リーブ・アリューシャン航空8便で何が起きたのか
2026年9月29日放送のテレビ東京「(秘)衝撃ファイル【奇跡の生還SP】」で取り上げられるのが、飛行中に巨大なプロペラを失いながら乗客乗員15人が生還した「リーブ・アリューシャン航空8便」の事故です。
事故が起きたのは1983年6月8日。4発のターボプロップ旅客機ロッキードL-188Cエレクトラの4番エンジンからプロペラが丸ごと脱落し、機体下部を直撃しました。
客室は急減圧し、操縦系統は固まり、エンジンの出力操作まで困難になるという異常事態。それでもジェームズ・ギブソン機長ら乗員は、通常とはまったく異なる方法で機体をコントロールし、アンカレッジへの着陸を成功させました。NTSB(米国家運輸安全委員会)の記録では、乗客10人、乗員5人の15人に負傷者はいませんでした。
この記事でわかること
- リーブ・アリューシャン航空8便で起きた事故
- ジェームズ・ギブソン機長が選んだ生還への操縦
- 着陸装置まで使って高度を調整した理由
- プロペラ脱落の原因が現在も特定されていない理由
ジェームズ・ギブソン機長が15人全員を生還させた
公式動画:ロナルド・レーガン大統領図書館「ジェームズ・ギブソン機長とのホワイトハウスでの面会映像」
機長を務めていたのは、当時54歳だったジェームズ・ギブソンです。
NTSBの事故記録では、ギブソン機長の総飛行時間は1万3874時間。そのうち事故機と同型機であるロッキードL-188では5711時間を経験していました。まさに機体を熟知したベテランでした。
事故後の1983年6月20日にはホワイトハウスを訪問し、ロナルド・レーガン大統領から緊急事態におけるプロフェッショナルな対応をたたえられています。大統領図書館には、ギブソン機長夫妻らが大統領と面会した記録と映像が残されています。
乗客15人を乗せていたのではなく、正確には乗客10人と乗員5人の計15人。その全員が無傷で生還しました。
高度約6000mで4番エンジンのプロペラが脱落
8便は1983年6月8日、アラスカ州コールドベイを出発し、シアトルへ向かっていました。
使用されていたのは4基のターボプロップエンジンを備えたロッキードL-188Cエレクトラです。
飛行中、乗員はまず通常とは違う振動に気付きました。原因を確認しようとしたものの異常箇所を特定できず、その後さらに振動が激しくなります。
そして客室乗務員が右側を見ると、4番エンジンのプロペラが機体から分離する瞬間を目撃しました。
外れたプロペラはそのまま機体を直撃。NTSBは、
- 機体下部に大きな損傷
- 客室の減圧
- 飛行操縦系統の固着
- スロットル操作にエンジンが反応しない状態
が発生したと記録しています。
単純に「エンジンを1基失った」という事故ではありませんでした。
飛行機を動かすための基本的な操縦系統そのものに深刻な障害が起きていたのです。
オートパイロットでわずかな操縦能力を確保した
通常の操縦が難しくなった8便で、乗員が使ったのがオートパイロットでした。
NTSBの事故報告書には、飛行操縦系統が固着した状態で、オートパイロットを使って「最小限のコントロール」を確保したことが記録されています。
乗員はその状態で目的地シアトルへ向かうことをやめ、アラスカ州アンカレッジへの緊急着陸を目指しました。
しかし、アンカレッジへ到達できても、そこから通常の着陸操作ができるわけではありません。
特に大きな問題だったのが高度調整でした。
着陸装置を出し入れして機体を上昇・下降させた
8便の生還劇で特に驚かされるのが、着陸装置を操縦の一部として利用したことです。
NTSBによると、乗員は2番エンジンを停止した状態で、ランディングギアを格納したり展開したりすることで機体を上昇・下降させました。
着陸装置を下ろせば空気抵抗が増加します。
通常は地上へ降りる直前に使う装置ですが、操縦系統が正常に機能しない8便では、その空気抵抗まで利用して機体の姿勢や高度を調整する必要がありました。
操縦桿だけで機体を動かすのではなく、「まだ動かせるもの」を組み合わせながらアンカレッジへ近づいていったことになります。
着陸後はエンジンを止めて機体を減速した
アンカレッジへの進入に成功しても、危機は終わっていませんでした。
エンジン出力を通常通り操作できないため、滑走路へ降りた後にも機体を停止させるという難題が残っていました。
NTSBの記録では、8便は最終的に安全に着陸。その後、乗員は機体を減速させるためエンジンを停止しています。機体は大きな損傷を受けましたが、乗員5人、乗客10人の計15人に負傷者はいませんでした。
飛行中にプロペラが機体を直撃し、減圧が発生し、操縦系統とエンジン出力操作にも障害が出た状況からの全員生還でした。
事故のわずか12日後、ギブソン機長がホワイトハウスへ招かれたことからも、この着陸が当時大きく評価されたことが分かります。
プロペラが外れた原因は現在も特定されていない
これほど重大な事故でありながら、4番エンジンのプロペラがなぜ脱落したのかについては、NTSBも原因を特定できませんでした。
理由は、分離したプロペラそのものが海へ落下したためです。
事故調査ではプロペラシステムの振動と分離が確認されていますが、分離を引き起こした正確な原因については「undetermined(不明)」とされています。
つまり、事故の始まりとなった最大の謎は残されたままです。
一方で、事故後に確実に記録されたのは、プロペラ脱落後に次々と操縦機能を失いながらも、乗員が残されたシステムを組み合わせて飛行を続けたという事実でした。
実用情報|リーブ・アリューシャン航空8便事故の基本情報
- 発生日:1983年6月8日
- 航空会社:リーブ・アリューシャン航空
- 便名:8便
- 出発地:アラスカ州コールドベイ
- 当初の目的地:ワシントン州シアトル
- 緊急着陸先:アラスカ州アンカレッジ
- 機種:ロッキードL-188Cエレクトラ
- 機体登録番号:N1968R
- 乗員:5人
- 乗客:10人
- 負傷者:0人
- 機長:ジェームズ・ギブソン
- 主な異常:4番プロペラ脱落、機体損傷、客室減圧、操縦系統固着、エンジン出力操作障害
- プロペラ脱落原因:特定されず
まとめ
リーブ・アリューシャン航空8便は、飛行中に4番エンジンのプロペラが丸ごと脱落し、機体を直撃した航空事故です。
さらに客室減圧、操縦系統の固着、エンジン出力操作の障害が重なりました。
それでもジェームズ・ギブソン機長ら乗員は、オートパイロットによるわずかな操縦能力を使い、さらに2番エンジンと着陸装置の操作まで組み合わせて高度を調整。アンカレッジへの着陸に成功しました。
乗客10人と乗員5人の計15人は全員生還し、負傷者もゼロでした。
一方、事故を引き起こしたプロペラは海へ落下したため、なぜ脱落したのかという正確な原因は現在も特定されていません。
参考リンク
- NTSB「リーブ・アリューシャン航空機 N1968R 事故調査最終報告書」
- テレビ愛知「世界が騒然!本当にあった(秘)衝撃ファイル」9月29日放送内容
- ロナルド・レーガン大統領図書館「1983 Public Papers of the President」
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