台湾と出雲を日本酒でつなぐ「台雲酒造」
2026年10月10日放送のNHK総合「六角精児の呑み鉄本線・日本旅 秋・芸備線、木次線、一畑電車を呑む!」では、芸備線、木次線、一畑電車を乗り継ぎながら中国地方の酒と鉄道を巡ります。その旅で登場する「台湾と出雲の架け橋を目指す輸出専門日本酒」が、島根県出雲市の台雲酒造(たいうんしゅぞう)です。
中心にいるのは台湾・台南市出身の陳韋仁(チン・イニン)さん。島根大学への留学をきっかけに日本酒と出会い、酒蔵で経験を積んだ末、自らの酒蔵を出雲に立ち上げました。
代表的な酒が、台湾の歴史的な米「台中六十五号」を原料にした「台中六十五」です。日本酒なのに、日本の店へ行っても基本的に購入できないという、かなり珍しい背景を持っています。
この記事でわかること
- 台雲酒造「台中六十五」が日本国内で販売されない理由
- 創業者・陳韋仁さんが日本酒造りへ進んだ経緯
- 台湾の米「台中六十五号」と島根との意外なつながり
- 出雲に台雲酒造を造った理由と現在の取り組み
「台中六十五」は日本国内で販売できない輸出専門の日本酒
公式動画:台雲酒造の新酒きき酒動画
まず知っておきたいのが、台雲酒造の日本酒は日本国内向けには販売されていないという点です。
台雲酒造自身も商品ページで、同社が持つ免許は「輸出専用」であるため、日本国内での販売は禁止されていると案内しています。台湾の知人へ送る注文などには対応していますが、日本の一般的な酒店や通販サイトで購入して自宅へ届けてもらう酒とは仕組みが異なります。
その理由が「輸出用清酒製造免許」です。
この制度は、日本酒の海外展開を後押しするために設けられたもので、国税庁は「輸出するために清酒を製造しようとする場合」に与える免許としています。国内流通用の清酒を造るための免許ではありません。
つまり台雲酒造は、日本で酒を造りながら、その先にいる主な飲み手を海外に置いている酒蔵なのです。
会社の業務内容も「輸出用清酒の製造、日台交流」。酒を売ることだけでなく、日本酒を通じて台湾と日本をつなぐことが酒蔵そのものの目的になっています。
創業者・陳韋仁さんは台湾から島根大学へ留学して日本酒と出会った
台雲酒造を立ち上げた陳韋仁さんは、台湾・台南市の出身です。
転機となったのは2008年。島根大学へ留学した陳さんは、島根の地酒と出会いました。その後は日本酒を飲む側ではなく、造る側へ進んでいきます。
2012年には山口県の旭酒造へ入り、酒造りと海外営業を経験。2015年には島根県の李白酒造へ蔵人として入り、さらに醸造技術を磨きました。
2016年には酒造技能士を取得し、2017年には酒類総合研究所の清酒コースも経験しています。
そして2018年、木次酒造で初めて完成させたのが、後の台雲酒造を象徴する酒となる「台中六十五」でした。
陳さんの歩みを見ると、台湾出身者が日本で酒蔵を始めたというだけではありません。日本各地の蔵で酒造りを学び、海外営業も経験し、その両方を生かして「海外へ届ける日本酒」を造る道へ進んだことが分かります。
「台中六十五」は台湾で生まれた米を日本酒へ戻した酒
酒の名前になっている「台中六十五」は、もともとは米の品種名です。
台中六十五号は1929年、磯永吉と末永仁によって台湾で完成した品種で、病気に強く収穫量も多かったことから台湾で広く栽培されるようになりました。
この米には島根との意外なつながりがあります。
台中六十五号は、兵庫県の「神力米」と島根県の「亀治米」を掛け合わせて生まれた米です。長く島根で暮らしてきた陳さんは、この米を島根で栽培して日本酒にしたいと考えました。
ところが種もみの確保から簡単ではありませんでした。
大学の種子庫などからの入手は実現せず、最終的には、かつて沖縄で奨励品種として栽培されていたつながりから種もみを確保。栽培する田んぼについても、李白酒造で一緒に働いていた先輩蔵人が提供を申し出たことで道が開けました。
台湾で歴史を刻んだ米を、島根で育て、日本酒にする。
「台中六十五」という酒が日台の架け橋と呼ばれる理由は、ラベルや名称だけではありません。原料となる米そのものに、台湾と日本、そして島根を結ぶ歴史が刻まれています。
毎年違う酒蔵で造りながら技術を学んだ
陳さんは最初から自分の酒蔵を持っていたわけではありません。
「台中六十五」の酒造りを始めた後も、複数の酒蔵へ入り、それぞれ異なる環境で醸造を経験しています。
公式プロフィールには、旭酒造、李白酒造、木次酒造、板倉酒造、宗政酒造、はつもみぢなどで経験を積んだ経歴が記されています。
一つの蔵だけの造り方に固定するのではなく、毎年異なる蔵で醸造哲学や技術を吸収しながら「台中六十五」を育てていく。それ自体が陳さんにとって酒造りの修業でもありました。
こうして何年も米作りと醸造を続けた末、2021年に自らの酒蔵を立ち上げます。
「台湾」の台と「出雲」の雲を取って台雲酒造と命名
2021年、陳さんは輸出用清酒製造免許を取得し、島根県出雲市斐川町に台雲酒造合同会社を創業しました。
「台雲」という名前は、
- 台湾の「台」
- 出雲の「雲」
を一文字ずつ組み合わせたものです。
主要銘柄となった「台中六十五」が台湾と日本を結ぶ酒として育ってきたことから、新しい酒蔵自体にも日本と台湾をつなぐ役割を持たせたいという思いが込められています。
所在地は島根県出雲市斐川町中洲1170。
単なる日本酒メーカーではなく、会社の事業内容に「日台交流」を掲げているところにも、台雲酒造の特徴が表れています。
海外の日本酒コンテストでも評価を重ねている
台雲酒造の酒は、海外を中心とした日本酒コンテストでも評価されています。
公式サイトでは、2025年にIWC SAKEの純米大吟醸部門で金賞、KURA MASTERの純米酒部門で金賞を受賞したほか、香港のOriental Sake Awardsなどでも受賞実績が掲載されています。
原料米の物語が珍しいだけでなく、酒そのものの品質も海外で評価されていることになります。
台湾出身の造り手が島根で米を育て、日本酒を醸し、それを再び海外へ届ける。
「台中六十五」は、その一連の流れまで含めて完成する酒なのかもしれません。
台雲酒造・台中六十五の基本情報
- 酒蔵:台雲酒造合同会社
- 代表:陳韋仁(チン・イニン)さん
- 所在地:島根県出雲市斐川町中洲1170
- 設立:2021年7月
- 主な事業:輸出用清酒の製造、日台交流
- 主要銘柄:台中六十五シリーズ、台雲シリーズ
- 日本国内販売:輸出専用免許のため不可
- 「台中六十五」の原料:蓬莱米「台中六十五号」
まとめ
「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」で登場する輸出専門日本酒を手がけているのが、島根県出雲市の台雲酒造です。
創業者の陳韋仁さんは台湾から島根大学へ留学したことをきっかけに日本酒の世界へ入り、各地の酒蔵で経験を積みました。そして台湾の歴史的な米「台中六十五号」を島根で栽培し、日本酒「台中六十五」を完成させています。
さらに2021年には、自ら輸出用清酒製造免許を取得して台雲酒造を創業しました。
日本で造っているのに、日本国内では一般販売できない日本酒。
その一見不思議な仕組みの背景には、最初から海外へ日本酒を届け、台湾と日本を酒で結びたいという陳さんの一貫した挑戦があります。
参考リンク
NHKオンデマンド「六角精児の呑み鉄本線・日本旅 秋・芸備線、木次線、一畑電車を呑む!」
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