- 小さな旅で西塩子の回り舞台を特集!江戸時代から続く農村歌舞伎と6年ぶりの復活
- 西塩子の回り舞台は江戸時代後期から残る組立式農村歌舞伎舞台
- 丸太200本以上と竹300本以上を使って巨大な舞台を組み立てる
- 回り舞台は場面転換に使う江戸時代の舞台装置
- 1820年に作られた巨大な大幕も残されている
- 1945年を最後に途絶えた舞台は1997年に復活した
- 1997年の復元公演には3000人が集まった
- 2025年10月25日に6年ぶりの第8回定期公演が開催された
- 大貫孝夫会長が率いる保存会は住民全戸で組織されている
- 西野由希子さんらが新たな公演運営委員会を立ち上げた
- 地元の歌舞伎一座「西若座」が舞台の伝統を受け継いでいる
- 西塩子の回り舞台は公演が終わると解体される
- 西塩子の回り舞台の場所・アクセス・観覧料
- まとめ
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小さな旅で西塩子の回り舞台を特集!江戸時代から続く農村歌舞伎と6年ぶりの復活
茨城県常陸大宮市の山あいにある西塩子地区。この小さな集落には、江戸時代から受け継がれてきた「西塩子の回り舞台」という特別な文化があります。
普段は何もない広場に、住民たちが丸太と竹を使って巨大な歌舞伎舞台を組み立て、たった一日の公演が終わると、すべて解体してしまうのです。
2026年10月18日(日)午前8時からNHK総合で放送される『小さな旅』は、「回り舞台 誇り再び 〜茨城県 常陸大宮市西塩子〜」を特集します。
番組では、6年ぶりの公演に向けて、住民たちが巨大な舞台づくりに挑む姿を紹介します。
この舞台が復活したのは2025年10月25日。2019年以来、6年ぶりとなる第8回定期公演が行われました。
保存会の会長は大貫孝夫さん。地元の住民だけでなく、茨城大学の教員や学生、地域外から集まったボランティアなど、多くの人々が文化の継承を支えています。
2025年の公演では準備から開催までに延べ600人以上のボランティアが参加しました。
今回の放送は、すでに取材・制作された内容を紹介する「選」の放送です。2026年10月18日に新たな舞台公演が開催されるという意味ではありません。
※放送後詳しい内容が分かり次第追記します。
この記事でわかること
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西塩子の回り舞台の場所・歴史と日本最古と呼ばれる理由
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丸太200本以上、竹300本以上を使う巨大な舞台の仕組み
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大貫孝夫会長と西野由希子さんらが取り組む伝統文化の継承
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2025年10月25日に行われた6年ぶりの公演と見学に関する情報
西塩子の回り舞台は江戸時代後期から残る組立式農村歌舞伎舞台

「西塩子の回り舞台」は、茨城県常陸大宮市に伝わる組立式の農村歌舞伎舞台です。
大きな特徴は、建物として常に存在しているわけではないことです。
公演を開催するたびに、住民たちが協力して舞台を一から組み立てます。
舞台の床板や花道などの部材、幕や背景などの道具は保存されていますが、屋根に使う竹などは、その都度用意します。
常陸大宮市の公式案内では、日本最古の組立式農村歌舞伎舞台として紹介されています。
また、茨城県の有形民俗文化財にも指定されています。
日本各地には神社の境内などに設けられた農村舞台が残っていますが、西塩子の場合は、舞台そのものを住民が組み立てる技術まで受け継いできた点が特徴です。
つまり、文化財として守られているのは、建物の部材だけではありません。
舞台を組み立てるための知識、人々が協力する仕組み、芝居を楽しむ地域文化そのものが貴重な財産なのです。
丸太200本以上と竹300本以上を使って巨大な舞台を組み立てる
西塩子の回り舞台は、仮設の舞台とは思えないほど大きな規模を誇ります。
常陸大宮市の公式資料によると、舞台の組み立てには、柱などに使用する材木200本余り、屋根に使用する真竹300本余りが必要です。
かつては毎回、必要な木材や竹を山から切り出していました。
現在は柱などに使用する木材を保存し、屋根用の竹を公演に合わせて用意しています。
舞台の主な特徴
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木材:200本余りを使用
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真竹:300本余りを使用
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組み立て期間:1か月以上
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施設全体の幅と奥行き:約20メートル
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屋根の最高部:約7メートル
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設備:回り舞台・花道・桟敷席・楽屋
木材と竹の骨組みを縄で結び、屋根には菰(こも)と呼ばれるむしろを掛けます。
特に特徴的なのが、観客席の上に広がる大きな屋根です。
長い竹を曲げることで、美しいアーチを形づくります。
この曲線は「カガミ」と呼ばれ、昔から舞台の出来栄えを評価する重要な部分とされていました。
住民たちは単に大きな建物を組み立てるだけでなく、伝統的な形や美しさも守ってきたのです。
回り舞台は場面転換に使う江戸時代の舞台装置
「回り舞台」という名前の由来は、舞台の後方に設けられた回転する床にあります。
歌舞伎では、物語の場面に合わせて舞台装置を変える必要があります。
そこで、舞台の一部を回転させ、別の場面へ移る仕組みが使われてきました。
西塩子の舞台にも、そうした回転装置が備わっています。
保存会の公式資料によると、かつては舞台の下から鉄棒を押して回していたという古老の証言が残されています。
その後、回転盤の上側に設けた金具を使って回す方式に改良されたと考えられています。
また、西塩子の舞台には、役者が客席の間を歩いて登場する「花道」も設けられます。
組立式でありながら、江戸時代の本格的な歌舞伎劇場に近い構造を持っていることがわかります。
1820年に作られた巨大な大幕も残されている
西塩子の回り舞台が長い歴史を持つことを示す資料の一つが、江戸時代の大幕です。
保存会の公式資料によると、文政3年、1820年に作られた大幕が残されています。
高さは約3.3メートル、幅は約11.5メートル。
手織りの綿の反物36枚を縫い合わせた巨大な幕です。
幕には、海に昇る太陽や波、帆掛け舟などが描かれています。
この幕は、単なる装飾品ではありません。
当時の住民たちが綿を育て、糸を紡ぎ、布を織り、近隣の職人が染色を行って作り上げたものです。
つまり、一つの舞台道具の中に、農業、織物、染色など、地域のさまざまな技術が詰まっています。
西塩子には、こうした幕や舞台背景、彫刻を施した道具など、60点以上の大・小道具が保存されています。
江戸時代の農村に豊かな芸能文化が存在していたことを伝える、貴重な資料です。
1945年を最後に途絶えた舞台は1997年に復活した
西塩子の回り舞台は、現在まで途切れることなく開催されてきたわけではありません。
昭和20年、1945年を最後に舞台の組み立てが行われなくなりました。
戦後の社会の変化によって、地域で芝居を開催する機会が減っていったのです。
それから長い年月が過ぎ、舞台の組み立て方を知る人々も少なくなりました。
転機となったのは1991年度に始まった文化財調査です。
当時の大宮町歴史民俗資料館が調査を行い、残されていた舞台道具や構造を詳しく確認しました。
調査を通じて、地域の住民たちは、自分たちが受け継いできた舞台の歴史的価値を再認識します。
そして1994年、西塩子地区の70世帯が参加して「西塩子の回り舞台保存会」を結成しました。
目標は、舞台を復元すること。
さらに、組み立て方を次の世代へ伝えることでした。
しかし、組み立て方を知る人の多くはすでに亡くなっており、最初から簡単に復元できたわけではありません。
住民たちは、残された部材や資料を調べ、ほかの地域の組立式舞台を見学しながら、少しずつ技術を学んでいきました。
1997年の復元公演には3000人が集まった
保存会の結成から3年後の1997年10月。
西塩子の回り舞台は、約半世紀ぶりに復元されました。
保存会の記録によると、復元記念公演には約3000人もの観客が集まったそうです。
公演そのものはわずか2時間でした。
しかし、その短い時間のために、住民たちは長い準備期間をかけて舞台を組み上げました。
翌1998年には再び舞台を組み立て、全国地芝居サミットも開催されました。
その後は、原則3年に一度、舞台を組み立てて公演する取り組みが続いていきます。
2006年にはサントリー地域文化賞、2008年にはティファニー財団の伝統文化振興賞を受賞しました。
地域の小さな伝統行事として復活した取り組みが、全国的にも評価されるようになったのです。
2025年10月25日に6年ぶりの第8回定期公演が開催された
西塩子の回り舞台は、2019年の第7回定期公演以降、開催が途絶えていました。
新型コロナウイルスの感染拡大などによる中断に加え、保存会の高齢化も大きな課題となっていました。
そして2025年10月25日、6年ぶりとなる第8回定期公演が開催されました。
会場は、常陸大宮市北塩子にある塩田地区センターのグラウンドです。
公演当日は雨が降る時間帯もありましたが、保存会の公式記録には、地元の子どもたちによる舞踊、伝統芸能、地域の人々による芝居など、さまざまな演目が披露された様子が残されています。
出演した団体には、地元の地芝居一座「西若座」や、栃木県の「烏山山あげ保存会」などがありました。
舞台は、昔ながらの農村歌舞伎を再現するだけの場所ではありません。
子どもたちが舞台に立ち、他地域の団体と交流し、新しい文化を生み出す場所にもなっています。
大貫孝夫会長が率いる保存会は住民全戸で組織されている
現在、西塩子の回り舞台保存会の会長を務めるのは大貫孝夫さんです。
保存会は、西塩子地区の住民全戸によって組織されています。
地域の文化財を特定の家族や職人だけで守るのではなく、集落全体で支える仕組みです。
しかし、長い年月の間に地域の高齢化が進みました。
舞台を組み立てるには、木材を運ぶ人、竹を切る人、屋根を組む人、幕や舞台道具を整える人など、多くの人手が必要です。
保存会の公式サイトでも、地元の住民だけで舞台の組み立てや公演を続けることが難しくなっていると説明されています。
そこで重要な役割を果たすようになったのが、地域外から参加するボランティアです。
2025年の第8回公演では、延べ600人以上のボランティアが準備から開催までを支えました。
小さな集落の文化が、地域の枠を越えて多くの人々に支えられるようになっているのです。
西野由希子さんらが新たな公演運営委員会を立ち上げた
2025年の公演では、保存会の活動に新しい動きがありました。
初めて「公演運営委員会」が組織されたのです。
委員長を務めたのは西野由希子さんです。
保存会の公式資料によると、公演運営委員会には市内外の有志や、茨城大学の教員・学生などが参加しています。
主な役割は、公演の企画や運営、広報、ボランティアの調整などです。
舞台を維持するためには、伝統的な技術を知る人だけでなく、現代のイベント運営に必要な知識を持つ人も欠かせません。
例えば、参加者の募集、情報発信、資金の確保、当日の来場者対応などです。
2025年の公演では、こうした活動を地域外の人々と協力して進めました。
地元の人々が守ってきた伝統文化に、外から新しい力が加わる。
その仕組みづくりが、6年ぶりの復活を支える重要な取り組みとなりました。
地元の歌舞伎一座「西若座」が舞台の伝統を受け継いでいる
西塩子の回り舞台では、舞台を組み立てる技術だけでなく、芝居そのものも受け継がれています。
その中心となるのが、地元の地芝居一座「西若座」です。
保存会の公式資料では、現在の座長として横山不二夫さんの名前が掲載されています。
西若座は、地域の住民が歌舞伎に取り組む一座です。
専門の歌舞伎役者による興行とは異なり、地元の人々が自ら舞台に立つことで、芸能を身近なものとして受け継いでいます。
また、西塩子では子ども歌舞伎にも取り組んできました。
伝統芸能は、見て楽しむ人がいるだけでは続きません。
演じる人、教える人、衣装や道具を準備する人が必要です。
舞台を組み立てる技術と、舞台の上で演じる技術。
その両方を守ろうとしてきたことも、西塩子の取り組みの特徴です。
西塩子の回り舞台は公演が終わると解体される
西塩子の回り舞台には、観光施設として常設された建物とは大きく異なる特徴があります。
それは、公演が終わると舞台を解体してしまうことです。
常陸大宮市の公式案内によると、公演後はわずか1日で舞台が解体され、会場は元の広場に戻ります。
つまり、通常の時期に訪れても、巨大な歌舞伎舞台を見ることはできません。
舞台を見学できる機会は、組み立て作業や公演が実施される期間に限られます。
また、今回の番組で紹介される2025年の公演はすでに終了しています。
2026年10月18日の放送日に現地で公演が行われるわけではないため、注意が必要です。
次回の開催日については、2026年10月16日時点で保存会の公式サイトに新たな定期公演の日程は発表されていません。
西塩子の回り舞台の場所・アクセス・観覧料
西塩子の回り舞台の公演会場として使用されているのは、茨城県常陸大宮市の塩田地区センターグラウンドです。
会場の基本情報
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名称:西塩子の回り舞台
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所在地:茨城県常陸大宮市北塩子2163
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会場:塩田地区センターグラウンド
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文化財指定:茨城県指定有形民俗文化財
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開催形式:原則3年に一度
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運営:西塩子の回り舞台保存会
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保存会会長:大貫孝夫さん
2025年10月25日の第8回定期公演では、入場時に支援金として大人1人500円が必要でした。高校生以下は無料です。
ただし、これは2025年の公演時の料金であり、次回以降の料金を示すものではありません。
また、2025年の公演では、JR常陸大宮駅や駐車場から会場へ向かうシャトルバスも運行されました。
今後の開催時に同じ交通手段が用意されるかどうかは未定です。
実際に訪れる場合は、保存会の公式サイトで最新の開催日程、交通案内、入場方法を確認する必要があります。
まとめ
2026年10月18日放送の『小さな旅』では、茨城県常陸大宮市に伝わる「西塩子の回り舞台」が紹介されます。
江戸時代から続くこの舞台は、丸太や竹を使って毎回組み立てる、日本最古とされる組立式農村歌舞伎舞台です。
1945年を最後に途絶えていましたが、地域の人々が保存会を結成し、1997年に約半世紀ぶりの復活を果たしました。
そして2025年10月25日には、2019年以来6年ぶりの第8回定期公演を開催しました。
大貫孝夫会長が率いる保存会と、西野由希子さんらが関わる公演運営委員会、延べ600人以上のボランティアが、その復活を支えました。
西塩子の回り舞台の魅力は、巨大な舞台や江戸時代の貴重な道具だけではありません。
一度解体されても、人々が集まれば何度でもよみがえる。その舞台づくりを通して、地域の歴史と誇りが次の世代へ受け継がれていることが、何より大切な物語なのです。
参考リンク
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