記事内には、広告が含まれています。

飛鳥・藤原の宮都が2026年世界遺産に!19の構成資産と石舞台古墳・キトラ壁画の見学案内|絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎

世界遺産

飛鳥・藤原の宮都が日本27件目の世界遺産に!日本の国づくりを伝える19の遺跡

奈良県の「飛鳥・藤原の宮都」は、2026年7月26日にユネスコ世界文化遺産への登録が決定した、日本27件目の世界遺産です。

約1400年前、日本が中央集権国家へと発展していく過程を伝える19の遺跡で構成されています。

2026年10月13日放送のテレビ朝日『絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎』3時間スペシャルでは、石原良純さんと小泉孝太郎さんが奈良県明日香村を訪れ、「日本のはじまり」をたどります。

世界遺産に登録されたのは、1つの建物ではありません。

飛鳥宮跡、藤原宮跡、石舞台古墳、キトラ古墳、高松塚古墳など、奈良県の明日香村・橿原市・桜井市にまたがる19の構成資産です。

なかでも観光客が訪れやすいのが、巨大な石室を間近で見られる石舞台古墳と、国宝の壁画で知られるキトラ古墳です。

石舞台古墳は大人500円で見学でき、キトラ古墳では2026年10月18日まで「朱雀」「玄武」「青龍」の壁画3面が同時公開されています。

この記事でわかること

  • 2026年に世界遺産登録された飛鳥・藤原の宮都の19の構成資産

  • 石舞台古墳の見学料金・営業時間・アクセス

  • キトラ古墳の国宝壁画3面同時公開と予約状況

  • 飛鳥宮から藤原京へと続く日本の国づくりの歴史

飛鳥・藤原の宮都は2026年7月26日に世界遺産登録された

公式動画:ABCテレビニュース「飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録!石舞台古墳や藤原宮跡などを専門家が案内」

2026年7月26日、韓国・釜山で開かれた第48回ユネスコ世界遺産委員会で、「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産登録が正式に決まりました。

文化遺産としての価値が認められたのは、6世紀末から8世紀初めにかけて、古代日本の政治制度や都市構造が急速に発展したことを示す遺跡群だからです。

この時代、日本は中国や朝鮮半島との交流を通して、政治制度、仏教、建築技術などを取り入れていました。

それらを日本独自の文化や制度と組み合わせ、天皇を中心とした中央集権国家が形成されていきます。

世界遺産の名称にある「宮都」とは、天皇の宮殿を中心として、政治や行政の機能が置かれた場所を指します。

飛鳥から藤原へと都が移り変わる過程には、国家の仕組みそのものが変化していった歴史が残されています。

世界遺産登録によって、これらの遺跡は個別の文化財としてだけでなく、古代日本の国家形成を伝える一体的な文化遺産として評価されることになりました。

石舞台古墳は大人500円で巨大な石室を見学できる

飛鳥・藤原の宮都を代表する観光名所の1つが、奈良県明日香村の「石舞台古墳」です。

巨大な石を積み上げた石室が露出している、飛鳥地方を象徴する古墳です。

墳丘の土が失われ、天井を覆う巨大な石が地上に現れている姿は、ほかの古墳とは異なる独特の景観を生み出しています。

石舞台古墳の見学情報

  • 所在地:奈良県高市郡明日香村島庄254

  • 見学時間:9:00〜17:00

  • 最終受付:16:45

  • 休業日:年中無休

  • 一般・大学生:500円

  • 小・中・高校生:200円

  • 団体料金:30名以上で割引

  • 最寄りバス停:「石舞台」下車、徒歩約3分

  • 駐車場:あり・有料

  • 問い合わせ:飛鳥観光協会 0744-54-3240

2026年4月1日に料金が改定され、一般・大学生は500円となりました。

石舞台古墳の魅力は、古墳の外側から巨大な石組みを眺めるだけでなく、実際に石室へ入れることです。

間近で見ると、天井石や側壁に使われている石の大きさがよくわかります。

これほど巨大な石材を、重機のない時代にどのように運び、積み上げたのか。

古代の土木技術の規模を体感できる場所です。

石舞台古墳は、7世紀初め頃に造られた古墳と考えられています。

被葬者は確定していませんが、当時大きな権力を持っていた蘇我馬子の墓とする説が知られています。

蘇我氏は、飛鳥時代の政治や仏教文化の発展に深く関わった豪族です。

巨大な石室は、その時代の有力者が持っていた権力や、古墳を造る技術の高さを今に伝えています。

キトラ古墳は10月18日まで国宝壁画3面を同時公開

キトラ古墳は、飛鳥時代の終わり頃から奈良時代初め頃に造られたと考えられる古墳です。

特に有名なのが、石室の内部に描かれた壁画です。

東西南北を守る四神や十二支、天井に描かれた天文図など、当時の人々が持っていた中国大陸由来の思想や天文学の知識を知ることができます。

2026年秋には、国宝キトラ古墳壁画の第41回公開が行われています。

2026年秋の壁画公開情報

  • 公開期間:9月19日(土)〜10月18日(日)

  • 閉室日:9月30日(水)・10月14日(水)

  • 公開時間:9:30〜16:30

  • 最終受付:16:15

  • 公開壁画:南壁「朱雀」、北壁「玄武」、東壁「青龍」

  • 見学料金:無料

  • 定員:各日約420人

  • 会場:キトラ古墳壁画体験館「四神の館」1階

  • 住所:奈良県高市郡明日香村阿部山67

今回の壁画公開は、第一次応募で定員に達したため、第二次応募は行われていません。

ただし、キャンセルなどで空きが発生した場合に限り、電話で予約を受け付ける場合があります。

空き状況は、国宝キトラ古墳壁画公開事務局(06-6281-3060)に確認できます。

壁画を直接見学できない場合でも、四神の館の地階展示室は申し込み不要・無料で利用できます。

展示室ではキトラ古墳の構造や壁画について学べるほか、公開中の壁画を解説する展示パネルも用意されています。

朱雀・玄武・青龍の壁画に残る古代の宇宙観

キトラ古墳の石室に描かれた四神は、中国の古い思想に基づく方位の守護神です。

それぞれの方角を象徴する動物の姿として描かれています。

  • 東:青龍

  • 西:白虎

  • 南:朱雀

  • 北:玄武

青龍は龍、白虎は白い虎、朱雀は鳥、玄武は亀と蛇を組み合わせた姿で表現されます。

2026年秋の公開対象は、このうち朱雀・玄武・青龍の3面です。

キトラ古墳の大きな特徴は、四神だけでなく天文図も残されていることです。

石室の天井には星の配置が描かれ、中国式の本格的な星図として現存する世界最古の例とされています。

古代の人々は星の動きを観察し、暦や方角、政治や儀式とも関係づけていました。

キトラ古墳の壁画は、当時の日本が中国大陸や朝鮮半島から知識や技術を受け入れていたことを示す貴重な資料です。

また、2026年10月3日から13日まで、四神の館では「キトラ・プラネタリウム」も開催されています。

地下1階のシアターで、キトラ古墳の天文図と中国の星座を解説する約15分間の無料プログラムです。

世界遺産登録の年に、古代の星空と壁画の世界をあわせて学べる特別な企画となっています。

世界遺産を構成する19の遺跡は奈良県の3市村に広がる

飛鳥・藤原の宮都は、明日香村だけにある世界遺産ではありません。

橿原市・桜井市・明日香村に残る19の遺跡が、1つの世界文化遺産として登録されています。

世界遺産を構成する19の資産

  • 飛鳥宮跡(明日香村)

  • 飛鳥京跡苑池(明日香村)

  • 飛鳥水落遺跡(明日香村)

  • 酒船石遺跡(明日香村)

  • 飛鳥寺跡(明日香村)

  • 橘寺跡(明日香村)

  • 山田寺跡(桜井市)

  • 川原寺跡(明日香村)

  • 檜隈寺跡(明日香村)

  • 石舞台古墳(明日香村)

  • 菖蒲池古墳(橿原市)

  • 牽牛子塚古墳(明日香村)

  • 藤原宮跡(橿原市)

  • 大官大寺跡(橿原市・明日香村)

  • 本薬師寺跡(橿原市)

  • 天武・持統天皇陵古墳(明日香村)

  • 中尾山古墳(明日香村)

  • キトラ古墳(明日香村)

  • 高松塚古墳(明日香村)

これらの遺跡は、大きく分けると宮殿・行政施設、仏教寺院、古墳の3つの種類に分類できます。

宮殿跡は政治の仕組みを、寺院跡は仏教の広がりを、古墳は当時の有力者や皇族の葬送文化を伝えています。

重要なのは、それぞれが単独で優れているだけではなく、遺跡同士の関係から古代国家の形成過程を読み取れることです。

約100年という比較的短い期間に、政治制度や都市構造が大きく変化したことが、現在も残る遺跡から確認できます。

飛鳥宮跡は天皇の宮殿が営まれた日本の政治の中心地

飛鳥宮跡は、7世紀の日本で政治の中心となった宮殿跡です。

現在の明日香村岡地区に位置し、複数の時代の宮殿遺構が重なって発見されています。

この地域には、舒明天皇、皇極天皇、斉明天皇、天武天皇などの時代に宮殿が営まれました。

飛鳥時代には、豪族の政治的な力が大きく、天皇を中心とする新しい政治制度が整えられていく過程で、さまざまな改革や争いが起こりました。

645年の乙巳の変も、その重要な出来事の1つです。

飛鳥宮跡は、そうした古代政治の舞台を現在に伝える場所です。

また、飛鳥京跡苑池には、当時の宮殿に付属した庭園の遺構が残されています。

石を使った池や水路などから、宮殿で営まれた儀式や庭園文化の一端を知ることができます。

飛鳥の宮殿遺跡は、後に藤原京で完成していく都市づくりの出発点となりました。

藤原宮跡は日本初の本格的な都城の中心だった

飛鳥の次の時代を象徴するのが、橿原市にある藤原宮跡です。

694年、持統天皇は飛鳥から藤原京へ遷都しました。

藤原京は、中国の都城制度を参考にした、日本初の本格的な計画都市として知られています。

道路を縦横に配置した碁盤目状の都市構造を持ち、宮殿を中心に行政施設や寺院などが計画的に配置されました。

この都市づくりは、後の平城京や平安京にもつながっていきます。

藤原宮跡の周囲には、大和三山と呼ばれる畝傍山・耳成山・香具山があります。

現在は広い草地が残り、季節ごとに花が咲く景観としても親しまれています。

巨大な宮殿の建物そのものは残っていませんが、広大な敷地を歩くことで、当時の都の規模を感じることができます。

飛鳥宮跡と藤原宮跡をあわせて見ると、日本の政治の中心が、宮殿を中心とする都市へ発展していった流れがわかります。

世界遺産を巡るアクセスは近鉄飛鳥駅と周遊バスが便利

飛鳥・藤原の宮都の構成資産は広い範囲に点在しているため、電車を利用する場合は、近鉄吉野線の飛鳥駅や近鉄橿原神宮前駅が拠点になります。

主なアクセス方法

  • 大阪阿部野橋駅から:近鉄南大阪線・吉野線で飛鳥駅方面へ

  • 京都駅から:近鉄京都線・橿原線で橿原神宮前駅へ

  • 飛鳥エリアの移動:奈良交通「明日香周遊バス(かめバス)」などを利用

  • 石舞台古墳:バス停「石舞台」から徒歩約3分

  • キトラ古墳:近鉄壺阪山駅から徒歩約15分、飛鳥駅から徒歩約30分

明日香村の主要な観光地を巡る場合は、明日香周遊バスの1日・2日フリー乗車券も用意されています。

また、2026年9月19日から10月18日までの土日祝日には、飛鳥駅とキトラ古墳、高松塚を結ぶ臨時バスが運行されています。

臨時バスの運賃は、大人220円、小児110円です。

すべての構成資産を1日で回るのは難しいため、見学したい場所の開館時間や移動方法を確認しておくと、効率よく歴史を楽しめます。

飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録された本当の価値

飛鳥・藤原の宮都には、法隆寺や東大寺のような巨大な木造建築が数多く残っているわけではありません。

石舞台古墳のように建造物が目に見える場所もありますが、飛鳥宮跡や藤原宮跡のように、建物の基礎や地下の遺構が中心となる場所もあります。

それでも世界遺産として認められたのは、遺跡群全体が、日本という国の仕組みが成立していく過程を証明しているからです。

6世紀末から8世紀初めにかけて、日本は大陸との交流を深め、政治、宗教、文化、都市の構造を大きく変えていきました。

豪族を中心とした政治から、天皇を頂点とする中央集権的な国家へ。

飛鳥の宮殿から、計画的な都市として造られた藤原京へ。

そして、仏教寺院の建立や皇族・有力者の墓に見られる新しい文化へ。

こうした変化を、宮殿・寺院・古墳という異なる種類の遺跡から具体的に確認できることが、飛鳥・藤原の宮都の価値です。

まとめ

「飛鳥・藤原の宮都」は、2026年7月26日に世界文化遺産へ登録された、日本27件目の世界遺産です。

奈良県の明日香村・橿原市・桜井市に残る19の構成資産から成り、古代日本の国家形成を伝えています。

代表的な見学場所である石舞台古墳は、大人500円で巨大な石室を見学できます。

キトラ古墳では2026年10月18日まで、朱雀・玄武・青龍の壁画3面が同時公開されています。壁画見学の予約は定員に達していますが、キャンセル枠が出た場合の電話受付が案内されています。

飛鳥宮跡から藤原宮跡へと続く歴史は、日本の政治制度と都市づくりが大きく変化した時代の記録です。

約1400年前に造られた宮殿や古墳の跡が、世界遺産として新たな価値を認められた飛鳥・藤原の宮都。現地を訪れることで、教科書だけではわからない古代日本のスケールを感じられます。

参考リンク


気になる生活ナビをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました