- 塩瀬総本家と土山宿本陣|677年続く和菓子の名家と徳川慶喜・明治天皇ゆかりの屋敷
- 築地の名門一家は塩瀬総本家|1349年創業の饅頭の元祖
- 1349年に林浄因が誕生させた甘い餡入り饅頭
- 足利義政が贈った「日本第一番饅頭所」の看板
- 徳川家康が戦勝祈願に使った本饅頭
- 千利休直筆の掛け軸と塩瀬家の茶道との関係
- 塩瀬総本家の名物「志ほせ饅頭」|値段と特徴
- 塩瀬総本家の本店はどこ?住所・営業時間・通販
- 滋賀県甲賀市の土山家|14代続く土山宿本陣の名門一家
- 敷地約2000坪|登録有形文化財の土山家住宅
- 勝海舟・徳川慶喜・明治天皇が訪れた格式ある宿
- 土山家のお宝鑑定|江戸後期・幕末のアンティーク時計
- 祖母が大切にしていた「三十六歌仙かるた」
- 土山宿本陣跡は見学できる?場所・料金・予約方法
- 2つの名門一家に共通する歴史の継承
- まとめ
- 気になる生活ナビをもっと見る
塩瀬総本家と土山宿本陣|677年続く和菓子の名家と徳川慶喜・明治天皇ゆかりの屋敷
2026年10月20日放送のテレビ朝日系『プラチナファミリー』では、DAIGOが初登場し、東京・築地にある創業677年の老舗和菓子店「塩瀬総本家」を訪ねます。
1349年に始まり、36代にわたって受け継がれてきた名門には、日本の甘い餡入り饅頭を生み出した歴史があります。足利義政から贈られたと伝わる看板、徳川家康との関係、千利休ゆかりの掛け軸など、和菓子の歴史を伝える品々も見どころです。
さらに滋賀県甲賀市の土山宿では、14代目当主が守る旧本陣「土山家住宅」を紹介。勝海舟や徳川慶喜、明治天皇とゆかりのある屋敷を舞台に、江戸後期から幕末にかけてのアンティーク時計や「三十六歌仙かるた」の鑑定が行われます。
※放送後詳しい内容が分かり次第追記します。
この記事でわかること
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創業677年の塩瀬総本家と饅頭誕生の歴史
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足利義政・徳川家康・千利休と塩瀬家の関係
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塩瀬総本家の代表商品、値段、店舗と購入方法
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土山宿本陣を守る土山家と歴史的なお宝、見学情報
築地の名門一家は塩瀬総本家|1349年創業の饅頭の元祖
DAIGOが訪ねる東京・築地の名門一家は、1349年創業の老舗和菓子店「塩瀬総本家(しおせそうほんけ)」です。
2026年で創業677年を迎え、日本の和菓子文化の発展に深く関わってきました。初代の林浄因(りんじょういん)が作った甘い小豆餡入りの饅頭を原点とし、歴代の当主が時代に合わせて菓子作りを受け継いできた店です。
塩瀬総本家の歴史は、単に古い製法を守り続けてきたというだけではありません。将軍家や宮中に菓子を納め、茶の湯の発展にも関わるなど、日本の食文化そのものと結びついています。
番組で取り上げられる36代にわたる家の歴史は、和菓子が特別な献上品から身近なおやつへと広がっていった日本の歩みとも重なります。
1349年に林浄因が誕生させた甘い餡入り饅頭
塩瀬総本家の始まりは、南北朝時代の1349年にさかのぼります。
初代の林浄因は、中国から日本へ渡ってきた人物です。京都・建仁寺の僧侶、龍山徳見の中国留学からの帰国に伴って来日し、奈良で饅頭作りを始めました。
当時の中国の饅頭には、肉などを使ったものがありました。しかし日本の寺院では肉食が認められていなかったため、浄因は僧侶も食べられる饅頭を考案します。
そこで生まれたのが、小豆を植物由来の甘味料「甘葛煎(あまづらせん)」で煮詰めた甘い餡です。
この餡を饅頭の皮で包んだものが、塩瀬総本家に伝わる日本の甘い餡入り饅頭の始まりとされています。
饅頭は寺院に集まる人々の間で評判となり、やがて宮中にも献上されました。浄因はその功績を認められ、後村上天皇から宮中の女性との結婚を許されたと伝えられています。
さらに塩瀬総本家の歴史では、その結婚の際に浄因が紅白の饅頭を作って配ったことが、祝い事に紅白饅頭を贈る文化につながったとされています。
結婚式や入学式などのお祝いで見かける紅白饅頭にも、600年以上前の菓子職人の工夫が受け継がれているのです。
足利義政が贈った「日本第一番饅頭所」の看板
塩瀬総本家には、室町幕府8代将軍・足利義政と深い関係があります。
初代の子孫である林紹絆(はやししょうはん)は、中国で製菓技術を研究し、大和芋を使う薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)を考案したと伝わります。
現在の塩瀬の饅頭につながる製法です。
その後、一族は応仁の乱を避けて三河国の塩瀬という土地に移り住み、地名から「塩瀬」を名乗るようになりました。
足利義政は、この一族の饅頭を高く評価し、次の文字を記した看板を与えたと伝えられています。
「日本第一番饅頭所林氏塩瀬」
塩瀬総本家の沿革には、応仁年間に足利義政直筆の看板を賜ったことが記されています。また、1983年には家宝である看板を復元した記録も残されています。
足利義政は銀閣寺の建立に関わった将軍で、東山文化を代表する人物です。
その義政が塩瀬の饅頭を称賛したという歴史は、当時の菓子が単なる食べ物ではなく、文化的な価値を持つものであったことを物語っています。
徳川家康が戦勝祈願に使った本饅頭
塩瀬総本家は徳川家康ともゆかりがあります。
塩瀬家に伝わる歴史によると、家康は戦いに臨む際、塩瀬の本饅頭を兜の上に供え、軍神に戦勝を祈願したとされています。
本饅頭は、単なる茶菓子ではなく、祈願の品としても用いられていたのです。
徳川幕府が成立すると、塩瀬は江戸にも進出しました。
江戸時代には日本橋や茅場町などで塩瀬の饅頭が販売され、江戸の名物として広く知られるようになります。
1836年の『江戸名物詩選』にも塩瀬饅頭の記録があり、蒸した饅頭が人気を集めていた様子がうかがえます。
将軍家に愛された品が、やがて江戸の人々にも親しまれる菓子へと広がっていった歴史があります。
千利休直筆の掛け軸と塩瀬家の茶道との関係
塩瀬家は、茶道の大成者である千利休ともつながりを持っています。
一族の林宗味は、豊臣秀吉に重用され、千利休から茶を学んだ茶人でした。
さらに宗味は、千利休の孫娘を妻に迎えたと伝えられています。
林宗味が手がけたものとして知られるのが、茶器を包むための大きな紫色の袱紗(ふくさ)です。
この袱紗が、現在まで続く塩瀬袱紗や塩瀬織の原型になったとされています。
塩瀬は饅頭を作るだけではなく、茶道具を包む布の文化にも関わっていたのです。
茶の湯が発展すると、茶席で味わう菓子にも高い品質が求められるようになりました。塩瀬の菓子は茶人たちの注文を受け、茶菓子としての地位も確立していきます。
今回の番組では、千利休直筆と伝わる掛け軸も登場します。
饅頭、茶道、袱紗という異なる文化が、一つの家の歴史で結びついている点が塩瀬総本家の大きな特徴です。
塩瀬総本家の名物「志ほせ饅頭」|値段と特徴
塩瀬総本家の代表商品が「志ほせ饅頭」です。
日本三大饅頭にも数えられる薯蕷饅頭で、白い皮の中に上品な甘さの餡が入っています。
皮には大和芋、米粉、砂糖を使用。職人が毎朝大和芋の皮をむき、すりおろしたものに米粉を合わせ、その日の気温や湿度を見ながら生地を練り上げています。
餡には北海道産のエリモショウズとザラメ糖を使用しています。
塩瀬総本家の公式オンラインショップに掲載されている商品価格は次のとおりです。
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志ほせ饅頭 9個入:1,761円(税込)
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志ほせ饅頭 12個入:2,322円(税込)
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志ほせ饅頭 20個入:3,780円(税込)
9個入の商品には、賞味期限14日間、アレルギー情報として「やまいも」が表示されています。賞味期限は製造加工日を基準とするため、配送を利用する場合は手元に届いてからの日数に注意が必要です。
また、塩瀬総本家では志ほせ饅頭以外にも、紅白饅頭、本饅頭、羊羹、最中、上生菓子などを扱っています。
塩瀬の菓子作りを象徴する教えが「材料落とすな割守れ」です。材料の品質を大切にし、定められた配合を守る姿勢が、現在の製法にも受け継がれています。
塩瀬総本家の本店はどこ?住所・営業時間・通販
塩瀬総本家の本店は、東京都中央区明石町にあります。築地駅から徒歩で訪れることができる場所です。
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店名:塩瀬総本家 本店
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住所:東京都中央区明石町7-14
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電話番号:03-6264-2550
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営業時間:9:00~18:30
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日曜・祝日:10:00~18:00
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定休日:なし
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アクセス:東京メトロ日比谷線「築地駅」3番出口から徒歩8分
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アクセス:東京メトロ有楽町線「新富町駅」6番出口から徒歩10分
本店以外にも、松屋銀座店、大丸東京店、日本橋高島屋店などで商品を販売しています。
公式オンラインショップからも志ほせ饅頭などを注文できますが、商品によって在庫状況や配送条件が異なります。
実店舗では取り扱い商品が異なる場合もあるため、目的の商品が決まっている場合は事前に確認すると安心です。
滋賀県甲賀市の土山家|14代続く土山宿本陣の名門一家
もう一つの舞台は、滋賀県甲賀市土山町にある「土山宿本陣跡」です。
土山宿は、江戸時代の東海道五十三次の宿場町の一つです。江戸から数えて49番目の宿場で、近江国と伊勢国を結ぶ交通の要所でした。
ここで代々本陣を営んできたのが土山家です。
本陣とは、江戸時代に大名や公家、幕府の役人、勅使など、身分の高い人々が利用した格式ある宿泊施設のことです。
一般の旅人が利用する旅籠とは異なり、重要人物を迎えるための特別な部屋や設備を備えていました。
土山家は1634年、徳川家光の上洛に際して本陣職を拝命したとされています。
その後、幕末まで東海道を往来する多くの要人を迎え、1870年に本陣制度が廃止されるまでその役割を担いました。
本陣廃止後は、土山の特産品である茶の販売などを家業の柱としながら、屋敷と歴史資料を守り続けてきました。
現在は14代目当主がその歴史を受け継いでいます。
敷地約2000坪|登録有形文化財の土山家住宅
土山宿本陣跡は、約2000坪の敷地を持つ旧家です。
建物のうち、主屋、離れ、土蔵、米蔵の4棟が2023年2月27日に国の登録有形文化財となりました。
特に注目したいのが、明治時代の建築様式を残す離れです。
離れには、身分の高い人が使用するために床を高く設けた「御上段の間」があります。畳敷きの部屋には大きな床の間が備えられ、本陣の格式を今に伝えています。
現在の主屋は1960年に建てられましたが、かつての本陣の柱など古い部材を取り入れ、街道に面した建物の姿を受け継いでいます。
単に古い建物を残しているのではなく、代々の当主が歴史的な空間や調度品を守り、地域の文化財として継承してきた点に価値があります。
勝海舟・徳川慶喜・明治天皇が訪れた格式ある宿
土山家住宅には、幕末から明治にかけての歴史を語る重要な空間があります。
今回紹介されるのが、勝海舟、徳川慶喜、明治天皇が利用したとされる「上段の間」です。
勝海舟は幕末に幕府の海軍整備などに関わり、江戸城の無血開城にも重要な役割を果たした人物です。
徳川慶喜は江戸幕府最後の将軍として知られます。
そして明治天皇は、明治維新によって日本の政治体制が大きく変化した時代の天皇です。
これらの歴史的人物とゆかりのある土山宿本陣には、身分の高い宿泊者を迎えるための「御上段の間」が現存しています。
特に明治天皇の東幸の際に使用された離れは、土山家が大切に守ってきた場所です。
土山家には本陣の宿泊・休憩に関する記録である「宿帳」も伝わっています。宿帳は甲賀市指定文化財で、東海道の交通史や当時の人物の動きを知る貴重な資料です。
歴史上の人物が通った場所が、現在も建物や記録として残されていることが土山宿本陣の魅力です。
土山家のお宝鑑定|江戸後期・幕末のアンティーク時計
土山家では、代々受け継がれてきた品々の鑑定も行われます。
その一つが、江戸時代後期から幕末にかけて作られたアンティーク時計です。
日本では江戸時代に、日の出と日の入りを基準とする不定時法が使われていました。そのため、当時の時計には現代の時計とは異なる仕組みを備えた和時計も存在します。
ただし、今回の鑑定品がどの方式の時計に当たるかは、品物の詳しい仕様によって異なります。
古時計の価値を判断する際には、製造年代や作者、保存状態、機構の完成度、修理や部品交換の有無などが重要になります。
土山家のように歴史ある旧家で長期間保存されてきた時計は、品物自体の特徴だけでなく、どのように伝来したのかも興味深いポイントです。
祖母が大切にしていた「三十六歌仙かるた」
もう一つの鑑定品は、土山家の祖母が大切にしていた「三十六歌仙かるた」です。
三十六歌仙とは、平安時代中期の歌人・藤原公任が選んだとされる36人の優れた歌人のことです。
代表的な歌人には、次のような人物がいます。
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柿本人麻呂
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山部赤人
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在原業平
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小野小町
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紀貫之
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凡河内躬恒
三十六歌仙は、日本の和歌文化を象徴する存在として、絵画や書、屏風などにも描かれてきました。
三十六歌仙かるたは、歌人の姿を描いた札と和歌を記した札などで構成される美術品としての性格も持っています。
古いものには、絵師や書家が一枚ずつ制作した作品もあり、筆跡、絵の技法、素材、保存状態などによって評価が大きく異なります。
今回登場する土山家のかるたも、祖母から大切に受け継がれてきたという来歴が特徴です。
一家にとっての思い出が詰まった品に、歴史的・美術的にどのような価値があるのか。鑑定の注目点となります。
土山宿本陣跡は見学できる?場所・料金・予約方法
土山宿本陣跡は、予約制で内部を見学できます。
甲賀市観光ガイドと滋賀県公式観光サイトに掲載されている基本情報は次のとおりです。
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施設名:土山宿本陣跡(土山家住宅)
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所在地:滋賀県甲賀市土山町北土山1628
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見学時間:10:00~17:00
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休館日:不定休
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見学料金:300円
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予約:要予約
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電話番号:0748-66-0007
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車でのアクセス:新名神高速道路・土山ICから約10分
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公共交通:JR草津線「貴生川駅」からバスで「近江土山駅」へ、下車徒歩約4分
現在も個人の住宅として使用されているため、訪問前の予約が必要です。
また、敷地内のすべての部屋や歴史資料が自由に見学できるわけではありません。希望する見学内容がある場合は、予約時に確認することが大切です。
土山宿周辺には旧東海道の宿場町らしい町並みが残り、歴史散策と合わせて訪れることができます。
2つの名門一家に共通する歴史の継承
塩瀬総本家と土山家は、まったく異なる家業を受け継いできた一家です。
塩瀬総本家は饅頭の製造を通して和菓子文化を広め、土山家は東海道の本陣として旅人や要人を迎えてきました。
一方で、どちらの家にも共通しているのが、時代の変化に対応しながら伝統を守ってきたことです。
塩瀬家は戦乱を避けた移住や江戸への進出を経験し、現在はオンライン販売などにも取り組んでいます。
土山家も明治に本陣制度がなくなった後、茶の販売などに事業を転換しながら歴史的建造物を維持してきました。
歴史ある家に伝わる看板、掛け軸、時計、かるたは、単なる貴重品ではありません。それぞれの時代に生きた人々の営みを伝える品々でもあります。
まとめ
2026年10月20日の『プラチナファミリー』では、創業677年を迎えた塩瀬総本家と、東海道土山宿の旧本陣を守る土山家という2つの名門一家が取り上げられます。
塩瀬総本家では、林浄因が生み出した餡入り饅頭の歴史に加え、足利義政、徳川家康、千利休との関係が大きな見どころです。
一方、土山家では明治天皇ゆかりの建物とともに、アンティーク時計や三十六歌仙かるたなどの品々が登場します。
和菓子と宿場町という異なる分野を通して、何世代にもわたって文化と歴史を守り続ける家族の歩みを知ることができる放送回です。
参考リンク
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