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呉羽梨を100年以上育てる呉羽丘陵|祖母の反対を経て会社員から戻った農家【小さな旅「花咲く丘で」】

旅行・観光

小さな旅「花咲く丘で」が歩く富山市・呉羽丘陵と呉羽梨の物語

2026年10月4日放送のNHK『小さな旅「花咲く丘で 〜富山市 呉羽丘陵〜」』で山本哲也さんが訪ねるのは、富山市街のすぐ近くに豊かな自然を残す呉羽丘陵です。花を育てる女性、展望台を10年間掃除してきた男性、そして一度は会社員になりながら梨畑へ戻った農家。それぞれの人生が、この丘の風景と結びついています。

なかでも呉羽丘陵を象徴する存在が「呉羽梨」です。春になると斜面一帯が白い梨の花で覆われ、夏から秋には幸水、豊水、あきづき、新高などが実ります。その始まりをたどると、稲作に不向きだった土地を何とか豊かにしたいと奔走した1人の農家に行き着きます。

この記事でわかること

  • 呉羽丘陵に広がる白い花と呉羽梨の関係
  • 呉羽梨が明治30年代から続いてきた歴史
  • 会社員を経て梨農家へ戻った人物が受け継ぐもの
  • 呉羽梨の収穫時期・購入場所・呉羽丘陵へのアクセス

呉羽丘陵を白く染める花は100年以上続く呉羽梨の風景

出典:富山県「呉羽丘陵」

呉羽丘陵の西側には梨畑が広がり、春になると枝いっぱいに白い花が咲きます。富山市の公式観光情報では、2026年は4月14日に満開を迎えました。例年は4月中旬からゴールデンウイーク頃にかけて花が見頃となり、丘の斜面が白と緑に包まれます。

きれいな景色の裏では、梨農家にとって非常に大切な作業が行われます。花が咲いただけでは実にはならないため、開花時期には人工授粉を行い、その後も摘果、防除、かん水、収穫、剪定、棚付けと作業が続きます。

つまり、観光客が春に見る「白い花の丘」は、単なる自然の花畑ではありません。農家が1年間かけて梨を育て続ける営みそのものが作り出した風景なのです。

呉羽梨は稲作に向かなかった丘を豊かにするために始まった

呉羽で梨栽培が始まったのは明治30年代です。

当時の吉作周辺は水の便が悪く、日照りが続けば田んぼが干上がる土地でした。そこで地域を豊かにできる新しい作物を探したのが、1872年生まれの土池弥次郎です。

土池弥次郎は各地の農業を見て回り、東京から梨の苗を持ち帰りました。最初に試した青梨は実こそ付けたものの、味や病害虫への弱さから商品として広げるには難しいものでした。

そこで次に取り入れたのが赤梨の「長十郎」。試行錯誤を重ねて栽培を軌道に乗せると、周囲にも梨を育てる農家が増えていきました。

もともとは「米を作りにくい土地をどうするか」という問題から始まった梨づくりが、やがて丘全体の景観まで変えていったのです。

現在の主力は長十郎から幸水などへ移りましたが、呉羽丘陵と梨を結びつけた土池弥次郎の挑戦は、現在の呉羽梨へと続いています。

祖母に反対され一度は会社員へ、それでも梨畑へ帰った農家

今回の『小さな旅』では、呉羽丘陵の梨畑を受け継ぐ農家の人生も描かれます。

本人は当初から家業を継げたわけではありません。祖母からあとを継ぐことに反対され、一度は会社員として働き、その後、呉羽丘陵へ戻って梨農家になりました。

この人物について、放送前の公開情報だけでは氏名と農園名を一次情報で確実に確認できないため、ここでは特定しません。

ただし、このエピソードは呉羽梨が抱える現在の課題とも重なります。

梨は苗を植えればすぐに収穫できる作物ではなく、剪定や人工授粉、摘果など専門的な技術が必要です。農地だけでなく、長い時間をかけて蓄積された技術まで次の世代へ渡さなければ産地を残せません。

農林水産省が紹介する呉羽梨産地でも、新しい担い手に対して園地のマッチング、研修農家の選定、機械や施設のあっせんなどを行い、就農後は若手生産者組織「梨クラブ」で技術を学ぶ仕組みが整えられています。

一人の農家が丘へ戻るという出来事は、家族の農園だけではなく、100年以上続いてきた産地そのものを次へつなぐ一歩でもあります。

呉羽梨は幸水から新高まで夏から秋へ品種が続く

呉羽梨は1種類の梨を指す名前ではありません。呉羽地区などで育てられる梨のブランドで、収穫時期に合わせて品種が移り変わります。

富山市公式観光サイトで紹介されている主な時期は次の通りです。

  • 幸水:8月上旬ごろから
  • 豊水:8月下旬〜9月中旬ごろ
  • あきづき:9月中旬〜下旬ごろ
  • 新高など:秋まで収穫が続く

2026年10月初旬には、幸水や豊水の時期はほぼ終盤となり、新高など晩生品種へ移っています。実際に地元梨園でも2026年度の新高の販売・発送が10月に予定されています。

呉羽梨の魅力は、春の花だけで終わらないことです。白い花が咲き、人工授粉が行われ、小さな実を間引きながら育て、夏から秋に収穫する。そのサイクルが毎年繰り返されています。

呉羽梨は直売所やJAなのはな呉羽梨選果場で購入できる

呉羽梨のシーズンには、吉作や老田周辺などに農家の季節直売所が開きます。

また、比較的利用しやすい販売場所として、富山市公式観光サイトでは「JAなのはな 呉羽梨選果場」も案内されています。

  • 名称:JAなのはな 呉羽梨選果場
  • 所在地:富山県富山市吉作4027
  • 電話:076-434-1100
  • 販売:収穫時期に呉羽梨を取り扱い
  • 発送:農家直売所の一部では全国発送にも対応

農家ごとに販売期間や営業時間が異なり、その日の収穫量によって販売状況も変わります。

ネット通販を行う梨園もあり、幸水、豊水、あきづき、新高などを産地から取り寄せることもできます。2026年度分については品種によってすでに受付終了となった商品もあるため、最新の販売状況を確認してから利用するのが確実です。

呉羽丘陵フットパスは全長約6.8km、立山連峰も望める

呉羽丘陵は梨畑だけではなく、市民が歩いて楽しめる里山でもあります。

尾根沿いには「呉羽丘陵フットパス」が整備され、呉羽山公園と城山公園を中心に、雑木林、動植物、古墳などの歴史遺産、立山連峰を望む場所を結んでいます。全長は約6.8kmで、すべて歩くと片道約3時間。富山市では1時間程度で歩けるコースも案内しています。

さらに2026年4月6日には、呉羽丘陵フットパス連絡橋の周辺広場も一般開放されました。連絡橋は、県道によって分断されていた呉羽山公園と城山公園をつなぐ施設で、立山連峰を望める新しいビューポイントでもあります。

梨畑を見る場合は富山市吉作周辺が中心です。

  • あいの風とやま鉄道「呉羽駅」から、呉羽いきいきバスで「吉作」へ
  • 吉作バス停から丘陵方面へ徒歩
  • 車の場合は北陸自動車道・富山西ICから約10分

梨畑は農家の生産場所でもあるため、畑へ無断で入らず、道路や公開されている散策場所から楽しむことが大切です。

まとめ

呉羽丘陵を彩る梨の白い花は、100年以上前から続いてきた農業の積み重ねによって生まれた風景です。

稲作には厳しかった土地を何とか豊かにしたいと、土池弥次郎が梨栽培に挑戦。その後、何世代もの農家が技術を受け継ぎ、現在の「呉羽梨」へ発展しました。

そして今も、その継承は続いています。

祖母から農家を継ぐことに反対され、一度は会社員として働いた後に梨畑へ帰った農家の人生も、その長い流れの中にあります。花を咲かせ、実を育て、畑を次の世代へ残していく。『小さな旅』が描く「花咲く丘」は、人が手をかけ続けることで守られてきた丘でもあります。

参考リンク

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