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テイヤナ・カワシマ・ストイコビッチの1万円の善意とその後|『ザ!世界仰天ニュース』で描かれる東京五輪の奇跡

人物

東京五輪の金メダルを救った「見ず知らずの25歳女性」

2026年9月8日放送の『ザ!世界仰天ニュース』では、東京オリンピックで競技会場を間違え、失格寸前の大ピンチに陥ったジャマイカのトップ選手と、偶然出会った日本人女性の物語が紹介されます。

この選手は、男子110mハードルのハンスル・パーチメント(Hansle Parchment)。そして彼を救った女性は、当時25歳の東京2020大会ボランティア、テイヤナ・カワシマ・ストイコビッチ(Teiyana Kawashima Stojkovic)さんです。

彼女が差し出したのは、手元にあった1万円札。その小さな親切が、のちにオリンピック金メダル、世界中で拡散された恩返し動画、さらにジャマイカ政府による招待へとつながっていきました。

この記事でわかること

  • 『ザ!世界仰天ニュース』で紹介される日本人女性とジャマイカ選手の正体
  • テイヤナさんがパーチメントを1万円で助けた詳しい経緯
  • 金メダル獲得後に行われた「恩返し」の内容
  • 約4年越しで実現したジャマイカ招待と2人のその後

助けた女性はテイヤナ・カワシマ・ストイコビッチさん

 

番組で「見ず知らずの25歳女子」と紹介されている女性は、東京2020オリンピックでボランティアをしていたテイヤナ・カワシマ・ストイコビッチさんです。

2021年当時の海外記事では「Tijana Stojkovic」「Tijana Kawashima Stojkovic」と表記されることが多く、2025年のジャマイカ政府系機関では「Teiyana Kawashima Stojkovic」と記載されています。この記事では、現在のジャマイカ政府の表記に合わせて「テイヤナ」としています。

当時25歳だったテイヤナさんは、ハンスル・パーチメントがオリンピック金メダリストになることを知って助けたわけではありません。

本人は後に、「自分が同じ状況なら助けてもらいたいと思うから助けた」という趣旨を説明しています。つまり、相手が世界的な陸上選手だから特別扱いしたのではなく、困っている一人の人を目の前にして動いたのです。

ここが、この出来事が今でも語り継がれている大きな理由でしょう。

パーチメントはなぜ競技会場を間違えたのか

事件が起きたのは2021年8月3日。パーチメントが男子110mハードルの準決勝へ向かっていた時でした。

選手村からバスに乗ったものの、音楽を聴きながら移動していたパーチメントは、自分が違うバスに乗ってしまったことに気づくのが遅れました。

到着したのは陸上競技が行われるオリンピックスタジアムではなく、水泳などが行われるエリアでした。

スタッフから示された通常のルートは、一度選手村まで戻り、そこから正しいバスに乗り直す方法。

ただ、それでは競技に間に合ったとしても、十分なウォーミングアップをする時間がほとんど残らない状況でした。

110mハードルは、わずか13秒ほどで10台のハードルを越えていく非常に繊細な競技です。スタート前の身体づくりやリズム確認ができなければ、トップ選手でも致命的になりかねません。

パーチメントにとって、まさにオリンピック人生が終わりかねない瞬間でした。

手元にあった1万円札をそのまま渡した

そこでパーチメントが助けを求めたのが、ボランティアとして働いていたテイヤナさんでした。

大会運営には厳格なルールがあり、ボランティアだからといって自由に選手を車で送れるわけではありません。

それでも何とか助けたいと考えたテイヤナさんは、自分が持っていた1万円札をパーチメントに渡しました。

World Athleticsによると、それは彼女がその時持っていた唯一の紙幣だったとされています。パーチメントはそのお金でタクシーを利用し、オリンピックスタジアムへ向かいました。

ところが、ここでも安心できません。

タクシーは交通渋滞に巻き込まれ、パーチメント自身も「パニックになり始めた」と振り返っています。

車内でゼッケンをユニフォームにつけ、水を飲みながら準備。最終的にはレースの最終招集のおよそ40~45分前に到着し、短縮した形ながらウォーミングアップを行うことができました。

たった1万円が、世界最高峰のレースに立つための時間を買ったことになります。

準決勝を突破し翌日に金メダル

パーチメントは大混乱の直後にもかかわらず、準決勝で13秒23をマークして決勝へ進出しました。

そして翌8月5日の決勝。

最大の優勝候補だったアメリカのグラント・ホロウェイは、この年ほぼ無敵の強さを誇っていました。決勝でも前半はホロウェイが先行します。

しかし終盤にパーチメントが追い上げ、最後のハードルから一気に逆転。

13秒04のシーズンベストで金メダルを獲得しました。

2位のホロウェイは13秒09、3位は同じジャマイカのロナルド・レヴィで13秒10。わずかな差で決まった大逆転でした。

もしテイヤナさんに出会っていなければ、そもそもこの決勝に進めていなかった可能性があります。

パーチメント自身も後に、彼女に出会っていなければ決勝には進めなかったという趣旨で感謝を語っています。

金メダルを取ったパーチメントが女性を探しに戻った

この話が世界的に知られるようになったのは、金メダル獲得だけが理由ではありません。

パーチメントは大会後、「助けてもらって終わり」にしませんでした。

自分を救ってくれたボランティアを探すため、再びあの場所へ向かいます。

そしてテイヤナさんを見つけると、借りていた1万円を返し、金メダルを見せ、さらにジャマイカ代表のシャツをプレゼントしました。

その一連の様子を収めた動画がSNSに投稿されると、一気に世界へ広がりました。World Athleticsも、パーチメントのInstagram動画が世界的に拡散された出来事として紹介しています。

テイヤナさんにとっては、困っている人に1万円を渡しただけだったはずです。

ところが数日後には、その相手がオリンピック王者となり、自分の行動まで世界中から注目されることになりました。

ジャマイカ政府が豪華旅行をプレゼント

話はさらに大きくなります。

2021年8月、ジャマイカのエドモンド・バートレット観光相は、テイヤナさんをジャマイカへ全額招待することを正式に発表しました。

当初発表されたプランには、ネグリルやモンテゴベイなどの高級リゾートホテルへの滞在も含まれていました。

単なる選手個人からのお礼ではなく、国として「ありがとう」を伝える規模にまで発展したわけです。

ただし、当時は新型コロナウイルスの影響が続いていたため、旅行はすぐには実現しませんでした。

約4年後の2025年、ついにジャマイカへ

そして2025年2月17日。

テイヤナさんは家族とともにジャマイカへ到着しました。

東京五輪から約4年越しで、ジャマイカ政府からの招待がついに実現したのです。ジャマイカ政府の観光当局によると、家族を含めて約1週間にわたり歓迎されました。

滞在中にはジャマイカを代表する観光名所ダンズ・リバー・フォールズなどを訪問。

さらにキングストンのボブ・マーリー博物館では、パーチメント本人との再会も実現しました。

2021年に東京で偶然出会った2人が、4年後にはパーチメントの祖国で再会したことになります。

ジャマイカ首相とも対面する存在に

テイヤナさんの行動はスポーツ界だけの出来事では終わりませんでした。

2025年のジャマイカ訪問では、アンドリュー・ホルネス首相と一緒に撮影された姿も報じられています。

「困っている選手に1万円を渡した25歳のボランティア」が、数年後にはその国を代表する人々から歓迎される存在になったのです。

ジャマイカ政府は、この出来事を単なる金メダル秘話ではなく、日本とジャマイカの友好を象徴するエピソードとしても扱っています。

テイヤナさん本人は2025年の訪問でも、温かく迎えてくれた人々への感謝を口にしていました。

実用情報|人物名を検索するときの表記

放送後に本人について調べる場合、名前の表記が複数ある点には注意が必要です。

2021年当時の記事では、

Tijana Stojkovic
Tijana Kawashima Stojkovic

という表記が中心でした。

一方、2025年のジャマイカ観光省やJamaica Information Serviceでは、

Teiyana Kawashima Stojkovic

と記されています。

日本語で探す場合は「ティヤナ・ストイコビッチ」「テイヤナ・カワシマ・ストイコビッチ」など、複数の表記で検索すると関連情報を見つけやすくなります。

まとめ

『ザ!世界仰天ニュース』で紹介される、ジャマイカのスター選手を救った女性は、東京2020大会ボランティアだったテイヤナ・カワシマ・ストイコビッチさんです。

彼女がハンスル・パーチメントに渡したのは1万円。それによってパーチメントはタクシーで競技場へ向かうことができ、準決勝を突破。そして翌日の決勝で13秒04を記録し、オリンピック金メダリストになりました。

パーチメントはその親切を忘れず、彼女を探し出して金メダルを見せ、お金を返し、ジャマイカ代表シャツをプレゼント。その動画が世界へ広がったことで、今度はジャマイカという国全体が彼女へ恩返しする展開になりました。

そして2025年、約4年越しに家族でジャマイカを訪れ、パーチメントとも再会しています。

「1万円を貸した」という一瞬の判断が、オリンピックの歴史だけでなく、2人の人生をつなぐ出来事になったというのが、この物語の一番印象的なところです。

参考リンク

『ザ!世界仰天ニュース』日本テレビ公式サイト

Jamaica Ministry of Tourism「Jamaica Hosts Volunteer from Tokyo Olympics」

World Athletics「How a roll of the dice helped Parchment get gold」


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