S-net(エスネット)とは 東日本大震災から生まれた世界最大級の海底地震津波観測網
2026年10月17日放送のNHK『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜』では、総延長約5500kmに及ぶ海底地震津波観測網「S-net(エスネット)」の建設に挑んだ人々の物語が描かれます。
S-netの正式名称は「日本海溝海底地震津波観測網」。2011年の東日本大震災を契機に、防災科学技術研究所(防災科研)が整備した世界最大級の海底観測システムです。
北海道沖から千葉県房総半島沖までの太平洋海底に150か所の観測点を設け、約5500kmの光海底ケーブルで接続。海底で発生する地震の揺れや津波を、24時間連続で観測しています。
この観測網の導入によって、日本海溝の東側で発生する地震では、緊急地震速報の発表が従来より最大30秒程度早くなることが期待されています。
巨大地震による被害を少しでも減らすため、学者や技術者、漁業関係者たちが力を合わせて築き上げた、日本の防災を支える重要なインフラです。
この記事でわかること
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S-netの正式名称と5500km・150観測点の仕組み
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地震と津波を海底から捉える技術と最大30秒の速報迅速化
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東日本大震災から始まった建設事業と深海での難工事
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現在の活用状況と南海トラフの観測網への技術の継承
S-netは北海道沖から房総半島沖まで150か所を結ぶ巨大観測網
S-netは、東日本の太平洋沖に地震計と水圧計を備えた観測装置を設置し、地震と津波を直接観測するシステムです。
大きな特徴は、海底に設置された150か所の観測装置が、総延長約5500kmの光海底ケーブルによってつながっていることです。
観測網は6つの海域に分かれています。
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房総沖:千葉県房総半島沖の海域
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茨城・福島沖:関東北部から福島県沖
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宮城・岩手沖:東北地方の太平洋沖
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三陸沖北部:三陸地方北部の沖合
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釧路・青森沖:北海道東部から青森県沖
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海溝軸外側:日本海溝の東側に位置する深海域
1つの観測システムには、およそ25か所の観測点があり、約30km間隔を基本として海底に配置されています。
それぞれの観測点が地震の揺れと海水の圧力変化を捉え、海底ケーブルを通して陸上へデータを送り続けています。
海底で観測されたデータは陸上局を経由して防災科研や気象庁などへ送信され、地震や津波の監視に利用されます。
海の底に巨大な観測ネットワークを構築したことで、これまで陸上の観測装置だけでは捉えにくかった沖合の変化を、より早い段階から把握できるようになりました。
緊急地震速報を最大30秒程度早めるS-netの仕組み
S-netが重要な役割を果たすのは、海底で発生する地震や津波を、海岸から離れた場所で直接観測できることです。
従来の陸上観測網では、沖合で発生した地震の揺れが陸上の地震計に到達するまで待つ必要がありました。
しかしS-netでは、震源に近い海底に観測装置があるため、陸上より先に地震の揺れを観測できる場合があります。
観測装置には主に次の機器が組み込まれています。
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速度計:地面が動く速度を測定する
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加速度計:地震による揺れの加速度を測定する
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水圧計:海水の圧力変化を測定し、津波の観測に役立てる
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傾斜計:観測装置の傾きの変化を捉える
これらのデータは光海底ケーブルで陸上へ伝送され、地震の規模や震源の解析などに活用されます。
2019年6月27日には、気象庁がS-netとDONETの観測データを緊急地震速報に利用し始めました。
さらに2020年3月24日からは、日本海溝より東側にあるS-net観測点のデータも活用されるようになりました。
この追加によって、日本海溝の東側で発生する地震については、S-net導入前と比較して緊急地震速報の発表が最大30秒程度早くなることが期待されています。
ただし、すべての地震で30秒早くなるという意味ではありません。震源の位置や地震の特徴などによって、速報の迅速化の程度は異なります。
重要なのは、海底で地震を直接捉えることによって、揺れに備えるための時間を少しでも確保できるようになったことです。
東日本大震災が5500kmの海底観測網を生む転機となった
S-net建設の大きなきっかけとなったのは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震です。
マグニチュード9.0という巨大地震によって、東日本の太平洋沿岸には大津波が押し寄せました。
当時も日本には海底地震観測システムが存在していましたが、東日本の沖合を高密度で覆う観測体制は整っていませんでした。
海域で起きる地震や津波をより早く把握するためには、震源に近い場所で直接観測する仕組みが必要でした。
そこで防災科研は、2011年度からS-netの整備事業を開始します。
計画されたのは、北海道沖から房総半島沖までの広い海域に地震計と水圧計を設置し、すべてを光海底ケーブルで接続する巨大な観測システムでした。
一般的な地震計を海の底へ置くだけではありません。
深い海で長期間使用できる観測装置、海底ケーブルによる電力供給とデータ伝送、船を使った敷設工事など、多くの専門技術が必要になります。
さらに建設海域には漁業が営まれている場所もあり、海底の観測網を整備するには漁業関係者との調整も欠かせませんでした。
研究者が描いた観測網の構想を実際の形にするため、海洋工事の技術者や地域の関係者など、幅広い分野の協力が求められた事業だったのです。
水深7000mを超える深海と漁業海域での敷設工事
S-netの建設で大きな技術的課題となったのが、海底という過酷な環境です。
観測装置の設置場所には、水深7000mを超える深海も含まれています。
深海では非常に高い水圧がかかるため、観測装置には高い耐圧性能が求められます。
また、海底に設置した装置は、陸上の機械のように簡単に取り外して修理することができません。
そのため、長期間にわたり安定して稼働させるための設計と技術開発が重要でした。
一方、海岸に近い比較的浅い海域では、別の課題がありました。
水深1500m以浅の漁業操業海域では、海底に約1mの溝を掘り、その中に海底ケーブルと観測装置を設置する工法が採用されています。
これは、漁業活動などによって海底ケーブルが損傷する危険を減らすための対策です。
沿岸部などでは、ケーブル自体を保護する外装ケーブルも使用されています。
また、1つの観測システムから2つの陸上局へデータを伝送できる構成とするなど、長期的な運用を支える仕組みも盛り込まれました。
深海での高い水圧への対策、海底ケーブルの保護、長距離通信の確保。
こうした課題を解決しながら、約5500kmという巨大な観測網が形になっていきました。
2017年4月に全6海域の運用が始まり日本の防災を支える存在に
S-netは2011年度から整備が進められ、2016年度末までに全体の整備を完了しました。
最初に観測を開始したのは、房総沖から釧路・青森沖までの5つの海域です。
2016年5月にこれらの海域で運用が始まり、2017年4月には日本海溝の外側に位置する6つ目の観測システムも運用を開始しました。
これによって、北海道沖から房総半島沖までを覆う大規模な海底観測網が完成しました。
S-netが担う役割は、緊急地震速報の迅速化だけではありません。
海底の水圧計によって津波の発生や伝わり方を観測できることも大きな特徴です。
津波は海面の高さが変化する現象ですが、深海ではその変化を直接見ることが困難です。
そこで海底に設置した水圧計を使い、海水の重さによる圧力の変化を測定します。
その観測データを解析することで、沖合を伝わる津波の状況を把握することに役立てています。
さらにS-netのデータは、地震活動や海底の地殻構造を研究するためにも利用されています。
観測網が完成したことによって、これまで十分な観測が難しかった海域から、継続的にデータを得られるようになりました。
S-netの技術は南海トラフのN-netにも受け継がれている
S-netの整備で培われた海底観測技術は、南海トラフ地震に備える新たな観測網にもつながっています。
それが、防災科研による「N-net(南海トラフ海底地震津波観測網)」です。
N-netは、高知県沖から日向灘にかけての海域を対象とした地震津波観測システムです。
従来のDONETが設置されていた海域より西側をカバーし、南海トラフ地震の想定震源域に残されていた観測の空白域を埋める役割を持っています。
主な特徴は以下のとおりです。
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観測装置:合計36か所
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沖合システム:18か所
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沿岸システム:18か所
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沖合ケーブル:約900km
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沿岸ケーブル:約740km
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観測間隔:約40km
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整備完了:2025年6月
N-netでは、S-netのように光海底ケーブルに観測装置を連結する方式を基本としながら、将来的に観測機器を追加できる拡張性も備えています。
S-netが東日本の太平洋沖を観測するのに対し、N-netは南海トラフ西部の観測体制を充実させるものです。
地震の揺れと津波をより早く直接検知し、緊急地震速報や津波情報の高度化につなげる取り組みが進められています。
S-netの観測データと防災情報の確認方法
S-netは、防災科研が運用する「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)」の一部です。
防災科研の公式サイトでは、観測網の概要や観測点の配置、地震観測データなどを確認できます。
基本情報
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正式名称:日本海溝海底地震津波観測網
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略称:S-net(エスネット)
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整備・運用機関:国立研究開発法人防災科学技術研究所
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観測範囲:北海道沖から千葉県房総半島沖
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観測点数:150か所
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光海底ケーブル総延長:約5500km
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観測対象:地震動・津波など
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全6海域の運用開始:2017年4月
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緊急地震速報へのデータ活用開始:2019年6月27日
なお、S-netは地震の発生日時を事前に予知する装置ではありません。
実際に発生した地震や津波をいち早く観測し、防災情報の迅速化や精度向上に役立てるシステムです。
沿岸部で強い揺れや長くゆっくりした揺れを感じた場合には、警報を待つことなく高い場所などへ避難することが重要です。
まとめ
S-netは、2011年の東日本大震災を契機に整備された、世界最大級の海底地震津波観測網です。
北海道沖から房総半島沖までの150か所の観測装置を、総延長約5500kmの海底ケーブルで接続し、地震と津波を24時間連続で観測しています。
特定の海域では、S-netの観測データによって緊急地震速報の発表が従来より最大30秒程度早くなることが期待されています。
この観測網の建設には、深海に耐える装置の開発、長距離の海底ケーブル敷設、漁業活動との調整など、数多くの技術的・社会的課題がありました。
2017年4月に全6海域の運用が始まり、現在では日本の地震・津波監視を支える重要な観測基盤となっています。
さらに、その技術は南海トラフのN-netにも受け継がれています。
海の底に築かれた5500kmのネットワークは、巨大地震の経験を未来の防災へとつなぐ、日本の科学技術の大きな成果です。
参考リンク
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