銀座のシンボルを94年間動かしてきたSEIKO HOUSE時計塔の技術
2026年10月2日放送の「ザワつく!路線バスで寄り道の旅」では、綾瀬はるかさん、長嶋一茂さん、高橋茂雄さん、ウエンツ瑛士さんが銀座で時計の技術を見学し、ビル屋上の時計台へも特別に入ります。銀座4丁目交差点に立つ「SEIKO HOUSE」の時計塔は、1932年に完成して以来、銀座の街へ時刻を伝え続けてきたランドマークです。
外から眺めると優雅な歴史的建築ですが、内部では振り子式からクオーツ、電波による時刻修正、GPSへと技術が更新されてきました。直径2.4mの巨大な文字盤、1.17mの分針、4方向の針を同時に動かす仕組みなど、時計メーカーならではの技術が詰め込まれています。
この記事でわかること
- SEIKO HOUSE時計塔の文字盤と針の大きさ
- 4面の時計を正確に動かす仕組み
- 1894年の初代時計塔から現在までの歴史
- 屋上へ一般客が入れるのか、見学方法とアクセス
SEIKO HOUSE時計塔は直径2.4m、分針は1.17m

出典:セイコーミュージアム銀座「SEIKO HOUSEの時計塔」
銀座4丁目交差点を見下ろす現在の時計塔は、1932年に完成した2代目時計塔です。
時計塔まで含めた建物の高さは39.39m。そのうち時計塔部分だけで9.09mあります。
さらに驚くのが文字盤と針の大きさです。
- 文字盤:直径2.4m
- 分針:長さ1.17m
- 時針:長さ0.75m
- 時計塔の文字盤:東西南北の4面
- 建物屋上までの高さ:30.30m
- 時計塔を含めた高さ:39.39m
地上から見ていると普通の時計のように感じますが、間近で見ると人の身長に迫るほどの巨大な針が動いています。
しかも文字盤は単なる金属板ではありません。
現在もガラス製の文字盤が使われ、表側には時刻を示すインデックスを刻んで墨を入れ、裏側は白く塗装されています。夜になると内部から光を当てることで、銀座の街から時刻を読み取りやすくする仕組みです。
4面の巨大な針を1つの仕組みで同時に動かしている
SEIKO HOUSE時計塔には東西南北4方向に文字盤があります。
現在は地下2階に設置されたクオーツの親時計から送られる信号によって、時計塔内部のモーターが動きます。
そのモーターの力をギアへ伝え、4面の時計の針が同じ時刻を示すよう連動させています。
現在の姿だけを見ると最新の時計に思えますが、1932年の完成当初はまったく違いました。
当時はドイツ製の機械を使った振り子式で、重りを動力として時計を動かしていました。
熟練した技術者が毎日時計塔を確認し、わずかな進みや遅れを調整。1分とずれないよう維持していたと伝えられています。
巨大な時計塔そのものは変わらなくても、その内部は時代ごとの最先端技術へ更新されてきたのです。
振り子からクオーツ、電波、GPSへ進化した
現在までの技術の変化を見ると、SEIKO HOUSE時計塔が「時計技術の歴史そのもの」といえる理由がよく分かります。
1932年の2代目時計塔完成時は振り子式でした。
大きな重りが付いたチェーンをモーターで巻き上げ、その力で時計を動かしていました。
1966年になると、セイコー製のクオーツ親時計を導入します。
地下2階の親時計から信号を送り、塔内のモーターを動かす現在につながる方式へ大きく変化しました。
その後も、
- 1974年:さらに高精度なクオーツへ更新
- 1992年:短波JJYによる時刻修正を導入
- 2002年:電話回線を使うテレホンJJY方式へ変更
- 2004年:GPSによる時刻修正方式を導入
- 2022年:光テレホンJJY方式へ移行
と進化しています。
特に2004年からは、GPSで時刻を修正する親時計と、別系統で時刻を修正する親時計の2台体制になりました。
停電など予期せぬ事態が発生した場合にも正確な時刻を維持できるよう、バックアップ機能まで持たせています。
1932年の時計塔をそのまま残しながら、内部の「時を刻む頭脳」だけを最新技術へ更新し続けていることになります。
巨大な針には風に負けない工夫が隠されている
屋上約30mの位置にある時計塔では、地上とは違う問題も発生します。
その一つが風です。
文字盤には1mを超える巨大な分針が取り付けられているため、強い風を受けても正確に動かなければなりません。
1932年の完成当時には、2本の針を支えながら屋上の風圧へ耐えるため、文字盤用として厚さ24mm以上のガラスが必要とされ、ベルギーからガラスが取り寄せられました。
2004年には時針と分針も交換されています。
針には通常の時計に見られるバランサー部分が外側にありません。その代わり、時計内部に重りを取り付けて針の重量バランスを取る構造になっています。
地上からはほとんど見えない部分に、巨大な時計を正確に動かすための工夫が隠されています。
時計塔は1894年に服部金太郎が始めた
銀座とセイコーの時計塔の歴史は、現在の建物よりさらに約40年前までさかのぼります。
セイコー創業者・服部金太郎は1881年に服部時計店を創業しました。
1894年には銀座4丁目交差点角にあった朝野新聞社の建物を購入。建物を増改築し、その屋上へ初代時計塔を設置しました。
初代時計塔にも東西南北の4面に文字盤があり、スイス製の機械式時計を使用。
時計用と鐘用の大きな重りを巻き上げると約1週間動き、30分ごとに鐘を鳴らして銀座の人々へ時刻を知らせていました。
当時、服部金太郎は単に時計を販売するだけではなく、街を行く人へ時刻を知らせる時計塔を店の上に設けました。
現在の銀座4丁目と時計塔の関係は、この初代から始まっています。
関東大震災を乗り越え1932年に現在の時計塔が完成
初代時計塔は1921年、社屋建て替えのため解体されます。
ところが新しい建物の工事を進めようとしていた1923年、関東大震災が発生しました。
建設計画は一度中止となります。
再び計画が動き始めたのは1929年。1930年に工事が始まり、1932年6月10日に現在の2代目時計塔の落成式が行われました。
設計を手掛けたのは渡辺仁建築工務所で、施工は現在の清水建設にあたる清水組です。
建物にはネオ・ルネッサンス様式が採用されました。
一方、時計塔については「世界にふたつとない時計塔」を目指し、建物との調和を図りながら何度も設計が検討されました。
現在の銀座を象徴する形は、こうして誕生しています。
戦災でも建物は残り時計塔は銀座を見守り続けた
時計塔が完成してから13年後の1945年、銀座周辺は空襲を受けました。
周囲の多くの建物が被害を受けるなか、服部時計店本社の建物は大きな損傷を免れます。
時計塔では爆風によって文字盤3面のガラスが破損しましたが、建物そのものは残りました。
戦後には建物が接収された時期もありましたが、1952年に和光が現在の建物で正式に営業を開始します。
1954年からは、現在にもつながるウェストミンスター式のチャイムが鳴るようになりました。
銀座の街並みが大きく変化しても、時計塔はほぼ同じ場所から時刻を伝え続けています。
2022年に和光本館から「SEIKO HOUSE」へ
時計塔完成90周年となった2022年、建物には新しい役割が加わりました。
それまで和光本館として知られていた建物を「SEIKO HOUSE」と名付け、セイコーブランドや日本のものづくりを世界へ発信する拠点として再整備しました。
現在、地下1階から4階では和光の店舗営業が続いています。
上層階には、
- 5階:ゲストラウンジ
- 6階:セイコーハウスホール
- 7階:アトリエ銀座
- 屋上:セイコースカイガーデン
があります。
特に7階「アトリエ銀座」は、時計づくりに携わる匠の技とものづくり文化を発信する場所です。
グランドセイコーの最高峰クラスであるマスターピースコレクションには、アトリエ銀座の時計師たちが手掛けるメカニカルモデルもあります。
歴史的な時計塔のすぐ下で、現在も新しい時計づくりが行われていることになります。
時計塔の屋上「セイコースカイガーデン」は通常は招待制
番組で注目したいのが、時計塔を間近に見る屋上です。
SEIKO HOUSEの屋上には「セイコースカイガーデン」があります。
ウッドデッキや植栽が配置され、時計塔の鐘を間近で聞きながら銀座の中心を見渡せる空間ですが、通常は一般開放されていません。
- 名称:SEIKO HOUSE
- 住所:東京都中央区銀座4丁目5-11
- 最寄り駅:東京メトロ銀座駅
- A9・A10出口から徒歩すぐ
- B1出口直結
- 屋上セイコースカイガーデン:招待制
- 7階アトリエ銀座:招待制
時計塔そのものへ自由に上れる観光施設ではない点には注意が必要です。
時計塔を近くで見たいならセイコーミュージアム銀座もある
屋上へ一般入場できなくても、時計塔の巨大さを体感できる場所があります。
SEIKO HOUSEからほど近い「セイコーミュージアム銀座」には、時計塔の文字盤を原寸大で再現したレプリカが展示されています。
直径2.4mの文字盤や1mを超える針を間近で見ることで、普段交差点から眺めている時計がどれほど巨大なのか体感できます。
時計塔だけではなく、和時計から国産時計、クオーツ時計など、セイコーと時計技術の歴史をたどれる施設です。
銀座で時計の技術そのものを詳しく知りたい人には、SEIKO HOUSEと合わせて訪れやすい場所です。
まとめ
銀座4丁目のSEIKO HOUSE時計塔は、単なる歴史的なランドマークではありません。
現在の2代目時計塔は1932年に完成し、直径2.4mの文字盤と長さ1.17mの分針を持ちます。
時計を動かす仕組みも、振り子式からクオーツ、電波による時刻修正、GPSへと進化してきました。
外観は約1世紀にわたって銀座のシンボルであり続けながら、中身は時代ごとの新しい技術へ更新されているのです。
さらに時計塔の下には現在、時計づくりの匠が集まる「アトリエ銀座」も置かれています。
「ザワつく!路線バスで寄り道の旅」で扱われる“常識を覆した日本の技術”というテーマを象徴するように、銀座の時計塔には歴史を残しながら精度を高め続けてきた日本の時計技術が凝縮されています。
参考リンク
気になる生活ナビをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント