記事内には、広告が含まれています。

屋久島の仙人・菊池亨さんの経歴と自給自足生活|バカリズムのちょっとバカりハカってみた!

人物

40年以上、屋久島の森で暮らしてきた「伝説の仙人」

2026年9月9日放送の『バカリズムのちょっとバカりハカってみた!』では、「伝説の仙人を超秘境で発見SP」として、屋久島の森で水道やガスに頼らず長年暮らしてきた男性が紹介されます。

番組予告にある「40年間」「屋久島の森」「もう誰も信じられない」という情報をテレ東の過去の公式記事と照合すると、この人物は菊池亨(きくち・とおる)さんです。2019年にもテレビ東京が菊池さんを取材しており、さらに2012年には鹿児島テレビ制作のドキュメンタリーで、その自給自足生活が詳しく取り上げられていました。

この記事でわかること

  • 屋久島の「伝説の仙人」菊池亨さんの人物像
  • 京都から屋久島へ移住した経緯
  • 水道やガスにほとんど頼らない自給自足生活
  • 陶芸家として暮らしながら、お金に頼らない生き方を選んだ理由

屋久島の伝説仙人は菊池亨さん

出典:テレ東プラス

菊池亨さんは、屋久島の森の中で長年、自給自足に近い生活を続けてきた陶芸家です。

2019年のテレ東公式記事では67歳として紹介され、「40年間森で一人暮らしをしている仙人」として登場しました。廃材などを使って住居を作り、11匹の猫と暮らしていたことも紹介されています。

実はテレビへの登場はこれが初めてではありません。

2012年には鹿児島テレビ制作『自給自足人~年収20万円 お金に頼らない暮らしがしたい~』で密着取材を受けています。当時は「京都府出身の陶芸家」と紹介され、屋久島で30年以上生活している人物として、その暮らしが記録されました。番組は日本民間放送連盟賞のエンターテインメント番組部門で優秀賞を受賞しています。

つまり、単にテレビ番組が見つけた珍しい「仙人」ではありません。

菊池さんは何十年にもわたって、自分の生活そのものを「できるだけお金に頼らず、自分で作る」という方向へ組み立ててきた人です。

京都の裕福な家庭から人生が一変した

菊池さんは1952年、京都で生まれました。

父親は会社を経営しており、幼少期は比較的裕福な家庭で育ったとされています。しかし、子ども時代には激しいイジメを経験。その後、14歳の頃に父親の会社が倒産し、家庭環境が大きく変わりました。

父親が多額の借金を抱え、借金の取り立てが自宅にまで来る生活を目の当たりにした経験は、後の菊池さんの価値観に大きな影響を与えます。

鹿児島テレビのドキュメンタリーでも、父親の事業失敗と借金生活を経験したことで、「お金に頼らない暮らしがしたい」と考えるようになったことが紹介されています。

高校卒業後には実家を離れました。

20歳頃には焼き物店で働き、一人暮らしを始めます。しかし、生活するために働き、家賃を払うためにまた働くという暮らしに疑問を感じるようになったそうです。

そこで生まれたのが、

「できるだけ人やお金に縛られずに暮らしたい」

という考えでした。

現在の生活だけを見ると非常に特殊に感じますが、菊池さんにとって自給自足は趣味やアウトドアではなく、若い頃から抱えてきた人生観の延長にあります。

27歳で屋久島の土地を80万円で購入

転機となったのが屋久島との出会いです。

テレ東の取材によると、屋久島で土地が安く売られていると知った菊池さんは、27歳の頃に現在の生活につながる土地を80万円で購入しました。

1952年生まれなので、移住したのは1970年代末頃と考えられます。

2012年のドキュメンタリーでは、当時すでに屋久島での生活が34年に及んでいました。

移住後は陶芸を仕事にしました。

屋久島の土を使って器などを作り、自作の登り窯まで持っていたといいます。都会で会社員として収入を得ながら生活するのではなく、自分の手で作ったものを売り、必要なものの多くは自分で作る生活を選びました。

この「陶芸家」という部分は、菊池さんを理解するうえでかなり重要です。

単純に現金収入が少ない生活をしているのではなく、必要な現金そのものを少なくする仕組みを何十年もかけて作ってきました。

家まで手作り、山の水を水道代わりにする暮らし

菊池さんの生活で特に驚くのが住居です。

2013年のテレビ東京『お金がなくても幸せライフ がんばれプアーズ!』では、屋久島の山の斜面に横穴を掘り、その場所を利用して作った独特の家が紹介されています。

夏は涼しく冬は暖かい構造で、焼酎瓶を壁に埋め込み、光が入るステンドグラスのような仕掛けまで作られていました。

水も一般家庭とはまったく違います。

2019年のテレ東取材では、市販の水道設備ではなく、昔の島民が利用していた水路から水を引いていたとされています。

ガスは使わず、風呂は屋外の五右衛門風呂。

洗濯には、なんと台風で飛んできたカーブミラーを洗濯板代わりに利用していました。

「ないものを買う」のではなく、

「身の回りにあるもので作れないか」

と考えるのが菊池さんの暮らしの基本になっています。

野菜は10種類以上、豆腐やお茶、服まで手作り

食生活もかなり自給自足に近いものです。

2012年のドキュメンタリーでは、タケイモ、ダイコン、アカカブなど15種類以上の野菜を育て、野菜類はほぼ自給自足だったことが紹介されています。

2019年の取材でも、キュウリやカボチャなど10種類以上を栽培。

さらに、お茶や豆腐まで自分で作っていました。

服も古布などから自作しています。

もちろん、完全にお金を使わないわけではありません。猫のキャットフードなど、自分で作れないものはホームセンターで購入していました。

このあたりは「完全な0円生活」とは少し違います。

菊池さんが目指しているのは、現金をまったく使わないことではなく、生活のために大量のお金を必要としない暮らしです。

年収20万円でもお金が余る生活だった

2012年のドキュメンタリーで特に注目されたのが、菊池さんの収入です。

当時、陶芸による年間収入は約20万円。

一般的な感覚では「それでどうやって生活するのか」と思う金額ですが、野菜を育て、水を引き、薪を燃料にし、服や住居まで自分で作るため、現金を使う場面そのものが少なかったといいます。

2019年の取材時には、月約3万円の年金で暮らしていることも紹介されました。

時期によって収入源や金額は変化していますが、一貫しているのは「収入を増やす」より「お金がなくても暮らせる生活を作る」という考え方です。

ここが、一般的な節約生活とは大きく違うところでしょう。

「もう誰も信じられない」の背景にあった出来事

2026年9月9日の番組予告でも強く打ち出されているのが、

「もう誰も信じられない」

という言葉です。

これは2019年のテレビ東京取材でも菊池さん本人の言葉として紹介されています。

幼少期のイジメ、父親の借金問題などを経験し、人間関係に強い不信感を抱いていた菊池さん。

屋久島へ移住してからは、自分で作った焼き物を販売しながら自由な生活を始めましたが、その後、信頼していた女性との出来事をきっかけに、さらに人との交流を避けるようになったとされています。具体的な内容については、当時のテレ東記事でも詳しくは明かされていません。

島民との交流だけでなく、家族との連絡も絶つようになったそうです。

ただ、完全に「一人でいることだけ」を望んでいたわけでもありませんでした。

2019年の取材では、子どもの頃の友人から電話があり、自分のことを今でも友達だと思ってくれていることに気づいたエピソードも紹介されています。

人との関係に傷つきながら、それでも人とのつながりを完全には切り離せない。

菊池さんの生活が単なる「変わった自給自足生活」として終わらないのは、この人生の背景があるからです。

陶芸家として「作ること」が暮らしの中心にある

菊池さんについて調べていくと、家、風呂、衣類、食べ物など、とにかく「自分で作る」という行動が繰り返し登場します。

これは本業が陶芸家であることとも無関係ではなさそうです。

屋久島の土を使って器を作り、自分で窯を作り、自然の中にあるものから生活用品を作る。

買うことよりも作ることが先に来ます。

2012年のドキュメンタリーのタイトルが『職業 自給自足人』だったのも象徴的です。

菊池さんにとって自給自足は生活費を減らす手段だけではなく、自分の人生を自分で決めるための方法だったのかもしれません。

菊池亨さんの暮らしを知るうえで押さえておきたいこと

テレビを見て屋久島へ行き、「仙人の家を見てみたい」と思う人もいるかもしれません。

ただし、菊池さんの暮らしている場所は観光施設ではなく個人の生活の場です。テレ東の公式記事でも具体的な住所は公開されていません。

屋久島は山岳地帯が多く、登山道から外れた森林へ安易に入ること自体にも危険があります。

菊池さんの暮らしに興味を持った場合は、本人の住居探しをするより、過去の番組やドキュメンタリーを通してその生活や考え方を知るのが適切です。

また、2012年、2013年、2019年と複数回の取材記録が残っているため、それぞれを見比べると生活の変化も見えてきます。

まとめ

2026年9月9日放送の『バカリズムのちょっとバカりハカってみた!』で紹介される屋久島の「伝説の仙人」は、過去のテレ東公式情報と照合すると陶芸家の菊池亨さんです。

京都の裕福な家庭に生まれながら、父親の事業失敗や借金問題などを経験し、「お金に頼らない暮らし」を求めて20代で屋久島へ移住しました。

森の中に自分で住居を作り、山から水を引き、薪を燃料にし、五右衛門風呂に入り、野菜を栽培する生活を何十年も続けています。

年間収入20万円ほどだった時代にも生活できたのは、単に極端な節約をしたからではありません。

「必要なものを自分で作ることで、お金を必要としない暮らしを作った」という部分が、菊池さんの生き方の核心です。

9月9日の放送では、過去にも何度も取材されてきた菊池さんの人生が、現在の『バカりハカってみた!』でどのように描かれるのかも注目されそうです。

参考リンク


気になる生活ナビをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました