實川欣伸さんは83歳になった現在も富士山の最多登頂記録を更新し続ける
2026年10月7日(水)放送のテレビ朝日「朝メシまで。 富士山の山じまいSP」に、富士山の登頂回数が日本一で「ミスター富士山」と呼ばれる實川欣伸(じつかわ・よしのぶ)さんが登場します。番組では83歳、富士山登頂2200回以上という驚異的な記録と、65歳から本格的に登り続けてきた人生が取り上げられます。
2026年8月14日時点で確認できる登頂回数は2252回。しかし、もともと若い頃から富士山ばかり登り続けていたわけではありません。
初登頂は42歳。そこから中国人研修生との出会い、記録登山への挑戦、定年後の年間200回を超える登頂へと、人生の後半になって富士山との関係が一気に深まっていきました。
この記事でわかること
- 實川欣伸さんの富士山登頂回数と2026年現在の年齢
- 初めて富士山へ登った42歳から65歳までの歩み
- 年間248回、75日連続1日2登頂という驚異的な記録
- 2200回以上登っても實川さんが「引き返す判断」を重視する理由
實川欣伸さんは83歳で富士山2252回登頂
公式動画:SBS NEWS「富士山2252回登頂の83歳が『過信』に警鐘」
實川欣伸さんは1943年生まれ、神奈川県出身で静岡県沼津市在住の登山家です。
全国山の日協議会では「ミスター富士山」として紹介され、80歳だった2023年には2230回登頂を達成。その後も記録を伸ばし続けています。
2026年5月には2248回、7月には2251回に到達。そして2026年8月14日に報じられた時点では、通算2252回となっています。
普通なら1度登るだけでも大きな目標になる標高3776mの富士山を、2000回以上。
しかも83歳になった現在まで登り続けているところに、實川さんの記録のすごさがあります。
初めて富士山へ登ったのは42歳のとき
意外なのは、實川さんの富士山初登頂が決して早くなかったことです。
初めて山頂へ立ったのは1985年、42歳のときでした。
このときは記録を作るためではなく、家族5人での富士登山。その2年後には長女と次男を連れて2度目の登頂を果たしています。
つまり、2000回を超える大記録の原点は、ごく普通の家族登山でした。
42歳から64歳までの登頂回数は355回。もちろん十分に多い数字ですが、その後のペースと比べると、實川さんの本当の「富士山漬け」の日々はさらに後から始まります。
中国人研修生との出会いが富士山へ通い続ける転機になった
實川さんが富士山へ何度も足を運ぶ大きなきっかけとなったのが、勤務先にやって来た中国人研修生たちでした。
1990年、勤務先には中国から約20人の研修生が来日していました。
大型免許を持っていた實川さんが送迎を担当していると、研修生たちから「富士山に登りたい」という声が上がります。
そこで實川さんはボランティアで案内役を引き受け、自分の車で4~5人ずつ富士山へ連れていきました。中国からの研修生受け入れは3年間続き、一緒に山頂へ立った人数は約60人に達しました。
研修生たちが日本一の山へ登れたことを心から喜ぶ姿が、實川さんの中に強く残りました。
本人も後年、この体験が富士山へ引き込まれていった大きな理由だったと振り返っています。研修生が来なくなった後も、思い出の残る富士山へ自然と足が向くようになったのです。
1993年から「何回登れるか」という記録への挑戦が始まった
ただ登るだけだった富士登山が「記録への挑戦」に変わったのは1993年です。
台湾の登山家が富士山4連続登頂を記録したことを知り、自分も挑戦することを決意。
最初はカメラのトラブル、次は台風による大雨で中断しましたが、3度目の挑戦で5連続登頂を29時間51分で達成しました。
さらに御殿場口、須走口、吉田口、富士宮口をつなぐ「4登山道一筆登山」にも挑戦。
ここから、
- 連続登頂
- 海抜0mから山頂を目指す「ゼロ富士」
- 東京から富士山まで歩いて登る
- 富士山を組み込んだ長距離登山
など、単純な登頂回数だけではない独自の挑戦へ広がっていきました。
現在の「ミスター富士山」につながる転機は50歳前後にあったことになります。
65歳から年間200回超えの登頂を本格化
番組でも大きく取り上げられるのが、「65歳から本格的に登り始めた」という点です。
2008年、65歳になった實川さんは仕事を離れ、年間250回の富士山登頂という途方もない目標を立てました。
ただし、沼津の自宅から富士山までは片道約60km。
毎日往復していては費用もかかります。
そこで實川さんが考えたのが、富士山へ行った日に1日2回登頂し、5合目で車中泊して翌日も2回登る方法でした。1泊2日で4回山頂へ行くという生活です。
結果、2008年は年間248回登頂。
さらに、
- 2008年:248回
- 2009年:203回
- 2010年:205回
- 2011年:201回
- 2012年:205回
- 2013年:202回
と、6年連続で年間200回以上を達成しました。
65歳は、多くの人にとって体力の衰えを意識し始める年代です。
實川さんの場合は、そこからむしろ富士登山のペースを大幅に上げています。
75日間連続で「1日2回」富士山頂へ
数ある記録の中でも、とりわけ驚くのが2008年の挑戦です。
實川さんは75日間連続で1日2回登頂を続けました。
75日間だけで、単純計算して150回の山頂往復です。
76日目に台風が接近したことで連続記録は止まりましたが、その後も1日2回登頂を継続。2008年だけで「1日2登頂」を109日行い、218回分を積み上げています。
翌年以降も年間200回を目標にした背景には、メジャーリーグで年間200安打を続けていたイチローさんの存在がありました。
「富士山のイチローになる」。
その発想から6年連続年間200登頂という記録につながりました。
2010年には富士山1000回登頂を達成
大きな節目となったのが2010年10月10日です。
實川さんは富士山通算1000回目の登頂を達成しました。
しかも1000回目は5合目から普通に登るのではなく、海抜0mの田子の浦から村山古道を経由して富士山頂へ向かう「ゼロ富士」を選んでいます。
大雨の中、仲間とともに歩き、最後は7人全員で1000回記念登山を完登しました。
初登頂が42歳だったことを考えると、そこから25年で1000回。
そして現在は、その倍を大きく超える2252回まで積み重ねています。
2200回以上登った今も「危険なら引き返す」
これほどの経験があると、「實川さんならどんな天候でも登れるのでは」と感じます。
しかし、實際は逆です。
實川さんが強く訴えているのは、登山経験への「過信」の危険性です。
登り始める直前でも風が強ければ中止し、登山途中でも危険だと判断すれば引き返します。閉山期には山小屋も営業せず、強風、凍結、落石、雪崩など夏山とはまったく違う危険があると指摘しています。
83歳となった現在は、自身の体力の変化も受け入れながら登っています。
2000回以上の経験があるから無理をするのではなく、2000回以上の経験があるからこそ「今日はやめる」という判断ができる。
それも、長く富士山へ登り続けてきた理由のひとつでしょう。
2026年の富士山はすでに閉山中
番組を見て富士山へ行きたくなった人は注意が必要です。
2026年の富士山登山シーズンはすでに終了しています。
10月現在、
- 吉田ルート:5合目~山頂
- 須走ルート:5合目~山頂
- 御殿場ルート:5合目~山頂
- 富士宮ルート:6合目~山頂
- 山頂のお鉢めぐり
はいずれも冬季閉鎖中です。
2026年の富士宮ルート6合目以上は7月10日から9月10日までが開通期間でした。
開山期以外は山頂へ通じる登山道が通行止めとなり、積雪期は滑落や遭難につながる非常に厳しい環境になります。
實川さんの2252回という記録は、一般の登山者が同じような登り方をしてよいという意味ではありません。
富士登山を計画する場合は、必ず登山シーズンと各ルートの開通情報を確認することが大切です。
まとめ
「朝メシまで。 富士山の山じまいSP」に登場する實川欣伸さんは、83歳にして富士山へ2252回登頂している「ミスター富士山」です。
しかし、その人生をたどると、最初から記録を狙っていたわけではありません。
42歳で家族と初登頂し、中国人研修生を案内した経験から富士山への思いが深まり、50歳前後から記録登山へ。そして65歳からは年間200回を超える登頂を本格化させました。
年齢を重ねてから新しい目標へ向かい、80代になっても記録を伸ばしていること。
そして2252回もの経験がありながら、危険を感じれば引き返すこと。
単純な「登頂回数日本一」という数字以上に、實川さんが長年続けてきた富士登山には、挑戦を続けることと無理をしないことの両方が詰まっています。
参考リンク
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