- 「学校に犬がいたらいいのに」から始まった、学校犬バディの物語
- 学校犬バディ誕生のきっかけは、不登校だった児童の一言
- なぜエアデール・テリアのバディが選ばれたのか
- バディは「学校で飼われている犬」ではなかった
- 人気のお世話係「バディ・ウォーカー」が生まれた
- バディが教えたのは「かわいさ」だけではなく命そのもの
- バディの後にも学校犬は受け継がれた
- 吉田太郎さんは現在、東洋英和女学院小学部長
- ANNEは「相談室へ行くほどではない」子にも寄り添う存在
- スクールドッグは全国20校以上へ広がっている
- 実用情報|スクールドッグはただ犬を学校へ連れてくればいいわけではない
- Mr.サンデーの「スクールドッグ物語」で改めて注目される学校の居場所
- まとめ|バディが残したものは「犬がいる学校」以上のものだった
- 気になる生活ナビをもっと見る
「学校に犬がいたらいいのに」から始まった、学校犬バディの物語
2026年9月6日放送のフジテレビ系『Mr.サンデー』では、「スクールドッグ物語 犬が作る優しい居場所」が取り上げられます。番組表では学校名や人物名までは明かされていませんが、日本の学校犬の歴史をたどるうえで欠かせないのが、立教女学院小学校で2003年から始まった動物介在教育と、吉田太郎さん、そして初代学校犬「バディ」の存在です。
始まりは、大きな教育改革でも特別な研究計画でもありませんでした。学校へ行くことが難しくなっていた一人の児童が口にした「学校に犬がいたら楽しいのになあ」という言葉です。
その一言を本気で受け止めた吉田さんは、前例のほとんどない「犬と一緒に学校生活を送る」という取り組みを形にしました。バディは授業や休み時間だけでなく学校行事にも参加し、子どもたちにとって単なる飼育動物ではない存在になっていきます。
この記事でわかること
- 学校犬バディが誕生したきっかけ
- 吉田太郎さんが立教女学院小学校で動物介在教育を始めた経緯
- バディが子どもたちの「居場所」になった理由
- バディ亡き後も続いている学校犬の取り組みと吉田太郎さんの現在
学校犬バディ誕生のきっかけは、不登校だった児童の一言
立教女学院小学校で動物介在教育が始まったのは2003年です。現在の学校公式サイトにも、2003年から教育の場に犬を介在させる「Animal Assisted Education(AAE)」を行っていることが明記されています。
その原点には、当時学校へなかなか足が向かなかった一人の女の子がいました。
吉田太郎さんは、その児童と自分の愛犬を連れて井の頭公園を散歩するようになります。学校へ行くことには不安を感じても、犬との散歩なら外へ出られる。そこから少しずつ学校へ近づき、放課後の学校にも足を運べるようになっていったといいます。
そんな中で女の子が口にしたのが、
「学校の中に犬がいたら楽しいのになあ」
という言葉でした。
吉田さんはこれを単なる子どもの願いとして聞き流しませんでした。
「犬がいることで学校を楽しい場所だと思える子がいるかもしれない」
と考え、犬を学校教育の中に取り入れる方法を模索し始めたのです。
今では「スクールドッグ」という言葉も知られるようになりましたが、2003年当時の日本では、犬が毎日のように学校へ登校し、授業に参加する光景は極めて珍しいものでした。
なぜエアデール・テリアのバディが選ばれたのか
最初からすんなり犬を学校へ入れられたわけではありません。
吉田さんが学校で大型犬を飼う構想を提案した当初、周囲からは現実的ではないと思われていたそうです。それでも、アレルギーや咬傷事故、犬の性格、子どもとの相性などを検討し、学校犬に適した犬を探しました。
そこで選ばれたのがエアデール・テリアです。
エアデール・テリアはテリア種の中では大型で、活発な小学生たちと関わるにも存在感があります。一方で、ワイヤー状の被毛で比較的抜け毛が少ないことなども考慮されました。
2003年3月に生まれたメスの子犬は、生後約2カ月半から学校へ通い始めます。
名前は**「バディ(Buddy)」**。
英語で「仲間」「相棒」といった意味を持つ言葉です。子どもたちの友達のような存在になってほしいという思いが込められていました。
こうして、学校犬バディの生活が始まりました。
バディは「学校で飼われている犬」ではなかった
学校犬という言葉から、校庭の犬小屋で飼育されている犬を想像するかもしれません。
しかし、バディの生活はかなり違いました。
吉田さんと一緒に学校へ登校し、教室へ入り、授業にも参加。休み時間になると子どもたちと校庭で遊び、キャンプや運動会などの学校行事にも加わりました。KADOKAWAから刊行された実話をもとにした児童書でも、バディが教室や学校行事に参加していたことが紹介されています。
つまり、「犬を見る時間」が特別に設けられているのではありません。
犬がいること自体が学校の日常だったのです。
子どもにとっても、「今日はセラピードッグが来る」というイベントではなく、「今日もバディがいる」という安心できる日常になっていきました。
ここが、スクールドッグの大きな特徴です。
人気のお世話係「バディ・ウォーカー」が生まれた
バディの世話をすべて大人がするわけでもありませんでした。
立教女学院小学校では、子どもたちが学校犬の世話を担当する**「バディ・ウォーカー」**という活動が生まれました。
現在もその名前は残っており、6年生のボランティアが水の補給やトイレ、犬との接し方、散歩などを担当しています。立教女学院小学校の公式サイトによると、現在はアイメイト協会から来る犬たちのお世話にも「バディ・ウォーカー」の名称が使われています。
単にかわいがるだけではありません。
散歩の時間を守る。水を飲ませる。犬の状態を見る。他の担当者と協力する。
実際、学校の活動記録には、遅刻した児童に「時間を守る」ことを指導したエピソードも残っています。犬の世話そのものが、責任を学ぶ教育になっていたのです。
バディが教えたのは「かわいさ」だけではなく命そのもの
バディの存在が特別だった理由は、子どもを癒やしたことだけではありません。
バディは学校犬として過ごす中で出産も経験しました。
KADOKAWAの公式紹介によると、バディは12頭の子犬を出産しています。子どもたちは身近な学校生活の中で、新しい命が誕生する場面に触れることになりました。
一方で、命には終わりもあります。
バディは約11年10カ月にわたって学校犬として子どもたちと過ごし、2015年1月26日に生涯を終えました。
吉田さんの著書『学校犬バディが教えてくれたこと』の出版社によると、亡くなった後には全校児童とともに立教女学院聖マリア礼拝堂で記念礼拝が行われています。
子どもたちは、犬が元気に走る姿だけでなく、年を取り、病気になり、やがて亡くなるところまで見届けました。
「命を大切にしましょう」と言葉だけで教えるのではなく、生き物と長い時間を共にする中で命に限りがあることを知る。
バディは、学校という場所でそれを伝え続けた存在だったのです。
バディの後にも学校犬は受け継がれた
バディが亡くなったことで、動物介在教育が終わったわけではありません。
バディの娘で2代目学校犬となったリンク、東日本大震災後に福島から迎えられたウィル、ブレス、エアデール・テリアのベローナ、ラブラドール・レトリーバーのクレアなど、複数の犬たちがその役割を引き継いできました。
そして現在の立教女学院小学校でも動物介在教育は続いています。
以前のように吉田さん自身の犬が毎日登校する形からは変化し、学校公式サイトによると現在はアイメイト協会から週2回ほどアイメイト候補犬が訪れています。
授業に参加したり、休み時間に子どもたちと触れ合ったりしながら、「共感する心」「相手を思いやる心」を育てる教育として受け継がれています。
20年以上続いているという事実からも、バディが始めたものが一時的な話題ではなかったことが分かります。
吉田太郎さんは現在、東洋英和女学院小学部長
吉田太郎さんは2022年4月に立教女学院小学校から東洋英和女学院小学部へ移り、小学部長に就任しました。
東洋英和女学院の公式サイトでも、2026年現在、吉田太郎さんが小学部長として紹介されています。
そして興味深いのは、吉田さんが新しい学校でも犬と子どもをつなぐ取り組みを始めたことです。
2025年、東洋英和女学院小学部に**スクール・セラピードッグ「ANNE(アン)」**が仲間入りしました。
ANNEはオーストラリア・ブリスベン出身のオーストラリアン・ラブラドゥードルの女の子。名前は児童から募集し、東洋英和女学院の卒業生で『赤毛のアン』の翻訳でも知られる村岡花子にちなみ、ANNEと名付けられました。
約20年前にバディと歩き始めた吉田さんが、現在も学校で犬と子どもをつなぐ教育を続けていることになります。
ANNEは「相談室へ行くほどではない」子にも寄り添う存在
吉田さんがANNEを導入した理由にも、バディから続く考え方があります。
2025年のインタビューで吉田さんは、カウンセリングルームには行きづらくても「かわいい犬なら会いに行きたい」と感じる子どもがいる可能性に触れています。
ANNEは吉田さんの部屋を拠点にしており、児童だけではなく教職員も会いに来るそうです。
学校生活で何か嫌なことがあったとき、人に理由を説明したくないこともあります。
「どうしたの?」
「何があったの?」
「先生に話してみて」
と尋ねられることすら負担になる瞬間があります。
犬は事情を聞きません。
隣に座ったり、触れたり、同じ空間で時間を過ごしたりするだけです。
その「何も聞かずにいてくれる存在」が、子どもにとって一つの逃げ場所、休憩場所になる可能性があります。
学校犬が「居場所を作る」と言われる理由は、ここにあります。
スクールドッグは全国20校以上へ広がっている
学校犬は、立教女学院小学校だけの取り組みではなくなっています。
2026年の朝日新聞の取材では、学校犬を導入している小中高校などが全国で少なくとも20校以上確認されたと報じられています。
現在は一般社団法人日本スクールドッグ協会も設立され、学校からの相談、犬との仲介、講演、研究、指導者養成などを行っています。
協会は、犬との触れ合いを中心とした動物介在活動・動物介在教育を広げ、子どもたちにとって安心できる居場所づくりにつなげることを活動目的に掲げています。
2003年には非常に珍しかった「学校に犬がいる」という光景が、少しずつ各地へ広がっているわけです。
実用情報|スクールドッグはただ犬を学校へ連れてくればいいわけではない
スクールドッグの話を聞くと、「うちの学校でも犬を飼えばいいのでは」と思うかもしれません。
ただし、実際の導入には慎重な準備が必要です。
特に重要なのが、犬が苦手な子どもやアレルギーのある子への配慮です。
立教女学院小学校では、触った後に手を洗う、犬に近づかない選択を認めるなど、児童それぞれの症状に応じた対応を行っています。学校の事業報告でも、犬が苦手な児童やアレルギーのある児童に接触を強制しないことが明記されています。
さらに、
犬の性格や適性、ハンドラーとなる大人、衛生管理、休息場所、事故防止、学校側の責任体制、保護者への説明なども必要です。
重要なのは「犬を使って子どもを癒やす」という一方向の発想ではありません。
犬自身が安心して過ごせる環境を整えることも欠かせません。
スクールドッグを教育の一員として迎えるなら、人間と犬の両方にとって無理のない仕組みを作ることが前提になります。
Mr.サンデーの「スクールドッグ物語」で改めて注目される学校の居場所
2026年9月6日の『Mr.サンデー』では、「スクールドッグ物語 犬が作る優しい居場所」がラインナップされています。番組公式情報では、この段階で再現ドラマに登場する学校や当事者の固有名詞までは公表されていません。
ただ、「犬が作る優しい居場所」というテーマを考えるうえで、吉田太郎さんとバディが歩んだ20年以上前からの実践は重要な原点です。
一人の児童が口にした、
「学校に犬がいたら楽しいのになあ」
という小さな言葉。
それを大人が本気で受け止め、一頭のバディが学校へ通うようになりました。
その後、バディ・ウォーカーが生まれ、犬たちが何世代も学校へ通い、さらに別の学校へ取り組みがつながっていきました。
最初から「全国に広げよう」と始まった巨大なプロジェクトではありません。
目の前にいる一人の子が、少しでも学校へ行きやすくなるにはどうしたらいいのか。
その問いから始まったことこそ、学校犬バディの物語で最も印象的な部分です。
まとめ|バディが残したものは「犬がいる学校」以上のものだった
立教女学院小学校の初代学校犬バディは、2003年から約11年10カ月にわたって子どもたちと学校生活を送りました。
始まりは、学校へ行くことに苦しんでいた児童の「学校に犬がいたら楽しいのに」という一言。それを受け止めた吉田太郎さんが学校側の理解を得ながら動物介在教育を形にしました。
バディは授業、休み時間、学校行事に参加し、出産や老い、そして死までを子どもたちに見せました。
その後も立教女学院小学校では動物介在教育が受け継がれ、吉田さん自身も現在の東洋英和女学院小学部でANNEと新たな取り組みを続けています。
スクールドッグは、問題を直接解決してくれる存在ではありません。
けれど、話したくないときにも黙って隣にいてくれる。
学校の中に、先生でも友達でも家族でもない、もう一つの関係を作ってくれる。
「犬が作る優しい居場所」という言葉の意味は、バディが子どもたちと過ごした年月を見ると、より分かりやすく感じられます。
参考リンク
東洋英和女学院小学部「スクールセラピードッグのANNEが初登場しました」
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