自律神経を臓器別に操作する未来医療が進んでいる
NHK総合『フロンティアで会いましょう!』が2026年9月7日に掲げる「自律神経をコントロールして体調改善を目指す研究」。その具体例として注目されるのが、東北大学の片桐秀樹教授らによる糖尿病研究です。研究グループは、マウスの膵臓につながる迷走神経だけを光で刺激し、インスリンを作る膵β細胞を増やすことに成功しました。
この記事でわかること
- 膵β細胞が糖尿病に関係する理由
- 膵臓の迷走神経だけを刺激した研究方法
- 糖尿病マウスで確認された変化
- 人間の治療として利用できるまでの課題
光で膵臓の迷走神経を刺激した研究

出典:東北大学
東北大学大学院医学系研究科の今井淳太准教授、川名洋平助教、片桐秀樹教授らの研究グループは、マウスの膵臓につながる迷走神経を選択的に刺激する方法を開発しました。
迷走神経は脳から心臓、肺、胃腸、肝臓、膵臓などへ伸びる自律神経です。一般的な刺激では複数の臓器へ影響が及ぶ可能性がありますが、研究グループは膵臓へ向かう経路だけを狙いました。
使用されたのは「オプトジェネティクス」と呼ばれる光遺伝学です。青色光が当たると神経が活性化するように遺伝子改変したマウスを作り、膵臓付近へ近赤外光を青色光に変換するランタノイド粒子を留置しました。
体外から近赤外光を照射すると膵臓付近で青色光が発生し、膵臓につながる迷走神経だけを狙ったタイミングで活性化できる仕組みです。
膵β細胞はインスリンを作る唯一の細胞
膵β細胞は、膵臓にあるランゲルハンス島へ集まり、血糖値を下げるホルモンのインスリンを作ります。
食後に血糖値が上昇するとインスリンを分泌し、血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪などへ取り込ませます。β細胞の数が減ったり、働きが低下したりすると、必要な量のインスリンを分泌できなくなり、糖尿病の発症や悪化につながります。
糖尿病の治療には食事療法、運動療法、内服薬、注射薬、インスリン療法などがありますが、体内で減少したβ細胞そのものを増やす一般的な治療法は確立していません。
そのため、自分の体内に残っているβ細胞を再生・増殖させる方法は、糖尿病治療の大きな研究テーマになっています。
神経刺激でインスリン分泌とβ細胞が増加
膵臓の迷走神経を刺激すると、マウスの血中インスリン濃度が上昇しました。継続的な刺激では、膵β細胞の増殖も促進されました。
研究グループは、インスリン産生細胞が減少して糖尿病を発症したマウスでも実験を行っています。膵臓迷走神経を刺激した結果、β細胞が再生し、高血糖が改善しました。
神経の刺激がβ細胞へ伝わる過程では、迷走神経から放出される複数の神経伝達物質が関与していると考えられています。それらがβ細胞内の増殖経路を協調して活性化させるという仕組みです。
研究成果は2023年11月、科学誌『Nature Biomedical Engineering』に掲載されました。
自律神経は全身一斉ではなく臓器別に働く
自律神経は「交感神経が全身を活動状態にし、副交感神経が全身を休息状態にする」という単純なスイッチとして説明されることがあります。
しかし近年の研究では、同じ交感神経や迷走神経の中にも異なる細胞集団があり、臓器ごとに専用の経路が設けられていることが分かり始めています。
理化学研究所の宮道和成チームディレクターらは、マウスの副腎と腸管を制御する交感神経が、異なる遺伝子を発現する別々の神経細胞群であることを報告しました。
こうした臓器別の配線を特定できれば、全身の自律神経を一括して刺激するのではなく、血糖、腸の運動、心臓、膵臓など、治療したい臓器の経路だけを調節できる可能性があります。
家庭でできる迷走神経刺激ではない
今回の研究で使用されたのは、遺伝子改変マウスと特殊な光変換粒子を組み合わせた実験技術です。
首をマッサージする、耳へ電気刺激を加える、呼吸法を行うといった方法で、同じように膵β細胞が増えると確認されたわけではありません。
家庭用の電気刺激機器を使って膵臓の迷走神経だけを選択的に刺激することもできません。刺激する神経を誤れば、心拍数、血圧、消化管運動など別の機能へ影響する可能性があります。
また、研究で糖尿病が改善したのはマウスです。人間でβ細胞の増加や糖尿病の治療効果が確認された段階ではなく、一般診療で受けられる治療でもありません。
片桐秀樹教授が進めるムーンショット研究
片桐秀樹教授は、JSTのムーンショット型研究開発事業で「恒常性の理解と制御による糖尿病および併発疾患の克服」プロジェクトを率いています。
目標は、自律神経を介した臓器間ネットワークを解析し、糖尿病や心不全を発症前の段階で見つけ、正常な状態へ戻す技術を開発することです。
研究計画には、AIや数理モデルを使った未病状態の解析、自律神経を人為的に制御するコンピューターインターフェース、迷走神経を制御する物質の開発などが含まれます。
2050年を見据えた長期的な研究であり、近い将来に一般販売される機器や治療法を発表したものではありません。
実用情報
糖尿病のある人や血糖値を指摘された人が、今回の研究を理由に薬を中止したり、通院をやめたりすることは危険です。
現在利用できる治療は、糖尿病の種類、血糖値、年齢、腎機能、合併症などに応じて医師が選択します。健康診断で血糖値やHbA1cが高かった場合は、症状がなくても再検査や受診が必要です。
強いのどの渇き、尿量の増加、急な体重減少、著しい倦怠感などがある場合は、早めに医療機関へ相談してください。
迷走神経刺激によるβ細胞再生は将来性のある研究ですが、現時点では日常生活で実践できる糖尿病治療ではありません。
まとめ
東北大学の研究グループは、マウスの膵臓につながる迷走神経だけを光で刺激し、インスリン分泌と膵β細胞の増殖を促すことに成功しました。
β細胞が減少した糖尿病マウスでも、高血糖の改善が確認されています。自律神経を臓器別に操作し、体が持つ再生能力を引き出す未来の治療につながる成果です。
一方、遺伝子改変と光遺伝学を用いた動物実験であり、人の治療として確立したものではありません。家庭用刺激機器やマッサージで同じ効果が得られるという根拠もないため、現在の糖尿病治療とは明確に分けて理解する必要があります。
参考リンク
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