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古代のはちみつは人類最古級の甘味 紀元前6000年ごろの採蜜から古代エジプトへ|グレーテルのかまど

スイーツ

砂糖よりはるか昔、人類が手に入れていた特別な甘さ

2026年10月5日放送のNHK Eテレ「グレーテルのかまど ヘンゼルのスイーツ!タイムトラベル」では、番組15周年を記念して、古代のはちみつから現代の砂糖まで、人類が甘味を求め続けてきた歴史をたどります。

砂糖を自由に使える現代とは違い、人類が最初に出会った代表的な濃厚な甘味が「はちみつ」でした。

スペインには紀元前6000年ごろまでさかのぼるとされる採蜜の岩絵が残り、古代エジプトでは、はちみつを入れていたことが文字で確認できる壺まで発見されています。

お菓子が存在するよりはるか昔から、人は危険を冒してでも「甘いもの」を求めていたのです。

この記事でわかること

  • 紀元前6000年ごろの採蜜を描いた岩絵
  • 古代エジプトではちみつが使われていた証拠
  • 砂糖以前にはちみつが果たしていた役割
  • 日本に残る643年の養蜂記録

紀元前6000年ごろには人間が野生のはちみつを採っていた

出典:メトロポリタン美術館「Gathering Honey, Tomb of Rekhmire」

はちみつと人間の関係は、文字による歴史より古い時代までさかのぼります。

スペイン・バレンシア州のラ・アラーニャ洞窟には、人が高い場所にある蜂の巣へ近づき、はちみつを採取している場面を描いた岩絵があります。

日本養蜂協会では、この採蜜風景などから、紀元前6000年ごろには人々がはちみつを利用していたと紹介しています。スペイン文化省も、同地域の岩絵で特に重要な題材として「はちみつの採取」を挙げています。

もちろん当時は、現在のような養蜂場も防護服もありません。

人々は自然界にできた蜂の巣を見つけ、そこから直接はちみつを手に入れていました。

甘い果物とは違い、強く濃縮された甘さを持つはちみつは、当時の人々にとって極めて魅力的な食べ物だったはずです。

はちみつはミツバチが作る「濃縮された花の蜜」

そもそも、花の蜜とはちみつは同じものではありません。

ミツバチが花から吸った蜜は巣へ運ばれ、別のミツバチへ受け渡されます。その過程で酵素が混ざり、さらに巣房の中で羽を使って水分を蒸発させます。

こうして水分が20%程度まで減り、濃縮されたものがはちみつになります。

日本養蜂協会によると、はちみつの糖分の中心はブドウ糖と果糖です。水分が少ないため保存性も高く、長期間蓄えておける食べ物になります。

人類が特別な製糖技術を持っていなかった時代に、ミツバチが自然の中で作ってくれていた「濃縮された甘味」。

それが、はちみつでした。

古代エジプトでは「はちみつ」と書かれた壺まで残っている

はちみつの歴史をさらに具体的に伝えてくれるのが古代エジプトです。

メトロポリタン美術館には、紀元前14世紀ごろのエジプトで使われた大きな保存壺の破片が収蔵されています。

そこに残されたヒエラティック文字には、ミツバチを表す記号が記されており、壺の中身が「はちみつ」だったことが確認されています。

単に蜂の絵が描かれているという話ではありません。

実際にはちみつを保管する容器があり、その内容物まで文字で管理されていたことになります。

さらに、古代エジプトの宰相レクミラの墓には、はちみつを集める様子を描いた壁画も残されています。

メトロポリタン美術館が所蔵する模写には、蜂の巣から採取したものを容器へ移す人々の姿が描かれています。

野生の巣から採るだけだった時代から、人間がミツバチを管理し、その甘味を利用する時代へ。

はちみつは少しずつ「偶然手に入る甘いもの」から、「作り、保存する食品」へ変化していきました。

甘いだけでなく薬や保存にも使われていた

古代のはちみつが貴重だった理由は、甘さだけではありません。

メトロポリタン美術館によると、古代エジプトの医学文書には、傷へはちみつを使用する処方も残されています。

はちみつは、食べる甘味であると同時に、暮らしを支える素材でもありました。

日本養蜂協会も、歴史上の利用法として、

  • 食品の甘味
  • パンや菓子への利用
  • 蜂蜜酒
  • 内服や外傷への利用
  • 化粧品
  • 料理の材料

などを挙げています。

現代では「パンに塗るもの」「ヨーグルトへかけるもの」という印象が強いですが、砂糖が普及する以前はもっと幅広い価値を持っていました。

砂糖がない時代には「自然界にある甘さ」そのものが貴重だった

現在のスイーツは、砂糖があることを前提に作られています。

ケーキ、クッキー、チョコレート、ジャム、アイスクリーム。

しかし人類史の大部分では、白い砂糖を袋から好きなだけ取り出せる環境など存在しませんでした。

果物の甘味。

木や植物から得られる甘味。

そして、ミツバチが作るはちみつ。

人間は身近な自然の中から「甘いもの」を探してきました。

「グレーテルのかまど」が15周年のタイムトラベルを古代のはちみつから始めるのは、ここに現在のスイーツへ続く原点があるからです。

後に砂糖の生産と流通が広がると、甘味は大きく変化していきます。

しかし、それより何千年も前から「甘いものを食べたい」という欲求は存在していました。

日本では643年に養蜂を試みた記録が残る

日本にも古くからはちみつの記録があります。

農林水産省と日本養蜂協会が紹介している「日本書紀」には、643年、百済から来た余豊が奈良の三輪山でミツバチを飼おうとした記述があります。

「蜜蜂の房四枚」を三輪山に放ったものの、繁殖には成功しなかったとされています。

現在確認できる日本の養蜂に関する非常に古い記録です。

その後も、はちみつは長い間貴重品でした。

農林水産省によると、奈良時代以降も海外から献上される品として扱われ、本格的に養蜂が行われるようになるのは江戸時代以降とされています。

今では国産はちみつにも、レンゲ、アカシア、桜、みかん、りんご、そばなど、さまざまな蜜源があります。

花によって香りも味も色も変わることを考えると、はちみつそのものが自然から生まれるスイーツともいえます。

1匹のミツバチが残すはちみつはごくわずか

はちみつが貴重なのは、その作られ方を知るとさらに実感できます。

農林水産省の展示資料では、ミツバチが一生のうち花蜜を集める期間は約2週間で、その間に集めた蜜から最終的にはちみつとして残る量は、約5gと紹介されています。

ティースプーン1杯ほどです。

一つの巣に大量のミツバチが暮らし、それぞれが花を訪れ、少しずつ蜜を持ち帰る。

人間は、その積み重ねによって生まれた甘味を何千年も利用してきました。

白い砂糖を大量生産できるようになる以前、はちみつが特別な食べ物だった理由がよく分かります。

はちみつを食べるときの注意

歴史の古い食品ですが、現代でも重要な注意点があります。

  • 1歳未満の乳児には、はちみつを与えない
  • 加熱した料理や菓子に入っていても1歳未満には与えない
  • はちみつを使用した加工食品にも注意する

農林水産省と日本養蜂協会では、乳児ボツリヌス症を防ぐため、1歳未満の乳児にははちみつを与えないよう注意喚起しています。

まとめ

「グレーテルのかまど ヘンゼルのスイーツ!タイムトラベル」でたどる甘味の歴史は、古代のはちみつから始まります。

スペインには紀元前6000年ごろまでさかのぼるとされる採蜜の岩絵があり、古代エジプトにははちみつを保管した壺や採蜜の様子を伝える壁画が残されています。

日本でも643年には養蜂を試みた記録が「日本書紀」に登場します。

砂糖も製菓工場もなかった時代、人間が自然界から手に入れた濃厚な甘さが、はちみつでした。

そこから甘味料は甘葛や砂糖へと広がり、やがて現代の多彩なスイーツにつながっていきます。

15周年の「グレーテルのかまど」は、一切れのお菓子のずっと向こう側にある「人類はいつから甘いものを求めてきたのか」という壮大な物語まで見せてくれる回になりそうです。

参考リンク

一般社団法人日本養蜂協会「ハチミツ」

農林水産省「にっぽん伝統食図鑑・はちみつ」

メトロポリタン美術館「Fragment from a jar with a label identifying contents as honey」

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