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津久井やまゆり園は事件後どう変わった?職員たちの葛藤と支援見直しの10年【クローズアップ現代】

社会

事件から10年、いま改めて問われること

2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者支援施設で、19人の命が奪われ、27人が負傷しました。事件から10年を迎えたいま、問われているのは加害者の思想だけではありません。施設の支援はどうあるべきだったのか、本人の意思は尊重されていたのかという問いです。『クローズアップ現代「津久井やまゆり園 職員たちの10年」(2026年7月27日放送)』では、当時の職員たちが抱えてきた葛藤と、その後の支援の変化が取り上げられます。

この記事でわかること

  • 津久井やまゆり園が事件後どう変わったのか
  • 職員が自分たちの支援を問い直す理由
  • 意思決定支援と地域生活移行の意味
  • 事件から10年たっても残る社会の課題

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津久井やまゆり園は事件後どう変わったのか

結論からいうと、津久井やまゆり園は事件前と同じ形に戻されたのではありません。

事件後、利用者は別の施設などで生活しながら、今後どこでどのように暮らしたいのかを確認する意思決定支援を受けました。その結果を踏まえ、元の場所に再建された津久井やまゆり園と、横浜市内に新設された芹が谷やまゆり園を中心に、生活の場が再編されています。

新しい津久井やまゆり園は2021年8月、芹が谷やまゆり園は同年12月に開所しました。

事件前の津久井やまゆり園は、100人を超える利用者が暮らす大規模な施設でした。一方、再建後は施設を小規模化し、居住空間も少人数の単位に分けることで、利用者一人ひとりの生活や希望を把握しやすくする方向へ見直されています。

ここで大切なのは、建物が新しくなったことだけではありません。

支援する側が決めた生活に利用者を合わせるのではなく、本人が望む暮らしを一緒に探すことが、再生の中心に置かれた点です。

施設の再建と聞くと、壊れた建物を造り直した話だと考えがちです。しかし実際には、支援の考え方そのものを組み立て直す取り組みでもありました。個人的には、この違いを知っているかどうかで、事件後の10年の見え方が大きく変わると感じます。

職員たちはなぜ自分たちの支援を問い続けるのか

事件を起こしたのは、津久井やまゆり園で働いていた元職員でした。

元職員は、重い障害のある人の命に価値がないとする差別的な考えを犯行の理由として語りました。もちろん、その思想や犯行の責任を、当時一緒に働いていた職員たちに負わせることはできません。

それでも同僚だった職員たちは、「職場の中で何かできなかったのか」「自分たちの支援や価値観に問題はなかったのか」という問いを抱え続けてきました。

その背景には、施設で行われていた支援を振り返るなかで、利用者の安全や管理が優先され、本人の希望が十分に確かめられていなかったのではないかという反省があります。

安全を守ることは、障害者支援に欠かせません。

しかし、「危険だから外出させない」「混乱を避けるために生活時間をそろえる」といった判断が積み重なると、支援する側に悪意がなくても、本人が選ぶ機会は少なくなっていきます。

神奈川県が制定した当事者目線の障害福祉推進条例でも、かつては安全を優先するという理由で管理的な支援が行われてきたこと、その反省から本人の意思を尊重する支援への転換が必要になったことが示されています。

たしかにこれは簡単な問題ではありません。

現場では、少ない職員で多くの利用者を支えなければならないこともあります。事故を防ぎながら一人ひとりの希望に応えるには、人員、時間、専門的な知識が必要です。

だからこそ、職員個人の努力だけに任せるのではなく、施設の運営方法や福祉制度を含めて考える必要があります。

意思決定支援とは本人の希望を一緒に探すこと

意思決定支援とは、支援者や家族が本人に代わってすべてを決めるのではなく、本人が何を望んでいるのかを丁寧に確かめ、選択や決定を支える取り組みです。

言葉による意思表示が難しい人の場合、「本人に聞いても分からない」と思われるかもしれません。

しかし、意思は言葉だけに表れるものではありません。

普段の表情やしぐさ、好きな場所、苦手な音、食事の好み、外出時の反応、これまでの生活歴などにも、その人の希望を知る手がかりがあります。

津久井やまゆり園の利用者に対する意思決定支援では、職員が事件前後の様子や生活歴、日常の意思表示を整理し、家族や専門家を交えて、本人が望む生活を検討する手続きが取られました。

たとえば、施設で暮らし続けるのか、グループホームへ移るのかという大きな選択だけが意思決定ではありません。

日常生活にも、さまざまな選択があります。

  • 何を食べたいのか
  • どの服を着たいのか
  • どこへ出かけたいのか
  • 誰と過ごしたいのか
  • 何時に休みたいのか

こうした小さな選択を積み重ねることが、「自分の生活を自分で決める」という感覚につながります。

初めて知ると少し驚きますが、これまで当たり前に支援と考えられてきた行為が、本人の選択を狭めていた可能性もあります。

意思決定支援は、本人の希望を何でもそのまま実現することではありません。安全面や生活環境も考えながら、できない理由を先に探すのではなく、どうすれば希望に近づけるかを一緒に考えることが重要です。

地域生活移行は施設から追い出すことではない

事件後の再生で、意思決定支援とともに重視されたのが地域生活移行です。

地域生活移行とは、障害のある人が大規模施設だけでなく、グループホームや自宅など、地域の中で暮らせる選択肢を増やす取り組みです。

ただし、施設から全員を出せばよいという意味ではありません。

長く暮らしてきた施設に安心感を持つ人もいれば、地域のグループホームで少人数の生活を望む人もいます。家族との距離、医療的な支援、夜間の職員体制などによっても、適した生活環境は異なります。

重要なのは、行政や施設が先に生活場所を決めるのではなく、本人の希望や状態に応じて選べることです。

現在の津久井やまゆり園も、利用者本人が望む暮らしの実現を運営の柱に置き、さまざまな経験や体験を通じて、地域生活の可能性を広げる取り組みを進めています。2026年度の園の発信でも、重い障害がある人についても、本人の可能性を引き出し、その人らしく地域で暮らせることを目指す方針が示されています。

実際に生活場所を選ぶ場合は、次の点を丁寧に確認する必要があります。

  • 夜間や緊急時の支援体制
  • 医療機関との連携
  • 職員の人数と支援経験
  • 日中活動や外出の機会
  • 家族が訪問しやすい距離
  • 本人がその場所で落ち着いて過ごせるか

個人的には、「施設か地域か」という2択で考えないことが大事だと思います。

どちらが正しいかではなく、その人が安心でき、自分らしい生活を送れる場所はどこなのかを考えなければなりません。

「当事者目線の障害福祉」で変えようとしているもの

事件後、神奈川県は当事者目線の障害福祉という考え方を打ち出しました。

これは、支援する側が「本人のためになる」と考えたことを一方的に行うのではなく、障害のある本人の立場に立ち、その願いや心の声を受け止めながら支援する考え方です。

2023年4月には、神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例が施行されました。

条例では、障害者一人ひとりの自己決定を尊重すること、本人が希望する場所でその人らしく暮らせること、障害を理由とする差別や虐待をなくすことなどが重視されています。

ただし、条例ができただけで、現場がすぐに変わるわけではありません。

本人の気持ちを理解するには、長い時間をかけて関係を築く必要があります。職員の配置に余裕がなければ、一人ひとりと向き合う時間を確保することも難しくなります。

また、「本人のため」という言葉が、支援者側の都合を隠すものになっていないか、定期的に振り返ることも欠かせません。

利用者の生活を見るときは、事故が起きていないかだけでなく、次のような視点も必要です。

本人が選べているか、楽しみを持てているか、地域の人とつながれているか、嫌なことを嫌だと示せているか。

支援の質は、建物の新しさや設備の多さだけでは判断できません。実際に施設やサービスを選ぶ家族にとっても、ここは確認したいところです。

事件から10年たっても優生思想が問われる理由

津久井やまゆり園事件で社会に突きつけられたのが、優生思想の問題です。

優生思想とは、人を能力や健康状態などで分け、特定の人の命や存在を劣ったものとして扱う考え方です。

事件を起こした元職員の主張は、明確に否定されなければなりません。しかし同時に、その考えを一人の異常な人物だけの問題として片づけると、社会の中にある差別を見落としてしまいます。

私たちは日常の中でも、無意識に人の価値を「働けるか」「一人で生活できるか」「周囲の役に立つか」で判断してしまうことがあります。

介助を必要とする人を一方的に「かわいそうな人」と見ることも、その人の意思や個性を見えにくくする可能性があります。

神奈川県は事件後、「ともに生きる社会かながわ憲章」を定め、すべての命を大切にし、誰もがその人らしく暮らせる地域社会を目指す方針を掲げました。事件から10年を迎えた2026年にも、追悼とともに、当事者目線の障害福祉を考える取り組みが続けられています。

人の価値は、できることの多さで決まるものではありません。

言葉を話せなくても、一人で食事ができなくても、その人には好き嫌いがあり、安心できる人がいて、日々の暮らしがあります。

当たり前のことのように見えますが、個人的には、この当たり前を社会全体で守り続ける難しさこそ、事件から10年後も考えるべき点だと感じます。

職員だけに責任を背負わせてはいけない

当時の職員が自分たちの支援を振り返ることには、大きな意味があります。

一方で、「元職員の考えを止められなかったのは同僚の責任だ」と単純に結論づけるべきではありません。

犯行の責任は犯行を実行した本人にあります。

職員たちの悔恨は、法的な責任を認める言葉ではなく、自分たちが働いていた施設や社会の中に、差別的な考えを許してしまう土壌がなかったかを問い直すものとして受け止める必要があります。

また、支援の問題を現場職員の姿勢だけに求めるのも適切ではありません。

大規模な集団生活、人手不足、勤務時間の制約、閉鎖的になりやすい施設環境など、制度や運営上の問題も関係します。

職員に理想的な支援を求めながら、必要な人員や研修、相談体制を用意しなければ、現場は疲弊してしまいます。より良い支援を続けるには、職員自身が悩みや違和感を相談できる環境も欠かせません。

誰か一人を責めて終わるのではなく、次の事件や人権侵害を防ぐために何を変えるのか。職員たちの10年は、その問いを社会全体に向けているように思います。

私たちが事件を理解するために確認したいこと

津久井やまゆり園事件について調べるときは、加害者の言葉や犯行の詳細だけに目を奪われないことが大切です。

まず知っておきたいのは、被害に遭った人たちが、施設の「利用者」というひとくくりの存在ではないことです。

一人ひとりに日常があり、好きなものや苦手なものがあり、家族や支援者との関係がありました。犠牲者を人数だけで語ると、加害者が否定した一人ひとりの個性や人生が、再び見えなくなってしまいます。

そのうえで、次の点を確認すると、事件後の取り組みをより深く理解できます。

  • 本人の意思をどのように確認しているか
  • 施設の暮らしに選択肢があるか
  • 地域との交流が続いているか
  • 職員が悩みを相談できる体制があるか
  • 虐待や不適切な支援を外部が確認できるか
  • 家族や第三者の意見だけで本人の希望が決められていないか

事件から年月がたつほど、出来事の名称や数字だけが残りやすくなります。

しかし、忘れてはいけないのは、命に優劣をつける考えを許さないことと、障害のある人が自分の暮らしを選べる社会をつくることです。

津久井やまゆり園の職員たちが抱えてきた問いに、簡単な答えはありません。

それでも、本人の声を聞こうとすること、支援する側の常識を疑うこと、施設の内側だけで問題を抱え込まないことは、事件を繰り返さないための具体的な一歩になります。

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