという意外な経歴を持ち、老舗「光栄堂」の味を残したいという思いから飲食業へ挑戦。クラウドファンディングも活用し、2023年に「奄美堂」をオープンしました。
この記事でわかること
- 納隼人さんの経歴と現在の仕事
- 光栄堂が閉店し、味を継ぐまでの経緯
- 奄美堂が誕生するまでの復活ストーリー
- 奄美堂のいか焼き・場所・利用前のポイント
納隼人さんは何者?十三「奄美堂」の店主
納隼人(おさめ・はやと)さんは、大阪・十三のいか焼き店「奄美堂」の代表です。
ただし、もともと飲食店一筋で歩んできた料理人ではありません。
本業はパーソナルトレーナー。スポーツトレーナーの専門学校を卒業後、スポーツクラブやパーソナルトレーニングジムで11年間、運動指導に携わってきました。
その後、パーソナルジムの新店舗立ち上げや店長としての店舗運営を経験し、2019年に独立。大阪市福島区で「T-studio」を立ち上げています。
そして2023年、まったく異なる業種となるいか焼き店「奄美堂」を十三で開店しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 納隼人(おさめ はやと) |
| 出身 | 大阪府 |
| 本業 | パーソナルトレーナー |
| 運営 | T-studio |
| 飲食店 | 十三「奄美堂」 |
| 奄美堂開店 | 2023年 |
| 継承した店 | 光栄堂 |
| 名物 | いか焼き |
初めて知ると、「なぜトレーナーが50年以上続いたいか焼きの味を継いだの?」というところが一番気になります。
その答えは、経営上の新規事業というより、納さん自身が十三で育ち、子どものころから光栄堂の味を知っていたことにあります。
個人的には、この背景を知ると奄美堂の見え方がかなり変わります。
有名店の名前だけを買い取って始めた店ではなく、子どものころから食べてきた地元の味を残そうとした人が始めた店だからです。
50年以上続いた光栄堂が閉店した理由
奄美堂のルーツとなったのが、十三で長年営業していた「光栄堂」です。
光栄堂は1970年創業。
名物のいか焼きは50年以上にわたって十三の人たちに親しまれ、親から子、さらに孫へと3世代で通う常連客もいました。
しかし、長く店を続けていた店主の久田正次郎さんが体調を崩したことから営業継続が難しくなり、閉店することになります。
ここは大事なところです。
人気がなくなって閉店したわけでも、味が評価されなくなったわけでもありません。
店主の体調という、個人経営の老舗が抱えやすい事情による閉店でした。
地域に長く愛される小さな店ほど、店主本人の技術や体力に支えられている場合があります。
だからこそ、店主が続けられなくなった瞬間に、
「料理そのものは人気なのに店はなくなる」
ということが起こります。
光栄堂も、その典型的なケースだったと言えるでしょう。
たしかにこれは惜しい話です。
レシピが残っていても、それを実際に作る人、店を経営する人、場所を用意する人がいなければ味は続きません。
そこで登場したのが納隼人さんでした。
納隼人さんが光栄堂の味を継ごうとしたきっかけ
きっかけは、かなり偶然でした。
光栄堂が営業を終えることになったころ、納隼人さんが閉店作業をしていた店の前をたまたま通りかかったのです。
納さんは子どものころから光栄堂のいか焼きを食べてきた地元の1人でした。
そこで閉店することを知り、
「この店を復活させて、みんなでやっていかないか」
という趣旨の提案をします。
元店主の久田正次郎さんも、納さんなら任せてもよいという考えを示し、味の継承へ話が進んでいきました。
ここが奄美堂の誕生で特に面白いところです。
納さんが「有名ないか焼き屋を経営したい」と探していたわけではありません。
閉店する店と偶然再会したことから話が始まっています。
とはいえ、思いだけで50年以上続いた味をそのまま再現できるわけではありません。
光栄堂を営んできた久田さん夫妻の協力を受けながら、昔からの焼き方や味を受け継ぐ準備を進めました。
現在の奄美堂でも、
もちもちした生地にイカと卵を入れ、強めにプレスして薄く焼き、最後にくるくる巻く
という光栄堂から継いだスタイルが特徴になっています。
個人的には、「レシピを受け取った」だけではなく、焼き方まで含めて味を残していることが大事だと感じます。
同じ材料でも、焼く強さや厚み、時間が違えば食感は変わるからです。
クラウドファンディングで奄美堂を復活させるまで
味を引き継ぐことが決まっても、次に必要になるのがお店です。
納隼人さんは奄美堂の開店に向け、クラウドファンディングにも挑戦しました。
2023年7月から支援募集を開始。
当初予定していた場所とは別の場所で開店することになったため、想定よりも内装費が必要になったことも明らかにされています。
計画では、
- 内装工事費:約400万円
- 厨房機器・備品:約100万円
- 人件費を含む運転資金:約100万円
などが必要とされました。
クラウドファンディングのリターンには、奄美堂で使える食事券なども用意されました。
単に寄付を募るだけではなく、
「店ができたら実際に食べに来てほしい」
という形になっていたわけです。
さらに地域の子どもたちが描いたイカのイラストを店内に飾るなど、十三の人たちも復活に関わりました。
そして2023年9月、奄美堂がオープン。
50年以上続いた光栄堂の味が、新しい店名と新しい経営者によって再び提供されるようになりました。
ここは、単なる「老舗の復活」以上に面白いところです。
昔の店をそのままコピーしたのではなく、
昔の味+新しい経営者+地域からの支援
によって再スタートしています。
「奄美堂」という店名の由来
店名にも、光栄堂とのつながりがあります。
「奄美堂」という名前は、光栄堂の元店主・久田正次郎さんの妻、久田和子さんの故郷・奄美大島にちなんで付けられました。
つまり、
光栄堂
↓
奄美堂
と名称は変わっていますが、以前の店との関係を切って新しいブランドにしたわけではありません。
味だけでなく、旧店を営んできた家族とのつながりも名前に残していることになります。
初めて「奄美堂」と聞くと、「大阪・十三なのになぜ奄美?」と思うかもしれません。
由来を知ると、店名にも復活ストーリーが入っていることがわかります。
納隼人さんの本業はパーソナルトレーナー
納隼人さんについて、もう1つ意外なのが本業です。
納さんはパーソナルトレーニング「T-studio」の代表でもあります。
スポーツトレーナーの専門学校を卒業したあと、11年間にわたりスポーツクラブやパーソナルジムで運動指導を経験。
その間には新店舗立ち上げや店長としての店舗経営にも携わっています。
そして2019年に独立し、大阪市福島区でT-studioを開設しました。
つまり奄美堂を始める前から、
トレーナー+経営者
という2つの経験を持っていたわけです。
これは、光栄堂の味を復活させられた理由を考えるときにも重要です。
料理そのものについては久田さん夫妻から受け継げても、
- 店舗を用意する
- 資金を集める
- スタッフを動かす
- 集客する
- 毎日の営業を続ける
には別の力が必要になります。
納さんにはパーソナルジムで店舗経営をしてきた経験がありました。
個人的には、「なぜトレーナーがいか焼き?」という意外性より、すでに店舗を経営していた人だったから復活まで進められたという点の方が重要に思えます。
大東駿介さんが食べた奄美堂のいか焼き
奄美堂には2026年、俳優の大東駿介さんも訪れています。
2026年4月30日に放送された街歩き企画で、大東さんが十三を訪れ、奄美堂のいか焼きを味わいました。
そこで紹介されたのが、光栄堂から受け継いだ昔ながらのいか焼きです。
特徴は、
もちもちした生地+たっぷりのイカ+卵
を強めにプレスして薄く焼くこと。
最後にくるくると巻いて提供するスタイルも受け継がれています。
大東さんも、しっかりプレスされながらイカの食感が残っている点に触れていました。
2026年4月時点の紹介では、いか焼き1枚300円と案内されています。
大阪のいか焼きというと、初めて食べる人は「イカの姿焼き」を想像することがあります。
しかし大阪でいう「いか焼き」は、小麦粉を使った生地にイカを入れて鉄板でプレスして焼く粉もの料理です。
お好み焼きより薄く、手軽に食べられるのが特徴。
奄美堂のいか焼きは、そこに50年以上続いた光栄堂の焼き方が受け継がれています。
奄美堂にはいか焼き以外のメニューもある
奄美堂は「いか焼きの店」として知られていますが、現在はそれだけではありません。
店舗の発信では、
- いか焼き
- お好み焼き
- 焼きそば
なども提供しています。
ただ、初めて訪れるなら、やはり光栄堂から受け継がれたいか焼きから食べてみたいところです。
単に人気メニューというだけではなく、
「この味をなくしたくない」
という思いから奄美堂そのものが誕生したからです。
同じ300円のいか焼きでも、店の背景を知ってから食べると印象は少し変わりそうです。
奄美堂の場所・営業時間・メニュー
奄美堂は、大阪・十三エリアにあります。
旧・光栄堂が親しまれてきた十三で味を残すことに意味があるため、別地域へ移してブランドだけ継承するのではなく、地元で復活しています。
店舗は十三東三仲町通商店街周辺にあり、阪急十三駅から徒歩で訪れられるエリアです。
主なメニューとしては、
| メニュー | 内容 |
|---|---|
| いか焼き | 光栄堂から受け継いだ名物 |
| お好み焼き | 豚玉など |
| 焼きそば | 鉄板メニュー |
| その他 | 店舗案内・当日のメニューで確認 |
2026年4月の紹介では、名物のいか焼きは1枚300円でした。
一方、営業時間や定休日については変更される可能性があります。
小規模な個人店では、仕込みやイベント出店、臨時休業などで営業予定が変わることもあります。
実際に行くなら、
営業時間・定休日・当日の営業状況・食べたいメニューの提供状況
を最新の店舗SNSで確認してから向かうのが安心です。
個人的には、十三まで行くのであれば「いか焼きだけ食べて帰る」というより、周辺の商店街も歩いてみたいところです。
奄美堂が残そうとしているのは1つの料理だけではなく、十三で何世代にもわたって親しまれてきた日常の味でもあるからです。
奄美堂は「昔の店をそのまま再現した店」ではない
奄美堂の歩みを整理すると、
1970年 光栄堂創業
↓
50年以上、十三でいか焼きを販売
↓
店主・久田正次郎さんの体調不良で閉店
↓
閉店作業中に納隼人さんが偶然通りかかる
↓
味を復活させることを提案
↓
クラウドファンディングで資金を集める
↓
2023年9月に奄美堂オープン
という流れです。
この流れを見ると、奄美堂は単なる「復刻店」と少し違います。
昔の店主がそのまま再開したわけではなく、子どものころからその味を知る別の世代が受け継ぎました。
しかも納隼人さんの本業はパーソナルトレーナーです。
トレーナーとして自分の事業を経営しながら、地元から消えそうになった味も守る。
一見まったく違う2つの仕事ですが、「自分が暮らしてきた地域に必要だと思ったものを残す」というところでつながっているように感じます。
光栄堂そのものは閉店しました。
それでも、焼き方やレシピ、常連客の記憶までなくなったわけではありません。
その味を次の世代が受け取り、「奄美堂」という新しい名前で十三に残したことが、納隼人さんとこの店を知るうえで一番大切な部分でしょう。
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