星野真里が走る理由は、娘・ふうかさんと歩んだ11年にある
俳優の星野真里さんが、11歳の娘・ふうかさんへの思いを胸に長時間のチャリティーマラソンへ挑みます。ふうかさんは国指定難病の先天性ミオパチーとともに生活し、2026年夏には大きな手術も経験しました。『24時間テレビ49(わたしの家族の話~あなたは誰を想う?~)(2026年8月29日・30日)』で走る母と、それを支える娘。2人の挑戦の背景には、単なる「母娘の絆」では語りきれない家族11年の歩みがあります。
この記事でわかること
- 星野真里さんがチャリティーマラソンを走る理由
- 娘・ふうかさんの先天性ミオパチーと現在の生活
- 2026年夏に母娘がそれぞれ挑んだ大きな出来事
- 家族が目指している「子どもが居場所を選べる社会」
星野真里が走る最大の理由は娘・ふうかさんの存在
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(出典:マイナビ子育て「星野真里さんが娘・ふうかさんと歩んできた10年」)
星野真里さんが今回走る理由の中心にあるのは、娘・高野ふうかさんとの暮らしです。
ふうかさんは、筋肉の難病「先天性ミオパチー」を抱えています。電動車いすで移動し、呼吸を助ける人工呼吸器も利用しながら生活しています。
そんな娘と11年間を過ごすなかで、星野さんが強く願うようになったのが、障がいの有無などによって子どもたちが分けられることなく、「自分が過ごしたい居場所を自分で選べる社会」でした。
走ること自体がゴールなのではありません。
星野さんは、自分が走る姿を通して、どうすればもっと多くの子どもがやりたいことに挑戦できるのか、社会全体で考えるきっかけを作ろうとしています。
2026年7月下旬には、練習の集大成として約30kmを走破。本格的なスポーツ経験が豊富だったわけではありませんが、周囲のサポートを受けながら走り続けてきました。
娘・高野ふうかさんは11歳、2歳で先天性ミオパチーと診断
ふうかさんは2015年7月30日生まれ。2026年7月に11歳になりました。
幼いころから筋力の弱さがあり、2歳のときに先天性ミオパチーと診断されています。
先天性ミオパチーは、生まれつき筋組織に構造上の問題があり、乳幼児期などから筋力や筋緊張の低下がみられる病気の総称です。
症状や重症度には大きな個人差があり、運動発達の遅れだけでなく、呼吸障害、側弯、関節の拘縮、摂食に関する問題などを伴うケースもあります。
根本的な治療法は確立しておらず、それぞれの症状に合わせ、呼吸管理やリハビリテーションなどの治療・支援が行われます。
ふうかさんは電動車いすを自分で操作しています。
電動車いすに乗り始めたのは4歳ごろ。成長するにつれて自分で行動できる範囲も広がり、学校生活や友人との外出など、さまざまな経験を積み重ねてきました。
2026年夏は娘が大手術、母がマラソンに挑む特別な夏になった
2026年の夏は、高野家にとって大きな節目になりました。
11歳になったばかりのふうかさんが8月、側弯症に対する大きな手術を受けています。
一方、母の星野さんもチャリティーマラソンに向けた本格的な練習の最中でした。
ふうかさんは母に、自分も人生で一番大きな手術を頑張るから、ママもマラソンを頑張ってほしいという思いを伝えました。
星野さんにとっては、自分の挑戦が娘の挑戦を後押しすることにもなった瞬間でした。
「母が娘を励ます」という一方向の関係ではありません。
手術を乗り越える娘と、走り切ろうとする母がお互いの背中を押す夏になったことが、今回の挑戦をより特別なものにしています。
星野さんは、娘の入院やリハビリに付き添い、家事や仕事をこなしながらマラソンの準備も続けてきました。
だからこそ今回の挑戦には、単に「長距離を完走できるか」という以上の意味があります。
病気が分かったとき家族が決めた「謝らない育児」
ふうかさんの病気が分かったころ、星野さんは、自分のお腹で育てた娘に対して「自分が悪かったのではないか」という罪悪感を抱えていました。
そんな星野さんに大きな影響を与えたのが、夫の高野貴裕さんの言葉でした。
高野さんは、娘は何かを謝られるような存在ではないのだから、病気について娘に謝るのはやめようと星野さんに伝えています。
その言葉をきっかけに、星野さん自身も考え方を変えていきました。
大切なのは「ごめんね」ではなく、娘が生きていることそのものへの感謝だと受け止めるようになったのです。
夫婦はさらに、娘の生活に必要な制度や福祉について学び、2人とも社会福祉士の資格を取得しました。
子育てをしながら制度を利用するだけではなく、自分たち自身が福祉の知識を深めた点は、この家族の歩みを考えるうえで大きな特徴です。
病気の公表を決めたのは、ふうかさん自身の「知ってほしい」という思い
家族がふうかさんの病気を公表したのは2024年9月です。
その背景には、ふうかさん自身の思いがありました。
自分と同じように障がいやさまざまな事情を抱えて暮らしている人に情報を届けたいという気持ちから、家族はInstagramで日常を発信するようになります。
星野さんが特に驚かされたのは、人から見られることを怖がるのではなく、むしろ「もっと私を知ってほしい」という娘の姿勢でした。
車いすで外出すれば、周囲の視線を感じる場面もあります。
それでも自分の生活や挑戦を外へ伝えていく。
星野さんは、そんな娘の強さや好奇心から多くを学んでいると話しています。
2025年には親友と「子どもだけのお出かけ」に挑戦していた
今回の挑戦につながる出来事の1つが、2025年にふうかさんが経験した「子どもだけのお出かけ」です。
ふうかさんには以前から、大人に付き添ってもらうのではなく、友達だけで出かけてみたいという願いがありました。
そこで親友と一緒に原宿、新大久保、お台場などを巡る外出に挑戦。
普段から大人のサポートを必要とするふうかさんにとって、自分たちだけで移動することは大きな冒険でした。
街には狭い通路や段差など、車いすを利用して初めて分かる壁もあります。
それでも「行ってみたい」「やってみたい」という本人の希望を起点に挑戦する。
この経験は、今回掲げられた「できた!を増やす」という考え方にもつながっています。
できないことを先に決めるのではなく、必要な環境や支援があればできることを増やしていく。この視点こそ、星野さんが娘との生活から社会に伝えようとしているものです。
「できた!を増やす子ども募金」は電動車いすなど子どもの挑戦を支援
星野さんの思いを受けて設けられたのが、「できた!を増やす子ども募金」です。
寄付金は、電動車いすの贈呈をはじめ、子どもたちが自分の夢をかなえるための支援に活用されます。
星野さん自身、娘の電動車いすとの生活を間近で見てきました。
車いすは単なる移動手段ではありません。
自分で「ここへ行きたい」と考え、自分で進むことのできる範囲を広げる道具でもあります。
ふうかさんが電動車いすを操作して友達と出かけてきた経験を考えると、「できた!」という言葉にはかなり具体的な意味があります。
誰かが代わりにすべてをしてあげるのではなく、必要な道具や環境を整えることで、本人が自分で選び、挑戦できる機会を増やすことが目的です。
家族11年の歩みは『さいごにきみと笑うのだ』にも綴られている
星野さんは2026年1月、娘との10年間を綴ったエッセイ『さいごにきみと笑うのだ ふうかと紡ぐ ふつうの日々と ふつうじゃない幸せ』を刊行しました。
全192ページで、ふうかさんとの日常や成長、家族の会話など24のエピソードが収められています。
ふうかさん自身も会話部分だけでなく、挿絵や書き文字などで本作に参加しています。
タイトルにある「さいご」は、人生の最期だけを意味しているわけではありません。
1日の最後、1年の最後、そして人生の最後。
そのときに、大切な人と「楽しかったね」と笑いたいという星野さんの思いが込められています。
病気との生活だけを切り取った本ではなく、娘と暮らしてきた時間そのものを残した家族の記録です。
星野真里・ふうかさん親子が伝えているのは「できる場所を増やす」ということ
星野さんが目指しているのは、すべての子どもが同じことをできる社会というより、それぞれの子どもが自分のやりたいことや居場所を選択できる社会です。
ふうかさん自身も、電動車いすで学校へ行き、友達と出かけ、自分の生活をSNSで発信し、大きな手術にも挑戦してきました。
母はマラソン。
娘は手術。
形はまったく違いますが、2026年夏は親子それぞれが自分の大きな挑戦に向き合うことになりました。
星野さんが走る姿の背景を知ると、このマラソンで本当に伝えたいものが見えてきます。
それは、「頑張れば何でもできる」という単純な話ではありません。
必要な支援や道具、周囲の理解があれば、これまで難しかったことが「できた!」に変わることがある。
母娘が積み重ねてきた11年間そのものが、そのメッセージにつながっています。
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