羽田空港の裏側で使われるエンジン検査の技術
NHK総合「探検ファクトリー」2026年9月23日放送の特別編では、羽田空港で空の安全を支えるプロの仕事に密着します。なかでも注目されるのが、外からは見えない航空機エンジンの内部を緻密に調べる整備技術です。番組で描かれる技術を理解するうえで知っておきたいのが、細いカメラをエンジン内部へ入れる「ボアスコープ検査(BSI)」です。航空業界ではさらに、医療分野で培われた画像認識AIを応用し、整備士の判断を支援する技術も実用段階へ進んでいます。
この記事でわかること
- 航空機エンジンのボアスコープ検査(BSI)の仕組み
- エンジン内部の何を整備士が確認しているのか
- 医療AIの画像認識技術が航空機整備へ応用された経緯
- 2026年に運用が始まったJALの新しいエンジン検査システム
エンジン内部を見る技術は「ボアスコープ検査(BSI)」
航空機のエンジンは、内部を簡単に開けて確認できるものではありません。そこで使われるのが「ボアスコープ」と呼ばれる工業用内視鏡です。
JALエンジニアリングでは、この検査を「内視鏡検査(BSI)」として実施しています。細長い挿入部をエンジン内部へ入れ、通常は外から見ることのできない場所をカメラで確認します。
同社が使用するボアスコープは先端部分を上下左右それぞれ90度以上動かすことができ、内部の動画や静止画だけでなく、計測結果も記録できます。
つまり、巨大なジェットエンジンをすべて分解しなくても、細いカメラを内部へ進めながら重要部分を確認できるわけです。
人間の体内を見る内視鏡と考え方がよく似ていることから、「飛行機の内視鏡検査」と考えると分かりやすいでしょう。
数百枚あるタービンブレードを1枚ずつ確認する
ボアスコープ検査で特に重要になる部品のひとつが「タービンブレード」です。
ジェットエンジン内部には何百枚ものタービンブレードがあります。燃料を燃焼させて生じた高温・高圧のガスを受け、そのエネルギーを回転軸へ伝える重要な部品です。
整備士はボアスコープで内部を確認しながら、ブレードの状態を細かく見ていきます。
単に「傷があるかどうか」を見るだけではありません。
傷の大きさや位置、色、過去の検査からの変化などを確認し、その状態が運航に影響するものなのかを判断する必要があります。
そのため、従来の検査では整備士の長年の経験と高度な技術が重要な役割を担ってきました。JALも、ブレード1枚ごとの故障リスクを見極めるには経験に基づく技術が必要だとしています。
医療AIの画像認識技術が航空機エンジンへ応用された
このエンジン検査に、まったく別の分野から技術が持ち込まれています。
それが医療分野の画像認識AIです。
JALとIT企業のクレスコは2019年から、エンジン内部検査を支援する技術の共同研究を開始しました。
クレスコが持っていたのは、眼科医療で実績のある画像認識AIや機械学習の技術でした。それを航空機エンジンの内部画像へ応用し、画像を見やすく処理したり、過去の検査画像と比較したりする仕組みの開発が進められました。
ここが非常に興味深いところです。
人間の目や体の異常を画像から見つけるために磨かれてきた技術が、今度は航空機の「心臓部」ともいえるエンジンを見るために使われています。
2022年には、JALとクレスコが「航空機エンジン内部検査ツール」の開発を公表しました。
機械学習によって画像から得られる傷の大きさや色、経過などを扱い、タービンブレードの状態を数値化したり、将来的な状態を予測したりする取り組みです。
2026年には実際の運用がスタート
研究段階だった技術は、その後さらに進化しました。
2026年2月、JAL、JALエンジニアリング、クレスコの3社は、航空機エンジンのボアスコープ検査を支援する共同開発システムの運用開始を発表しています。
新しいシステムでは、ボアスコープで撮影した動画から、タービンブレード1枚ごとの画像を自動的に切り出します。
さらに、
- 検査画像をクラウド上で一元管理
- 過去の検査結果と時系列で比較
- 損傷を自動認識して提示
- ベテラン整備士の知見をデータとして蓄積
といった使い方が可能になりました。
以前は整備士が映像を確認しながら蓄積してきた情報を、デジタル技術によって整理し、比較しやすくする仕組みです。
AIが整備士に代わって安全性を判断するのではなく、整備士が判断するための材料をより効率よく提示する役割を担っています。
「異常が起きてから直す」から予測整備へ
この技術の先にあるのが「予測整備」です。
従来の航空機整備には、一定の時期に点検する定期整備や、不具合が発見された際に対応する整備があります。
これに対して予測整備では、日々蓄積されるエンジン内部の検査画像と、飛行中に取得されるエンジンデータを組み合わせます。
その変化から故障の兆候を早い段階で捉え、必要なタイミングで整備を行うことを目指します。
JALグループでは、今回のシステムをこうした予測整備につながる基盤として発展させる方針です。
航空機は毎日のように飛行しながら、エンジン内部では非常に高い温度や圧力にさらされています。
その状態を「今問題があるか」だけでなく、「以前と比べてどう変化しているか」という時間軸で把握することが、安全運航を支える新しい整備方法につながっています。
ボアスコープ以外にも航空機を壊さず調べる技術がある
航空機整備には、ボアスコープだけでなく「非破壊検査」と呼ばれる技術も数多く使われています。
非破壊検査とは、機体や部品を壊したり切断したりせずに、内部や表面の異常を調べる検査です。
JALエンジニアリングでは、
- X線を利用する放射線透過検査
- 超音波による探傷検査
- 電流を利用する渦流探傷検査
- 蛍光剤を使って傷を確認する蛍光浸透探傷検査
- 磁気を利用する磁粉探傷検査
- ボアスコープによる内視鏡検査
などが行われています。
普段、乗客から見える航空機の整備はほんの一部です。
実際には、エンジンや機体の内部にある小さな変化を見つけるため、さまざまな検査方法が組み合わされています。
整備士の経験とデジタル技術が一緒に空の安全を支える
航空機エンジンの検査で特徴的なのは、最新AIだけでは安全を守れないという点です。
ボアスコープをどこへ入れ、どの角度から確認し、映像に現れた傷をどう評価するのか。
そこには整備士が現場で積み重ねてきた技術があります。
一方で、航空業界では熟練整備士が持つ知識を次の世代へ継承することも重要です。
新しいエンジン検査システムでは、検査画像や過去の判断をデータとして残すことで、ベテランの経験を若手整備士へ伝える役割も期待されています。
人の目と経験、工業用内視鏡、画像認識AI、そして大量の運航データ。
それぞれを組み合わせることで、航空機整備はさらに精密なものへ変わり始めています。
まとめ
航空機エンジンの内部を調べる代表的な技術が「ボアスコープ検査(BSI)」です。
細い工業用内視鏡をエンジン内部へ挿入し、外から見えないタービンブレードなどの状態を整備士が確認します。
さらにJALでは、クレスコが医療分野で培った画像認識AIを航空機エンジン検査へ応用。2019年から研究を進め、2026年にはタービンブレードの画像抽出、過去データとの比較、損傷認識などを行う新システムが実際の運用段階に入りました。
目に見えないエンジン内部の小さな変化を見逃さない整備士の技術と、膨大な画像を扱えるデジタル技術。その組み合わせが、私たちが普段何気なく利用している航空機の安全を支えています。
参考リンク
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