海の王者ホッキョクグマが夏の川へ向かう時代
2026年9月27日放送のNHK総合『ダーウィンが来た!「ホッキョクグマに大異変!謎の新行動」』では、カナダ北東部・ラブラドール半島で、夏に内陸の川へ姿を現すホッキョクグマを追います。
ホッキョクグマにとって海氷は、単なる「氷の大地」ではありません。主食となるアザラシを捕らえるための重要な狩り場です。しかし、カナダ周辺では海氷が長期的に減少し、氷のない期間が長くなっています。
その変化の中で、ホッキョクグマは陸上で過ごす時間を増やし、これまでとは異なる食べ物や場所を利用する行動を見せています。ラブラドールの川で起きていることは、変わりつつある北極圏の環境を映す現象として注目されます。
この記事でわかること
- ホッキョクグマが夏に陸上で過ごすようになる理由
- ラブラドール半島とホッキョクグマの関係
- 川とホッキョクグマに残る意外に古い歴史
- 陸上の食べ物だけでは解決できない海氷減少の影響
夏の内陸河川へ現れる背景に海氷の減少
ホッキョクグマは「陸に暮らす巨大なクマ」というより、海氷と深く結びついた海洋哺乳類です。
冬から春にかけて海が凍ると、ホッキョクグマは氷上を移動しながらワモンアザラシなどを狙います。特に脂肪の多いアザラシは、大きな体を維持し、氷がなくなる夏を乗り切るための重要なエネルギー源になります。
一方、ラブラドール半島沖を含むカナダ東部では、夏には海氷が消える地域があります。
カナダ政府の海氷データでは、1968年から2024年までに調べられた北部海域の全地域で夏の海氷面積に減少傾向が確認され、北部ラブラドール海では1 दशकあたり15.1%減少しています。カナダの2026年気候変動報告書でも、同国海域の海氷減少と、将来さらに氷のない期間が長くなる見通しが示されています。
海氷の上で狩りができない期間が長くなれば、その間をどう生き延びるかがホッキョクグマにとって大きな問題になります。
そこで見られるのが、夏の陸上利用です。
ホッキョクグマは夏の陸上で何をしているのか
季節的に海氷がなくなるカナダ中央部から東部では、ホッキョクグマが夏を陸上で過ごすこと自体は知られています。
代表的なのがハドソン湾周辺です。
海氷が消えるとクマたちは陸へ上がり、秋に再び海が凍るまで活動量を抑えて体脂肪を使いながら過ごします。ただし、すべての個体がじっとしているわけではありません。
若い個体や十分な脂肪を蓄えられなかった個体などは、陸上や海岸で食べ物を探します。植物やベリー、鳥、動物の死骸など、アザラシとはまったく異なる食物を利用する例も確認されています。
今回の舞台となるラブラドール半島で内陸の川に現れる個体も、こうした「氷のない季節をどう生きるか」という大きな変化の中で捉えることができます。
海から離れ、川へ向かう。
ホッキョクグマの暮らしそのものが海氷だけでは完結しなくなりつつあることが、この行動の重要なポイントです。
ラブラドールの川では昔からサケを食べる姿が記録されていた
ここで興味深いのが、ラブラドールとホッキョクグマの歴史です。
実は、この地域でホッキョクグマが川へ入り、魚を利用する行動そのものは、最近になって初めて出現したものではありません。
カナダ政府のホッキョクグマ資料には、1770年代、ラブラドール南部のEagle River周辺で多数のホッキョクグマがサケを食べていた歴史的記録が掲載されています。
特に1778年には、1日に32頭のホッキョクグマと3頭のクロクマがサケを食べているところを観察した記録が残っています。
Eagle Riverは現在もラブラドールを代表するサケ河川の一つで、カナダ水産海洋省の資料では、アトランティックサーモンが遡上する河川として掲載されています。
つまり、「ホッキョクグマは海にしか食べ物を求めない動物」ではありません。
環境や条件が整えば、川や陸上の資源も利用できる柔軟性を持っています。
ただし、この歴史的記録と、今回撮影された内陸河川の行動は分けて考える必要があります。重要なのは現在、海氷環境そのものが大きく変化し、ホッキョクグマが陸上で過ごさなければならない時間が長くなっていることです。
陸上の食べ物が増えてもアザラシの代わりにはなりにくい
「それなら川の魚や陸上の食べ物を食べれば生き延びられるのでは」と感じますが、問題はそれほど単純ではありません。
2024年に科学誌『Nature Communications』で発表された研究では、カナダ・マニトバ州で夏の陸上生活を送る20頭のホッキョクグマを詳しく追跡しました。
クマたちはベリーや植物、鳥、骨、ベルーガなど、さまざまなものを食べていました。
ところが調査した20頭のうち19頭が体重を減らし、その減少量は1日あたり約0.4~1.7kgでした。
陸上で食物を探すことにはエネルギーが必要です。長距離を移動したり泳いだりして獲物を探しても、得られるカロリーが消費量を十分に補えない場合があります。
ホッキョクグマが海氷上で食べるアザラシ、とりわけ脂肪は非常に高エネルギーです。
魚や鳥、植物などを利用できる能力は生き残るうえで役立っても、それだけで失われた海氷上の狩りを完全に置き換えられるとは限りません。
ここが今回の「新しい行動」を見るうえで重要なポイントです。
ラブラドールのホッキョクグマはデービス海峡個体群
ラブラドール沿岸に現れるホッキョクグマは、主に「デービス海峡個体群」として管理されています。
その分布範囲はラブラドール海からデービス海峡、ハドソン海峡東部などにまたがります。
この地域では夏になると海氷がほぼ消失します。
以前から気候の温暖化によって氷のない期間が長くなることがホッキョクグマへの懸念として指摘されており、ラブラドールのイヌイットからも、クマの分布が沿岸や沖合だけでなく湾の内側など、より内陸側へ変化しているという報告があります。
2026年8月にカナダ政府が公表した管理状況でも、ホッキョクグマはラブラドール北部の海岸一帯に分布する重要な野生動物として扱われています。
海氷の状態、獲物の分布、陸上で利用できる食べ物。
こうした複数の条件が変わる中で、クマたちの移動経路や行動も変化していきます。
写真家・大竹英洋さんが追う「変わりながら生きる」姿
今回、現地でホッキョクグマを追うのが写真家の大竹英洋さんです。
大竹さんは北米の自然や野生動物を長年撮影してきた写真家で、過去にもNHKの自然番組で極北の世界を取材してきました。
今回のラブラドール半島では、単にホッキョクグマの迫力ある映像を撮るのではなく、「夏の内陸へ移動する」という行動を追跡します。
注目したいのは、ホッキョクグマが環境変化に対してただ一方的に追い詰められているだけではないことです。
食べ物を変える。
移動する場所を変える。
活動する時間や行動を変える。
ホッキョクグマ自身も、新しい環境に合わせようとしています。
ただ、その適応能力にも限界があります。
海氷上で効率よくアザラシを捕らえるという本来の生活が失われるほど、別の食料を探すための移動やエネルギー消費が増えていきます。
「川にいるホッキョクグマ」が示す環境変化
ホッキョクグマといえば、真っ白な氷原を歩く姿が象徴的です。
ところがラブラドール半島で目の前に現れるのは、夏の緑に囲まれた内陸の川を歩くホッキョクグマです。
その光景だけを見ると、「新しい環境にも適応できている」とも感じます。
しかし背景では、本来の狩り場である海氷が減っています。
カナダの2026年気候変動報告書では、季節的に海氷ができる地域で、地球の平均気温が1℃上昇するごとに氷のない期間が約1か月長くなると予測されています。地域差はあるものの、ラブラドール海を含むカナダ周辺でも今後の変化が続くとされています。
内陸へ向かうクマの姿は、その変化を目に見える形で示しています。
まとめ
2026年9月27日の『ダーウィンが来た!』で追うのは、夏のラブラドール半島で内陸の川へ姿を現すホッキョクグマです。
ラブラドールでは歴史的に川でサケを食べるホッキョクグマの記録が残っており、陸上や淡水域を利用する能力そのものは昔からありました。
一方、現在大きく変わっているのは、その周囲の環境です。
カナダ周辺では海氷が長期的に減少し、氷のない期間が長くなっています。そのためホッキョクグマは陸上で過ごす時間を増やし、新しい食料や生活場所を利用する必要に迫られています。
それでも、陸上の食べ物だけで脂肪の豊富なアザラシを完全に置き換えることは難しいことが研究から分かっています。
夏の川を歩くホッキョクグマは、たくましい適応の姿であると同時に、北極圏の環境が大きく変わっていることを象徴する存在でもあります。
参考リンク
- カナダ政府「Sea ice in Canada」
- カナダ政府「Canada’s Changing Climate Report 2026・Changes in the cryosphere」
- Nature Communications「Polar bear energetic and behavioral strategies on land」
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