ラトビアの伝統ミトンに魅せられた鈴木亜衣さん
色鮮やかな幾何学模様を編み込むラトビアミトン。その魅力に惹かれ、何度も現地へ通った末にラトビアへ移住した日本人女性が鈴木亜衣さんです。
『グッと!地球便(ラトビアの羊飼いに嫁ぎ 伝統編み物と子育てに奮闘する娘へ)(2026年8月9日)』では、ラトビアミトン作家として活動しながら、羊飼いの夫と幼い娘と暮らす現在の生活が紹介されます。亜衣さんが編み物を始めたのは25歳ごろ。そこから1冊の本との出会いをきっかけに、人生の拠点までラトビアへ移していきました。
この記事でわかること
- 鈴木亜衣さんがラトビアに移住するまで
- ラトビアミトンとの出会いと現地滞在歴
- 羊飼いの夫・娘との現在の暮らし
- ミトン作品やワークショップ活動
鈴木亜衣さんは何者?ラトビアミトンを作る日本人女性
鈴木亜衣さんは、ラトビアの伝統的な手編みミトンを制作している日本人のラトビアミトン作家です。
2026年8月現在40歳。現在は日本ではなくラトビアに暮らし、羊飼いの夫と幼い娘と生活しています。
番組公式の紹介によると、家族が暮らしているのは人里から離れた土地で、約60頭の羊を育てています。鈴木さん自身も子育てをしながら、時間を見つけてミトン制作を続けています。
公開情報から確認できる主な歩みを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 鈴木亜衣さんの歩み |
|---|---|
| 25歳ごろ | 編み物を始める |
| 2010年ごろ | 北海道・十勝へ移住後、編み物に魅了される |
| 2014年 | ラトビアミトンを扱った本と出会う |
| 2017年夏 | 初めてラトビアを訪問 |
| 2018年 | ラトビアを再訪し現地の編み手を訪ねる |
| 2019年 | 再びラトビアに滞在 |
| 2025年ごろ | ラトビアへ移住 |
| 2026年 | 夫・娘とラトビアで生活 |
2021年に紹介されたプロフィールでは兵庫県在住とされているため、少なくともこの時点では日本を拠点にしながらラトビアとの交流を続けていたことがわかります。
つまり、ラトビアへ一度旅行して気に入り、そのまますぐ移住したという経歴ではありません。
10年以上編み物を続け、何度も現地を訪れ、少しずつラトビアとの距離を縮めていった先に現在の暮らしがあるというのが大きな特徴です。
個人的には、この時間のかけ方が印象に残ります。
海外移住という結果だけを見ると大胆な人生に見えますが、その前には何年にもわたって文化や人と関わってきた積み重ねがあります。
鈴木亜衣さんが編み物を始めたきっかけ
鈴木亜衣さんが編み物を始めたのは25歳ごろです。
過去のイベント紹介では、2010年に北海道の十勝地方へ移住して間もないころ、編み物を教えてもらったことがきっかけだったと紹介されています。
最初から「ラトビアミトンを作りたい」と考えて始めたわけではありません。
まず編み物そのものに魅了され、その後さまざまな作品を編む中でラトビアミトンへたどり着きました。
編み物には、
- 毛糸
- 棒針
- 編み目
- 配色
- 模様
といった基本がありますが、ラトビアミトンになると、さらに伝統的な幾何学模様や色の組み合わせが加わります。
同じ「手袋を編む」でも、実用品を作るだけではなく、地域文化や模様の意味まで知っていく楽しさがあります。
鈴木さんがその世界に深く引き込まれたのも、こうした背景があったからなのでしょう。
たしかに編み物は、一度始めると「次は違う模様を編んでみたい」「もっと複雑なものを作ってみたい」と広がっていきやすい趣味です。
その延長線上で、遠く離れたラトビアの伝統文化にまで興味が広がったという流れは、とても自然に感じます。
ラトビアミトンとの出会いは2014年の1冊の本
鈴木亜衣さんの人生を大きく動かしたのが、2014年8月6日に出会ったラトビアミトンの本でした。
過去の本人紹介では、中田早苗さんの著書『ラトビアの手編みミトン』と出会い、ミトンの美しさに衝撃を受けたことが記されています。
すでに編み物を楽しんでいた鈴木さんでしたが、この本をきっかけにさらに編み物へ没頭するようになります。
そして興味は作品だけでなく、
「このミトンが生まれたラトビアという国そのものを知りたい」
という方向へ広がっていきました。
ラトビアはバルト海に面したバルト三国の1つで、エストニアとリトアニアの間に位置します。
日本から見ると決して身近な国とは言いにくく、「ラトビアミトンをきっかけに初めて国名を意識した」という人も多いかもしれません。
鈴木さんも、ミトンという1つの手仕事を入口にして、国そのものへ関心を深めていったことがわかります。
個人的には、この展開がとても面白いところです。
普通なら「きれいな作品だから自分でも編んでみたい」で終わるところを、
「現地へ行って、本場の人から知りたい」
というところまで進んでいきます。
初めてラトビアを訪れたのは2017年
鈴木亜衣さんが初めてラトビアを訪れたのは2017年夏です。
本との出会いが2014年なので、興味を持ってから約3年後に実際に現地を訪れたことになります。
そして一度行っただけではありません。
2018年、2019年にも夏のラトビアを訪れ、現地のニッター、つまり編み物をする人たちを訪ねながら滞在しました。
番組公式の紹介でも、2017年の初訪問以降、繰り返しラトビアに滞在して本場のミトン作りを学んできたことが説明されています。
これはかなり大事なポイントです。
本を見れば模様そのものを再現することはできます。
しかし、現地へ行けば、
- どのような毛糸を使うのか
- どんな場面でミトンを使うのか
- 地域によって模様はどう違うのか
- 編み手が何を大切にしているのか
- どのように文化が受け継がれているのか
といった、本だけではわからない部分まで触れられます。
ラトビア国立歴史博物館にもミトンを含む伝統衣装・織物の大規模なコレクションがあり、衣服・織物だけで約2万5000点を所蔵しています。
19〜20世紀のミトンや手袋の編み物文化についても写真資料が残されており、単なる観光土産ではなく、ラトビアの生活文化を理解するうえで重要な手仕事であることがわかります。
なぜラトビアへ移住したのか
鈴木亜衣さんは、2026年8月の番組紹介では「1年前にラトビアへ移住した」とされています。
そのため、移住したのは2025年ごろと考えられます。
ただし、「この出来事だけが理由で移住した」という詳しい経緯までは、現在確認できる公開情報では明らかになっていません。
ここは予想で補わない方がよいところです。
確認できる事実としては、
2014年にラトビアミトンと出会う
↓
2017年に初めてラトビアを訪れる
↓
2018年、2019年にも滞在
↓
日本でラトビアミトン作家として活動
↓
2025年ごろラトビアへ移住
という長い流れがあります。
少なくとも突然の思いつきによる移住ではなく、10年以上続いてきたラトビアとの関係の先に現在の生活があることはわかります。
ラトビアに興味を持ったきっかけはミトンでした。
そこから現地の編み手を訪ね、何度も滞在し、最終的には自分自身がその土地で暮らすようになったわけです。
「好き」が趣味で終わらず、住む場所まで変えてしまったというのは、初めて知ると少し驚きます。
一方で10年以上の歩みを順番に見ると、むしろ少しずつ自然に近づいていったようにも見えます。
羊飼いの夫との暮らしと現在
現在の鈴木亜衣さんは、羊飼いの夫と幼い娘の3人でラトビアに暮らしています。
番組公式情報によると、自宅周辺は人里離れた環境で、家族で約60頭の羊を育てています。
「ラトビアミトン作家」と「羊飼いの夫」という組み合わせは、どこか物語のようにも感じます。
ただし、夫の名前、詳しい経歴、2人が出会った時期や場所などは、今回確認できた公開情報では明らかになっていません。
そのため、夫婦のなれそめについては推測せず、確認できる情報だけを見る必要があります。
現在、鈴木さんにとって生活の中心になっているのが子育てです。
これまでミトン作りへ強い情熱を注いできましたが、幼い娘を育てる現在は、以前と同じように自由な時間を確保できるわけではありません。
番組紹介でも、現在は子育ての合間に編むのが精いっぱいという様子が伝えられています。
ここは意外に現実的です。
「憧れの国へ移住して好きなことを仕事にする」と聞くと、とても自由な生活を想像します。
しかし実際には、
子育て
羊との暮らし
家事
ミトン制作
を同時にこなす日々です。
個人的には、この部分を知ると鈴木さんの暮らしがぐっと身近に感じられます。
好きな土地に住めばすべてが理想どおりになるのではなく、好きなことを続けるための時間を日常生活の中でどう作るかという悩みは、日本で暮らしていてもラトビアで暮らしていても変わらないのかもしれません。
ラトビアミトンとは?長く受け継がれてきた伝統
ラトビアミトンは、ラトビアで長く受け継がれてきた伝統的な手編みのミトンです。
番組公式では、ラトビアで1000年以上前から編まれてきたものとして紹介され、魔除けや幸福への願いを込めた美しい幾何学模様が特徴と説明されています。
一方、歴史資料として現在確認しやすいのは、主に近世以降のものです。
ラトビア国立歴史博物館には、ラトビアの伝統衣装や織物に関する約2万5000点の資料が収蔵されており、19〜20世紀のミトンや手袋の編み物文化を伝える写真資料も保存されています。
博物館側も、現在残る衣服や生活用織物が、さらに古い世代から受け継がれてきた手仕事の伝統を示しているとしています。
ラトビアの伝統的な織物や衣装では、地域ごとに色や模様にも違いがあります。
幾何学模様はミトンだけでなく、
- ベルト
- 帽子
- スカーフ
- 衣服
- 装飾品
などにも使われています。
ラトビアを代表する伝統織物「リエルヴァールデ帯」の模様も、現在ではラトビア文化を象徴するデザインの1つとして扱われています。
つまり、ラトビアミトンの模様を「かわいい北欧風デザイン」とだけ考えると、その魅力の半分しか見えてきません。
長い時間をかけて地域で受け継がれてきた手仕事と模様の文化を、手のひらサイズの編み物に凝縮したものと考えると、その価値がわかりやすくなります。
ラトビアミトンは普通の手袋と何が違う?

見た目でわかりやすい違いは、やはり細かな幾何学模様です。
シンプルな単色の手袋と比べると、複数の色を使いながら模様を繰り返して編むものが多く見られます。
ただし、デザインだけが違うわけではありません。
伝統的な手仕事では、模様や配色、技法が世代を超えて受け継がれてきました。
ラトビア国立歴史博物館に保存されている19〜20世紀の写真資料にも、羊毛の処理から完成したミトンまで、編み物が作られる過程が記録されています。
完成品だけではなく、
羊毛→糸→編み物→生活用品
という一連の暮らしの中にミトンがあったことがわかります。
現在の鈴木亜衣さんが羊飼いの夫と暮らしていることを知ると、この点も興味深く感じます。
ただし、現在飼育している羊の毛を鈴木さん自身のミトン作品へ使用しているかどうかまでは、公開情報では確認できません。
ここは同じ「羊」と「編み物」でも、事実として結びつけないよう注意したいところです。
鈴木亜衣さんは日本でも作品展示や販売を行ってきた
鈴木亜衣さんはラトビアへ移住する以前から、日本国内でラトビアミトンの制作・展示・販売活動を行ってきました。
2021年には北海道のイベントでラトビアについて話すイベントに参加し、鈴木さんが制作したラトビアミトンなどの展示販売も行われています。
また、2021年には羊毛フェルト作家との二人展で、ラトビアミトン作家として作品を展示した記録も残っています。
こうした活動を見ると、単に自分の趣味として編んでいるだけではなく、
ラトビアの手仕事を日本の人へ伝える活動
も続けてきたことがわかります。
作品を見るだけで「きれい」で終わるのではなく、鈴木さんを通して、
「ラトビアってどんな国なのだろう」
「この模様にはどんな背景があるのだろう」
と文化そのものへ関心が広がるところも、作家活動の特徴と言えそうです。
ワークショップでもラトビアの模様を伝えてきた
鈴木亜衣さんは、作品展示だけでなくワークショップ活動にも関わっています。
2023年12月には阪神梅田本店で、「バルトのしあわせミトン絵付けワークショップ」の講師として鈴木さんの名前が掲載されています。
この企画では、ラトビアで受け継がれてきたミトンの模様について知りながら、木製のミトン型へ絵付けをする内容が用意されていました。
なお、この日は体調不良により鈴木さん本人は当日欠席していますが、企画段階からラトビアミトン作家として参加していたことが確認できます。
2019年には関西日本ラトビア協会のイベントにもゲストとして参加。
自作のラトビアミトンを見せながら、
ラトビアを知ったきっかけや、現地でミトンを通して経験したこと
について話しています。
これまでの活動を並べると、
作品を作る
↓
作品を販売する
↓
ラトビアについて話す
↓
ワークショップで模様を体験してもらう
↓
実際にラトビアへ移住する
という流れになっています。
個人的には、この点が鈴木亜衣さんの活動を理解するうえでいちばん大事だと感じます。
「ラトビアのミトンを日本で作っている人」から始まり、今ではその文化が生まれた土地そのものに暮らしながら制作する人になったからです。
鈴木亜衣さんの作品は現在どこで買える?
過去には日本国内のイベントなどで、鈴木亜衣さんが制作したラトビアミトンの展示・販売が行われたことを確認できます。
ただし、2026年8月現在、常設のオンラインショップや日本国内の常設販売店について、今回確認できた公開情報からは確実な販売先を特定できませんでした。
そのため、
「このサイトでいつでも買える」
と断定することはできません。
現在はラトビアに移住し、幼い娘の子育てをしながら制作している状況でもあります。番組公式でも、以前と比べて制作時間を十分に取ることが難しい様子が紹介されています。
実際に作品購入や今後のワークショップ参加を希望する場合は、本人がこれまで活動情報を発信してきたSNSなどで最新の展示・販売・イベント情報を確認するのが確実です。
過去に販売実績があることと、「現在いつでも注文できる」ことは別なので、この点は確認してから動きたいところです。
鈴木亜衣さんの現在を知ると移住までの流れが見えてくる
鈴木亜衣さんの歩みを振り返ると、最初から海外移住を目指していたわけではありません。
25歳ごろに編み物を始める
↓
2014年にラトビアミトンの本と出会う
↓
2017年に初めてラトビアへ行く
↓
何度も現地を訪れて編み手から学ぶ
↓
日本で作品展示や文化を伝える活動を続ける
↓
2025年ごろラトビアへ移住
↓
現在は羊飼いの夫・娘と暮らしながら制作
という流れです。
1冊の本との出会いから始まった興味が、10年以上かけて人生そのものへ広がっていきました。
初めて聞くと「ミトンが好きでラトビアに移住した女性」という部分が目を引きます。
ただ、詳しく見ていくと、本当に興味深いのはその結果よりも好きな文化と長く関わり続けてきた過程です。
現在は憧れていた土地で暮らしていますが、子育てによって制作時間が限られるという新しい現実にも向き合っています。
それでもラトビアミトンへの情熱を持ち続けている鈴木亜衣さん。
これから子育てが落ち着いたとき、現地での生活経験がどのような新しい作品につながっていくのかも気になるところです。
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