職人の「手の記憶」を3Dデータとして未来へ残す
熟練職人の技は、動画を撮ればそのまま後世へ残せるわけではありません。『所さん!事件ですよ(手の血管が消える!? あなたの知らない「手」の世界)(9月5日)』に登場するTECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVEは、言葉では説明しにくい手の動きや工房での身体感覚までデジタル化し、伝統技術を次世代へつなごうとするデンソーのプロジェクトです。
この記事でわかること
- TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVEの目的
- 職人の手技をどうやってデータ化するのか
- 「身体知」はなぜ完全コピーが難しいのか
- AIやロボットと伝統工芸を組み合わせる未来
TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVEは職人技を3Dで残すプロジェクト
(出典:DENSO DESIGN「TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVE」)
**TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVE(テクノ・グラフィカル・データ・アーカイブ)**は、DENSO DESIGNが外部の専門家やクリエイターと進める、熟練技能のデジタルアーカイブプロジェクトです。
デンソーとFabCafe Tokyoが2023年にスタートし、東海道地域を中心に、失われる可能性のある職人技を記録してきました。
狙いは単に古い技術を博物館のように保存することではありません。データを次世代の職人やクリエイターが利用し、新しいものづくりへつなげられるプラットフォームを目指しています。
手元の動画だけでなく動き・空間・制作過程まで記録する
(出典:DENSO DESIGN「TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVE」)
職人の作業を普通の動画で撮影するだけでは、「どの角度で手を動かしたか」「どこで力を抜いたか」「素材との距離がどう変化したか」といった情報までは十分に残せません。
そこで、立体的な視点データの取得や3Dセンサーによるモーションスキャンなどを使い、職人の手の動き、制作工程、さらに工房の空間まで記録します。
平面的な映像ではなく、技能を立体的なデータとして残すことで、後から別の角度から動きを観察したり、動作の特徴を分析したりできる可能性が生まれます。
「身体知」が難しいのは技法だけコピーしても同じものにならないから
このプロジェクトで大きな壁になっているのが、職人が長い年月をかけて身につけた身体知・暗黙知です。
例えば「布をこの角度で持つ」「ここで糸を締める」と説明できても、実際の職人は素材の硬さ、湿度、道具の感触、指先から返ってくる抵抗などを瞬間的に感じながら力加減を変えています。
プロジェクトでも、記録すべきものは技法そのものだけではなく、職人と素材、道具、空間との関係性だという考えにたどり着いています。
そのため「職人の動きを数値化すれば、ロボットがすぐ完璧にコピーできる」という単純な話ではありません。
むしろ、数値にできる部分と、数値だけでは抜け落ちる部分を明らかにすること自体が、このプロジェクトの重要なテーマになっています。
有松鳴海絞りや嵐絞りの職人がスキャンに参加している
実際のスキャニングには、伝統工芸の現場で活動する職人が協力しています。
参加者には、株式会社スズサン4代目会長で絞り下絵職人の村瀬裕さん、嵐絞り作家の早川嘉英さんが名を連ねています。
有松・鳴海絞りのような仕事は、布を折る、巻く、縛る、締めるといった細かな手仕事の積み重ねです。
完成品だけ残しても「どうやってその模様を生み出したのか」は残りません。だからこそ、完成品と同時に作っている途中の身体の動きそのものを文化資産として残す意味があります。
保存したデータをAIやロボットアームへつなげる構想も進む
デンソーが目指しているのは保存だけではありません。
記録した職人のモーションデータをデジタル上でシミュレーションし、これまでになかった技の法則やパターンを生み出すことも構想しています。さらにAIの利用や、デンソーウェーブの協働ロボットアームCOBOTTA PROとの連携も視野に入れています。
これは「職人をロボットに置き換える」というより、人間が持っている技術をデータとして見直し、人間とロボット双方にできることを組み合わせて新しい製法を探す取り組みです。
長年受け継がれてきた技から、これまで職人自身も意識していなかった規則性が見つかれば、伝統工芸から全く新しいデザインが生まれる可能性もあります。
デンソー社内の熟練技能もデジタル保存している
対象は伝統工芸だけではありません。
デンソーの高棚製作所では、卓越技能修練室に所属する技能五輪選手などの技術もスキャンし、社内に蓄積されてきた「職人技」のデジタルアーカイブ化を進めています。技能教育、人材育成、業務効率化への活用が想定されています。
つまり、伝統工芸の後継者不足というテーマから始まった技術が、製造業におけるベテランから若手への技能継承にもつながっています。
2026年にはTECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVEがiF DESIGN AWARD 2026を受賞しました。伝統技術の保存だけでなく、暗黙知に含まれる「カン・コツ」を可視化して新しい継承モデルを作る取り組みとして評価されています。
本当に残したいのは「手の形」ではなく技を生み出す関係性
このプロジェクトを見ると、熟練職人のすごさが「手先が器用」という一言では説明できないことがよく分かります。
道具から伝わる微妙な抵抗を読み、素材の状態に合わせ、経験から瞬時に力を変える。こうした判断を何十年も繰り返した結果が1つの「手技」になっています。
3DスキャンやAIが面白いのは、職人の代わりになること以上に、これまで本人すら言葉にできなかった技を見える形に変える可能性を持っていることです。
後継者が師匠の背中を何年も見続けなければ分からなかったものを、新しい角度から学べるようになる。その段階まで進めば、伝統工芸だけでなく、日本の製造業にとっても大きな意味を持つ技術になりそうです。
- DENSO DESIGN「TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVE」
- ロフトワーク「未来の実践を呼び起こすデジタルアーカイブ」
- DENSO DESIGN「iF DESIGN AWARD 2026受賞」
気になる生活ナビをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント